第85話 逆転 狩る側と狩られる側

 帝国軍の警戒陣地の上空にて。砲の戦士、ガイは眉根にシワを寄せて帝国軍主要陣地から上がる赤いノロシを見つめていた。そのノロシはいまは何を告げるでもなく、直線的に空へと立ち上るだけである。


「ったく……イヤなマネをさせやがって……」


 舌打ちをする。確かに戦争への参加を承諾したのは自分自身だったが、しかしそれは皇帝ジークが『ガイが参加することにより帝国軍の兵士たちの多くが救われる』と話したからだ。

 

 ……とにかく俺は安全な上空から敵兵を狩って狩って狩りまくる。敵兵が死ぬことが帝国兵の助けになるのだ。

 

 それがまさか、グスタフたちに徹底的に邪魔されて王国兵をひとりも狩ることができないどころか、自陣地への攻撃を命令されて味方ごと敵を吹っ飛ばすことになるとは。


「とりあえず帝国に帰ったら文句言ってやる……!」


 フンッ! と鼻を鳴らす。……まあ、引き金を引いたのは俺自身なんだが。それはそれだ。

 

「しっかしまあ、向こうの大将はタフだなぁ。それほどパワーは込めてなかった初撃とはいえ、直撃しといてもう馬で走り回ってやがる」


 眼下ではどういった作戦なのか、王国の指揮官であるはずの女騎士がまるで使いっぱしりの伝令のように慌ただしく前線を移動している。

 

 ……どうするか、もう1発撃っておくか? いや、命令が無いなら極力撃ちたくはない。王国軍が相手だからといってむやみに命を奪いたいわけではなかった。

 

 ガイはとりあえず放っておくか、と結論を出す。ノロシで途切れ途切れに指示されたのは『場:自陣地内』『目標:侵入大隊』『要請:効力射撃2回』『間隔:1分』というものだけなのだ。それ以外に自分で判断してまで人を殺しにいく必要など無い。

 

 そんなとき、再び自軍の主要陣地からのノロシが上がった。


「……! 『場:敵陣地内』『目標:敵』『要請:せん滅』、か。ったく、おおざっぱな指示を出しやがって」


 両腕の砲を王国軍の陣地に向かって掲げる。……さて、どこを狙うか。『人よりも塹壕ざんごうや補給線を狙った方がいい』なんて、来る前に受けた戦略学の講師の野郎は言ってやがったっけか?


 そうして狙いを定めているところ、ガイの背筋に悪寒がはしる。

 

「ッ!」


 ガイはとっさに背中の砲から光線を射出し、全速で前方へと離脱した。振り返る。

 

「あー、気づかれたか」

「グスタフ……!」


 ガイの背後を取ろうとしていたのは、槍を構えて宙へと浮かび上がってきた王国側の切り札グスタフだ。

 

 ……コイツはやりにくい。開戦早々からペースを持っていかれっぱなしだ。それに、さっきの俺の最大出力の光線にも耐えやがったしな……。

 

「……ん? おいグスタフよ、イカしたエルフの姉ぇちゃんはどうした?」

「スペラさんならちょっくら用事だよ。なんだ、ナンパ目的か? お断りだぞ?」

「なんでテメーが断るんだよ」

「スペラさんは俺の部下だ。大事な部下に悪い虫はくっつけられないからな──っと!」


 グスタフが腰から何かを抜くと突然投げつけてくる。小さい槍だ。


「チッ!」


 とっさにスキル『歪曲光線ラディエイト・メルト』で防御をするが、その隙にグスタフは正面まで迫って来ていた。高速の突きの連続がガイへと降り注ぐ。

 

「手数じゃ負けねぇッ!」


 槍の動きを見切りながら手の指を突き出して、10本の光線を射出する。威力は低く細いが、指の動きに合わせて変則的な動きをする技『網走大監獄あばしりだいかんごく』だ(ガイが命名。別にスキルではない)。

 

「おっと……」


 しかしグスタフは槍のひと突きをガイの薬指の砲に当てると、それだけでことも無さげに『網走大監獄』をくぐり抜けた。薬指から放たれる光線の射線がズレたことで、それが他の光線の邪魔をし、グスタフを捉えるハズの網に大きな穴が空いてしまったのだ。


 ……チクショウ、やっぱりコイツ……戦い慣れてやがる!

 

 ガイは歯噛みする。ケンカには自信がある方だった。中学時代なんかは他校の不良の何人とも殴り合ったことはあるし、相手を惨めに泣かせることはあっても自分が惨めに敗北することはなかった。

 

 ……だが、グスタフのそれはそんなチンケなレベルじゃねェ。ケンカのパンチなんざ何発喰らっても死なねぇし、緊張感も何もねェ。だが、俺の光線は当たり所が悪ければ即死だ。なのに、コイツはビビるどころか顔色ひとつ変えやしねぇじゃねーか!

 

 いったいコイツと自分の何が違うというのか。経験? 技量? 戦闘センス? 迷いなく向かって来るその姿にメラメラと対抗心で腹の底が熱くなってくる。


「喰らえッ!」


 全身の砲を起動させ、ガイは横にぐるぐると大回転を始める。それは秘儀『愚留愚留大光線グルグルパンチャー』だ(ガイが命名。別にスキルではない)。全身の砲から出る光線がガイが回るのに合わせてあちこちに飛んでいく。


「くっ!」


 グスタフはそれが嫌だったのか、逃れるように空気を蹴ってさらに上空へと上っていく。

 

 ……ほぉ? もしやグスタフ、不規則な攻撃が弱点か?

 

 ガイはほくそ笑む。そういえば達人というものは自分より少し下のレベルの人間にはまるで負けないが、何の脈絡もなく素人に負けることがあると聞いたことがあった。達人いわく『【型】のできていない相手は何をしてくるか分からないから逆に怖い』とのことだ。


「逃がさねぇよッ!」


 ……なんにせよ、弱点があるならそこを突かない手はないぜ! 


 ガイがグスタフを追い詰めようとした、その時。

 

 ──うわぁぁぁッ⁉


 地上から、大勢の人々の悲鳴が聞こえてきた。思わず下を向く。


「な、なっ! なんだありゃぁッ⁉」


 ガイの視線の先、真下の地上にうごめいていたのは──黒く巨大な化け物だった。それはウナギのように長い胴体を持ち、ヘドロのようなドロドロとした体で波打つように移動をして、帝国軍の兵士たちを呑み込もうとしているように見えた。


「モンスターかっ⁉ アレがそうなのかっ⁉」


 ガイはまだこの世界に来てからモンスターという存在を見たことがなかった。あれがこの世界で一般的なモンスターなのか? と思わず息を飲む。全長はおよそ50、いや100メートルはあるのではないかというほどだ。


「……!」


 主要陣地から再び赤いノロシが上がった。戦地での異常事態はすぐに伝わったらしい。ノロシの内容は『場:前線』『目標:モンスター』『要請:撃破』。

 

「やっぱりモンスターなのか、アレ!」


 グスタフをあと一歩まで追い詰めたのは惜しかったが、しかし最優先は味方の命。自分が戦争に参加したのは帝国兵を守るためなのだから、とガイはグスタフを上空に放置して急降下する。


「近くで見るといっそう不気味じゃねーか……頭はどこだよ!」


 ガイは両腕の砲を構え、最大出力で光を溜める。

 

 ……まあどこが頭だろうが関係はねェ。とりあえず全身を縦に割ってやりゃいいのさ!

 

「喰らいなッ! 俺の『無限光線アンリミテッド・ラディエイト』をよォォォッ!」


 超高密度の光線がガイから射出され、そのモンスターの上から下までを両断するように攻撃する。岩すら粉々の砂と化し、地面に当たれば大穴を空けるこの一撃を喰らって生き延びる生命などあり得ない。

 

 ──が、しかし。

 

「なん……だと……⁉」


 ノソリ、と。そのウナギのような巨大モンスターは大穴から這い出てくる。無傷だ。そして再び移動をし始める。最前線の帝国兵をしつこく狙うように、ヘビのように這っていく。

 

 ……あり得ねェ。だが実際、モンスターは何事もなかったかのように動いてやがる。


「クッ! ならもう一度だッ! こちとら弾の制限なんてねーからなぁッ!」


 ガイは立て続けにモンスターめがけて光線を発射する。丘陵地帯を横切るようにして這いずり回るモンスターを進行方向へとなぞるように攻撃した。だがそのたび、モンスターはまるで不死身であるかのように穴から出て来ては地上を動き回る。


「なんなんだよッ!」


 モンスターを追い回し、繰り返し繰り返し攻撃をする。しかしまったく効果は見られない。

 

「そうかよ、じゃあ……見極めてやろうじゃねぇかッ!」

 

 ガイはモンスターの正面へと降りると、迫りくるその巨体に向けて再び光線を放つ。一直線に放たれた青い光は、モンスターの中心を貫き、そして大きな風穴を空けた。が、しかし。


「なッ……? おいおい、どういうことだこりゃ……!」


 モンスターの傷は、ドロドロと周りの体からにじみ出る泥に覆われてまたたく間に塞がっていく。ダメージはない。

 

 ……いや、そんな話ですらねぇ。そもそもこいつにダメージなんて概念があるのか……?

 

「──そろそろ、よさそうだな……」


 ガイの背後に、グスタフが降り立った。

 

「もう十分だ、スペラさん! ありがとう!」


 グスタフがそう叫ぶと、モンスターの近くから浮かび上がるようにしてエルフが現れた。

 

 ……なんだと? まさか、ずっと姿を隠して側にいたのか? いったいなぜ?

 

 ガイが疑問に思っているうち、突然、モンスターの形はまるで重力に負けるかのように地面に崩れ落ちた。

 

「……は?」

「ガイ、こいつはモンスターじゃない。ただの【ヘドロ】の寄せ集めだよ」

「ヘドロ……?」

「とにかく大量にお前の光線をぶっ放してほしくてな。帝国そっちのアグラニスが前に使っていた【別文明からもたらされた魔術】とやらをスペラさんが解析して再現してくれたんだ」

「じゃあ、なんだ……? 俺はお前らの手のひらの上でコロコロ転がされて……? ムキになってヘドロを攻撃してただけだと……?」

「ま、そういうことになるな」


 ガイの口は開けっぱなしになった。

 

 ……意味が解らない。ヘドロを操って俺に攻撃させる? それにいったい何の意味がある?


「いや、待てよ……? そうか……!」


 ガイの頭の中に納得のいくひとつの答えが浮かび上がる。


「なるほどな……グスタフよ。お前たちの狙いはズバリ、俺の【消耗しょうもう】だろ?」

「ん?」

「俺に大量に攻撃させることで弾切れを狙っていたんだろうが残念だったな……! 悪いが俺の能力『無限光線アンリミテッド・ラディエイト』に消耗なんて概念はねぇ! 俺は無限にこの光線を撃ち続けることができるッ!」

「いや、違……」


 グスタフが目の前で困ったような顔を向けてくる。

 

 ……作戦を見抜かれて動揺しているのだろう。いまがチャンスだ。このまま俺のペースに持っていく!


「喰らいやがれッ! 新奥義『阿瑠魔外貪アルマゲドン』ッ!」


 ガイは即座に新奥義(ガイが命名。別にスキルではない)を放つ。それは全身すべての砲から光線を射出しつつ、ぐるぐるとその場で回り、飛び跳ね、乱舞する攻撃だ。

 

 ……どうだグスタフ! お前の弱点の超絶不規則攻撃だッ! 無数に踊り狂う光線たちからはさすがのお前も逃れられまいッ!

 

 ──だが、しかし。


「よいしょっ、と」


 グスタフはまるで散歩でもするかのようにそれらを避けると、ガキンッ! と。槍の先端をガイの鎧の隙間へと引っかけて、回るガイの体を容易く止めた。

 

「……は?」

「お前さっきから【変な】技をいっぱい出してるけどさ、隙だらけ過ぎるんだよな」


 そして、グスタフの拳がガイの頬へとめり込んだ。ガイの体は数メートル、地面の上を転がった。

 

「ッ⁉ ッ⁉ ッ⁉」

「悪いけど、もう俺も【自由に動ける】からな……さっきまでのようにはいかないぞ?」

 

 自在に槍を回してガイへと迫るグスタフ。ゾクリと、開戦してから初めてガイの心が冷える。何故だかは分からない。だが生物としての本能が確かに、自分が【狩られる側】に回ったのだということをガイに告げていた。

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