第75話 伝説の弟子
レイア姫の自室にて。姫が手ずから紅茶を入れて人数分……のカップは無かったので、ひとまず俺とニーニャは断って、その他の4人に紅茶が渡される。
「わぁ、おいしー! えへへ、ヌン活ヌン活っと……あぁ、そっかぁ。インスタ無いんだったっけ……」
ガックリと、隣で何やらヒビキがうなだれている。が、紅茶自体はやはり絶品のようだった。前に俺も数度レイア姫のいれる紅茶はごちそうになったことがあるけど、これがホントに美味しいんだよな。
……さて、ともかくこれで話し合いの場は整ったみたいだな。
「えーっと、それでこの場はダンサ皇女殿下から帝国の情報提供をいただくということでいいんでしたっけ、姫」
「ええ、そうですね」
姫はコホンと咳払いをした。
「グスタフ様の仰ったとおり、皇女殿下にはいろいろと情報提供をしていただきたいのです。帝国軍の情報や内政の事情、弱点などもろもろ……」
「ええ、もちろん。お話させていただきましょう……ただ、姫殿下、それと他のみなさまも。どうか『皇女殿下』はやめていただきたい。いまは帝国から追われる身。身分など有って無いようなものなのです。私のことはどうぞ気軽に『ダンサ』とでも」
困ったように笑ったダンサに、レイア姫もまた微笑んで返す。
「承知いたしましたわ、ダンサ様。それでは私のこともどうか『レイア』と」
「恐れ入ります。レイア様」
──そして、ダンサによる情報提供が始まった。
ダンサは1年前に革命を起こすにあたって、帝国内部の様々な情報を集めていたらしい。軍の統制についてから練度、それに内政状況と財務状況、皇帝ジーク派たちの目的についてまであらゆることを教えてくれた。
「……ありがとうございました、ダンサ様」
話し始めてから数十分が経過していた。帝国についてかなりの詳細を知れたことは俺たちにとって非常にプラスの要素であり、いつ戦端が開かれるか分からない状況の今においては歓迎すべきことだったのだが……。
「……帝国の目的は、『選ばれし少数の帝国民による大陸統一』ですか」
レイア姫が重たく口を開いた。姫にしてはめずらしく、非常に不愉快そうに眉をひそめている。
……まあ、そりゃ不快にもなる。一部の帝国民のためにその他すべてが人権を投げ打って尽くす世界。それってどんなディストピアだよ、って話だもんな。
レイア姫だけじゃない。ニーニャもスペラも気分悪そうに話を聞いていた……ヒビキだけは話の途中で脱落して、いまは床に座り込みニーニャのお尻にしがみつくようにしてむにゃむにゃと寝落ちていたが。
「……決してそんなジークの自己満足を許すわけにはいかない。だから、何としてでもヤツを討たねばいけないのです」
ダンサの決意と覚悟に満ちた言葉に姫も深く頷いた。
「私たちもジーク皇帝に侵略されるわけにはいきません。全力で戦いましょう……それでダンサ様、もうひとついただきたい情報が」
「ええ、なんでしょう」
「現在帝国内にいる【七戦士】について教えていただきたいのです」
「はい、七戦士ですね……」
ダンサは腕を組み、悩ましそうにする。
「実は私も直接会ったのはヒビキくらいで、それもまだ2週間ほどの付き合いなのです。他の七戦士の情報についてはヒビキの方が詳しいでしょう」
「そうですか、ありがとうございます。それではそちらについては……」
レイア姫は「くぅ……くぅ……」と寝息を立てるヒビキの方を少し向いて、
「……後日あらためて、ヒビキさんにお聞きしましょう」
「……申し訳ございません、いま起こします」
「いえ、本当に後日で構いません。私もいま得られた情報をまとめて、お父様たちへと共有しなければなりませんから」
「そうですか、ウチのヒビキが申し訳ないです。本当にマイペースな子で……おバカですが悪い子ではないんです」
「いえ、おかげさまで空気が重くなり過ぎずに済みますわ」
レイア姫が微笑んで答えると、ダンサもまた肩をすくめた。
……ちなみにこれは余談として聞かされたのだが、どうしてヒビキがダンサと知り合うことになったのかということについて、
「ヒビキは、私が閉じ込められている幽閉所にある日突然やってきました。警備の目をかいくぐって私の檻まで来ると気さくに話しかけてきて……何の用があって来たのかと尋ねても、『散歩で』とか『マップは端から端まで埋める派だから』なんて言うんです」
ダンサは思い出すように笑い、
「それから毎日のように私の元へと通ってきて、それでようやくヒビキの真意が分かりました。この子は何も考えておらず、ただ自分が行動したいように動いているだけなのだと」
……そして今日の早朝、ヒビキはダンサの牢のカギを壊し無理やり連れ出してくれたらしい。『これから王国に行くからダンサちゃんもついでにどう? こんなとこに可愛い女の子が閉じ込められてるなんて、ただの事案でしかないし』と言ったそうだ。
そうしてヒビキは自身の『ユニークスキル』を(渋々ではあったようだが)応用して、ダンサを連れて王国までひとっ飛びで来たのだという。
──とまあ、そんな雑談も交えてそこそこに、レイア姫の自室での集まりは解散になりかけたが、「そういえば、役に立つ話かは分かりませんが」とダンサは思い出したようにひとつ。
「七戦士について、父から聞いた話があるのですが、」
そう前置いて、
「100年前にも七戦士は召喚されたことがあるそうなのです」
「100年前、ですか?」
レイア姫の確認に、ダンサは頷いた。
「当時の帝国は七戦士という存在を意思のないゴーレムかなにかだと考えていたそうで、領地開拓のために召喚の儀式を行ったそうです。しかし、実際に召喚されたのはヒビキたちと同じ、異世界人でした」
「……それで、どうなったのですか?」
「当時の宮廷内では彼らの扱いについてモメたそうです。そんな微妙なバランスの中で、キッカケは分かりませんか七戦士の間で内紛が起こったのだとか」
ダンサは記憶をたどるように少しずつ言葉を紡ぐ。
「彼らは互いに殺し合い、そして帝国は
「……焼かれた、と? では今回召喚されている方々は……」
「焼いたはずの書物が残っていたのでしょう。心当たりはあります」
ダンサは奥歯を噛み締めるようにして言った。
「アグラニス──【宮廷の魔女】と呼ばれるヤツなら持っていてもおかしくはありません」
「それはいったい、なぜです?」
「ヤツは【弟子】なのです。100年前の内紛で生き残った七戦士最後のひとりであり、七戦士召喚の儀式に関する書物を
* * *
ひと通りの話が終わり、今日のところは解散することになった。完全に寝落ちていたヒビキにはニーニャが鋭いチョップを喰らわせて起こし、レイア姫とスペラを残して部屋を後にする。ふたりは今の話をまとめた後に王へと報告しに行くらしい。
「では、ダンサ様たちをお部屋にご案内しますね」
「よろしく頼みます、グスタフ殿」
「存在を隠すため、使用人室を使ってもらうとのことでしたので少々手狭だとは思いますが」
「問題ありません。革命時は野宿も珍しくはなかったので」
……おお、タフだ。そう言ってくれるのであればあまり心配もないか。
俺とニーニャはダンサたちの部屋への案内を申しつかったので、4人で廊下を進む。
「ふぁ~……うぅ頭痛い……」
ヒビキがあくびをしながら、タンコブになった頭をさする。
「そういえばさ、いつの間に話が終わったの? 結構すぐだったね?」
「それはアンタが開始5分で寝てたからでしょ……」
ニーニャがため息交じりに言った。……しかし本当に綺麗な寝落ちだったな。腰がストンと床に落ちて、ヒビキは最初、隣にいた俺にしがみついてきたのだ。あのときもまた部屋の空気が凍って大変だったが……ニーニャがものすごく苦い表情で場所を変わると申し出てくれた。
「そうだったけ? 覚えてないや」
「……もっかい、今度はゲンコツでも喰らったら思い出せるかもね?」
「それはヤダ! ダンコソシ!」
ヒビキは手でバッテンを作ると、バリアのようにして自分の手前に掲げた。
「ウチは自分がバカと自覚してるバカだからね、ムツカシイ話は思い出すだけムダって分かってるの」
「あっそ」
胸を張って言うヒビキに、ニーニャは呆れたように肩をすくめた。
「それでニーニャちゃん」
「ニーニャ、『ちゃん』?」
「ニーニャちゃんって何才?」
「……13くらいよ」
「うはぁ~っ! やっぱり! 小っちゃいもんねっ?」
「小っちゃい言うな!」
「か~わ~い~い~!」
「頬ずりするな~~~!」
すり寄るヒビキから逃れようとニーニャは腕を突っ張っている。
……なんとも賑やかな。まあさっきまでの真面目な空気を払うにはちょうどいいか。
ふたりのそんなやり取りを生温かい目で見つつ、俺たちは廊下を進んだ。
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