第9章 開戦

第78話 それぞれの思惑

 ──帝都、その中心にある議事堂。そこには大きな時計塔が隣接している。

 

 帝都に住む多くの人々がその時計塔の正面を囲むようにして集まっていた。決して時間を見るために集まったわけではない。彼らの視線の先は、時計台の頂上付近から突き出したバルコニー。そこに立つ皇帝ジークだ。

 

 ジークは魔術で声量を上げ、集まった人々に向けて熱弁を奮っている。


「──以上が、現在の帝国の状況だ。不当に勇者を閉じ込める悪しき王国に、我々帝国は頑として立ち向かい、正義の鉄槌てっついを下してみせよう。帝国の民よ、見るがいい!」


 ジークが手を向けた先、3人の武装した兵士がバルコニーへと出てくる。飾りの派手なプレートアーマーにすっぽりと全身を包み、その顔は分からないようになっているが……各々が特徴的な剣、槍、そして鉤爪かぎづめを武装していた。


「彼らが我々帝国を守り、そして王国を打ち倒す正義の使者──【七戦士】たちだ。そのレベルは50を越え、そしてこの世にふたつと無いスキルを保有する最強の戦士である。民衆よ、彼らを称えよ!」


 ジークの言葉を聞くやいなや、人々はワッ! と歓声を上げ、割れんばかりの拍手で皇帝のその言葉を迎え入れた。誰かが「七戦士バンザーイ!」と叫ぶと、それは次第に群衆全体へと広がっていく。

 

「七戦士たちがいる限り我が帝国が負けることはない。この3人の他の戦士たちはみな、帝国を守るための特殊任務についている。諸君らは安心して戦争を見守っているがいい!」


 七戦士バンザーイ! 帝国バンザーイ! ジーク皇帝陛下バンザーイ! という群衆たちの声援にジークはひとしきり手を振って応えると、時計塔の中へと消えていく。それを追って3人の七戦士たちも中へと戻った。


「……ふぅ」


 七戦士たちは時計塔内部に入るやいなや、仰々しいプレートアーマーのヘルムを脱いだ。その内のひとりであったレントは、侍女から手ぬぐいを受け取ると額にびっちょりとかいた汗を動きにくそうにしながらぬぐい出す。


「アッツいなぁ……」

「ご苦労だったな、剣、槍、そして獣の戦士たちよ」


 ジークがそう労うと、それにため息で返したのは槍の戦士──テツだった。


「俺たちが出る必要ってありましたかね、陛下? プレートアーマーを着こんで30分近く待機させられたかと思ったら、姿を見せるのはたったの数分って」

「そう言うな、槍の戦士よ。これも必要なパフォーマンスだ」


 ジークは侍女に持ってこさせた冷たい水を飲み、ため息を吐いた。


「それにそんな飾り物のプレートアーマーを着ながらでも俺を守ことができるのは今の帝国にはお前たちしかいないのだ。最近は帝都内も物騒でな、大物商人や貴族の暗殺事件が絶えん」


 ジークは舌打ちをする。


「おそらくどこからかダンサが脱獄したという情報が漏れたのだろう。これまで潜伏していた革命家気取りの反逆者どもがよほど活気づいていると見える」

「俺たちは見世物と兼ねて皇帝陛下の護衛をしてたってことですか……なかなか忍耐のいる仕事みたいですねぇ、七戦士ってのは」

「ククク、皮肉か? すべてが終わった後は領地でも財でも、欲しいものをくれてやる。それで満足しろ」


 ジークはそう言い残すと背中を向け、奥に控えていた初老の魔術師の元へと向かった。非常に腰の低い中年の秘書官がそれに続く。


「ではな、戦士たち。この帝都内であれば散策程度は許可しよう。この機に我が花の都を満喫していくがよい」


 直後に魔術師が発動したテレポートにより、ジークたちは消える。それを見送ると、レントがとがめるような視線をテツへと向けた。


「どうして陛下に突っかかるような言い方をするんですか、テツさん」

「別に、思ったことを正直に言ったまでさ」

「いや、それだけじゃないでしょう? 物言いになにか毒がありましたよ?」

「はぁ……」


 食い下がるレントへとテツは疲れたようにため息を吐くと、


「気に食わないってだけさ。この歓声がな」

「……? ますます分からないな」


 レントは首を傾げる。


「俺たちは称えられて、頼られているんですよ? 良いことじゃないですか」

「どうだかな……」

「何がご不満なんです?」

「どいつもこいつも、観衆たちはみんなイエスマンのように皇帝の言うことを歓迎するだけだった。ひとつの疑問の声だって上がりやしない。なんでだと思う?」

「なんで……? ああ、陛下の言葉にみんなが賛同する理由ですか? 俺は知ってますよ。結構マメに情報収集はしてるんで」


 レントは指をパチンと弾いた。


「なんでも今の陛下になってから帝国の生活はとてもよくなったんだとか。帝都の様子を見れば分かるように、どこも活気であふれているようです。確かな経済手腕が評価されているみたいですよ」

「……それは誰の情報なんだ?」

「え? アグラニスさんですが」

「身内かよ……」


 テツが再びため息を吐くと、レントはムッとした顔をする。


「なんですか、アグラニスさんが嘘を吐いているとでも?」

「別にそんなことを言うつもりはないけどな。だがレントくん、君は人も情報も、一面だけを見て判断してしまう悪いクセがあると思うね」

「……テツさんは疑っている、というわけですね?」


 レントは鼻を鳴らすと、


「分かりました、いいでしょう。ではこれから俺たち3人で帝都を散策してみましょうよ。そうすればアグラニスさんの言っていたことが真実かどうかが分かります」

「帝都の状況だけ見て分かることだとも思えないがな」

「いま散策できるのがここだけなんですから仕方ないでしょう? あと、ついでに団体行動で俺たちの親睦しんぼくも深めませんか」


 レントはそう言うと、獣の戦士である【ジン】の方を向いた。


「この異世界に召喚されてもう2カ月近くになりますが、まだあんまり話せたことないですよね? ジンさん?」

「……」

「この機にお互いのことをもっとよく知りませんか? それにジンさんには俺から話しておきたいこともあるんですよ」


 ジンはしかし何も返事をせず、190cmのその長身の先から、ただただしゃべり続けるレントを見下ろしていた。


「ジンさん?」

「……」


 ジンはフイッと、興味を失ったかのようにレントから顔を背けると、ひとりで時計塔の階段まで歩いて行こうとしてしまう。


「ちょ、ちょっと、ジンさんっ?」


 レントはその行く手の前に割り込んでジンの足を止める。


「あのっ、俺の話聞いてましたよねっ?」

「……」

「団体行動で親睦を深めましょうって、俺言ったんですけ──」

「ジャマだ」

「は?」


 ガシリ、と。ジンの大きな手がレントの肩に置かれたかと思うと、次の瞬間にレントは横に大きく投げ飛ばされていた。

 

「がはっ⁉」


 ガシャンッ! と大きな音を立ててレントが壁に衝突する。


「オレはやりたいようにやるだけだ」


 ジンは低い声でひと言そう言うと、そのまま立ち去った。


「おいおい、レント君。大丈夫か?」

「ゲホッ、ゴホッ!」


 背中を強く打ったのだろうレントは大きく咳き込んで、少し落ち着くと、


「……クソッ!」


 ジンの消えた先の階段をにらみつけ、悪態を吐いた。


「なんなんだよ……! 俺が何かしたかっ⁉︎」

「まあ、あのジンとかいうやつは何を考えてるのか分からんからな……」

「政治犯を脱獄させていっしょに逃げたヒビキちゃんといい、コミュニケーションひとつまともに取れない獣の戦士といい、勝手すぎるやつが多すぎる……!」


 テツの手を借りて立ち上がると、レントは怒りの向け先が無いとばかりに壁を蹴りつけた。


「しかも聞いてくださいよ! アイツ、最近よく宮廷を抜け出してるんですよ……!」

「アイツ?」

「ジンです!」


 食らいつくようにレントが答える。


「何をしてるんだかさっぱりですが、昨日は……服に赤い……血みたいなものを付けて帰ってきてたんですよ」

「血ぃ?」

「たぶん……。夜の鍛錬後、部屋に戻るときに見たんです。暗かったんで、見間違えでなければですが。ただ、服が汚れるようなことを外でしてきてるのは間違いないです!」

「それは……誰かに報告はしてないのか?」

「ええ。まだ誰にも。まずは本人に確認してみようと思ってましたが……あんな態度ならもう知りませんよ。即刻アグラニスさんに報告してやります」


 その日は結局レントもテツも帝都の散策はせずに、そのまま宮廷へと帰ることになった。


 のちに『血と瓦礫ガレキの雨が降った日』と伝えられる帝都最悪の事件。それがこの日の夕方、獣の戦士ジンによって引き起こされることを、ふたりはまだ知る由もなかった。




 * * *




 ──帝都時計塔でのジーク演説の数日前。帝国宮廷にて。

 

「なんだよ、突然こんな部屋に呼び出したりしてさ……」

 

 とある部屋の扉を開いて、杖の戦士──シンクはおそるおそるとその部屋の中心に立つ人物へと尋ねた。その人物はシンクに振り返ると、

 

 ……杖の戦士、これからお前に協力をしてもらう。

 

 そのようなことを呟いた。

 

「協力ぅ?」

 

 シンクは首を傾げた。


「まったく話が見えないな。何についての協力だよ?」


 ……このままではこの世界は【滅びる】。それを止めるための協力だ。

 

「……は???」


 アゴが外れたのではと思うほどに大口を開けて驚くシンクへと、その人物は言葉を続ける。


 ……この世界はただの世界ではない。見ろ。

 

 その人物は自身の横に置いてあった箱の中から、何やら黒いウロコのようなものを取り出すと、『アイテム説明参照』と呪文を唱えた。すると、


 ──ブォンッ!




====================


×参照先が存在しません。(Null Pointer

Exception)


====================




「……はぁっ⁉」


 先ほどよりも大きな声で、シンクは食い入るようにその空中に浮かび上がるポップアップ表示を見つめた。

 

「エ、エラーダイアログ……? エラーダイアログが、なんでこんなところに……?」


 ……この世界が不完全なゲームの中にある世界だからだ。


「はっ?」


 ……この世界は【リリースされなかったゲームの世界】。バグだらけの世界なんだ。


「う、嘘だろ……? ゲーム……?」


 ……ステータス画面が表示できたんだ。不思議な話じゃないだろう。


「い、いや! だとしてもだ、なんでお前がそんなに詳しくこの世界のことを知ってるんだよ! お前だって俺たちと同じ、この世界に突然召喚された人間のはずだろっ⁉」


 ……前の世界でこのゲームの制作に関わっていたからだ。


「そ、それなら確かにどこでバグが出るかもわかるかもしれないけどさ……。おい、それじゃあ世界が滅ぶっていうのは本当のことなのかっ?」


 ……そうだ。

 

「いつっ⁉」

 

 ……分からない。【向こう】の都合によるだろう。だからこそ、早急に我々がこのゲームの結末を導く必要がある。


 シンクは頭を抱えるようにして悩むと、


「帝国は? 帝国はどうするんだ? まさか俺たち帝国を裏切って、ヒビキのやつみたいにお尋ね者になるんじゃ……?」


 ……帝国のことは裏切らない。むしろ途中までは共同路線だ。アグラニスや皇帝もその辺りの話は通している。


「そ、そうか……」


 シンクは少し落ち着いたように息を吐く。

 

「分かった、協力するよ。せっかく異世界転移ができたってのに、その異世界が滅びちゃ困るからな」


 ……そうか、よろしく頼む。

 

 シンクはその人物が差し出してきた手と、握手を交わした。

 

 ……そういえばお前、本名は?


「えっ?」


 ……シンクは偽名なんだろう?


「し、知ってたのか?」


 ……最初の自己紹介の様子を聞いていれば分かる。今後はこの世界において本名が必要になることもある。いまのうちに訊いておきたい。

 

「わ、分かった。僕の本名は【山田薫ノ春かおるのしゅん】だ。変な名前だろ、僕はこの名前のせいで小中高と学校でからかわれ続けてたんだ」


 ……そうか。災難だったな。


「まったくだよ……」


 ……ではこちらも本名を明かそう。林田はやしだまもるというんだ、実はな。

 

「なんだよ、お前も偽名だったの? ぜんぜん違和感なかったから気づかなかったよ。ははっ、どうしようか。これからどっちで呼べばいい?」


 ……いつも通りに頼む。こちらもお前のことはシンクと呼び続ける。

 

「りょーかいだ」


 それからふたりは再び固く握手を交わし直すと、今後についての打ち合わせを行い、それからそれぞれの部屋へと戻った。

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