第74話 グスタフお兄さん、略して【グフにぃ】

 ──ダンサ・フィオ・エンペルロード。

 

 彼女は前皇帝の娘にして、現皇帝の妹である。れっきとした皇族の血を引くダンサはしかし、国家転覆罪の罪に問われ、この1年間は政治犯を収容する幽閉所に閉じ込められていたらしい。


「……私が帝国で革命を起こしたのは1年前のことでした。ただ、私は皇帝になりたかったわけではありません。元の……父が治めていたころの帝国を取り戻したかったのです」


 俺が王の許可をとったその謁見えっけんの場で、彼女はこの数年に起こった帝国の事変をとつとつと語った。


「私の長兄ちょうけいジークは昔から極端な選民思想を持っていました。父の亡き後に皇帝となったジークは、自らのその思想のままに政策を展開していったのです」


 聞けば、この数年は帝国内部でも貧富の格差が著しいのだという。ジークの政策は主に帝都や他国への侵略の中継拠点として使えるだろう街を豊かにするものに限られていた。それ以外の町村は負荷の高い納税義務を課され、そこに住む人々は毎日生きることで精いっぱいの様相なのだそうだ。


「暴動も起きましたが、それらは全て帝国兵たちによって直ちに鎮圧ちんあつされました。それも、とても惨たらしく……」


 民はしかし、大きな弾圧を前にすれば結束を深めるもの。力で敵わないのであればと、今度は納税の拒否や農作、採掘、製鉄作業の放棄など、あらゆる手段を講じたらしい。それは国民による反乱だ。


「ですがジークはその反乱をものともしませんでした。あらかじめジーク派のアグラニスたちと計画を練っていたのでしょう。すぐに他国への侵略を開始しました。そしてその国のトップをすげかえて、反乱のせいで生産量の減った農作物や鉄資源などをタダ同然で輸入し始めたのです」


 ジークはその選民思想がゆえに、帝国内においても一部の人間が生きていければそれでいいと考えている。なればこそ、輸入するものは【生きることを許された一部の帝国の人間に必要なもの】という最低限のものだけで済んでしまうのだ。貧しい町村に住む、生きることを許されなかった帝国民たちのサボタージュは、そのまま彼らの首を締める結果になってしまったという。


「ジークに見放された町村の民のうち、最初の冬を越せたのは8割。多くの町村で備蓄の尽きたその次の年を越せたのは……その中のおよそ4割でした」


 悔しそうに、ダンサは拳を握りしめていた。


「私のどのような言葉もジークには届かず、どのような救済措置も妨害され……私にはもう【革命】を起こし、ジークを討つ以外に道はありませんでした」


 ダンサはそうして革命をこころざした人々を集め、そして武装蜂起ほうきした。相次ぐ侵略戦争によって疲弊していた帝国軍のスキを突くように、防御の薄くなった帝都を占拠したのだそうだ。しかしアグラニスを始めとする宮廷魔術師たちの圧倒的な力の前に、宮廷へと攻め入ったダンサ率いる精鋭部隊は壊滅。首謀者のダンサは政治犯として投獄され、他の面々に関しては行方も分からないらしい。


「手痛い失敗でした。しかし、私はまだジークを討つことを諦め切れないのです」


 ダンサはそこまで話し終わると、王に向かって深く頭を下げる。


「どうか私の亡命を受け入れてはくれませんでしょうか。ジークを討つための力になれるならば、私はどんな地獄にだっておもむきましょう。ですから、どうか……」


 王と姫は顔を見合わせる。そしてふたり同時に頷いた。

 

「帝国の皇女、ダンサ・フィオ・エンペルロード殿。そしてその同伴者、ヒビキ・キサラギ殿。王国はふたりの身柄を受け入れよう」


 * * *


「ちょっと、レイア!」


 レイア姫、そして俺たち親衛隊がダンサとヒビキのふたりを来賓らいひん室へと案内するために玉座の間を出てすぐのことだ。ニーニャは噛みつくように姫に迫る。


「陛下もそうだけど、いったい何を考えてるのよっ!」

「何を、とはなんですか? ニーニャさん」

「決まってるわよ、コイツらの処遇しょぐうについて!」


 ビシリ、とニーニャはダンサとヒビキたちを指さした。


「これから帝国にはパフォーマンスだけにしろ和睦わぼくの使者を送るんでしょっ⁉ それなのにその帝国内の政治犯の亡命を受け入れるとか……正気っ⁉ 向こうに侵略の大義名分を与えるようなもんじゃないのっ!」

「こら、ニーニャさん! お客様の前で失礼ですよっ!」

「そんなこと気にしてる場合じゃないわよっ!」


 毛を逆立てたネコが威嚇いかくするみたいな勢いのニーニャに、その後ろでダンサは再び頭を下げた。

 

「すまない、ニーニャ殿。陛下や姫殿下の厚意に甘えるばかりで迷惑をかけてしまっている自覚はある。貴殿の気分を害するのも当然のことだ。どうかを謝罪をさせていただければと思う」

「あのねぇっ! そう思うならそもそもこの城に来──モゴッ⁉」


 だれかれ構わず噛みつく暴れネコと化したニーニャの口を、その背後からスペラが両手で塞いだ。


「落ち着きましょう、ニーニャ。状況が状況です。仲間は多い方がよいでしょう」

「モガーッ!」


 暴れるニーニャに「もう」と小さくため息を吐き、レイア姫はダンサたちに頭を下げた。


「私の従者が失礼をしまして、申し訳ございません」

「いえ、当然の非難と受け止めております。どうかお顔をお上げください」

「皇女殿下、私はあなた方の行いを責めるつもりなどまったくございません。むしろ帝国のことを想い、数年前までの帝国を取り戻そうと動くあなたの志に深く共感しております」


 姫はそれから爽やかな笑顔で、


「さぁ、それでは私の部屋に行きましょうか」

「えっ?」


 ……来賓室に行くんじゃ? と俺は思わず声を上げてしまった。姫は俺にニコリとし、


「私の部屋であれば美味しい紅茶も用意がありますし、それに来賓室とは違っておおやけの場ではありませんので」

「……レイア姫殿下の部屋ですか、確かに都合は良さそうですね」


 ジタバタするニーニャを押さえながら、スペラが呟いた。


「これから先、亡命者であるダンサ皇女殿下は帝国の刺客から狙われることになるのは間違いないでしょう。来賓室や客間をあてがうのは『エモノがここに居ます』とアピールしてるのと同じですものね」

「ええ、スペラさんの言う通りです。皇女殿下には以降、王城内においてもなるべく姿は隠していただきます」

「まだどれだけスパイがいるかも分からないですし、念には念を、ですね」


 レイア姫はスペラへと微笑むと、


「そういうわけですので、皇女殿下。まずは私の自室へ来ていただきますか? そこでもろもろお話をうかがっておきたいところです」

「承知いたしました」


 ダンサは頷いた。


「お話しましょう。私たち帝国軍と、そして七戦士についての情報を」


 * * *


「さて、それではニーニャさん。さっそくですが盗聴の有無を」


 レイア姫の自室、そこには俺たち親衛隊にダンサ、ヒビキを含めた6人が集まっていた。

 

「……問題ないわ。『気配感知』には何も引っかからない」

「ありがとうございます」


 まだ完全には納得していないようだったが、それでも仕事は仕事とばかりにニーニャは俺の横で神経を研ぎ澄ますように目を細めて立つ。ちなみにレイア姫の自室の椅子は全部で3つ。席に着いたのは姫、ダンサ、そして……スペラだった。


「いやいや、オイオイ」


 なんでスペラ? と俺はツッコミを入れざるを得ない。


「スペラさん、そこは普通お客さんに席を譲るべきだろ? ヒビキさんがいるんだから」

「あー、ウチが自分からいらないって言ったから大丈夫!」


 ヒビキはあっけらかんとして言った。

 

「ていうかウチ、難しい話とかぜんぜん分かんないし、たぶんダンサちゃんの話の邪魔になっちゃうだけだからねー」


 あははーっと笑い飛ばすヒビキ。椅子を別室から取ってこようとしたのだがそれも断られた。本人が言うに『立ってないと寝ちゃう』のだそうだ。


 ……まあ本人が座らない方が良いって言ってるならいいか。しかしなんだ、この子にはちょっと親近感が湧くな……俺もあんまり難し過ぎる話はダメなので。

 

 ヒビキもまた、姫の部屋の入り口近くに立っていた俺の横に来た。

 

「あとさ、ウチのことは『ヒビキ』って『さん』抜きで呼んでいいから。敬語もナシで」

「えっ? あ、はい……じゃなくて、うん。わかったよ、ヒビキ」

「そうそう、そんな感じ!」


 ヒビキはそう言ってグッドサインを送ってくる。


「これからヨロシクね、グフにぃ!」

「ああ、よろしく──って、グフにぃっ⁉」

「えぇっ、ダメ? グフ兄ってウチよりちょっと年上っぽいし、それに呼びやすくていいかなーって思ったんだけど」

「い、いや、いままでにない呼ばれ方だったから驚いただけだよ」

「じゃあグフ兄でおっけ?」

「う、うーん……えっと、うん、まあオッケー」


 イエーイと小さく喜ぶヒビキ。なんていうか、結構明るい子なんだなと改めて思う。最初の、昨日レントといっしょに来たときの印象はぜんぜん喋らない子だったから、ちょっと意外だ。

 

 ……しかし、ずいぶんとフランクな呼び方になったものだな……と、おや? なんかみんなが俺の方を見ているんだが?

 

「グ、グフ兄ですって? 会って早々あだ名で呼ぶなんて、この女、なんてハレンチなことを……!」

「グスタフ様、まさか私を差し置いて他の女性に愛称呼びを許すなんて……悲しいですわ……」

「おや、雲行きが。今日は荒れそうですね……」

 

 ニーニャ、レイア姫、そしてスペラ。それぞれがそれぞれにそのようなことを低い声で呟いている。……え、なに? コワイ。


「グスタフ殿、貴殿は大層……いや、口に出すのは野暮というものか」


 ダンサはそう言うと、やれやれと首を横に振った。

 

 ……いや、今回は別に俺、何もしてなくね???

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