第73話 協力者マモル・ハヤシダ

「おい! そっちにいたかっ⁉︎」

「いえ、まったく! そちらにはっ⁉︎」

「こっちにもいない! 影も形もないぞ!」


 帝国のその宮廷内はにわかに騒がしくなり、あちこちで衛兵たちが駆け回っていた。


「──ええいっ! どうなっているっ!」

「ひぃっ!」


 そんな状況下において、自身の執務室で多数の護衛に囲まれた皇帝ジークは、ことの経緯を報告に来た秘書官の中年の男に怒鳴り散らす。


「幽閉場所の責任者は何をしていたっ! 1日数度はあやつの部屋に巡回に行っていたはずではなかったのか! なぜ脱走を未然に防げなかったのだ!」

「それが……陛下、全ての警備たちは外から来た者に気絶させられていたようでして。幽閉室の檻も力づくでこじ開けられておりました」

「外部、だと? 何者だ、王国の刺客かっ?」

「いえ、それが陛下……おそらくは帝国内部の者の仕業でして……」

「内部だとっ? スパイかっ⁉︎」

「いえ、スパイの線も薄いかと……」

「なんだ、さっきから何を歯切れの悪そうにしている。言うべきことがあるならばはっきりと言ったらどうだ!」

「ひぃっ!」


 皇帝の怒鳴り声に、秘書官の男は再び肩を跳ね上げさせる。広い額に大粒の冷や汗を浮かべながら、おずおずと口を開く。


「それがその、どうかお怒りにならずお聞きしていただきたいのですが……」

「くどいぞ、早く申せ!」

「た、単刀直入に申しますと、どうやら陛下たちがこの前に召喚した七戦士のひとりの仕業のようなのです」

「……なに?」


 ぴたり、と空気が凍る。皇帝ジークの後ろに控えていた護衛たちは『やれやれ』『またか』とでも言いたげに首をすくめると、おもむろにジークが差し出したその手に剣を握らせた。その直後、


「なぜ何の関係もない七戦士が、我が愚妹ぐまい──【ダンサ】を解放するのだッ‼︎」


 今日一番の怒鳴り声を上げて、ジークは秘書官めがけてその剣を振り下ろした。


「あぁッ⁉︎」


 秘書官は肩口から鮮血を噴き出させると、


「あァ……怒らないって、言ったのに……」


 そうとだけ言い残して、事切れた。


「ハァッ、ハァッ……フゥ……」


 ジークは息を整えると、


「おい、誰か代わりの秘書官を呼んでこい。あとアグラニスもだ」

「お呼びですか、陛下」

「……来ていたのか」


 アグラニスはいつの間にかジークの執務室の隅で控えていた。彼女は顔を上げると、


「秘書官の手配はお任せください」


 アグラニスが指をパチリと鳴らすと、その懐から人型のペラペラの紙人形がスルっと出てきて、執務室の外へと出ていった。


「それと、もうひとつ私の方からもご報告が」

「なんだ? これ以上悪いニュースは要らないぞ?」

「ご安心ください陛下」


 アグラニスは口の端を歪めるようにして笑うと、


「【聖剣】への近道が見つかりそうですわ。七戦士の中に有望な協力者を見つけました」

「……ほう?」


 皇帝はいぶしむように片眉をひそめる。

 

「どういうことだ? 【聖剣】についてはヤツらにはまだ伏せておく予定だったのではなかったか」

「はい、陛下。打診があったのです、向こうから」

「なに?」

「『お前たちが探している聖剣の在り処ありか、その行き方、すべてを教えよう』と」

「……まるでこの世の神のような言いざまだな」

「あるいは、そうかもしれません」

「なんだと?」


 アグラニスは謎めいた微笑みで応じる。皇帝ジークも、一種の冗談だろうとそれは聞き流すことにした。

 

「近道、と言ったな。どれほどまで短縮ができるのだ?」

「およそ10日もあればと、そう仰っておりましたわ」

「10日だとっ? それはいくらなんでもハッタリだろう!」

「私も疑わしく思い、ここしばらく付き添いをして分かりましたが……断言します。彼の言っていることは事実でしたわ」


 ジークは息を飲み、「いやいや、あり得ん。そんなことが?」とアゴに手をやって深く考え込む。

 

「……アグラニスよ。俺たちの想定ではどうだった? 聖剣入手までにかかる時間は、どれほどだった?」

「七戦士の力を導入し、王国と戦を交えながら……およそ7カ月の想定をしておりました」

「そうだろうっ? それを、10日でだと? 帝国兵を全投入でもする気かっ?」

「いえ、彼が言うには『自分と、あとは杖の戦士がいるだけでいい』と」

「たった2人で、だと……? 【地獄の谷の門兵】は? 【睡魔の森の水魔】との戦いはどうする? 命がけで『鑑定』結果を持ち帰った兵団によれば優に60レベルは超える化け物たちが待ち構えているんだぞっ?」

「なんでも、『かわす』のだそうで……」

「躱す……?」

「陛下、こちらをご覧ください」


 アグラニスが執務室の扉を開くと、衛兵たちが大きな封印の施された木箱を3人がかりで運んできた。そしてそれを皇帝の目の前に置くと、

 

「『アンロック』」


 アグラニスはそうひと言、詠唱をする。とたんにガチャリと音を立てて、木箱のふたが開く。その中に入っていたのは黒く大きな1枚のウロコだった。


「陛下、これは例の【黒龍】のウロコですわ」

「なっ……? そんなバカな、嘘だろう……?」

「陛下、私も共にこれを入手しに赴いたのです」


 ジークは大きく息を飲んで、「バカな……」とあぜんとする。


「ば、【番獣ばんじゅうケルベロス】はどうしたっ⁉」

「躱しました。彼の言う通り、道があったのです。ケルベロスと戦わずとも通ることのできる、壁の中の道が」

「壁の中の道、だと……?」

「彼はそれを『ここにもあるんだよな、座標ざひょうバグ。壁抜けできるんだ』と申しておりました」

「ざひょう、バグ……? 壁抜け……?」

「それが何を指すかは私にも、まったく……しかし、彼の言う通りに動けば、恐らく彼の行動だけで聖剣入手に必要な【キーアイテム】が揃うでしょう」


 ジークは悩むように眉間を押さえ、


「あまりにも、あまりにも想定外だぞ……? 突飛とっぴが過ぎる」

「ですがご覧の通り事実であり、そして我々の計画の大幅な短縮が見込めますわ」

「うむ……」


 ジークは頷きつつ、目の前の龍のウロコを見下ろしながら、


「もしやアグラニス、貴様急いているのではなかろうな?」


 疑わしげな視線をアグラニスへと向ける。


「貴様の目的は分かっている。なぜ帝国に仕えているのかも。だがな、不確定要素を含む計画は俺もお前も共倒れとなる危険すらある。分かっているのだろうな?」

「もちろんです、陛下」


 うやうやしく、アグラニスは首を垂れる。


「すべては陛下の願い、大陸統一を叶えてからです。そしてそのためには少しでも王国との戦いでの損害を減らす必要がございますわ。7カ月の戦争は長すぎる、と計画段階で陛下も仰っていたではありませんか」

「うむ、それはそうだが」

「聖剣さえ入手できるのであれば、損害は最小限です。王国をすぐさま侵略し、そしてその他の国へといち早く備えることができるでしょう。陛下のお好きな言葉にもある通り、『はやきこと風のごとく』、そして『侵掠しんりゃくすること火のごとく』ですわ」

「……ふん、そういえばその言葉はお前の受け売りだったか」

「ふふ、私もまた【師匠】が100年前に仰っていた言葉を借りたにすぎませんわ」


 ジークは「よし」と決意するかのようにアグラニスを見返すと、


「いいだろう。その七戦士とやらの口車に乗ってやろうではないか」


 主導権は渡すものか、あくまでヤツらを利用してやるとばかりに胸を張って答える。


「それで、その七戦士の名前は?」

「『マモル・ハヤシダ』です、陛下」

「……うん? そんな名の戦士はいなかったと思うが……」

「どうやら最初から偽名を使っていたようです。その理由は問い詰めてもはぐらかされてしまいましたが」

「……追々、その真意を確かめる必要がありそうだな。だがひとまずは良い。それで、その『マモル・ハヤシダ』は何の戦士なのだ?」

「はい、彼は──」


 ──コンコンコン。

 

 その時、執務室の戸を叩く音が聞こえた。


「入れ」


 ジークそう声をかけると、恐る恐るといった様子で扉が開く。そして、その間からひとりの中年の男の顔が、こわごわと中を覗いてきた。


「し、失礼いたします、陛下。アグラニス様の紙人形に呼ばれまして、やって参りました……」


 それは皇帝のストックの秘書官だった。


「貴様が次の俺の秘書官か」

「は、はいっ……って、ヒェッ!」


 彼は、部屋の入口近くで血を流し絶命している自らの前任者を見て、思わず悲鳴を上げた。


「あぁ、ソレか。もう不要の生ゴミだ。貴様の最初の仕事はそれを片すところからだ」

「はっ、はっ、はいぃっ!」

「喜べ、貴様が俺の30人目の秘書官だ。キリがいい。せいぜい長生きできるように尽力するんだな」


 皇帝ジークの残虐な微笑みに、秘書官は引きつった笑みで返すのだった。

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