第86話 驚愕

 ──おかしな話である。

 

 ……俺は攻め手だったはずじゃなかったか? 数多の俺の光線に対し、グスタフたちは避ける逃げるの防戦を主軸とした戦い方だったはず。なのに今のパンチはどういうことだ? 俺の攻撃をからめ手無しで正面から潰し、あまりにも堂々とした一撃だった。

 

 グスタフに殴り飛ばされて痛む頬を押さえながら、ガイの頭の中は疑問で満ちあふれていた。

 

 ……いや、考えている場合じゃない。いまにもグスタフは槍を構えてこちらに向かって来るではないか!


「チクショウッ!」


 ……とにかく、地上にいるのはマズい。

 

 ガイはすぐさま腰の砲から光線を放ち、再び上空へと逃れた。


「スペラさん、頼むよ」

「はい。『フライ』」


 グスタフもまた、エルフの女の浮遊魔術を使って空中の俺を追って来る。撃ち落そうと光線を何本も放つが、しかしグスタフは事もなげにかわしていく。

 

 ……目が慣れたのかっ? これまでむやみに撃ち過ぎたな……!

 

 後悔するもすでに遅い。ガイは頭を切り替える。戦いとは単に実力だけが物を言うわけじゃない。

 

「おいグスタフ! なかなか痛かったぜさっきのパンチはよぅ!」

「まあ結構思い切って殴ったからな」

「そうかいそうかい! だがなぁ、この空中じゃそうはいかねーぜ!」


 ガイはあえて余裕を見せるように手を広げて空を仰ぐ。


「俺は自在に宙をけることができるが……お前は違う! 魔術なしじゃ空中戦はからっきしなんだろうっ?」

「……」

「沈黙は肯定と取るぜ! グスタフ、お前は確かに強いが、これまでの戦いで答えは出てる。俺とお前は空中じゃ五分五分、いや、今はエルフの女が側にいない分『テレポート』も使えないだろう? それならむしろ俺の方が有利と見える!」

「……え?」


 グスタフが不思議そうに首を傾げるが、ガイは構わない。

 

 ……ケンカじゃハッタリってのも有効だ。とにかく俺が有利であると錯覚させる。思い込みはときに体の動きを縛るもの。自分が不利だとグスタフに思い込ませることで、俺のペースに持っていく!


「楽しい持久戦といこうじゃねーか! 長引けば長引くほど、エネルギーが無限の俺の勝率は高くなる! 喰らいな俺の『無限光線アンリミテッド・ラディエイト』をよォォォッ!」

「持久戦、ねぇ……」


 どうにも反応の薄いグスタフにしっくりとはこなかったが、しかしガイは余計な考えを捨てて攻撃に集中する。

 

 ……とにかく、弾幕を張るんだ。浮遊魔術じゃ地面を蹴るときのようなスピードは出せねぇ。太い光線1発よりも細い光線で逃げ道を塞いでいく。そうすりゃいつかは捕まるに決まってる!


 ガイは指の砲から光線を撃ち続ける。避けるグスタフをなぞるように、そして時にはその逃げる先へと罠のように。何本も何本も撃ち続けたが、しかし。

 

「あ、当たらねぇっ……⁉」


 グスタフは巧みだった。地面のない空中というフィールドを確実に使いこなし、前後左右に上下を加えた6面的な移動をモノにしている。そして1分もしないうちに、

 

「『雷影』」

「んがッ⁉」


 その電撃のような一撃がガイの右腕の砲のひとつに直撃し、壊した。


「……おかしいッ! おかしいぞ……どうなってるッ⁉」


 ガイは叫びながら攻撃を繰り返す。だがしかし、光線はひとつだってグスタフに命中しない。


「『雷影』」

「な、またッ⁉」


 今度は右の腰の砲を吹き飛ばされる。ガイの頭皮からはブワッ! と冷や汗が流れ始めた。


「な、なんでだっ? なにをしやがったグスタフ! さっきまでみたく『テレポート』も使ってないのに、なんでさっきよりも動きが良いんだよッ!」

「さてね、なんでだろう──なッ!」


 砲が壊され攻撃の死角となった右方向からグスタフはガイの背後へと回り、再び電撃的な一撃がはしる。それはガイの背中の砲をはぎ取っていった。


 ……なんだ? なにが起こってる? 攻め方もさっきまでとはまるで違う!


 さきほどまでのグスタフたちの戦術はヒット&アウェイ。エルフの女のテレポートでこちらの背後を取り攻撃を仕掛けて、ガイが反撃すると避けて距離を取る。そしてまたテレポートで背後を取り攻撃する……という繰り返しだった。


 なのに今は、まるで詰将棋でもするかのように的確にガイの攻撃や防御の隙間を縫って攻撃を仕掛けてくるではないか。


「クソ、クソクソクソッ! 意味わかんねーよ!」


 ガイは数多の技を乱射する。『網走大監獄あばしりだいかんごく両手蚊々丸モロテブンブンマル』、『愚留愚留大光線グルグルパンチャー』、そして『阿瑠魔外貪アルマゲドン』。先ほどまでは確かにグスタフが嫌がっていたはずの不規則な攻撃に、しかし手ごたえはまるでない。


「『雷影』」


 左腰の砲が、

 

「『雷影』」


 右肩の砲が、


「『流水千本突き』」


 両手の指の砲のすべてが、次々に破壊されていく。5分と経たないうちに、ガイの砲のほとんどは壊されてしまった。

 

「なんでだ……なんでだよッ! いつの間にそんな強くなったんだッ⁉」

「だから違うって。別に強くなったわけじゃない。【守る対象モノ】が無くなって【いつも通り】に戻っただけだ」

「……は?」


 ガイはポカンと口を開けっぱなしにするしかない。

 

 ……意味が分からんぞ? 『いつも通りに戻っただけ』だと? はぁ? つまりなんだ? 今までは手を抜いていただけだと、そういうことなのか? この戦争の舞台で? 一度俺の光線で死にかけているにもかかわらず? そんなことをする理由があるのか?


「いやいや、ワケが分から──」

 

 言いかけて、しかし。いつの間にか、正面からグスタフが消えていることに気が付いた。

 

「っ⁉」

「上だよ、ガイ」


 ビリヤードのキューでも扱うかのようにグスタフはガイの真上で槍を構えていた。そして再び電撃的な一撃が背中の後ろを突き抜ける。


「くッ‼」


 それはガイの腰に着いた下向きの砲──空中に浮かぶために必須の砲を打ち砕く。それだけではなかった。


「落ちろッ!」

「うぁっ‼」


 グスタフは槍のをガイに叩きつけるように振るう。ガイは壊された右腕の砲の一部で辛うじてガードするが、グスタフのその膂力りょりょくは凄まじい。ガイの体は隕石のように地面めがけて墜落ついらくしていく。


 ……ヤバいッ! このままじゃ頭から落ちちまうッ!


「うぉぉぉッ! 『無限光線アンリミテッド・ラディエイト』ォォォッ!」


 ガイは残った左腕の砲から光線を地面に向かって撃ち放つ。落下の勢いは相殺され、ガイの体は地面に叩きつけられることなく、転がるにとどまった。

 

「っぶねぇ……!」


 ホッとひと息吐きそうになるが、ガイは慌てて体を起こす。

 

 ……ここは王国軍の前線のハズ……! 寝っ転がってたら他の兵士のいい的だ!


 そう思い立ち上がり、警戒するように辺りを見渡して──。

 

「は?」


 ガイはそこで初めて、その戦場の【異変】に気が付いた。

 

「王国軍の兵士が、前線に1人も居ないだとッ……⁉」


 ガイが落ちたその場所。そこは王国軍が押し上げてきた前線があるはずだった。ヘドロのモンスターが現れるまでは確かに大量の王国軍たちが埋め尽くしていたのをその目で見ている。それなのに、今は空っぽの大地がそこにあるだけだ。


「て、帝国軍! 帝国軍は何をしてるっ⁉ 王国軍がいないならあっという間にここに陣地を築いて……」


 帝国軍が居る先に目をやる。王国軍とは違いその姿は見えた。だがしかし、いっこうにその場所から動く気配がない。

 

 ……なんだ? なにが起こってるっ? こんなに広く空いた王国軍の前線地帯なのに、なぜ帝国兵は誰もここに来ようとしないっ⁉


 混乱するガイの背後へと、グスタフが降り立った。


「さて、そろそろ幕引きだぞ、ガイ」

「……ッ!」


 グスタフが槍を構える。

 

 ……あぁ、チクショウ。やっぱ強ぇな、コイツ。

 

 ガイは思わず苦笑いを浮かべてしまう。この大地に足が着くと、とたんに目の前の男の力量が格段に上がるのが分かった。空中にいるときとは段違いだ。自分がどんな挙動をしようと一瞬でその間合いを詰められて、槍の一撃が襲い掛かるのだろうということが肌で理解わかってしまった。


「……参った」


 ガイは両手を挙げた。

 

「降参だよ。俺の負けだ。投降する」


 目の前ではグスタフがキョトンとした顔で、「マジでっ?」と裏返った声を出していた。

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