第76話 【女子高生ゲーマー】ヒビキの新たな希望

 ──ダンサたちの亡命を受け入れてから1週間が経った。


 レイア姫たちは今日も今日とて王城内で帝国との戦争に備えるため、内務に勤しんでいる。特に姫は最初の決戦の舞台になるだろうカイニスの町の領主とは幼なじみであるため、自ら密に文書のやり取りをして情報の共有を行っているそうだ。

 

 ……その幼なじみが男じゃなくてよかった。それは本当にホッとしている。まあただ忙しいものは忙しい。最近は姫とのふたりきりの時間も持てず……ちょっと寂しいものだ。

 

 そんな傷心の俺は今日は非番。今日も今日とて鍛冶屋を訪ねに城下町へと来ていた。とりあえずサクッと用件を済ませて城に帰りたいところだ。姫とデートというわけでもないのに長居する意味もないし……と、思っていたんだが。


「へぇ~! これが城下町なんだ~」


 俺の隣でヒビキがはしゃぐ。「すごいすごい! ザ・中世風ファンタジー!」とものすごい喜びようで、まるで初めて海外旅行をした日本人観光客だ。


「帝国はこんな感じじゃなかったのか?」

「うーん、分かんないんだよねー。ていうか、ウチら『外にはあまり出るな』とか『訓練してくれ』とか言われて宮廷内で軽い軟禁扱い受けてたし」

「そうなのか」

「そうなの! だからこうやって町に出るのは初めて! テンション上がるぅ~! ウェルカムトゥ異世界ラーイフ!」


 ……ウェルカムって歓迎する側のセリフだろ。と、それはまあツッコまないでおく。

 

 今日ヒビキがいっしょに城下町に来ているのは、別に俺が誘ったわけではない。普通に外出しようとしているところを捕まってしまい、「案内してグフにぃ! お願いっ!」と頼み込まれてしまったからだ。


「グフ兄! あれはっ‼ あのかぐわしい肉の串はいったい……⁉」

「いや、見ての通り肉の串だよ」

「おいしそう!」


 チャリーン!

 

「ウマーっ! ゴチですグフ兄! あっ? あのフルーツが切られて串に刺さっているのはいったい……⁉」

「見ての通りのフルーツ串だけど」

「おいしそう!」


 チャリチャリーン!


「ウマーっ! ありがとうグフ兄! あっ? あっちの炭火にさらされてるマシュマロは……」

「待て待て、ヒビキ、もしかして俺にタカってない? もはや買い食いするために俺を連れ回してるよね?」

「えへっ。だってウチ、王国の通貨もってないから」


 両手に串を持ちながら、ヒビキはいたずらっぽく舌を出した。


「まあまあ、グフ兄。デートなんだし、ちょっとくらいは、ね?」

「デートじゃないだろ……」

「えーっ! 違うの……?」


 シュンとするヒビキへと、


「あったりまえでしょーが……」


 低いドスの利いた声で答えたのは、実はずっと俺たちの後ろをついてきてくれていたニーニャだった。

 

「アタシがいっしょにいるってことを忘れてもらっちゃ困るわねぇ……!」


 ニーニャがものすごい圧で、人差し指でグリグリとヒビキの頬をドリルする。


「もぉー、別に忘れてなんかないよ~! ウチ、ニーニャちゃんともいっしょにお出かけできて嬉しいし!」

「勘違いしないで、アタシはアンタとお出かけに来たわけじゃないわ。この女子に対して甘々のグスタフじゃアンタの監視役として心配だから来ただけ!」

「え~、ニーニャちゃんもいっしょに満喫しようよ?」

「イ・ヤ!」


 ニーニャはそう言うとツーンとして腕組みをし、さらに俺のことをひとにらみすると、再び俺たちの後ろに下がった。


 ……ニーニャ、怒ってるなぁ。たぶん主に俺に対してだと思うけど。

 

 さっき城からヒビキに連れ出されそうになっているところを捕まって、『アンタ、レイアと公認同然な雰囲気をかもし出しておいて、真昼間から他の女とふたりで出かける気……⁉』とキレ気味に言われてしまったからなぁ……。確かに俺が悪かったよ、それは本当に。


「……ねぇねぇ、グフ兄」

「ん? なんだ?」


 ヒビキが小声で何かをささやいてきた。俺が耳を傾けると、


「ニーニャちゃんってさぁ……絶対ツンデレだよね?」

「はい?」

「だってホラ、『勘違いしないで』って言ってたっしょ? まさかこの令和のご時世にあんな往年の大技が聞けるなんて、ウチ感激!」

「はぁ?」

「好感度ゲージってどこにあるのかなぁ?」


 チラチラと後ろのニーニャを見やってニヤけるヒビキ……あれだけニーニャに塩対応されておいて、強メンタル過ぎるだろ。

 

 ……あとついでに好感度で例えるなら、まず間違いなく俺もヒビキもゲージ量は絶賛減少中だよ……と、まあそんな悲しい真実は突き付けないでおく。


「あっ、グフ兄! あっちにポーションが売ってるよっ! ポーション!」

「あ、おいっ!」


 ヒビキが今度は露店販売中の薬屋に飛んでいってしまう。とことんマイペースなヤツだ。


「すご~い! ホントに緑色だ……! おじさん、これ飲んだらホントに傷が塞がったりするのっ? ずっと気になってたの! どうして傷が飲み物で回復するんだろうって。教えておじ──いだぁっ⁉」


 勢いよく迫って露店の店主のおじさんを困らせるヒビキ。その頭上にニーニャが手刀を落とし、俺のところに引きずってきてくれた。


「グスタフ、首輪とリードを買いに行きましょ。散歩には必需品よ」

「ニーニャちゃんヒドっ⁉ ウチ犬じゃないしっ!」

「もう蝶々を追っかけてどっか行っちゃう犬みたいなもんじゃない」

「だってぇ……ポーション見つけちゃったんだもん……」


 ヒビキはイジイジと両手の人差し指を突き合わせる。


「憧れてたんだもん。ゲームの定番だし、効果もそうだけど……どんな味か気になっちゃったんだもん……」

「……」

「それに帝国ではずっと宮廷内から出られなかったから、こういう市場がすごく楽しみにだったんだもん……」

「……まったく」


 ニーニャはため息を吐くと、さきほどの薬屋に行き、


「おじさん、ポーション3つ」


 そう言ってお金を払うと自分の腰のポーチに1本仕舞い、俺に1本、そしてヒビキにも1本手渡した。


「いつケガするかも分からないし、持っときなさい。ケガもしてないのに飲んじゃダメよ」

「ニ、ニーニャちゃん……!」

「勘違いしないでよ。たまたま、アタシの予備のポーションが切れてたから……そのついでなんだから」


 プイっとそっぽを向くニーニャに、ヒビキは目を輝かせた。


「デレた! ニーニャちゃんがデレた! 可愛いぃ~!」

「なっ⁉ デ、デレてないわよっ!」

「ありがとうニーニャちゃん! 大好きっ! このポーションは大事に少しずつ飲むねっ!」

「だからケガしてないのに飲むなっ! 大好きとか言うなっ! あと抱き着いてくるな~~~!」

 

 仲良さげに絡み合うふたり……え、ニーニャ、もしかして本当にヒビキに対してツンデレしてたのか? あの塩対応も実はただの【ツン】だったってことか?


「ニーニャちゃんかわっ!、ニーニャちゃんかわっ!」

「ちょっ……あっ、こらっ! 首筋はダメ、んっ……!」


 目の前で繰り広げられるふたりのくんずほぐれつの様子を見ていると、なんだか本当にそう思えてくる。

 

 ……あるいはヒビキの底抜けの明るさに引きずられて、ニーニャがその方面に転がされてしまっているとかか? だとしたらハーレム主人公属性があるな、ヒビキ……。たぶん無意識だろうし、天然ジゴロってやつは恐ろしい……。

 

「──いい加減に、しなさいっ!」

「ふぎぃっ⁉」


 ニーニャの強烈なチョップが、再びヒビキの頭上に落ちた。


「グスタフっ! アンタも見てないで止めなさいよっ!」

「えっ、あっ……ゴメン」


 ……なんかとても良き光景だったもので、つい見入ってしまっていたよ。


 * * *

 

 俺たちはそれから鍛冶屋に着く。俺が店主のジイさんに用事を済ませている間、ニーニャはセール中の武器を片っ端からいろいろ手に取っており、ヒビキは店イチ押しの武器を目をキラキラさせながら眺めていたようだった。


「武器、好きなのか?」


 俺が声をかけると、ヒビキは満面の笑みで頷いた。


「大好きっ! ウチ、RPGじゃ新しい町に来たら絶対に武器屋を覗くんだよね。いったいどんな武器が置いてるんだろうな、って。すごくワクワクするんだぁ……」

「へぇ、そうなんだ」


 ……俺も前世じゃそうだったな。なんだか懐かしい。ワゴンセールのゲームを消化していたあの毎日に戻りたいかと言われればそうではないけれど、こうしてゲームの世界観をそのまま映した世界にやってきた今でも、数々のゲームをプレイしてきた記憶は美しいまま俺の中にあった。


 きっとヒビキも俺と同じで、ゲームが大好きだったんだろうな。


「……そういえばさ、ひとつヒビキに訊きたいことがあったんだ」

「ん、なに?」

「俺と戦ったときさ、ヒビキはどうして『ユニークスキル』を使わなかったんだ?」

「え……」

「七戦士は全員がそれぞれ規格外の力があるユニークスキルを持ってるって、この間ヒビキに情報を共有してもらったろ? でも、俺との戦いじゃ使ってなかったよな」

「……」


 あれ、返事がないな? とヒビキの横顔を見ると、なぜかそこからは先ほどまでの明るさが無くなっていた。口を一文字に結んで、黙りこくってしまっている。

 

 ……もしかして俺、何か地雷を踏んだか?


「あ、スマン。別に話したくないならいいんだ。ごめんな、変なことを訊いて……」


 思わず俺が謝ると、ヒビキは「ううん」と首を横に振った。


「ウチ、嫌いなんだよね。チートって」

「チートが嫌い?」

「うん。ウチって結構、ゲーマーな方だったんだ……って言ってもこの世界の人には分かんないよね? ゲームってなんじゃそりゃ? って感じでしょ? でも……そのゲームが、ウチにとっては人生の一部だったんだ」


 ヒビキはそう前置いて、

 

「ゲームの何がおもしろいのかって言ったらさ、それはゲームの中のもうひとりの自分の人生をドキドキワクワクしながら生きていけることだって、ウチはそう思うんだよね。最初はぜんぜん弱くて、モンスター1匹と戦うのにだってビビッて、でも勇気を出して戦ってだんだん強くなっていくからこそ、ゲームにもキャラにも愛着が湧くものなんだって、そう思う」


 ヒビキは熱く語ると、それからため息を吐き、


「でもさ、チートは違うじゃん。最初から強いスキルを持ってさ、どんな敵にも敗北知らずで無双しちゃってさ、そんなの全然ドキドキしない。ワクワクもしない。ウチね、実はこの異世界に召喚されたときはすごいワクワクしてたんだ。ウチにもこれから大冒険の人生が待ってるかもっ? ってね。でも、夢から覚めるのはすぐだったんだよ」


 ヒビキは俺に向けて寂しそうに微笑んだ。


「自分のステータスを見てさ、初期レベルが50でスキル欄もいっぱいで、明らかに強そうなユニークスキルがあって……ナニコレ? ってなっちゃった。そんでアグラニスに聞くにはウチらレベルの人間もモンスターも数えるほどしかいないんだって……ナニソレ? って感じ。ウチの大冒険はさ、始まる前に終わってたんだ」


 確かにそれはゲーマーとして、正統派RPGを期待していたヒビキにとってはツマらないだろうなと、俺もそう思う。……たぶん、俺はヒビキほどのゲーマーではなかったけれど、それでもゲームに感じる醍醐味だいごみってヤツはいまのヒビキと同意見だ。

 

「ウチ以外のみんなはそんな状況を受け入れて……むしろ『無双できる!』って喜んでた。絶望したよ、なんでそんなツマんない人生を受け入れられるの? って。でもね、そんなウチに希望をくれたのがグフ兄なんだよ」

「えっ……?」


 ヒビキは暗い表情を一転させ、ニコッと俺に笑みを向けてきた。


「ナンジョウと戦ってるグフ兄の姿を見て分かったんだ。『ああ、この人は自分の力だけでウチら以上に強くなった人だ』って。ナンジョウのチートを、努力の積み重ねで真正面からブチ抜いてくれて、胸がスッとしたの。『人生ってそんな簡単じゃねーぞ!』って、チートを持ってしまったウチじゃ言ってやれないことを、代わりにズバッと言ってくれたみたいでさ」

「ああ、だからあの時ヒビキは笑ってたのか……」

「うん。それにね、ワクワクが止まらなかったんだよ。『ウチもこの人と正々堂々戦いたい』って。それと、仲間になるなら同じ価値観を持ってるグフ兄みたいな人がいいなとも思った」

「それで帝国から抜け出してきた、と……。俺たちが受け入れるかも分からなかったろうに」

「何事もさ、当たって砕けろっしょ! ブイっ!」


 ピースサインを向けてくるヒビキに、俺は笑って返す。


「……そうだ。このあと、レベル上げにでも行くか?」

「えっ?」

「穴場があるんだよ。魔王がいたときほどじゃないけど、経験値効率のいいモンスターがたくさん集まる荒れ地がさ」

「えっ、えっ、そんなの絶対チョー行くし! いいのっ⁉」

「ま、俺も帝国と戦うにあたって戦闘のカンを取り戻さないとだし、頭脳で貢献できない分、できるだけ強くなっとかないとな」

「ウチもっ! ウチもバカ組なんで行く~!」


 実際は俺たちくらいになったらそうそうレベルは上がらないのだが……まあレベル上げっていうのはあくまでも建前に過ぎない。

  

 ……人生、楽しんだもん勝ちなのだ。今後戦争が始まったら、RPG風にこの世界を楽しめる機会なんてもうそうそう無いかもしれないしな。城下町の近所へくらい、散歩がてらにヒビキを連れていってあげるのもいいだろう。

 

 やったー! とはしゃぐヒビキを、俺は微笑ましく思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る