第79話 帝国軍に兆候あり
『カイニス北部の
王城へとその報せが届いたのは、レントたちの襲撃から3週間が経ったころのこと。俺たち親衛隊の面々、それにダンサとヒビキが玉座の間へと招集を受けた。
「……とうとう戦争が始まるぞ」
王が疲れたように言うと、重たい空気が玉座の間へと降りた。
「この3週間、我々は戦争回避のためにあらゆる手段を尽くしてきた。だが、この流れを変えることはできなかったようだ。許せ」
「何を仰います、陛下。陛下のせいではありません。すべては帝国の横暴です」
モーガンさんは呆れたように首を横に振る。
「こちらのすべての使者が門前払いにし、『勇者アークを引き渡せ』という一方的な条件提示のみを突き付けてくるなど無礼にもほどがあります。仮に王国がそれに応じてしまえば、それはもはや無条件降伏と同義でしょう。余計に帝国をつけあがらせるのみ。粘り強く交渉の機会を持とうとした陛下のご判断は間違っておりません」
隣に立っていたレイア姫もまた頷いた。
「我々王国の努力は周辺諸国にも知れ渡っていることでしょう。それだけで当初の目的のひとつは果たせたと考えるべきです。それよりもお父様、いまはこれからのことを考えなければなりませんわ」
「……うむ。その通りだな」
「さて、お主らをこうして呼び出したのには理由がある。どうやら向こうの軍には【七戦士】のひとりがいるらしいのだ」
王の言葉に俺たちは互いに顔を見合わせはするが、それほど驚いた様子は誰も見せなかった。
……まあ、やはりな、って感じだもんな。そりゃチートキャラがいるなら使ってくるだろうってのは想像に難くない。そしてそれに対抗できる戦力が俺たちくらいのものだろうということも。
「それでお父様、その七戦士はいったい……」
「うむ。報告のあった
「砲の戦士……」
ニーニャが首を傾げた。
「それってアレですよね、陛下。なんか光の矢? みたいなものを撃ってくるとかいうヤツですよね?」
「うむ。そのはずだ」
ニーニャのあいまいな問いに頷くと、王はヒビキへと顔を向ける。
「で、あったな? ヒビキ殿」
「あっ、はい。そうですねー、まあ光の矢じゃなくてビームですけど」
「うむ……すまぬな。いまいちその【びーむ】とやらが想像できんのだ」
ヒビキ以外の面々はみんな苦笑いしている。
それもそのはず、この世界に
……そりゃな、光の束が寄せ集められることですさまじい威力を発揮する、なんて考え方はなかなかできないだろう。日本生まれであれば【かめ〇め波】とかでイメージはつきやすいと思うけど……。
「う~ん、なんかいい例えができればいいんだけどなぁ~」
ヒビキは腕組みしながら考えて、ハッと何か思い出したように表情を明るくした。
「アレですよ陛下、グスタフが前にナンジョウと戦ってたとき、最後に出したスキルがあったじゃないですか? 覚えてますか?」
「ああ、うむ。あの本物の雷のような一撃か」
「そうですそうです! アレっすね。あんな感じの攻撃を無限に撃てるのが砲の戦士です」
「な……」
王が口をあんぐりと開けた。
「あの雷のような一撃を……無限にだと?」
「そうっすね~。でもたぶん威力に関しては砲の戦士の方が強いっすよ。なんでも砲の戦士は七戦士の中で【最強】の攻撃力を持ってるとかいう話なんで」
ヒビキはあっけらかんとして言う。
「1発で地面に大穴開けますし、それに確か発射するための砲が複数あればそれだけの数を一度に撃てるので。あとビームの力で空も飛べるみたいな話も……って、この情報に関しては前にも同じことを話しましたっけ?」
「……うむ。レイア伝いで聞いておる」
王は頭痛でもするのか、額を押さえる。
「つまり砲の戦士を放置してしまえば、グスタフの『雷影』以上の攻撃が王国軍の頭上から絶え間なく降り注ぐ、ということか……」
その言葉に、他の面々もまた砲の戦士の攻撃手法に関してのイメージが具体的にできてしまったのか、一様に静かになる。
「……無理ね、防ぐ手立てがないわ。どんな修練を積んだ兵士でも、落ちてくる雷には勝てないもの」
ニーニャの言葉に、王が深く頷いた。
「うむ。それは認めざるを得まい。だが、だからといってやられるがままであるわけにもいかぬ」
王はそう言うと、俺の方を向く。
「グスタフ、お主に今回も大役を頼みたいと考えている」
「はい、陛下」
「いつもすまぬな。グスタフ、お主には砲の戦士を止めてもらいたい。そやつに戦場で自由に動かれてしまっては、王国の敗北は確実だ」
「全力を尽くします」
……まあ、こうなるだろうってことは分かっていた。レベル的に見ても現状で七戦士たちと対等に渡り合えるのは俺くらいのものだからな。
「陛下、戦場にはスペラさんを共に連れて行きたいのですがよろしいでしょうか?」
「うむ? ああ、もちろんだ。もしやスペラ殿が何かこの戦局のカギを担っているのかね?」
「いえ、単純に……俺ひとりでは空が飛べませんので」
……さすがに攻撃が当たらなきゃ対処のしようがないからな。
「えっ? グスタフ、アタシはっ?」
「ニーニャは今回は王城で待機だな」
「なんでよっ?」
食い下がるニーニャの頭を撫でる。
「姫の護衛としてひとりは親衛隊メンバーは残したい。この3週間で検討を重ねて王城内の避難ルートと王城外の避難先については固まったけど、それでも親衛隊メンバーが王城にひとりも残らないっていうのは心配だ」
「それは、そうだけど……」
「とにかくダメだ。今回は待機。待機ってことはいざとなったら出動してもらうわけでもあるんだからな。その時のために城で備えていてくれよ」
畳み掛けた俺の言葉にニーニャは何かを言い返そうと口を開きかけていたが、しかし、
「ニーニャさん」
おそらく俺の心の内を読み取ってくれたのであろうレイア姫が、ニーニャのその手を取った。
「私からもお願いします。どうか王城内に居てくださいませんか?」
「レイアまで……」
ニーニャは力を抜くようにひとつ大きく息を吐き出すと、
「分かったわよ……待機してればいいんでしょ?」
そう言って折れてくれた。
「助かるよ、ニーニャ」
「ふんっ! ピンチになる前に呼びなさいよ!」
話もまとまり、王は最後に、
「グスタフよ、戦後はお主の活躍に報いるだけの報酬を約束する。酷な舞台となるだろうが……どうかカイニスの領土を頼んだぞ」
その言葉に俺は深く頷いた。
「また爵位に関する願い事を言ってしまうかもしれません」
「ふっ、帝国との戦争を解決した男の望みともなれば、誰も異論は挟むまい」
──それから玉座の間を出てすぐ、
「グスタフ様っ」
姫が俺の元へ、とても心配そうな表情でやって来る。
「カイニスへはいつ頃立ちますか?」
「そうですね、今日にでも。スペラと行ったことのない町だから、テレポートは途中の町までしかできませんので……」
「そうですか……」
姫は俺の手を両の手のひらで包み込む。
「どうか、ご無事で」
「はい。必ず元気なままで帰ってきますよ」
「お願いします、約束です」
ギュッと、俺たちは互いに手を握りしめあった。
「……カイニスの領主は私の幼なじみです」
「えっ?」
「とても優秀で人情のある指揮官であり、彼女自身もまたとても強い人です。必ずやグスタフ様のお力になってくれると思います」
「あっ……そうか」
思わず漏れ出た俺の声に、姫がキョトンとした顔で首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「ああ、いや。なんでもないです」
その場はあいまいに誤魔化して、俺たちは別れる。
俺はカイニスに向かうための準備をしに自室へと戻ってきた。いろいろと荷物をまとめながら、こちらの世界に転生してきてからそういえばまだ一度も足を踏み入れていなかったカイニスの町に思いを
……いやしかし、人生ってのは分からないもんだな。まさかここにきて、こんな風に接点ができる日がこようとは。
──チャイカ・フォン・シューンブルーマン=カイニス伯爵。
彼女はレイア姫の幼なじみであり、カイニスの町を含む王国北部に広く領地を持つ伯爵であり、そしてなによりも【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】の最後のヒロインである重装騎士職のキャラクターなのだ。
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