第87話 小休止
──『投降する』とガイが言った。
王国軍の元前線の地帯において、俺とガイがにらみ合っている最中のこと。思わず「マジでっ?」と裏返った変な声が出てしまった。
「……えっと、投降?」
「おう。俺の負けだ」
「俺たちに捕まるって認識でいいの?」
「おうよ。『いのちだいじに』がモットーなんでな」
「……じゃあ、武装解除して?」
「はいよ」ポイポイポイッ
ガイは先ほどまでの攻撃性がウソのように、体中に取り付けた砲を次々に外して地面に投げ捨てていく。その潔さはこちらの油断を誘うためとは思えない。どうやら本当に負けを認めたようだ。
「──グスタフさん」
俺の隣に、スペラが『テレポート』を使って現れる。
「お疲れさまでした。さすがの戦いっぷりでしたね」
「ありがとう。スペラさんもお疲れ」
スペラは緩く微笑んだ。
「いえいえこの程度。でもねぎらいはありがたく今夜のベッドの上で頂戴いたしますね?」
「ここでねぎらうよ。本当にお疲れさま!」
「むぅ~~~、相変わらず『イケズ』ですね……」
スペラはわざとらしく肩を落とすと、
「さて、それはさておき……砲の戦士との戦闘が終わったことについて、チャイカ様にすでに報告済みです。至急、王国軍を再びこの地帯まで進軍させるとのこと」
「ありがとう。作戦通りってことだな?」
「ええ。帝国兵もあちらで【八方塞がり】のようですし……この戦争は【王国優位の
「うん、それならよかった……」
ふたりで会話をしていると、
「おいおい、そうだ、聞かせてくれよ! 状況がまったく理解できねーんだ」
ガイが困ったような表情を向けてくる。
「なんで王国軍がここにいねぇんだっ⁉ 前線を空けるなんて……帝国軍に進軍してくれって言ってるようなもんじゃねーかっ?」
その質問に、俺とスペラは顔を見合わせた。
……まあ、もうこの戦局に
「王国軍がここにいたら、俺が自由に動けないからだよ」
「……どういうことだ?」
「お前の光線の流れ弾が地面に向かったら、それだけで被害がデカいだろ? だから、俺とお前の1対1の状況を作ってもらうために、王国軍には一時的に前線を大きく後退してもらったんだ」
「……それじゃあ、『いつも通りに戻った』って言ってたのは……」
「そのまんまの意味だよ。俺が周りへの被害を考えず自由に、普段通りに戦えるようになったってことだ」
……それまでは基本的にガイの上方を位置取ることを意識したり、常に丘の地形やガイの光線の角度に気をつけながら戦っていたんだけど……やっぱり他に気を取られながらじゃ戦闘は難しいもんだ。そういう状況じゃスペラの『テレポート』を使ってようやく
俺の答えにガイはあぜんとしたように口を開けると、
「お、お前……ムカつくやつだなぁ~!」
「なんでだよ……」
「だってそれ『俺、実はまだ50%の力しか出してなかったんだよね~。じゃ、そろそろ本気でいこっかな~』っていうのを地でやってるもんだろっ⁉ もうただの強さアピールじゃねーか!」
「アピールじゃねーよただの事実だよ!」
そんな会話をしていると、王国側から少しずつ、ザッザッと大勢が駆け足で土を踏みしめる音が聞こえて始めてくる。
「おっ、来たな」
目を凝らせば、その先頭に立って馬を走らせて来るのはチャイカだ。彼女もまた俺たちのことを目視すると、ひとりで先駆けてやってくる。
「グスタフ、スペラ殿から話は聞いたぞ。よくぞやってくれた」
「チャイカさんの協力のおかげですよ。ありがとうございました」
「うむ……それで、ソイツは……」
チャイカの視線がガイへと向く。
「砲の戦士です。投降したので、武装解除をさせました」
「……そうか。うむ、分かった。王国の戦時規定に基づき、
チャイカの定型的な質問にガイは頷いた。
「よし。連行はグスタフたちに任せる。とりあえずこの縄で拘束しておけ。まあ、その者の力なら引きちぎられてしまうかもしれないが……気休めだな」
「はい、了解です」
「うむ。それでは私たちはあちらで足踏みしている帝国軍どもの前に布陣をしてくるとしよう。例の【崖】はどこまで伸びている?」
「結構な広範囲です。ヘドロを操作していたスペラなら正確な範囲が分かるかと」
「分かった。スペラ殿を借りていきたいのだが」
「大丈夫です」
チャイカはスペラを自身の馬に乗せると、他の王国軍の到着を待って帝国軍の元へと駆けていく。
……まあ、本格的な戦闘はもう起こらないと思う。せいぜい向こう側から途切れ途切れに矢が飛んでくるくらいだろう。あとは王国側がバリケードを築くなり、【崖】の端に隊を配置して補給線を築けばこの戦争は膠着状態になるはずだ。
「……なあ、もう1つ教えてくれよ。どうして帝国軍はあそこから動かねーんだ?」
後ろにさせた腕を縛っていると、ガイが呟いた。
「王国軍は前線にまったくいなかっただろ? どうして俺とグスタフが戦ってる間、帝国軍は前進しなかった? 確実にチャンスだったはずだ」
「そりゃあな、動きたくても動けなかったからだよ」
「どういうことだ?」
「あそこを境に、通行止めになってるからな」
俺は王国軍を指差した。王国軍はみんな、帝国軍のいる先へと向かってある地点まで真っ直ぐに走ると──そこから左右に分かれていく。
「なんだ? アイツら、何かに沿って走ってる……?」
「ああ。みんなが左右に分かれるあの地点、その先は【崖】になってるんだ」
「崖ぇ……? おいおい、ウソ吐けよ。そんなもんこの
「さっきできたんだよ。お前の攻撃でな」
「俺の攻撃で……? ん~~~?」
ガイは唸るようにして考えると、
「……あっ⁉︎ まさか、あのヘドロを攻撃したときの……⁉︎」
「そういうこと」
俺は頷いた。
──この丘陵地帯の地盤は
であれば、砲の戦士の強力な光線が地面に直撃したなら、それはとても深いクレーターになるはず……という着想が俺たちの【この作戦】の肝だった。
「じゃあ、あのヘドロが帝国軍の前線を動き回ってたのは……」
「帝国軍の進路となる先に、ガイの光線が直撃するように仕向けたんだ。ガイの光線の威力なら、柔らかい地質のこの場所にちょっとした崖を作るくらいはできるだろうと踏んでな」
その推測は大当たりで、さっき空中戦をしてる時にチラリと見た感じでは幅4、5メートル、深さは約10メートルほどになるのではないかという大穴が直線的に、広範囲に渡って空いていた。
歩兵戦力として終結された帝国軍たちに、その崖を越える術はない。崖を渡るための板やハシゴなどがあるとしてもそれは陣地の中だろう。取ってくるには時間を要する。
……俺が1対1でガイを倒し、そして王国軍が再びここに戻ってくる時間は充分あるって寸法だ。
「なんてメンドクセぇことを考えてたんだ、グスタフ……」
「めんどくさい?」
ガイがげんなりとした顔を向けてくる。
「だってよ、最初から俺の攻撃の犠牲は我慢して、グスタフが俺との一騎討ちに全力になってたらもっと早く戦いは終わってただろうよ。その後にグスタフとエルフの姉ぇちゃんも戦争に参加すりゃあ……王国の圧勝だったんじゃねーか?」
「お前の攻撃は強すぎる。放っておいた場合の被害なんて考えたくもないね。俺は『いのちだいじに』がモットーなんだ。めんどくさかろうが何だろうが、守れるものは守りたい」
「……なんていうか、愚直なヤツだな」
ガイが呆れたように笑った。
「まー、人の命をなんとも思わないヤツ相手に負けたんじゃなくてよかったぜ。しっかしなぁ、捕虜になったらどうなるんだろうな、3食は食わせてもらえっかな?」
「まあ、その程度なら口利きしてやるよ」
「おぉっ! さんきゅー!」
それから俺たちは、王国軍が着々と崖の端に最前線を固めて、帝国軍のそれ以上の侵攻を許さない態勢を築いていくの眺めていた。
……これでいったんは戦いが止まるだろうし、新たな七戦士が来るまではまた王城に戻って休めるかな。
そんなことを考えていたその時だった。
「──グフ
シュタッ! と。どこからどうやって現れたのか、ヒビキが俺のすぐ横に着地した。
「なっ……! おま、ここに出てきちゃダメだって──」
「それどころじゃないのッ!」
ヒビキは血相を変えて俺の腕を掴む。
「王城が、七戦士に襲撃されたって伝令が……!」
「えっ……」
サーっと。血の気が頭から引いていくのが分かった。
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