第77話 グスタフ×ニーニャ=秘密の逢瀬?

 ──グスタフが例の衛兵訓練に使っていた荒れ地にヒビキを連れていくとか言い出した。

 

 ……はぁっ? なんでいまさら荒れ地っ? というのが正直な感想ではあったが、ニーニャは渋々頷いた。言ったら言ったで絶対に自分だけ城に帰らされそうだと思ったのだ。

 

 ……最近はアタシも自分の仕事が増えて、グスタフといっしょにいる時間がただでさえ減ってきちゃってるんだから……仕方ないわね。

 

 ということで、3人による荒れ地での久々のモンスター討伐が始まった。もちろん誰も苦戦はしない。モンスターのレベルはだいたい12から最大でも20ほどなので、1対1でも遅れなんて取りはしないのだ。

 

「はぁ……」

 

 ニーニャは小さくため息を吐いた。やる気が湧かない。グスタフといっしょに過ごせるのは嬉しかったが、しかしそれだけならもうちょっと場所は選べるんじゃないか……なんて考えていると。

 

「ニーニャ、ちょっといいか?」

「わっ⁉ ど、どうしたの?」


 突然、グスタフがヒソっとした声でニーニャに耳打ちをしてきた。

 

「今日の夜、時間取れるか?」

「よ、夜……?」


 ……なんだろう、仕事かな? 特に用事があるわけでもなかったのでニーニャはその場で頷いた。

 

「助かるよ、ありがとな」

「別にいいけど……何時くらい?」

「23時くらいに待ち合わせたいんだけど、ダメかな?」

「えぇっ?」

 

 かなり遅い時間だ。その時間帯になると王城内もほとんどが松明たいまつを消されてしまう。動くものといえば夜勤で巡回をしてくれている王城衛兵たちがチラホラといるくらいだ。


「……なにか、その時間でなきゃできない特殊な仕事とか?」


 ニーニャが訊くと、


「いや……仕事、ではないな。個人的なお願いなんだ」


 グスタフは言いよどんだ。

 

「あまり人目に付くのはマズいっていうか……」

「なによ、ハッキリしないわね?」

「ちょっとこの場ではその、言い辛いし、あと説明も必要でな」

「はぁ?」


 なんだかよく分からないが、ややこしい頼み事のようだった。どうやらヒビキにも隠したい内容のようだし……これは大変な作業が待っているかもしれない。でもまあ、グスタフが自分を頼ってくれるのならと、ニーニャは了承することにした。


「ホント助かるよ、ありがとうニーニャ」

「別にいいわよ。それで? アタシはどこに行けばいいの?」

「そうだな……王城の裏庭に掃除用具の倉庫があるだろ? その裏で待ってるよ」

「ずいぶん人気ひとけの無いところを選ぶわね……まあいいけど。分かったわ」




 ──それからモンスター討伐を終え王城へと帰還し、夜。




「そろそろ、ね」


 ニーニャは自室の時計の針が22時30分を差したことを確認すると部屋を出た。

 

 ……ちょっと時間が早いけど、まあどんな任務が待ってるかも分からないしいいわよね? さて、『気配遮断+』を発動っと。

 

 グスタフが人気の無い時間・場所を指定したのにはきっと意味があるに違いなかった。なので、極秘の任務の可能性を考慮し、他の人間に気取られることの無いように忍び足で指定された倉庫裏へと向かう。

 

 ……しかし、いったい何を頼まれるのやら。

 

 王城の裏の内門に差し掛かる。ここの抜けて左に曲がれば裏庭だ。内門の前には夜勤の衛兵ふたりが立っていた。彼らは仕事中であったものの、どうやら談笑しているようだ。別にそれをとやかくとがめるつもりはない。しっかりこの門を守れていればそれでいいのだ。

 

 ……まあ『気配遮断+』を発動してる私にはそんな守りも無意味なんだけどね。

 

 と、ニーニャがそのふたりの間をすり抜けて外に出ようとした時のことだった。


「あ、そういえばこの前オススメしてもらった路地裏よかったです。彼女とめちゃくちゃイチャつけちゃいましたよ」

 

 衛兵のひとりがデレデレとだらしない顔でもうひとりの衛兵にそんなことを語り始める。


「夜遅くて人気ひとけもなくて暗くてちょっと怖いんですけど、そのせいで少し不安がる彼女の表情に……なんていうかこう、背徳感が刺激されるっていうか」

「だろぉ? 俺はその路地裏で盛り上がった結果、妻との間に子供ができたんだ。やっぱり時代は『夜遅くて人気の無くて暗い場所』なんだよなぁ」


 ですねぇ! という相づちと共に、わははっ! という下品な笑い声が響く。


 ……なんていう話をしてるのよ、この衛兵たちは!


 ニーニャはウンザリしたようなため息を吐いた。

 

 ……まったく、何が『やっぱり時代は『夜遅くて人気の無くて暗い場所』なんだよなぁ』なんだか。もしかして【吊り橋効果】ってヤツを信じてるのかしら? スラムでお世話になったバーちゃんも言ってたけど、男って本当に単純なのね。そんな夜が遅くて人気がなくて暗い程度で、女心が揺らぐハズないわよ。


 そうこう考えているうちにニーニャは裏庭の倉庫裏にまでやってきた。おそらく自室からここまで10分程度しかかかっていない。

 

 ……まだ、グスタフは来てないみたいね。

 

 倉庫裏はわずかに月明りが差し込むだけのほとんど真っ暗闇だった。

 

 ……早く来てくれないかしら。

 

 思わず腕をさすった。別に暗闇が怖いワケではない。だけど夜遅いこの時間帯に、暗い場所でひとりきりというのはやはり心細くはある。人の気配もまるでしないし、静かすぎるのがちょっと不安だった。


 ……って、ん? アレ? 『夜遅い』? 『暗い場所』? 『人の気配がしない』?

 

 …………アレ???


 ふいに、先ほどの衛兵たちの会話が頭をよぎる。

 

『彼女とめちゃくちゃイチャつけちゃいましたよ』


『そこで盛り上がった結果、妻との間に子供ができたんだ』


『やっぱり時代は『夜遅くて人気の無くて暗い場所』なんだよなぁ』


 ……。


 …………。


 ………………。

 

「いや、いやいやいや……」


 ……まさか、ね。そんなまさか。

 

 ニーニャは首を大きく横に振って変な考えを捨てようとする。

 

「そうよ。そんなことあるわけないじゃない。まったくアタシったら何を考えてるんだか。だいいち、今日呼び出されたのだって……」


『いや……仕事、ではないな。個人的なお願いなんだ』

 

『あまり人目に付くのはマズいっていうか……』


『ちょっとこの場ではその、言い辛い』


 荒れ地で、グスタフが少し照れるように言いよどんでいたその姿が思い返される。


 ……。


 …………。


 ………………。

 

「──あれぇ?」


 今の状況を整理してみると、こうだ。


 ──グスタフに『夜遅くふたりきりの状況で、人前では照れて言い出せないような個人的な頼み事』をされようとしている。

 

 その事実に、ニーニャの頭は真っ白になった。


「うそっ、えっ? うそよ……えぇ?」


 ニーニャのは顔は次第に赤くなり、熱を持っていく。その熱さを自覚してしまうと、次から次へといろんなところから変な汗が噴き出てくる。

 

 ……あ、どうしよう。汗臭くなっちゃう……じゃなくてっ!


 ニーニャはブンブンと首を横に振った。


「違う違う、何か勘違いしてるだけよ……。だって、ホラ、グスタフはレイアのことが好きなはずで……そうよ、魔王戦のとき『愛してる』って言ってたし……!」


 はた、と。しかしそこでニーニャは思い出す。

 

 最近、グスタフはレイアといっしょにいる時間が減っていることに落ち込んでいたことを。さらに直近では城下町で『レイアと結婚もしてないのに、チューなんかしないように!』なんて言って、他ならぬ自分自身がグスタフに欲求を抑え込むように注意してしまったことを。

 

 ……スラムで世話になったバーちゃんが言ってた。『男はガマンのできないケモノなんだよ』と。ガマンっていうのは、つまり手を繋いだりギュッてしたりチューしたり……ハレンチなことを、でしょ……?

 

「ま、ままま、まさか、グスタフっ……」


 ……抑圧されたその欲望を、アタシで解放しようとしているのでは──っ⁉

 

 ニーニャがそれに思い至ると同時、

 

「──ニーニャ?」

「ひゃぁっ⁉」


 後ろから突然グスタフの声がかかり、ニーニャは思わず30㎝くらい飛び上がってしまう。

 

「ご、ごめん、ニーニャ。驚かせちゃったか?」

「うっ、ううんっ! ぜ、ぜんぜんっ!」

「そうか?」


 グスタフはちょっと申し訳なさそうな表情で、暗闇の中、ニーニャを覗き込むようにその顔を近づけてくる。


「ちょぉっ! すとーっぷ!」

「な、なんだっ?」

「それ以上は近づいちゃダメ! 下がって!」

「え? なんで?」

「あ、汗っ! 汗かいちゃってるから!」

「そんなの俺、ぜんぜん気にしないけど」

「アタシが気にするのよっ! もうっ!」


 ていっ、と慌てたニーニャがグスタフの肩を押して距離を取ろうとする。だが、それとニーニャの言葉に従ってグスタフが後ろに下がるのは同時だった。

 

「あっ?」


 スカッと。ニーニャの突っ張った手が空を切った。その体のバランスが崩れて、倒れそうになるが……ポスン。


「おっと。大丈夫か、ニーニャ?」

「~~~っ⁉」


 気づけばニーニャの体はグスタフに支えられるように抱き留められていた。グスタフの厚い胸板にニーニャの顔はすっぽりと埋まる。

 

 ──あまりの突発的な事態に、ニーニャの頭はパンク寸前だった。

 

「それでなんだが、ニーニャ。俺の頼みごとを聞いてくれるか」


 グスタフが、自らの胸の中のニーニャをまっすぐに見下ろして、真剣な表情で口を開く。


「こんなことを頼めるのは……ニーニャしかいないんだ」

「ちょっ、えっ……⁉」


 ニーニャは「待って」と言おうとするも、あまりに高鳴り過ぎた鼓動こどうが邪魔をして、声が上手く出せない。


「ニーニャにしてほしいことがある。ニーニャじゃなきゃダメなんだ……!」

「ぁ……っ!」


 ……ど、どうしよう。このままじゃアタシ……レイアを裏切ることになっちゃうっ!

 

 しかし、非情にもグスタフの決意の目は揺るがない。強いまなざしがニーニャを貫く。もう、ニーニャにできることはそのまぶたを固くつむることだけだった。


「ニーニャ、どうか俺にお前の……!」

「~~~ッ‼」

「お前の、スキル『しびれ罠』をかけてくれないかっ⁉」


 ……。


 …………。


 ………………。


「……はっ?」

「『しびれ罠』を俺にかけて欲しいんだ」

「……はぁ?」

「ニーニャのな、スキルの──」

「いや、いやいやいや、まったくもってイミガワカラナイわ」


 この一瞬で、ニーニャの表情からはすべての感情が抜け落ちていた。

 

「やっぱり、説明が必要だよな……」


 グスタフは咳ばらいをひとつすると、かくかくしかじかと説明をし始めた。


 ──話をまとめると、グスタフはどうやら2カ月前の魔王戦で得た新スキルを試したいとのことだった。

 

 なんでもそのスキル『自力回復』は、『状態異常を自力回復することで自身の各ステータスを1アップさせる』効果があるのだそうだ。グスタフはそれを活用し、あえて状態異常に何度もかかることによって、レベルを上げる以外の方法で自身の強化をしたいという。


「秒数制限で勝手に解ける状態異常スキルはニーニャの『しびれ罠』くらいなんだが、でもホラ、人前で罠に自らかかっていくなんてさ、どこからどう見てもただの変態だろ?」

「……だからアタシを『夜遅い時間に人気のない暗い場所』に呼んだ、ってこと……?」

「その通りだよ。さすがニーニャ、状況把握が早いな!」

「……はぁ」


 ニーニャはげんなりとした顔でグスタフの足元に手を添え、少し離れてからパチリと指を鳴らした。

 

 ──直後、

 

「んぎゃぁぁぁっ⁉」

 

 ビリビリビリッ! と、グスタフの体を電流が包み込んだ。

 

「ンゴゴゴぉぉぉっ‼」


 きっかり7秒で、グスタフの体が電流による痺れから解放される。


「ニ、ニーニャ……そ、そんないきなり……」


 グスタフは息を荒げながらも、ステータスを開く。


「ダ、ダメみたいだ。ステータスがひとつも上がってない……。時間制限が勝手に過ぎて状態異常が解除されるのはノーカウント、自分で打ち破らないといけないってことか……!」

 

 グスタフはキリっとした目つきで、ニーニャに向かって高らかに言う。


「もういっかいだ! ニーニャ、もういっかいやってくれ! 次は7秒以内に自力で痺れから回復してみせる!」


 ──パチリ。


「ヌオオオッ! まだまだ!」ビリビリビリッ


 ──パチリ。


「ウガガガッ! もういっちょ!」ビリビリビリッ


 ──パチリ。


「ンヒィィィッ!」ビリビリビリッ


 目の前で電流にもだえ苦しむグスタフを眺めながら、


 ……アタシ、なにやってんだろ……?


 ニーニャは、それはそれはとても大きなため息を吐くのだった。




 * * *



 

 その日スペラは、会議続きでり固まった体をほぐすために夜の散歩の最中だった。


「やはり、裏庭のこの暗さはいいものですね。魔の森を思い出して懐かしい感じがします……と、おや?」


 何やら裏庭の倉庫裏から、小さな声が漏れ聞こえてくるのが分かった。

 

 ……こんな時間にいったい? まさか、潜入者スパイ……?

 

 そう思い、気配を殺して倉庫裏を覗き込んだその瞬間。


「ンヒィィィッ!」ビリビリビリッ


 グスタフがあられもない姿で、ニーニャの『しびれ罠』を受けているシーンに直面してしまった。

 

 ……っ⁉ いったい、これは……っ⁉


 スペラが目をパチクリさせていると、


「まだだ、まだこんなもんじゃ足りないっ! もっとだ!」


 グスタフが男らしく叫び、再び自ら『しびれ罠』に突っ込んで「ふんぎゃーっ‼」と悲鳴を上げ始める。

 

 ……これは、まさかっ‼

 

 ピンとくるやいなや、スペラは駆け出した。全力疾走しっそうで王城の自室へと駆け込んだ。

 

 そして、机の上に置いてあったその本を手に取る。それはこの間、お金がなかったからという理由でグスタフに買ってもらったもの。そのタイトルは──【男と女のSとM。男はダイタンなシゲキがお・ス・キ~女の体を最大限活かした攻略方法、SからMまで教えます(言葉責め語録付き)~】だ。


「グスタフさん……あなたは【M】、それも真正の【ドM】だったのですね……!」


 スペラはグッと固く拳を作り、誓った。

 

 ……分かりました。あなたが求めるのならば、きっと私が【S】になってみせましょう!

 

 スペラは机に向かうとペンを持ちメモを開き、

 

「ふむふむ、女王様プレイ、オネショタ……なるほどなるほど」

 

 真剣な面持ちで本に向かうのだった。




 ──この誤解によって生まれるグスタフの悲劇(喜劇?)は、また別の話である。

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