第110話 【アグラニスの記録】謀略の魔女

【泥人形の記録】

【2日前 PM 13:46:02】




 荒れ果てた帝都の路地裏の一角で、革命軍と呼ばれた2人がそれぞれ抜剣する。レントもまた片手で剣を持ち、勇者アークを背中に守りながら構えた。しかし、

 

「邪魔なんだよ、どけ」

「え、ちょっ……⁉」


 アークはレントの背中を引っ掴んで横へとどけると、自らの剣を抜いて革命軍たちに近づいていく。


「勇者様、お下がりくださいと言ったはずですが!」

「うるせぇ。コイツらは俺様に用があったんだろ。お前にじゃない。それに、お前に出しゃばってもらわずとも俺様は自分の身くらい自分で守れる」


 アークは剣を肩に担ぐと、「それで?」と自らを尾行してきていた男たちの前に出る。


「お前らの目的はなんだ? 俺様をさらいにきたのか?」

「ああ、そうだ。大人しくついてきてくれるのであればケガをさせなくて済む」

「攫う目的は?」

「この場で知らずともよい」

「……ふっ」


 アークは失笑して剣をその革命軍の男へと突き付ける。


「……最近はどいつもこいつも、俺様を弱者扱いしやがる」

「護衛が付いているようだが……強者として扱われるほどの腕なのか?」

「あァ? 確かめてみろよ」

 

 アークが革命軍の男たちへとひと足で距離を詰める。並大抵の兵士は反応し切れない速度だ。革命軍のふたりは目を見開いたが……時すでに遅し。


「俺様をナメくさったことを永久に後悔しなッ! 『メガ・スラッシュ』ァァァ!」


 アークの横一列への広範囲攻撃に革命軍の男たちふたりは簡単に弾き飛ばされて剣を手放した。しかし、意識を奪うまでには及ばない。アークは追撃をしかけようとさらに足を踏み込んで剣を振り下ろしたが、しかし。


「──そこまでにしてもらおう」


 ガキンッ! と、アークによるその上段からの一撃は阻まれた。突如としてアークの目の前に現れた初老の男の剣によって。


「……なんだぁ? テメェはよぅ!」


 アークは自らのステータスの力と素早さをフルに使って連撃を繰り出したが、しかしその全てが目の前の初老の男に防がれた。


「っ! ナニモンだッ⁉」

「……名乗る必要はない」

「ハッ、テメェも革命軍ってやつか」


 初老の男はアークの問いに答えない。壁に叩きつけられた革命軍の若いふたりへ顎をしゃくってみせると、そのふたりの男たちは決まり悪そうな表情を浮かべつつ、頷いて走り去っていった。

 

「ほぅ? この俺様を相手に1人か? ずいぶんとお仲間から信頼されているようじゃないか」

「……だてに長く生きてはおらん」

「死んでも恨むなよ、老兵ッ!」


 アークと革命軍の初老の男との剣戟けんげきが路地裏へと響く。アークは勝利を確信しているかのような笑みを浮かべていた。彼のレベルは32。加えて勇者補正で同じレベル帯の者よりもステータスは高く、並大抵の兵士ではその能力値には及ばない。時間が立てば有利なのは自分、そう信じて剣を交わす。しかし、

 

「くっ……⁉」


 次第にアークの剣筋が乱れ始める。攻勢に転じて連撃を仕掛けようとすると、2撃目で要所を外されてたたらを踏むことが多くなった。次第に、守勢に回る方が多くなっていく。

 

「スキルかっ……?」

「……」

「魔術かっ⁉」

「……剣を振るう数よりも口数が多い剣士は大成せんぞ」


 またしてもアークの、今度は一太刀目の狙いが外される。その瞬間にアークは目を見張って革命軍の男の動きを見た。アークの剣はその男の流れるような【受け方】にクッションのように沈み込んでいた。アークは再び体のバランスを崩し、その隙を突いて振るわれた男の剣がアークの頬に傷をつけた。


「……なるほどな、スキルでも魔術でもなく……ただの剣技かっ!」

「その通りだ」


 とたんに、革命軍のその初老の男の動きが変わる。その動作はまるで舞い落ちる花びらのようにつかみどころがない。決して速くはないのに、しかし簡単には避けられない太刀筋ばかりがアークへと襲い掛かる。アークの足は次第に後ろへとさがり、路地の奥へと押し込まれていく。


「くそっ! 老兵、レベルはいったいいくつだっ!」

「……」

「ただ者じゃないな、いったいその剣技をどこで身に着けたっ⁉」

「……」

「何も答えねーか、ならもう訊かねぇよっ!」


 アークは大きく後ろに退くと、剣を真横へと構え、そして強く地面を蹴り出して革命軍の男めがけて跳んだ。


「吹き飛べぇッ! 『ギガ・スラッシュ』ァァァッ!」


 アークの保有する中で最速最強の攻撃スキルが路地裏に閃いた。どんな【受け】であろうとその受けごと潰してしまえば問題ないといった考えが誰の目にも明らかな、全身全霊をもってしての一撃だった。だが、

 

「──相手の隙も作らずに大技か、これが自分の弟子だったなら赤点をくれてやるところだ」


 革命軍の男は素早く足を突き出す。それは大きく一歩踏み込もうとしていたアークの足をスパンッ! という軽快な音とともに払った。アークの体が傾く。それでもなお、発動したスキルを男へと当てようと、アークは今にも地面へと転びそうになっている体をひねって下から剣を斬り上げる。


「無駄だ」


 革命軍の男は素早くスキルを発動する。『クイック・スラッシュ』。その必ず先制攻撃を取れる攻撃で、アークが振り上げかけた剣の柄頭つかがしらかすらせるようにして弾く。するとアークの剣筋はブレて、渾身の『ギガ・スラッシュ』は男の真横の空を斬るに留まった。


「なん、だと……」


 ドサリ。大振りの一撃が失敗したうえに転ばされて、アークの体は仰向けに、まったくもって無防備な状態で転がった。間髪入れずに、革命軍の男は鉄の手甲に覆われた左の拳をアークの顔面目がけて振り下ろす。意識を奪うための決着の一撃。その際にも言葉は無かった。アークは思わず目をつむる。直後、

 

 ──ガキィンッ! と、鉄と鉄とがぶつかり合う大きな音が響いた。

 

「危ないところでしたね」


 初老の男による拳の一撃は、アークへと届いてはいなかった。レントが滑り込むようにしてアークと男の間に入り、左手に持った剣で止めていた。

 

「どうやら私の出番のようだ」


 そう言って不敵に微笑むレントに対して、革命軍の男は無言のまま右手に持っていた剣を振り下ろした。


「口数が多いと大成しない、だったか?」


 レントの姿がその場に居合わせた面々の視界から一瞬消える。


「それはどうだろう。俺はおしゃべりな性質タチだが、もう充分強いよ」


 次にアークがレントの姿を捉えたとき、革命軍の男は勢いよく吹き飛び、レントはその男を蹴り飛ばした体勢で立ち上がっていた。アークが呼吸を忘れる中で、初老のその男は路地の外の地面へと叩きつけられ、その身にまとう装備がガシャンと音を立てた。

 

「さて、と」


 レントがその場で剣をひと振りすると空気が揺れた。遠くで倒れて咳き込んでいた初老の男がフワリと浮かび上がり、ひとりでにレントの前まで運ばれる。


「革命軍の初老の男……あなた、もしかして重要指名手配犯の【アルティマ・ツーベルグ】さんだったりします? 確か元皇帝直属護衛軍の隊長で、ダンサ皇女殿下の剣の指導を行っていたんだとか? 革命軍の大して強くもない若い男ふたりの代わりにそんな主要人物を捕えることができたのだとしたら、まさしく海老で鯛を釣った気分ですねぇ」

「ぐっ……!」

「ああ、無理にしゃべらなくていいですよ? ちょっと強めに蹴り飛ばしちゃったんでね。痛むでしょう? とりあえず宮廷までご同行願いましょうか」

「誰が……」

「いえ、別にあなたの意思は関係ないんですよね」


 レントは言うやいなや、左の手刀で初老の男の意識を落とした。


「さて、勇者様。今日はそろそろ宮廷へと帰りましょうか」


 まるで何事も無かったかのような微笑みを浮かべ、レントは未だ仰向けに倒れたまま動けないでいたアークへと向けた。


「……なんだ、ソレ」

「? ソレ?」


 レントは首を傾げる。アークは手に持っていた剣を横へと投げ捨てた。

 

「なんなんだよ、その力はッ!」

「……何を怒っているんです?」

「質問してんのはコッチだ!」


 そのアークの強い語気にレントは驚き表情を歪めた。見上げるアークの鋭く吊り上げられたその目の奥には並々ならぬ激情が燃えていた。


「力、ですか。これのことですかね?」


 レントが剣を振るうと路地裏に風が立つ。


「これは私のユニークスキル『テンペスト』。選ばれし私たち七戦士にはそれぞれ特別なスキルが宿っているんです。このように風を操ったり、この風を使って」

「もういいっ‼」


 アークはレントの言葉を怒声で遮ると、跳ねるように立ち上がって元来た道を走り出した。


「勇者様っ?」

「うるさい! さっきから勇者勇者と……! 俺様を……ソレで呼ぶなッ!」


 道の角を折れてなお走っていくアークに、レントはあぜんとした後、大きくため息を吐いた。

 

「なんなんだ? 本当に勇者かよ、情緒不安定過ぎるだろ。しかも助けてもらって感謝のひとつも無いとか、あり得なさすぎるぞ」


 そう言いつつ、レントは初老の男をユニークスキルで宙に浮かせるとアークの後を追う。


「とはいえアグラニスさんに任された仕事だ。投げ出すわけにもいかないな……ったく」


 レントは愚痴りつつ、路地裏を後にした。




 * * *




【アグラニスの記録】

【1日前 AM 01:01:36】




「……ふふっ」


 その日の深夜。アグラニスは目をつむり、自室でほくそ笑んでいた。そのまぶたの裏側に映し出されている光景は勇者アークにあてがわれた客室のものだ。密かに天井へと張り付けていた泥の魔術で作った第三の眼と耳が、ベッドの上で悔しがり、苦悶する勇者アークの情けない姿をアグラニスへと届けている。


「まさかこんなにもきれいに惨敗してくれるとは……期待を裏切りませんね、アーク様は」


 アグラニスはご機嫌に独りで呟いた。


 ……計画はなにもかもが順調そのものだ。


 あえて勇者アークが狙われるように、情熱を持て余した若い革命軍の男ふたりへとアークの情報を流したのはアグラニス。そして、その革命軍ふたりが独断専行で帝国の重要人物を攫おうとしていると革命軍副リーダーの耳に入るように仕向けたのもアグラニスだ。


 ……路地裏での革命軍との戦闘は、アグラニスが糸を引いたままに展開したわけだ。

 

「革命軍副リーダー、アルティマ・ツーベルグ……剣の腕が鈍っていなかったようでなによりでした。おかげさまで【アーク様の自信を粉々にすること】ができました」


 こらえるような笑みを浮かべ、アグラニスは手に持っていたワイングラスに口をつける。まぶたの裏側の映像ではアークが頭を抱え、『あんな老兵ごときに』『どうして自分はこんなに弱い』『どうして自分が勇者なんかに』と自問し始めたところだ。


 ……聖剣入手の鍵は『聖剣が欲しい』という強い願いだ。だからこそ、こうして念入りにアークの現状の自らに対する信頼感・自己肯定感を叩き潰すことによって、【聖剣を入手した後の自分】という理想の将来像だけを心の拠り所にしてもらうことができるだろう。まあ、聖剣を抜いたにせよアークに未来など無いのだが。


 アグラニスは満足げに、グラスにワインを注ぎ足した。


 ……いよいよ今日、陽が昇れば聖剣入手の旅が始まる。そして聖剣を入手できたなら、アグラニスの悲願の達成に大きく1歩前進することができるのだ。


「ふふふっ、最期の時までどうか、アーク様……私の手のひらの上で踊ってくださいまし」


 押し殺し切れないその笑い声が、アグラニスの自室へと低く響いた。

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