第81話 作戦会議

 俺たちはさっそくそれぞれの部屋へと通されて、それから再び砦の最上階──チャイカの執務室兼戦略会議室へと足を運んでいた、のだが。


「──という状況で、帝国軍はこの丘陵きゅうりょう地帯に広く展開する見込みだ。恐らく分散しての突撃を仕掛けてくるのではないかというのが私たちの予測なのだが……【名無しナナシ】殿はどうご覧になる?」

「いえ、チャイカ伯爵。帝国軍の侵攻パターンはこちらの資料のように集中突撃が多いです。王国の戦線の1点を喰い破り、中からじわりと制圧していく可能性も考慮すべきです」

「うむ……つまりはこの歩兵の展開は欺瞞ぎまん作戦の可能性がある、と?」

「はい。分散突撃に備えた守備配置に異論はございませんが、しかし1、できれば2個大隊並みの遊軍を設けておき、いつどこに集中攻撃が来ても即時対応できるようにした方がよいかと」

「なるほど……」

 

 チャイカ、数人の軍幹部や隊長格と思しき人物、それに【ナナシ】と呼ばれているダンサたちが頭を突き合わせている。その視線の先にあるのは大きく広げられた地図と敵軍と自軍の駒、それに王国軍がダンサの持つ帝国軍の知識を集めて編集した資料だ。

 

「対空防御についてはどのようになっておりますか? 帝国軍は初級魔術師の層が厚く『フレア』などを多用してきます」

「うむ。火矢の対策で用意したサクラの木材で作られた盾がある。それに加えて丘の地形を利用した塹壕ざんごうも用意しよう」

「塹壕……今から間に合うでしょうか」

「問題ない。この戦場の地質はもろくてな。かなり掘りやすい。魔術師たちの隊にどのような進軍パターンが考えられるかなど、検討されたものはあるか?」

「こちらの資料に」

「……ふむ、なるほどな。王国軍や我が領軍には見られないパターンだ。感謝するぞ【名無しナナシ】殿。これを各部隊長へも通達しよう。しかし残念だな、これほどの見識の持ち主の名をこの戦史に残せないというのは」

「いえ、私は帝国を打倒できるのであれば、それで……」


 このように知恵と策がぶつかって熱を生むようなこの空間。スペラは「なるほどなるほど」と納得気に頷いており、そしてその横で俺とヒビキはポカンとして突っ立っている他なかった。


 ……やっばい。ぜんぜん話についていけない。なんだ、いまなんの話をしてるんだ?


「ねぇグフ兄……ウチら、激ハブじゃね?」

「……だな」

「ウチら、なにしに来たんだっけ?」

「……俺は戦争で、ヒビキは……ヒビキはただくっついてきただけだからなぁ」

「いやね? これでもいちおうは、ウチもなにか役に立てればーと思って来たんだけどね? ちょっといまは『日本語でおk?』って感じかな……」

「まあヒビキはそれでいいんじゃないかな……」


 ……問題はむしろ俺の方だろう。曲がりなりにも王城から派遣された中で一番偉い立場なわけですし? ここでの話を理解できてないってのはマジでヤバいんじゃね? ……あ、ギャル語が移っちまった。

 

 そんなしょうもない疎外感を感じていると、くるりとスペラが俺たちを振り返る。


「ご安心をグスタフさん。作戦のおおむねの概要については私が把握しておりますので」

「さ、さすがスペラさん……!」

「いえ、私にできることをしているまでです。それと同様にグスタフさんにはグスタフさんにしかできないことがあります」

「……それはつまり砲の戦士の相手、ってことだよな?」


 スペラはコクリと頷いた。


「いまここで話されているのは歩兵や魔術師部隊の戦略レベルでの運用についてです。私たちは別動隊として砲の戦士を封じるために動くわけですから、そこまで無理に把握する必要はありません。少し外に出て私たちは私たちで砲の戦士の相手をどのようにするかを考えましょう」


 スペラはそう言うと、俺とヒビキの手を取って外へと連れ出した。


 * * *


「ぷっはぁ~~~! めっちゃ息詰まったぁ~~~!」


 砦から出ると、ヒビキがうーんと伸びをする。俺もまた肩を回した。


「確かにすごい空気感だったもんな……ていうかダンサさんすごかったな、デキる人だとは分かっていたけど、伯爵とか他の隊長とかにいっさい引けを取らないっていうかさ」

「まあなんか革命軍? のリーダーとかやってたって言ってたしね。ダンサちゃんはすごいんだよホント。物知りだし!」


 えっへん、と。なぜかヒビキが胸を張って自慢げだ。


「さて、それではこれからどこで話しましょうか」


 スペラがぐるりと砦の周りを見渡した。周辺は何もなく、少し歩くと市場のような場所があり、喫茶店なんかもあるみたいだったが……いまは残念ながらどこも閉まっている。


「とりあえず歩きながらでもいいんじゃないか? 人通りも少ないし、聞き耳を立てられるようなこともないだろ」

「そうですね。立ち止まっているよりも何か適当に動いていたほうがアイディアは出るものですし」


 というわけで、俺たち3人はブラリとカイニスの街中を歩くことになった。閑散かんさんとした道を歩きつつ、俺たちが考えることはひとつだ。


「名前からして長距離攻撃のできそうな砲の戦士をどうやって止めるか……」

「はいはーい!」


 ヒビキが意気揚々と手を挙げる。


「こっちも対抗して、ウチが遠距離から矢を射掛けまくる! どう?」

「ボツ」

「なんでっ⁉」


 心外とばかりに目を見開くヒビキへと俺はため息を吐いた。


「あのさ、ハッキリさせておきたいんだけど……俺はさ、ヒビキをこの戦争に参加させる気は無いよ」

「え……⁉」


 目を丸くするヒビキ。そんなに意外みたいな表情をされると逆に俺が驚いてしまうが。


「ヒビキは戦争に参加したかったのか?」

「したいかどうかっていうか……てっきり戦力として数えられてるのかと思ってた」

「数えてない。というか、俺はヒビキに戦争に参加してほしいとは思えないんだ」


 ヒビキはキョトンとした顔で、スペラの方へと顔を向ける。が、スペラもまたきっと俺と同じ意見だったのだろう。首を横に振る。


「ヒビキさん、あなたに人は殺せますか?」

「えっ」

「これは王国と帝国の戦争なのです。状況いかんによっては私たちは砲の戦士の相手だけではなく、帝国の兵士も殺さなくてはならないのですよ」

「あ……」


 スペラの言葉に、ヒビキは黙り込んでしまった。でも、それもしょうがない。ヒビキはほんの数カ月前まで、ひとりの日本の女子高生という立場だったのだから。戦争という単語を聞いてどういうものかは分かっていても、こうして事実を突き付けられるまで実感が湧いていなかったというところか。


 ……思えばヒビキは王城の門前で俺と戦った時も命にかかわるような急所は狙ってこなかったもんな。ヒビキにとってはまさしくじゃれ合いの延長、ゲーム感覚だったってことだろう。

 

「ヒビキ、悩まなくていい。ヒビキはヒビキの守りたいものを守ってくれたらいいんだ」

「私の、守りたいもの……」

「砦の中でさ、ダンサさんの側に居てやれよ。ただでさえ不慣れな環境なんだ、ヒビキが居てくれるだけで少しはリラックスもできるだろ」

「……うん。ゴメン……」


 ぜんぜん謝る必要なんてないことだが、でも、戦場に赴く俺やスペラに対して後ろめたさみたいなものがあるのだろう。ヒビキは気まずそうに肩を縮める。


「万が一、砦が落とされるようなそんな事態になったらダンサさんを上手いこと連れ出してやってくれ。それはきっとヒビキにしかできないことだ」

「……分かった。ダンサちゃんのことはウチが絶対に守るよ」

「ああ、任せたぞ」

「うん!」


 軽くその背中を叩いてやると、ヒビキは少し元気を取り戻したみたいだった。……まあ、砦が落とされるなんてそんな事態は考えたくもないがな。

 

 ……さて、そのためにはって話だ。戦場において俺とスペラのふたりで砲の戦士を封殺するということがひとつの前提となってくるわけだが。

 

「なあヒビキ。ちょっともう一度、砲の戦士についての情報を確認させてもらいたいんだけどさ」

「うん。いいよ。とは言っても、ウチはかなり前に一度見たきりだけど」

「ああ、前も聞いたからそれは分かってる。頭を整理するために再確認したいだけだ」

「そっか」

 

 頷くヒビキへと、俺は王城で提供してもらった情報について思い返しながら口を開く。


「砲の戦士が撃ってくるビームってのはさ、相手を焼き殺す系のやつではないんだよな?」

「そうそう。相手を吹っ飛ばす系のビーム。【かめ〇め波】みたいなやつ」

「ビームは直線的なんだよな?」

「うん」

「ひとつの砲から出てくるビームは1本か?」

「そうだよ。でも砲の数だけ一度に撃てるみたい」

「なるほどなるほど? ビームで空も飛べるんだっけ?」

「うん。ウチが前に見たときは下に向いてる砲がふたつあって、そこからビームを出して飛んでる感じ」

「でもってビームは無限に出る、と」

「そういうユニークスキルだって言ってたよ、砲の戦士自身がね」


 ……ここから推測するに、砲の戦士はやっぱり何本も砲を持ってくるだろう。攻撃用に両手両肩に装着して4本、飛ぶためのものとして腰か背中に地面へ砲口を向けた砲を2本……最低でも6本くらいはある想定でいた方がいいかもな。


「……推進や後退するための砲がある可能性も考慮した方がいいかもしれませんね」


 スペラがボソリと呟く。


「地面に向けた砲だけでは前後左右への移動ができませんから。背中に対して垂直に構えられている砲が1つ、腹部に垂直な砲が1つ。両方の腰に左右へと移動するための砲が1つはあるでしょう」

「た、確かに……。ってことは最低10個は砲を装備してるってことか?」

「……ただ、決してそうとも限りませんね」


 スペラはいつも通りの冷静な表情ながら、しかしその口調はどこか重たい。


「そもそも【砲】とは何をもって【砲】なのでしょうか?」

「何って……なにが?」

「大きさに指定はあるのでしょうか? もしそうではなく、単にビームが出せる丸い筒があればよいのであれば……極端な話、小指サイズの筒でもよいのですよね?」


 その言葉に、ハッとする。俺はスペラが何を言わんとしているのかようやく理解ができた。


「つまり、砲の戦士は無数の小さい砲を体に装着している可能性もある、ってことか……?」

「はい。仮に全身に小さい砲が敷き詰められるように装着されているのだとしたら空中でもより精密な動きができるでしょうし、360度どこにも死角はできないでしょうね」


 ……オイオイ。思った以上に厄介なんじゃないか? 砲の戦士ってヤツは。バイオテロも真っ青だ。自由に飛び回るだけで周囲の人間を殺せる人間兵器じゃねーか。


「でもさー、さすがに全身に砲をくっつけるなんてのはないんじゃない? それってフジツボが全身にビッシリみたいでキモいし」


 ヒビキが言う。


「それにさ、全身からビーム出したりしたら仲間にまで攻撃が当たっちゃうんじゃない?」

「あー……前半のキモいうんぬんは理由としてアレだけど、後半は確かに」


 そりゃそうだ。死角が無いってのは聞く限りメリットだけあるようにも聞こえるが、それはあくまで周りが敵だらけの場合のみ。さすがに味方を巻き込んだ上での攻撃はしてこないだろう。

 

「ただそれだと初手で王国軍側に突っ込んでくる可能性はあるな。対策は練っておかないとだ」


 俺たちはそれから数時間、歩いたり、時折腰を休めたりしながら様々な可能性について意見を出し合った。そしてそれに応じる策もひとつひとつ洗い出していく。


「……肝心の【地上を守るための策】が思いつきませんね」

「だな」


 砲の戦士と戦うすべについてはなんとかなりそうた。しかし、砲の戦士の攻撃を地上から逸らすアイディアがとんと出てこない。


「ていうか砲がいくつもあるって時点でムリゲーじゃない? だってさぁグフ兄とスペラちゃんだけで守るなら、どんなに頑張ったところでカバーできるのは2か所だけっしょ」

「まあ、そうなんだけどなぁ……」

「正直……すごく酷な話だけど、全員を全員守るなんてウチは無理かなって思ってる。他の人に気を取られてたらホントに負けちゃうよ?」

「ああ、それは分かってる……。だけど、できるだけ被害は小さく抑えたいんだよ」


 ……まあそのためのアイディアを出せていないんだから現状は妄言でしかないんだがな。だけど、ギリギリまで考えるのはやめたくない。やめてしまったら自分が努力を怠ったせいで死んだ人がいるのだと、一生後悔しそうだ。


「グフ兄の言うことは分かるけど……うーん、誰も人がいないところに砲を撃ってもらうとか?」

「ああ、さっきのスペラの案か? 俺とスペラが常に砲の戦士よりも高所を取って攻め続けることで、砲の戦士の攻撃を空に固定するっていう」

「でも無理なんでしょ?」

「ああ。空中戦っていう相手の土俵の上で、さらに砲の戦士より下の領域に移動できない・戦えないって制約を付けられるのがキツ過ぎる。その分の自由度を補うためにテレポートし続けたとして、それじゃスペラの魔力がすぐに切れちまう」

「う〜ん……手詰まりくさ〜〜〜い!!!」


 ヒビキが物理的にお手上げをして市場の通りの真ん中へと寝っ転がる。人通りがないからといって大胆なヤツだ。


「もうあとは砲の戦士にお願いするっきゃないよ~~~! 『ビームは危ないので、人に向けずに誰もいない地面に撃ってね?』って言ってさ」

「ははは、それで済むなら戦争なんて──」


 と言いかけて、はたと気づく。

 

 ……誰もいない地面にビームを撃ってもらう? それってもしかして……アリなのでは?

 

「スペラさん、ヒビキ。ちょっと突拍子も無い……現実離れした作戦かもしれないんだけどさ」

「どのようなものです?」

「さっきの伯爵とダンサさんの話の中でチラッと出てきたことなんだけど……」


 俺はそのアイディアをふたりに話す。


「……かなりのギャンブルになりますが、できなくはありませんね」

「ていうかていうか、それ成功したらもしかしてさ、犠牲もゼロになるんじゃ?」


 俺たちは互いに顔を合わせ、


「ちょっと伯爵に相談しに行こう」


 となったのだった。

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