第84話 王国優位の状況は・・・

 ──戦いが始まって20分。

 

「はぁ、はぁっ……」


 俺は今日何度目かの大地を足で踏みしめると、肩で息をする。


「グスタフさんっ、ケガは……!」

「かすっただけで大したことはないよ。それよりも、スペラさんの魔力回復を優先してくれ」

「はい。……しかし、思った以上に消費が激しいです。あと魔力回復ポーションは2本を残すのみとなりました」

「……そうか。じゃあさっさと決着させないと、だな」


 俺は深く息を吸って空を見上げる。

 

「グスタフッ! どこだぁぁぁッ! 正々堂々、姿を見せやがれぇぇぇッ!」

 

 そこにいるのは空へ向かって太く青い光線を撃ち上げながら叫ぶ……細かい傷だらけになったガイの姿だ。


 スペラの隠蔽いんぺい魔術により、ガイは地上にいる俺たちのことを発見できていない。それに絶えず空中戦を展開しており地上に降りる姿を見せていないから、そもそも俺たちが地上で休んでいるなんていう考えすら浮かばないのだろう。


 俺たちはたびたびスペラの魔力量が怪しくなった段階で『テレポートで地上に降りる→スペラの魔力回復→再びテレポートで空中に戻り、ガイの背後を取る』という行動を繰り返していた。ガイからしてみたら空中で突然俺たちが消えたかと思えば、時間差で背後に出現するのだ。気が気じゃないだろう。

 

 ……もともとは長時間の戦いには不向きな短時間決戦を目指す作戦だったが、いまのところいい感じで機能している。


 テレポートを利用して背後からの不意打ち一発でケリが着けば……なんて甘い考えもあったが、それはそうそうに崩れた。ガイは勘が良く、それに加えてレベル50のステータス持ちだ。テレポートで背後を取って攻撃を仕掛けてもギリギリのところでかわされてしまっている。

 

 ……とはいえ、俺たちの神出鬼没しんしゅつきぼつさにガイの精神はゴリゴリ削られてくれているところだろうな。実際のところ、いま追い詰められているのは魔力回復ポーションをすり減らしていっている俺たちなんだが……ずっと攻め続けられて生傷を増やしているガイにしてみればそうは感じられないだろうし。


 あと1、2回繰り返せばガイの精神的な疲労もピークになってくるはずだ。そのストレスで視野が極端に狭くなったところで、俺の強力な攻撃を叩き込めれば形勢は一気にこちらに傾く。


「グスタフさんっ、回復終わりました!」

「よしっ、それじゃあもういっちょ、行くとするか!」


 俺たちがそう意気込み、再び空に戻ろうとした瞬間。

 

 ──シュボォォォッ! と大きなビームの噴射音を立てて、ガイが高速で移動を始めた。それも、帝国側に向かって。


「なっ? 撤退かっ? どうしてこんな急に……」


 撤退自体が不思議なわけではない。俺たちのペースで進む戦いに不利だと思い込み、自軍へ帰るというのは充分考慮の内だった。だが……それにしても急すぎる。

 

 ……さっきまでガンガン怒り狂って光線を撃ちまくっていたというのに、いったいどういう心境の変化だ? ガイが退いてくれるというなら、俺たちもまた補給のために陣地に戻ることができるが……どうするのが正解だ?

 

「どうしますか、グスタフさん」

「……追いかけよう!」


 ……ガイの狙いが分からない以上、放置は愚策ぐさくだ。俺たちの任務はガイの攻撃対象を少しでも長く俺たちに留めることなのだから。


 俺とスペラはテレポート&浮遊魔術で再び空へと浮かび上がると、スペラの『フレアード』で加速しながらガイの背中を追って空をける。

 

「あっ⁉」

 

 飛び上がった先の空中から下、地上の思いがけない光景を見て声が漏れる。

 

「スペラさん……王国軍が圧勝してないかっ?」

「……本当ですね」


 まだ開戦からたったの20分だったが、しかし王国軍の前線位置は大きく変わっていた。あらかじめ用意していた塹壕ざんごうには補給部隊とそれに付く小隊があるのみで、前線は大きく帝国側へと押し上げられていた。その中でも格段の突破力で、まるでひとつの槍のように帝国軍の幾重もの警戒陣地を喰い破ってる大隊がある。

 

 ──それはチャイカ伯爵直属部隊。その大隊は帝国軍の中央を、まるで海を割るモーゼのようにして馬を走らせていた。その行き先にあるのは、赤いノロシの立つ帝国軍の主要陣地だ。

 

「っ! マズいッ!」


 ここに来て俺はガイの行動の真意を悟る。あのノロシは帝国軍からガイヘの救援要請だったのだ。

 

 ──ガイはその部隊へ向けて青い光線を放つ。それは速さを優先したのか細い一撃だったが、しかしその威力は充分なもの。


 空気を切り裂くような光線がチャイカ部隊へと直撃し、その周辺一帯を巻き込むようにして吹き飛ばす。


「チャイカさんッ!」


 俺とスペラは、スペラの魔力消費もいとわず連続テレポートでチャイカの元へと駆けつけた。

 

「うっ! これはっ……」

 

 辺りは負傷兵だらけだった。爆撃のあおりでも受けたかのように兵士たちがあちこちで倒れている。だが、そのほとんどは帝国兵だ。チャイカ部隊の周りにいた帝国歩兵たちが攻撃に巻き込まれたのだろう。


 土煙の大きく上がる中で、ザッと地面を踏みしめる音が聞こえる。


「チャイカさんッ⁉」

「はぁッ、はぁッ……その声は、子爵か……⁉」


 そこに立っていたのは、チャイカ。しかし、当然無傷ではない。


「チャイカさん、腕ッ!」

 

 額からひと筋の血を流し、本来盾を持つはずのその右腕は複雑に折れ、煙を上げている。酷い火傷だ。


「早く治療を!」

「私は後だ。後ろでノンキに寝てるやつらを、先に」


 チャイカさんの後ろ、大隊の他の面々は落馬して倒れてはいるものの目立った傷はない。ただほとんどは光線による攻撃の余波で意識を失っていた。……恐らくチャイカはスキル『対象集中・高』でガイの放った光線を自らに集中させて、盾のスキルで後ろのみんなを守ったのだろう。


「スペラさん!」


 スペラは頷くと、大隊の面々をテレポートで移動させる。一度に運べる人数は5~6人だ。自陣までの移動で魔力を大量に消費してしまうだろうが、しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。


「すみません、チャイカさん……俺たちがもっと早く砲の戦士を片付けられていれば……!」

「ドサクサで私の名前を呼ぶんじゃない」

「す、すみません、伯爵」

「それと、この結果は気にするな、貴様のせいではない……。敵将が無能だっただけだ」


 傷が痛むだろうに、チャイカは強がるように笑みを作った。


「帝国軍め、どうやら早々に主要陣地を落とされるのではと臆病風に吹かれたらしい。ただの大隊による突撃の欺瞞ぎまん作戦なのにな。それに踊らされたあげく、まさか自軍の兵も巻き込むような攻撃を砲の戦士にさせるとは……将兵の風上にもおけないな」

「お、囮になったんですかっ? 伯爵自らがっ?」

「トップが前線に立ち、欺瞞ぎまんであろうとも敵陣地を喰い破ればそれだけ自軍の士気は上がる。それに聞こえるだろう? 私たちに気を取られている間に、王国軍がすぐそこまで近づいてくる音が」


 チャイカの言う通り、耳を澄ませば王国軍と帝国軍の競り合う音がすぐそこまで近づいてきていた。


「ここまで相手の陣地を喰らいつくしてしまえばこの第一戦、私たちの勝利は目前。その代償が私の隊のみというのなら安いものだ」


 スペラが戻ってくる。すでに何往復か済ませてくれたのか、残りの大隊兵の人数は20名ほどになっていた。しかしそのタイミングで、俺たちを覆っていた土煙がとうとう晴れてしまう。

 

「マズいな……」


 チャイカが呟いた直後のことだった。飛び切り大きな青い輝きがこちらに向けて放たれる。砲の戦士による再びの攻撃だ。徹底した撃滅命令でも出ているのだろう、その光線は残された大隊を丸ごと飲み込むほどに大きなものとなっていた。

 

「子爵、スペラ殿。私たちを置いて逃げよ!」

「っ⁉」

「大隊長の私が隊を見捨てるわけにはいかない。それに私の代わりとなる参謀はいる、しかし貴様らの代わりはいないだろう」


 チャイカは微笑むと、


「子爵、不本意ながらレイア姫殿下のことは貴様に任せるぞ。必ず幸せにしろ。分かったなら、さあ行けッ!」


 などと、そう言って迫りくる青い光線に向かって剣を構える。

 

 ……おいおい、ものすごく勝手なことを言ってくれるな、コイツ。

 

 俺はチャイカの前に、槍を構えて立ちふさがる。

 

「『千槍山』」


 槍の底、石突いしづき部分で地面を打つと、地面から大きな槍の束が突き立って壁となる。

 

「子爵……⁉ 何をしているっ‼ さっさと──」

「逃げませんよ。伯爵を置いてはね」


 俺はスキル『溜め突き・極』を発動し、力を溜め──槍の柄の部分のスイッチを押す。バリバリッ! と矛先に雷エネルギーが充満するのが分かる。

 

 ──直後、ガイの放ってきた青い光線は俺の『千槍山』を障子でも破るように突き抜けて、俺たちのもとに迫りくる。


「『雷影』ッ!」


 俺はその光線を、正面から迎え撃った。俺の槍から放たれる雷の一撃は、極太ごくぶとの青い光線を押し返す。

 

 ……溜め突きで強化し、さらにこれまでの『雷影』で溜め込んだ雷エネルギーを全開放しての一撃だ。俺の持つスキルの中で正真正銘の最大火力だった。

 

 だが、押し返したのは一瞬。

 

「ぐっ⁉」


 またたく間に『雷影』は青い光線へと飲み込まれた。


「『ギガ・フェルティス・フレアード』! 『トリプレット・セイント・シールド』!」


 スペラの最大威力の攻撃魔術が光線にぶつけられ、さらに3枚のシールドが俺を覆った。しかし攻撃魔術は容易く破られ、シールドもまたバリンッバリンッ! ……バリンッ! と次々に割れていき、とうとう俺の間近に迫る。……だが、光線もその勢いはだいぶ殺されていた。これならいける!

 

「うらぁぁぁぁぁッ!」


 俺はその光線を左手の手甲で受け止めて──思い切り横へと蹴り飛ばした。すると光線はズレて、俺たちとは別方向へと着弾する。


「ぷっはぁぁぁッ! なんとかなったぁぁぁぁぁッ!」


 俺は止めていた息を大きく吐き出した。


 ……『千槍山』と最大強化された『雷影』、『炎属性最強攻撃魔術ギガ・フェルティス・フレアード』、『光属性最強防御魔術トリプレット・セイント・シールド』、ついでに回し蹴り1回分をぜんぶ足し合わせてようやく張り合える威力の光線とか……どんなチートだよ! しかも使用制限ないとか、マジで優遇され過ぎだ。

 

「子爵っ! 無事かっ⁉」

「なんとかっ!」

「そうかっ! この大馬鹿者がッ!」

「痛ッ!」


 ボカン、と。チャイカに後頭部を殴られる。

 

「なにするんですか!」

「命令無視だからだ大馬鹿者! 貴様を失ったらいよいよ勝てる戦争も勝てなくなるのだぞっ! 言っただろう! 私の代わりはいるが、貴様の代わりはいないと!」

「そんなわけないでしょうがッ!」


 怒鳴りつけるチャイカに、俺もまた声を張り上げた。


「チャイカさんの代わりがいる? いるわけないだろ! レイア姫にとって、チャイカさんに代われる幼馴染なんてどこにもいないんだよッ!」

「なッ……! こんなときに、なにを! いまは戦争中だぞッ!」

「あーそうですね! 全員を救うなんてできっこない、それは分かってる! でも、それでも俺は自分のこの手が届く範囲なら、できる限りで命を拾いたい! それが姫の友達っていうならなおさらだ!」

「~~~! この、貴様というやつは……!」


 チャイカは頭痛でもするかのように頭を押さえ、ため息を吐いた。

 

「グスタフさん、伯爵、大隊全員の後方への輸送が完了しました」


 スペラがテレポートで戻ってきて、俺たちの横に並ぶ。『グラン・ヒール』をチャイカへとかけた。しかし、その右腕の傷は深く、完治にまでは至らない。

 

「ありがとうスペラ殿。しかしもうよい。魔力は温存せよ」

「かしこまりました。ではまたあの光線が来る前に、伯爵も後方へ」

「……いや」


 チャイカは首を横に振った。

 

「子爵……いや、グスタフ」

「あれっ、俺の名前を……?」

「なんだ、貴様だってさっきから勝手に『チャイカさん』と呼んでいるだろう」

「あっ、すみません、つい」

「……もう別に構わんさ。いちいち指摘するのにも飽きてきたところだ」


 チャイカはフッと笑う。


「グスタフよ。貴様が昨日提案してきたあの作戦、いまなら決行できるが……どうする?」

「えっ?」


 俺とスペラは思わず顔を見合わせた。


「前線は充分に進ませることができた。いまなら大幅な後退をしても、元の位置よりも前線が下がることはない。ゆえに、カイニスの街は戦場にはならん」

「い、いいんですかっ⁉ だって、チャイカさんや兵士たちが命がけで押し上げてきた前線ですよっ⁉」

「その作戦の結果、散りゆく命が減るのであれば……これまで命を捧げた者たちにも悔いはなかろう。それに、『その手が届く範囲なら、できる限りで命を拾いたい』のだろう?」

「っ! ……はいっ!」

「良い返事だ。実はそれについては私もまったく同じ気持ちでな。……もう一度訊くぞ、グスタフ。あの作戦を決行する意思はまだあるかっ?」

「はいっ!」


 俺は深く頷いた。チャイカはそれに満足げに微笑んだ。


「よしっ! それでは私は伝令として各前線に後退の指示を伝えてこよう。貴様らは準備を進めよ。何故だかは知らんが今は砲の戦士の攻撃も止まっている。この時間を無駄にするなよ!」

 

 チャイカはそう言い残すと、主人を失って所在なさげに歩き回っていた馬を捕まえてまたがり、自軍に向けて走り出す。


「グスタフさん、例の作戦ですが……」

「ああ、やろう。頼むぞ、スペラさんが鍵だ」


 スペラは深く頷くと、


「『クルジアの湖 堕ちし醜くし腐りし藍藻らんそう その穢れしもろ手を ひとたび、ふたたび、みたび重ねて──』」


 そのどこかで【聞き覚え】のある、独特の詠唱をし始めた。

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