第111話 【アグラニスの記録】謀略の代価・絶死絶命

【アグラニスの記録】

【現在時刻より約7時間前 AM 09:14:55】




 ──聖剣入手の旅はトラブルなく、いたって順調に進んでいった。

 

 旅のメンバーは皇帝ジーク、アグラニス、勇者アーク。その護衛として七戦士たちが3人、それぞれ槍の戦士テツ、隠の戦士オトナシ、杖の戦士シンクが同行している。レントもまた共に行きたがっていたものの、ケガの完治にあと1日かかる見込みであったのと、宮廷に最低1人は七戦士を置いておきたいという意図から留守番となった。


「ここがダンジョンの入り口か……」


 皇帝ジークがそう呟いた。宮廷を出発してから1日弱、一行は馬車から降りて半日ばかり歩いた山の五合目ほどの位置にあるその場所にたどり着いていた。そこにあったのは寂れたほこらがひとつ。

 

「一見するとなんの変哲もないほこらに見えますが……」

「そうだな。一見すると、ただの祠だ」

 

 アグラニスに対して、ジークはニヤリと笑って返す。

 

「ただひとつ、なぜこんな人里離れた未開の場所に祠があるのか、という謎にさえ目をつむればの話だがな」


 ジークは両開きの祠の戸を開け放つ。


「ああ、本当にあるな」

 

 そこにあったのは3つの窪み。ジークは懐から布の包を取り出すと、丁寧にそれを開いた。その中から現れたのは手のひらに収まるサイズの【人間】、【雄牛おうし】、そして【空飛ぶわし】をかたどった金のメダルだ。


「ふむ、窪みと同じ形だ」


 ひとつひとつ、それらのメダルを祠の窪みへとはめていく。そしてジークは呆然とただ突っ立っていた勇者アークを手招きした。

 

「……なんだよ?」

「勇者よ、これを声に出して読め。さすれば道は開けよう」

「……はぁ」


 紙を受け取ったアークは、渋々といった表情で口を開く。


「『我こそ、天の玉座を守りし最後の一柱いっちゅうなり』」


 アークがそう唱えるやいなや、山に地響きが起こった。

 

「なんだっ⁉」

「ジーク様、アーク様、危ないっ!」


 祠の目の前にいたふたりの足元が割れるのを見て、アグラニスがふたりを伴ってのテレポートを行った。少し離れた場所へと移動する。

 

「全員、その場から動かないように!」


 槍の戦士テツが声を上を見ながら張り上げる。この祠は崖に面していたため、上からの落石に備えていたのだろう。しかし、その地割れ以降は何事も無く、地響きも次第に収まった。

 

「ここか」


 アグラニスたちがホッと胸を撫で下ろしている間に、隠の戦士であるオトナシが地割れで空いた祠の前の穴を覗き込んでいた。アグラニスたちもその後ろへと寄って、穴の中を見る。そこには壁や天井に赤と青と緑の魔石が輝いて照らす、下へ下へと続く階段があった。


「ダンジョン……」


 アークが呟いた。アグラニスもまた頷いた。それは王国で何度も入ったことのあるダンジョンそのものだった。

 

「伝説通り、ということだな。聖剣はこの奥に封印されているわけだ……!」


 ジークがニヤリと頬を吊り上げた。アグラニスもまた、表情には出さないものの心臓が暴れ出しそうなほどの興奮を覚えていた。

 

 ……ようやく、悲願の夢への第一歩が踏み出せる。


「では、俺が先頭に立ちます……」


 そう言って階段を下りていくオトナシの背中に、アグラニスたちは続いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

【アグラニスの記録】

【現在時刻より約6時間半前 AM 09:42:26】


 

 

 その進行速度は圧倒的だった。目の前の七戦士たちの無双ぶりを見ながら、アグラニスの開いた口は塞がらない。

 

 ……これまで勇者一行が経験してきたダンジョン攻略とは、いったいなんだったのか。

 

 聖剣を入手するために入ったダンジョンの中、アグラニスたちはレベル40は超えるであろうモンスターたちによる奇襲に何度も遭った。しかし、そのすべてを目の前の七戦士たちはものともせずに返り討ちにしていった。

 

「『ギガ・フェルティス・フレアード』」


 杖の戦士の一撃はダンジョンの奥にいるモンスターを焼き尽くす。

 

「スキル『流水千本突き・改』」


 槍の戦士の流れるような槍さばきで、モンスターたちの連続攻撃はいなされつつ、その身に穴を増やしていく。

 

「スキル『壱穿いのうがち』」


 隠の戦士は姿を消したかと思えば突然モンスターの背後へと現れて、その命を一瞬で奪い去っていく。

 

「ククク……まるで出番がないではないか、アグラニス」

「本当、ですわね……」


 ダンジョンの中であるというのにまるで緊張感のないジークの言葉に、アグラニスは咎めることも忘れてそう頷いた。

 

「勇者よ。ヤツらはお前の目から見てどうだ?」

「…………」

「おい?」


 勇者アークは答えない。彼は七戦士たちの戦う姿を見て、その目から光を失っていた。




 * * *




【アグラニスの記録】

【現在時刻より約6時間半前 AM 10:14:03】



 ダンジョンに潜りちょうど1時間が経過して、先頭を歩いていたオトナシが警戒しつつ道の角を折れるとそこで足を止めた。


「着いたぞ」


 その言葉に、ジークが走り出す。アグラニスは急いでその後を追った。

 

「……おぉっ!」


 ジークとアグラニスの目の前に広がったのは、大きな空間。そしてその3分の1を占める正方形の台座と、その四隅に立つ4つの石柱、そして台座の中央へと積まれた王冠や装飾品などの宝の山だ。


「おい、聖剣は……どこだ?」

「少々お待ちを」


 せわしなく辺りを見渡すジークへとそう言うと、アグラニスは浮遊魔術で空間の天井付近まで飛んだ。そして注意深く観察をする。

 

「……!」

 

 宝の山の頂上、そこにひと振りの剣が突き立っているのが確認できた。アグラニスは服の裾を掴んで興奮を噛み殺す。

 

「ジーク様、ございました。山の上です」

「……そこか!」


 ジークは我先にと宝の山へと駆け出すと、王冠やら壺やらの積み重なった調度品たちをかき分け、その下にあった階段状の土台に足をかけて登っていく。

 

「あった……あったぞ!」

「ええ、本当に」


 頂上にたどり着いたジークの隣へと、アグラニスは勇者アークを連れて飛んできた。その後ろに続いて七戦士たちもやってくる。

 

「これが……聖剣」


 アークはその宝の山の頂上の中央、台座に斜めに刺さっている剣を見て息を飲む。決して見目きらびやかな剣ではなかった。しかし、なぜか視線が吸い込まれてしまう不思議な引力があった。アグラニスたちの後ろで七戦士たちも思わず息を殺しているようだった。


「さあ、勇者よ。この聖剣を引き抜くがいい。これは貴様にしか持てぬものだ」

「俺様にしか……」


 アークはその剣とジークを、そしてアグラニスを見つめ……しかし動かない。


「アーク様?」

「……分かっている」


 アグラニスが声をかけるとアークは聖剣の前まで歩き、その柄を掴む。そしてしばらく力を込めていたかと思うと、諦めたように首を横に振って手を放した。

 

「……ダメだ、抜けない」

「いえ、そんなはずはありませんわ。もう一度剣を握ってみてください」

「……いいや、ダメだ。この聖剣を抜けるイメージがまるでできないんだ。こんな……俺様じゃダメなんだ……」


 アークは自嘲気味な表情でアグラニスを見た。


「なぁ、アグラニス。もともとさ、無理だったんじゃないか……? 俺様に聖剣を抜くことなんてよ……」

「そんなことはありませんわ。あなた様は勇者。であればその資格は」

「資格? ねぇよ、そんなもん! 俺様は何も成し遂げちゃいない! 俺様は魔王もその幹部も、誰ひとり倒せちゃいない。ここに来るまでだって剣ひとつ振るってない」


 アークは追い詰められた人間がそうするように、頭を抱えるようにしてその場に座り込んでしまった。

 

 ……少し、アークを追い込み過ぎてしまったようだ。あまりに成功体験が無さ過ぎるがゆえに、『聖剣を抜く』というそんな単純な行為にすら失敗のイメージが先行してしまっているとは。

 

 丸くなるアークを見ながらアグラニスはため息を吐いた。最期の最期までまでこちらの計画通りに進んでくれないヤツだなと、呆れるように。

 

「おい、アグラニス」

「ええ陛下、分かっております」

 

 ジークの言葉に頷いたアグラニスは静かな足取りでアークのうずくまるすぐ側までやってくるとしゃがみ込み、その耳元へと顔を寄せる。

 

「アーク様」

「……もう、放っておいてくれ。俺様にはとてもじゃないが」

「聖剣を抜きなさい」


 そのアグラニスの有無を言わせぬ口調に、アークが虚を突かれたように見開いた目でアグラニスを見返した。


「これは命令です。逃げ出すことは許されません」

「は……? だ、だが、俺様は」

「命令を受ける以外にあなたに選択肢があるとでも? 王国で魔王も討伐できず、それどころか罪人として罰を受けていたあなたが?」

「っ‼」

「聖剣を入手できなければ、帝国があなたを庇う理由もなくなりますね?」

「な、なんだよそれ……! いきなりなんだよッ⁉」


 アークは目の色を変え、アグラニスのローブを掴んだ。


「アグラニス、お前は俺様を王国の牢から連れ出す時に言ったよな? 俺様が濡れ衣だって。魔王討伐のために尽力していた俺様を、王国は不当に捕えて……」

「言いましたね、確かに。ですが実際はあなた自身が一番よく分かっているはずですよ、自分が何も成し遂げていないただの犯罪者だということに」

「ち、違うッ! 俺様は、犯罪者なんかじゃ……!」

「ですがそう思われています。王国の者たちは皆、あなたがただの犯罪者だと思っていますよ。そしてこのままではいずれ、帝国民も」

「違うんだ、俺様はただ、魔王を倒すためにっ……」

「帝国民だけじゃないですねぇ。きっと世界中のみんながあなたの後ろ指をさすでしょう」

「違う……!」


 グニャリと、アークの表情が歪んだ。追い詰められた果ての人間が浮かべる、およそ勇者からは一番遠いであろう表情だった。

 

「アーク様? ですが私たち帝国はそんな犯罪者であるあなたにチャンスをあげているんですよ? あなたがあなたであるために。犯罪者ではなく、勇者であるための選択肢を示しているんです」


 アグラニスは立ち上がり、聖剣を指差した。

 

「いま一度言います。勇者アーク、聖剣を抜きなさい。それがあなたが勇者であるための……いえ、あなたが『どこにでもいるくだらない犯罪者のひとり』では無いと証明するための、唯一の方法なのですから」

「俺様は犯罪者なんかじゃ、ない……」


 ユラリと、苦悶の表情を浮かべたままアークもまた立ち上がる。ふらつきながらも、再び聖剣の前へと立った。


「抜きなさい。自らが勇者だと証明したければ!」

「俺様は犯罪者なんかじゃ、ない……!」


 アークは音が鳴るほどに歯を食いしばって聖剣を握る手に力を込めた。ギチリギチリと、聖剣の埋まる台座が悲鳴を上げ始める。しかしまだ聖剣は動かない。

 

「そんなものですか、アーク! やはりあなたはただのチンケな犯罪者なんですかねぇっ!」

「違う! 違う! 違う! 違う!」


 必死の形相でアークは聖剣へと両手でしがみつき、血管が浮き出るほどの力でその柄を引っ張った。ミシリと台座が軋み、聖剣が動きはじめる。

 

「俺様は犯罪者じゃない……っ!」


 聖剣の刀身がヌルリと滑るようにその埋まっていた半身を見せる。

 

「俺様はただ、ただ……魔王を討伐して、特別な……!」


 聖剣から黄金色の光が漏れ始めた。後ろでアークの背中を見ていたアグラニスたちが息を飲んだが、いまのアークの耳には届かない。アークはただ奥歯をかみ砕きながら、目の端に涙さえ浮かべながら、必死にその聖剣を握りしめて、

 

「俺様は、ただ、特別な存在になりたかっただけなんだ……!」

 

 ──とうとう、その聖剣を台座から引き抜いた。


 瞬間、まばゆい金色の光が辺りを包む。アグラニスたちは思わず目をつむった。そして目を開いたとたんに視界に入るのは一面の黄金だった。

 

「これは……!」

 

 足元の宝の山も、石柱も、ダンジョンの壁さえもただの土くれから黄金へと変質していた。勇者アークを見れば、その身に黄金のオーラをまとって【次の指示を待って】いた。

 

「ク、クハハハハハッ! すべて、すべて伝承通りではないかっ!」

 

 ジークは高笑いをしてアークに近づくと、その様子をまじまじと観察する。

 

「目は開いてるものの……どうやら本当に意識が【食われて】いるようだな」

「そのようですわね」


 アグラニスも満足気に頷いた。聖剣、それは手にした者へと莫大な財産をもたらす代わりにその者の精神を喰って帝国を守る【生き人形】にしてしまう【呪いの剣】だ。聖剣を手にした者は帝国を統べる者──つまりは皇帝の指示のままにその力を振るうことになる。

 

「ククク……さっそくその力を見せてもらおう。まずは帝国内部の不届き者たち……革命軍を根絶やしにするところからだ」

「聖剣の力であれば一刻もかからないでしょう」

「アグラニスよ、我らの夢が少しずつ……いや、確実に現実のものとなってきているぞ」

「ええ、本当に。私たちは最強の矛と盾を手に入れました。もはや敵などいないも同然でしょう」

「ああ、楽しみだ。ようやくこの大陸を帝国のものとすることができる。今日この日がその大いなる一歩を踏み出した記念日となるだろう」


 ジークはアークを、聖剣を指さした。

 

「さあ聖剣よ、帝国の主であるこのジーク・フィオ・エンペルロードが命じる。帝国内に潜む革命軍を──」


 ──グサリ、と。唐突に場違いな音が響いた。

 

「……?」

 

 アグラニスはジークの命令が止まったことに疑問を覚え、聖剣に向けていた視線をとなりのジークへと向けて、その目を見開いた。

 

「なっ……⁉」


 ジークもまた眼球がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いて、見下ろしていた。大きく丸い穴の空いた、自分の胸の中心を。

 

「ごぽっ……!」


 ジークが口を開くやいなや、そこから大量に吐血する。思い出したかのように胸からも血が溢れ、ジークの着る服が濃い赤に染まっていった。ぐるん、と。ジークは白目を剥く。

 

「おっと、ここで倒れるな。宝に血が付くだろう、もったいない」


 ジークの首根っこを隠の戦士、オトナシが掴んだかと思うと大きく後ろへと投げた。ドサリ、宝の山の下にジークが落ちる音が響く。

 

「──『テレ』」


 ポート、と。とっさの判断でアグラニスが瞬間移動を試みるが、遅い。

 

「『ゲイ・ボルグ』」

 

 アグラニスが呪文を唱え切るその前に、赤い蛇のような曲がりくねった閃光がアグラニスの胸に直撃し、貫いていた。膝を着きそうになるアグラニスもまた、隠の戦士によって宝の山の下へと放り捨てられる。

 

「ミッションクリアだ。協力ありがとう、皇帝ジーク、そしてアグラニス」


 宝の山の上から飛び降りて、アグラニスの前に着地したのは冷徹な瞳を彼女へと向ける、槍を持ったその戦士。


「ハヤシダ……マモル……」


 アグラニスが槍の戦士テツ──本名、【ハヤシダマモル】を見上げてそう呟いた。


「驚いた。心臓を貫かれても生きているとは。絶命必至のユニークスキルなんだが」

「……あなた、の……スキルは『最強の矛』のハズ、じゃ……」

「ああ、あれはウソだよ。やっぱり俺たちがこの世界に来たときの会話を盗み聞きしてたんだな、アグラニス。お前はそういうヤツだって信じていたよ。俺の真のユニークスキルは『絶死絶命の槍ゲイ・ボルグ』。直撃した相手を死に至らしめる、そういう力さ」

「……なぜ、いま、私たちを……」

「それも最初の方に言ったはずだ。俺たちは【途中まで】は協力し合えるってな。それがここまでだっただけの話さ」


 ザッ、と。ハヤシダの横にシンクとオトナシが降りてくる。


「なあハヤシダ、勇者は目覚めないみたいだがいいのか?」


 宝の山の頂上を杖で指すシンクに、ハヤシダは首を横に振る。


「アレは別にあのままでいいよ。ずっと皇帝の命令を待機してるだけだから害はない」

「聖剣は使わないのか?」

「ああ。聖剣を抜いて皇帝も殺したことで必要な【フラグ】はすべて立った。あとは巨塔に行くだけさ。テレポートを頼む」


 ハヤシダはシンクへとそう指示を出すと、再びアグラニスへと目をやった。


「悪いな。だが悪だくみはお互い様だ。それに俺たちのこの行いは【この世界を救う】ためでもある」


 ハヤシダのその言葉を最後に、シンクの『テレポート』が発動する。アグラニスの前には皇帝ジークの死体ともはやガラクタ同然となった聖剣が残るだけだった。




【──全ての記録再生 終了】

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る