第72話 弓の戦士ヒビキ・キサラギ

 レントたちによる昨日の王城襲来からまだ24時間も経っていない朝の9時現在。俺はひとり、城門へと駆けていた。


 ──昨日の帝国の遣いが城門前に来ており、この王城で一番強いヤツを出せと言っているらしい。

 

 ……いやいやいや、マジかよっ? 確かに宣戦布告はもうされていたからいつ攻め込んできたって不思議ではない。でもそれにしたって早すぎるんじゃないか?

 

 ニーニャとスペラは置いてきた。いざというときは陛下とレイア姫を守ってもらう必要がある。それでも万が一のときは呼ぶかもしれないので伝令役として何人かの衛兵にはついてきてもらった。

 

「あっ、きたきたっ!」


 そうして俺が城門に駆けつけると、その人物は仁王立ちをして待っていた。それは昨日見た顔の内のひとり──ヒビキと呼ばれていた女の子だった。しかし昨日とはその出で立ちが違う。ローブは羽織っておらず、ブレザーにミニスカートという学校制服のような服装の上に弓道で使うような胸当てを着けていた。この中世ヨーロッパ風の世界観の中だとハチャメチャに目立っている。


「やっぱり、この城で一番強いのっておにーさんだったんだねぇ。ま、そうだよねぇ。昨日見た感じビビッときたもん、ウチ」

「……君はいったい何をしに来たんだ? それもたったひとりで」

「え? ひとりじゃないよ? ホラ」


 スッ、と。少し離れた位置に立っていた人影がヒビキの隣に歩み寄った。その顔はフードを被っており、体はローブに覆われていたため正体は分からない。ただしかし、身長自体はヒビキと変わらない程度で、およそ160㎝ほどといったところだ。

 

 ……こっちも女の子か? だとしたら昨日の残りのふたりのどちらかってワケじゃなさそうだけど。だからって油断はできない。昨日のレント以外にも『ユニークスキル』とかいう強力なスキルを使えるヤツがいるかもしれないからな。

 

 辺りを見渡す。……ふむ、どうやら倒れている衛兵やケガ人などはいないようだな? しかし誰もヒビキの行動は止められなかったのか、遠巻きにしているしかないようだ。レベル差を考えれば当然だ。


 俺は槍を構え、ヒビキの出方をうかがう。すると、彼女は不敵に微笑んだ。


「隙が無い構え。ウチが女子だから、気に入られたいからなんて、そんなくだらない理由で手は抜かない……やっぱさ、いいよね。そういうの」

「……え?」

「未知の相手には決して油断しない、常に倒されないための最善手を打ち、必ず勝つって気持ちがひとつひとつの行動に込められている。そーゆー真剣さってさ、伝わってくるんだよね」


 話が見えない。ただそれは半ばひとり言なのだろう、俺の反応を待たずにヒビキは続ける。


七戦士ウチらの間にそんなのはなかった。みんなどう考えてもレベルに見合わないプレイスキルしかなくて、チートに頼って油断はしまくり。戦ってる相手のことなんて理解しようとせず、考えているのは『次に自分がどう攻撃するか』だけ。真剣勝負は戦略とプレイングによる相手プレイヤーとの対話が全てなのに、アイツらときたら……つまんないったらありゃしない」


 ヒビキは背中の弓を左手に持ち、


「だからね、ウチ、昨日のおにーさんの戦い見てさ……熱くなっちゃった! おにーさんさぁ、最高だったよ? だからウチともしてよっ!」

「……なにを?」

「もちろん、【真剣勝負】に決まってるっしょっ!」


 一瞬だった。1本の矢が俺めがけて一直線に飛んでくる。

 

「っと!」


 俺はそれを弾き、ヒビキへと視線を送ろうとするが──。

 

「いないっ⁉」


 俺が矢に気を取られている一瞬のスキに目の前からヒビキのその姿が消えていた。

 

 ……いったいどこに? と考えていたその時、ゾクリと首筋に寒気がはしる。俺は直感に任せ『千槍山』を発動し、自身の背後に槍の壁を作った。直後、


 ──ストトトンっ! といくつもの矢が後ろで刺さる音を聞いた。


「あはっ! よく気づいたね、おにーさん!」


 槍の壁を引っ込めて俺が振り返った先、空中で、器用にこちらに狙いを定めているヒビキがいた。


「いいんだなッ? このまま戦うってことで!」

「トーゼン!」


 ヒビキの返事を聞き、俺は駆ける。ヒビキが着地するだろう地点へと向かう俺を止めようとして立て続けに矢が放たれるが、しかしどこから射られるのか分かっていればかわすことは容易い。またたく間にその距離を詰めた。

 

 ……よし、この距離ならもう、矢を射ることは──


「『矢を射ることはできない』、そう思った? 甘いねッ!」

「っ!」


 ヒビキはあろうことか矢を弓につがえず、素手で握りしめて俺へと振り下ろしてくる。意外過ぎたその直接攻撃を辛うじて防ぐ。が、

 

「ぐふっ⁉」

 

 その攻撃の直後に腹の鎧を蹴り飛ばされ、そのままバックステップで大きく距離を取られてしまった。


「スキル『千本舞踏会ダンス・アローズ』」


 ヒビキが構えた弓から、砕け散った流れ星のようにいくつもの筋を引いて魔力で形作られた矢が放たれる。それらは上や左右に大きく広がると、狙いすますかのように俺の元へと降り注ごうとする。


 ……どうする、『雷震イナズチ』でまとめて消し飛ばすか? それとも『千槍山』ですべて受けきるか? ……いや。

 

 俺は一瞬の判断で前方へと駆け出した。


 ……この攻撃すべてを避け切るのは難しいが……だが、おそらく1本1本の力は大したことがない! なら、スキルを使わずともしのげるはず!


 俺は雨のように降り注ぐ矢たちをくぐり抜けるように走る。よけきれないものは叩き落としながら、なんとか無傷で俺はヒビキへと迫った。何かを準備するように力を溜めていたヒビキの元へ。

 

「……ホントっ! 最っ高っ!」


 ヒビキは溜めを中断して俺に向けて連続で矢を射るが、それはせいぜい間に合わせの牽制けんせいでしかない。

 

 ……やはりな。見るからに防御が必要そうなさっきの広範囲攻撃は囮だったのだ。俺が単純思考で大技の『雷震』で焼き払ったり『千槍山』で防ぎ切る間に、ヒビキは次の大技の準備をしようとしていたに違いない。

 

「今度はこっちの番だッ!」


 俺は『雷影ライエイ』を、ヒビキの唯一防具で覆われている胸部分を狙って打ち込もうとする。俺の槍から放たれたその電撃的な一撃はしかし、


「それは昨日見てたんだよねぇ……! 『反撃の矢カウンターアーチ』」


 槍から放たれた電撃はヒビキの前で何かに掴まれたかのようにグニャリとたわむと、勢いそのままに俺に向かって跳ね返ってくる。


「マジかよっ⁉」


 俺はとっさに後ろに飛びのきながら槍ので『雷影』を逸らす。そして、俺とヒビキの距離は再び開始直後とまったく同じ状態に。五分五分ごぶごぶに持ち込まれた。


 ……強いな。いまの一連のやり取りだけで分かった。このヒビキとかいう女の子、昨日戦ったレントよりも【はるかに】強い。

 

 スキルがどうこうって話じゃない。純粋に経験値が違うのだ。ひとつひとつの技や状況に頼らない柔軟な応用力を持っているのが分かる。


「あはぁ~♡ イイ~~~っ♡♡♡」


 ……うん。頬っぺたに手を当てて、体をグネグネとくねらせているのが何なのかは分からないし、何を考えているのかもサッパリだが、強いのは確かだ。


「あぁんもう最高! 最高オブザ最高! やっぱウチの見込んだ通りだよ、おにーさん! おにーさんならウチを満足させてくれる!」

「な、何が?」

「えー! そんなん決まってんじゃん! 異世界ファンタジーときたらバトル! バトルときたらヒリつく展開っしょっ? これをせずして何が異世界転移よっ!」

「えぇ……?」


 なんだかよく分からないが、どうやらこの女の子、めちゃくちゃに戦闘を楽しんでいるらしい。戦闘狂バトルジャンキーか? 見た目は普通に可愛いギャルなんだけどな……まあ人は見た目じゃ分からないとはいうけれども……。

 

 ……まったく、戦いの何がそんなに楽しいんだか。

 

 俺はため息交じりに、疲れた風にトンっと槍の底を地面に着いた。


「君の目的はもしかしてさ、俺と戦うためっていう、それだけなの?」

「うん、まー……そうかな?」

「帝国の遣いじゃなくて?」

「うん」

「楽しそうだったから?」

「そう!」


 目をキラキラとさせて、元気な返事が返ってきた。……オイオイ。ホントにそうなのか。友達の家にスマブラやりに行くみたいなノリじゃねーか。


「でもさぁ、さすがに王国の城ひとのいえの前を占拠はやり過ぎだろ」

「あー……確かに?」

「しかもそっちは昨日、俺たちに襲い掛かって帰っていったんだからな?」

「乱暴者だったよねー……」

「さっき俺を呼びにきた衛兵なんて顔が真っ青だったぞ? よっぽど怖かったに違いない」

「それはそのー……ごめんなさい」


 ヒビキは気まずげに俺から視線を逸らす。どうやら自分の立場も忘れるほど俺に執着していたらしい。

 

 ……まあ、こっちの話を素直に聞いてくれるあたり、レントよりはよっぽどやりやすいな。

 

「とりあえずこの勝負に俺が勝ったら君は城の中で説教な?」

「あっ! 続き? バトルの続きやってくれるのっ⁉」


 そっちかよ、とツッコみたかったがそれをグッとこらえ、頷いた。


「まあ勝敗はハッキリさせておいた方がいいだろ。君も自分が負けてない相手の言うことは聞きたくないだろうし」

「うんうん! そうこなくっちゃ!」


 ノリノリである。……まあいいか。もう勝負は着いたようなもんだしな。

 

「じゃあ、再開するぞー」

「おぉーっ!」


 ヒビキが返事をした直後、俺は腰から引き抜いたショートランスを彼女めがけて投げつける。スキル『カタパルト・ランチャー』だ。


「うわっとっ?」


 ヒビキは慌てて弓を構えると超高速で射った矢でソレを迎え撃った。そのすかさずの3連射は全てショートランスの矛先に寸分違わずヒットし、弾き返す。

 

 ──だけどそれは俺にとってただのおとりだ。


「さあ、決着といこうか」


 ヒビキの放つ矢がショートランスに向いている間に、俺は彼女との距離を詰めていた。


「えぇっ⁉」


 驚き、後ろに下がろうとするヒビキ。しかし、


 ──ドンッ、と。そのヒビキの背中が勢いよく【壁】にぶつかった。


「かはっ……⁉」

「悪いな、これで終わりだ」


 何が起こったのか訳も分からず、といった風にして呆気に取られているヒビキの首元に、俺は槍の矛先を突き付ける。


「え、え、えぇ~~~っ⁉ 終わりっ⁉」

「終わりだろ、どう見ても」

「うそぉっ⁉ まだウチ、なんもしてないのにっ⁉」

「させるつもりも無かったからな」


 ヒビキはちょっと涙目になって自身の背後を振り返る。そして自身がぶつかったその【壁】、俺のスキル『千槍山』でできた槍の壁を見上げて口をあんぐりと開けた。


「こ、こんなのさっきまで無かったし! なんでぇっ⁉」

「ああ、俺が気づかれないように生やしておいた」

「えぇっ⁉ いつっ⁉」

「さっき、俺たちが話し始めたときにだよ」


 そう、俺はスキル『千槍山』を使っていた。ヒビキの異世界ファンタジー語りにため息交じりで応じたとき、槍の底で地面を突いて、そのままじわりじわりと槍の束をヒビキの背後に伸ばし続けていたのだ。


「~~~っ! ズルいっ! ズルいっ!」

「いや、会話をしてたからってだけで油断していた方が悪い」

「そんなぁ……」


 ガックリとうなだれるヒビキの腕を掴み、立ち上がらせる。


「それじゃあ俺の勝ちってことで」

「うぅ、お説教はイヤぁ……」

「……ああ、うん。まあ、とりあえずは説教はいいや。それよりもまずは……ソコの人が誰なのか教えてもらおうか」


 俺は親指でクイっとその人を指した。ヒビキが連れてきた、フード付きローブで姿をすっぽりと覆い隠した人物だ。その人物はこれまでずっと押し黙ったまま、俺とヒビキの戦闘を眺めるだけだった。


「アンタ、俺が壁を作ってる時にどうしてこの子に教えてやらなかったんだ? そうすれば負けてなかったかもしれないのに」

「……嫌がると思ったから」


 ボソリ、とその声が初めて聞こえた。それは女性特有の高い声だった。

 

「嫌がる、って?」

「ヒビキは正々堂々と勝負をしたい、そんな娘だ。外野が口を出すのを嫌う……まあ、まだ付き合いは短いがそれくらいは分かるのだよ。私にも」


 それからその人物はフフっと笑うと、暑苦しそうだったそのローブをバサリ。大胆に脱ぎ捨てて、その素顔を見せた。それはとても中性的な顔立ちをした、美人のお姉さんだった。


「朝から無礼なマネをしてしまい、申し訳ない」


 彼女はとても礼儀正しく、気品あふれる振る舞いで軽く頭を下げた。その肩口まである金髪が揺れてきらりと光る。


「姿を隠すようなマネをしてしまったこともお詫びする。事情があり、できるだけ顔は知られたくなかったのだ」

「事情……? あなたはいったい?」

「申し遅れた。私の名前はダンサ・フィオ・エンペルロード。帝国の第一皇女だったが、今やただの革命家崩れの政治犯さ」

「は、はいぃっ⁉」


 ……いま、なんて? 第一皇女? それに、革命……は? 政治犯って言ったか?

 

「帝国や七戦士に関する情報を求めてはいないかな? その代わりと言ってはなんだが、私たちはいま亡命先を探す身でね。できれば王国にかくまっていただければと思っているのだが」

「ぼ、亡命? ちょ、ちょ……ちょっと待ってちょっと待ってっ⁉ 情報量を考えてもらっていいですかっ? 思考がまとまらないんですがっ?」

「あはは、キョドってる~」


 慌てふためく俺を見て、ヒビキが笑う。


「まあ簡単に言えばさぁ、ウチら、帝国から逃げてきたんだよねぇ~」


 ……そんな、あっけらかんと言われてもなぁ。さて、俺はどう対応したらいいんだ?

 

 姫やニーニャたちも連れてくればよかったと、俺はそう思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る