第80話 第一印象は……!~第4ヒロイン~

 俺とスペラは荷物をまとめ、カイニスへと旅立つために中庭に集合する。玉座の間を出てから1時間と経ってはいない。だが戦端がいつ開かれてもおかしくない以上、早急な行動が必要だった。


「よし、じゃあさっそく行くとするか。スペラさん」

「いえ、グスタフさん。もう少々お待ちください」

「へ?」

 

 ……意気込んだところに、さっそく出鼻を挫かれた気分だな。だけどいったい何を待つというんだ? なんて思っていると、


「お待たせ~!」


 そんな明るい声を響かせて、俺たちの元へと駆け寄ってくる人影がふたつ。それはヒビキとダンサだった。

 

「『お待たせ』って……え? ヒビキ、なにその荷物?」

「え、お泊りグッズだけど?」

「いや、いやいやいや、なんでお泊りグッズを持ってここにいるの?」

「そりゃ当然、ウチらもカイニスについていくからっしょ!」

「はぁっ⁉」


 まったくの初耳だった。ダンサも当然のような顔をして立っている。


「グスタフ殿、奇遇ですね。私たちも【たまたま】これから王国の北部に行く予定でして」

「いや……絶対たまたまじゃないですよね、それ?」


 ツッコむ俺の肩を、後ろからスペラがツンツンとつつく。


「グスタフさん、そういうていなんですよ」

「えっ?」

「ダンサ皇女殿下の行き先はもちろん我々と同じ、領主のチャイカ様の元。ダンサ皇女殿下が持つ帝国軍の情報を元に、王国軍の指揮の補佐する目的なのです」

「じゃあなんで誤魔化すみたいな言い方を?」

「もちろん、スパイ対策です」

「な、なるほど」


 ヒソヒソと耳打ちしてくれたスペラのおかげで状況は分かった。つまりは王や姫、それにスペラとは水面下で打ち合わせ済みで、あくまで表面上は戦争とは何も関係のない理由でカイニスへと向かうことにしている訳だ。


「とりあえずダンサさんがついてくることは分かったよ……で、ヒビキはどうして?」

「え、だってダンサちゃんがいないとウチ、ヒマじゃん?」

「えぇ? そんな軽い感じ……?」


 俺が目を細めていると、


「大人しくしているのですよ、ヒビキ」

「ダンサちゃん、ウチを犬かなんかだと思ってない?」


 なんて気の抜けるような会話をしている。


「……まあいいか、客人だもんな。別に行動制限してるわけでもないし」


 ──というわけで、俺たちは4人でカイニスへと向かうことになった。

 

 スペラの『テレポート』が発動し、そしてカイニスの手前の町の入り口に着いた。ここには以前、グラン・ポルゼンを踏破するために寄ったことがあったので勝手もよく知っている。特に迷うようなこともなく俺たちはそこで馬車を手配すると、そのまま乗り込んでカイニスを目指した。


「ねぇグフ兄、カイニスまではどれくらいかかるの?」

「そうだなぁ……確か半日とちょっとって話だったかな。だからカイニスに着くのは明日の早朝だ」

「お~、なんかいいね。旅っぽくって!」


 ヒビキは何とも楽しげに馬車の外を眺めている。


「初めてなのか、馬車は?」

「1回だけ帝国で乗ったよ」

「そうか。じゃあ別に新鮮味ももう無いかな」

「ううん、新鮮で楽しいよ」

「そうなのか?」

「うん。こっちの方が万倍、楽しい」


 満面の笑みを浮かべるヒビキに、まあそれならいいかなと俺も微笑んで返した。


 ──そして馬車が動き始めてから3時間ほどが経ち、完全に陽も落ちた。


 俺たちの乗っているワゴンの中もランプを消しているから真っ暗闇に包まれている。ヒビキの穏やかな寝息が聞こえる中で、


「起きてますか、グスタフさん」


 隣の席のスペラが静かに俺の名前を呼んだ。


「……うん?」

「少しお聞きしても?」

「いいけど……なにを?」

 

 ありがとうございます、と言ってスペラは言葉を続ける。


「ニーニャを連れてこなかったのは戦場を見せたくなかったから、ですか?」

「……まあ、そうだな」

「そうですか」


 ……さすがに露骨だったよな。その自覚はある。


 この3週間でやれるだけの対策はしてきたのだ。七戦士の相手ができるのが俺、もしくは親衛隊くらいしかいない以上、今回みたいに七戦士の出現場所が王城から離れた場所になるとどうしても王や姫の守りが薄くなってしまう状況がこれから出てくる。


 その際にはモーガンさんたちや一般衛兵たちだけでも王や姫たちを安全に避難させることができるルート、避難先を念入りに検討したのだ。だから、本来はニーニャを王城へと待機させる理由もなかった。むしろ戦力分散の愚を自ら冒しているともいえる。


「ごめん。……ただスペラなら連れてきてもいいやって思ってたわけじゃないんだ。本当は誰も戦地になんて行かせたくなかった……俺自身も行きたくはないよ」


 スペラはクスリと笑う。


「いえ、私を選んだのは正解ですよ。私は300年という人生の中で、人間の山賊や盗賊を相手にして、死に至らしめたこともありますから」

「……それでも、やっぱりごめんな」

「やめましょう。グスタフさんが謝ることではありませんし、それに姫殿下だって、私だって同じ気持ちですよ」

「そうか……」


 暗闇の中、フワリと温もりが俺の手を包む。


「グスタフさんこそ大丈夫ですか?」

「いざって時の覚悟は決めているよ」

「どんな時でも私はグスタフさんの味方ですよ」

「……ありがとう」


 スペラはそれから、そのままずっと俺の手を握っていてくれた。


 ……長い人生の中で、スペラもまたこうして手を握ってもらって眠りにつくことがあったのだろうか。


 そんなことを考えているうちにいつの間にか、俺は浅い眠りにへと就いていった。


 * * *

 

 早朝、俺たちの乗る馬車はカイニスの街へと着いた。

 

「とうとう来ちゃったな……」

 

 馬車を降りて辺りを見渡せば、その雰囲気はものものしい。人の営みの音だけを切り取ったかのような静けさだけがそこにはあった。


「気を付けなよ」


 多めのチップを払うと、馬車の御者が言った。

 

「最近はカイニスを後にする避難民だらけだよ。魔王の手下とやらとの戦いが終わったかと思ったら今度は帝国が攻めてくるっていうんだから、この街の人間も災難続きだな」


 それだけを言い残すと、馬車は再び緩やかに動き出し元来た道を戻っていった。


「これからどうなさいますか、グスタフさん」

「まずは城を訪ねないとだな」


 ちょうど周りに高い建物が無いところだったので、目指すべき場所がよく見える。他の建物とは頭ひとつ抜けて高いとりでのような建物があった。そこがチャイカのいる城だ。

 

「ねぇグフ兄、チャイカさんっていうのはどういう人なの?」

「ん? そうだな……すごくマジメで誠実な性格で、姫のことをすごくしたってる人だよ。あと領主だけど普通に戦闘も強くて、まさに才色兼備さいしょくけんびってやつかな」

「すごいねぇ。確かレイア姫の幼なじみなんだっけ?」

「ああ。チャイカの方が歳は上だけどね。確か19歳だったかな」

「えっ、若っ! 領主なのにっ?」

「カリスマってのもあるんだろうな、やっぱり。領内からの支持はすごく高いらしいぞ?」

「へぇ~!」


 ヒビキが息を飲んでいると、隣でダンサがキョトンとしたように、


「お知り合いだったのですか? とてもお詳しいんですね?」


 とそう言って首を傾げる。


 ……ヤベ。ついうっかりいろいろと話し過ぎたか。前世で仲間になるヒロインのひとりだったから、ストーリーを進めるうえでチャイカに関する設定はそれなりに頭に入ってしまっているのだ。

 

「あ、失礼しました。そうですよね、グスタフ殿も子爵殿ですものね。それなら他の貴族の情報も入ってくるというもの。グスタフ殿はとてもお話がしやすいので、ついそのお立場を忘れてしまいまして……もちろん良い意味で」

「あ、ああ、いえ。もっと貴族らしい立ち振る舞いができるようにならないといけないんですけどね、本来は。ハハハ……」


 渇いた笑い声でなんとか誤魔化す。ダンサさんも気まずいのかあいまいに笑っているが、とくに不審には思われて無さそうだ。ひとまずホッとする。


「しかしそのチャイカ伯爵が誠実でレイア姫殿下からも信頼されているというのが分かっているのは大きいですね」

「まったくです」


 スペラのその言葉にダンサも頷く。


「どこの国にもプライドが肥大化した貴族というものはいるものです。そういった者たちが相手になるといろいろと面倒ですから」


 ふたりともチャイカの人物像がはっきりしたからか安堵の表情を浮かべている。俺も「安心だね」といいたいところだが……ぶっちゃけ、不安な点がひとつある。


 ……いや、でもまあ取り越し苦労かもしれないし、とりあえず実際会ってみるまでは考えるのはやめておくか。


 さて。


 そんなわけで俺たちは砦までやってきた。目の前までくるとそのデカさには舌を巻く。


 ……ゲームじゃここに籠城ろうじょうしてファウヌス率いる魔王軍と戦闘を繰り広げていたんだよなぁ。なんか実物を見ると謎の感動がある。


 そう、【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】においてこのカイニスは、三邪天のひとりであるファウヌスに侵略されそうになっていた街という設定であり、この砦を拠点としたチャイカ率いるカイニス領軍と戦っていたのだ。


 そんな砦へと尋ね入ると、俺たちは兵士数人に最上階の一室へと案内される。


「──うむ、よくぞ来られた」


 その部屋で俺たちを出迎えたのはフルプレートの鎧に身を包む女騎士。


「私がカイニス領主、チャイカ・フォン・シューンブルーマン=カイニスだ。いまはこの戦線の総指揮官でもある」


 チャイカはそう言ってヘルムを脱ぐ。その下から、黒髪のポニーテールがふぁさっと揺れる。たゆまぬ訓練で日に焼けたのだろう褐色の肌には玉のような汗が浮かんでいた。


「見苦しくてすまない。上に立つ私が常在戦場の心構えを失っては配下の士気に関わるゆえ、普段からできるだけ鎧を着込んでいるのだ。暑くて敵わんがな」

「いえ、そんなことは。お忙しい中でお時間を取ってもらいありがとうございます。俺たちは──」

「ああ、貴殿らのことは知っている。私も先の終戦宣言式には参加したし、かねてよりレイア姫殿下からの手紙で聞き及んでもいる」


 チャイカの視線がぐるりと俺の後ろへ巡る。


「貴殿は親衛隊所属者でありエルフの里代表のスペラ殿だったな? 魔王軍幹部を焼き殺すほどの強力な魔術を持っていると風のウワサで聞いている。大変心強い限りだ」

「微力を尽くします、チャイカ様」

「そしてもう2人は【かの国】の協力者たちか」

「ええ。私のことは【名無しナナシ】とでもお呼びください。こちらは従者のヒビキです。戦略について、少しはお役には立てるかと存じます」

「うむ、そちらの事情については聞いている。よろしく頼む。そして最後に──」


 ダンサの言葉に頷いたチャイカは俺の方に向き直り、ギリッと音を鳴らす。それは奥歯と奥歯が強く嚙み合わされる音だ……チャイカの視線は俺を射貫かんばかりに引き絞られていた。


「グスタフ・フォン・ヒア=モーブラッシェンター……! 貴様についてのことは、それはもうよく知っているとも! 突然現れたかと思えばまたたく間に親衛隊などという立ち位置に収まり、レイア姫殿下のお側に日夜仕えるという【うらやまけしからん】男だ!」


 チャイカは『敵はここにあり』とでも言いたげな表情で俺に指を突き付けると、


「だからと言って調子に乗るなよ、子爵! ここでは私がルールだ!」

 

 と言い放った。

 

 ……まあ、そうだよね。そうなるよね。俺の不安、的中。

 

 俺が前世でプレイしていたクソゲー、【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】の第3ヒロインであるこのチャイカは……【レイア姫絶対大好きウーマン】なのだ。なぜ常日頃から鍛錬たんれんを怠らないのかといえば、それはいつかレイア姫を妻として迎え入れるため。男よりも男らしく、淑女よりも紳士を目指して生きているのだ。

  

 ……で、そんなキリっとしたキャラクターであるはずのチャイカなんですが、今はなんか目の端に小粒の涙さえ浮かべて息を荒げている。


「えっと、チャイカさん? 泣いてます?」

「泣いているものか! これは汗だ! 決してレイア姫殿下から来る手紙の内容が貴様についてのことばかりになってしまったことに悲しくなってるわけではないっ! うぅ……!」


 ビシリ! とチャイカは俺に指を突き付けてくる。


「それに貴様、いったい何様のつもりだ!」

「えっ?」

「私は貴様に『チャイカさん』などと下の名前で呼ぶことを許した覚えなどない!」

「あっ、はい。すみませんチャ……」

「……」ギロリ!

「も、申し訳ありません、伯爵……」

「今回は許してやる……」ムスッ


 ……ふ、不安だ。果たして俺はチャイカと上手く協力し合っていけるのだろうか……?

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