第71話 侵略国家

 ──レントたち3人組の襲来から数時間が経った。


「損害の報告は俺にください! あとは休暇中の衛兵も呼び出して、門の警備に当たる衛兵を倍に、残りで徹底的に城内の捜索を! 他にも刺客がいるかもしれないですから慎重に!」


 俺は玉座の間で衛兵たちの指揮をとっていた。モーガンさんはスペラに『グラン・ヒール』をかけて外傷は治っていたが、大事を取って今は医療室だ。

 

 ……とにかく、いまは王と姫の安全のためにできることを最大限しなければ。


「グスタフっ」


 俺の元へと駆け寄ってきたのはニーニャだ。


「陛下の部屋の階とアタシたちの部屋の階──特にレイアの部屋の周りはアタシが徹底して調べたわ。特に異常はナシ。安全よ」

「ありがとう、助かるよ」

「まったく、それにしても奇襲だなんてやってくれるわよね。アタシたちもいたらきっとその場でとっちめてやれたのに!」


 ニーニャとスペラは戦闘後しばらくしてから駆けつけてくれた。すぐ、というわけにはいかないのもしょうがない。それぞれ今は親衛隊の仕事の他に、ニーニャはスラムの生活水準向上のために実地におもむくことが多くなっていたし、スペラも王城から少し離れた場所の魔術研究所にいることが多くなっていたからだ。


「もしかしたら、向こうもそれを調べた上だったかもしれないな」

「……たしか、アグラニスの名前が出てきたって言ってたっけ?」

「ああ」

「じゃあアグラニスからアタシたちの情報が? でも、どうやって……」

「いや、どうやら王城内にスパイがいるかもしれないってことみたいだ」

「うそっ⁉」


 ニーニャはキョロキョロとあたりを見渡すと、俺の近くに寄って小声になった。


「もしかして、まだ王城内いたり……?」

「それは分からない。でも警戒は必要だな。ただ今はそれよりも……帝国についてだな」

「【宣戦布告】だっけ? 陛下やレイアたちは?」

「いまは玉座の間の奥の部屋で、宰相さいしょうたちも交えて今後の対応策を練っているところだよ」


 そう指を差して話していたところ、その部屋のドアが開いた。そして中から王たちがなんとも険しい雰囲気で出てくる。


「レイアっ」

「っ! ニーニャさん、来ていただけたんですね!」


 声を上げたニーニャへと、部屋から出てきたレイア姫が歩いてきた。


「無事だった? ケガはしてないのよね?」

「ええ、私はグスタフ様といっしょに行動していましたから、なんとも」

「それならよかったわ」


 俺もまた、姫の元へ歩み寄る。


「姫、それで……今後の方針などは」

「……はい、そうですね。グスタフ様たちにもお聞きしていただいた方が良いでしょう」


 姫はひと息置くと、話し始める。


「とにかく戦争回避のために動けることは動く、備えることは備える、という結論になりました。まずは、これからさっそく和睦わぼくのための使者を選抜する予定です」

「果たして帝国はそれを受け入れるでしょうか?」

「分かりません。ですが宣戦布告、という単語が出てきたのはあくまでレント・ナンジョウと名乗ったあの使者の言葉の中だけですから。帝国の考えとは異なると、そう考えたいところです、が……」


 ため息を吐く姫。どこかその表情は重苦しい。


「しかし、ここ数年の帝国の動きを見る限りではこのまま戦争に突入することになってもなんらおかしくはないでしょう」

「……ねぇ、レイア。帝国ってそもそもどんな国なの? 普通の国はこんな殴り込みみたいなマネしてこないわよね?」


 ニーニャが訊く。……それは俺もずっと訊きたいことだった。勇者アークをなぜ解放させようとしているのかは全くの謎だったが、そのための交渉にケンカ腰の使者を送り込むなんて何を考えているんだかサッパリだ。


「そうですね、帝国はひと言で表すなら──【侵略国家】とでも言えましょうか」

「侵略国家……?」


 俺が問い返すと、レイア姫は神妙そうに頷いて先の言葉を続ける。


「前皇帝の治世のときはそんなこともなく、王国とも親交があったのですが……数年前にその前皇帝が崩御ほうぎょされ、その嫡男ちゃくなんが後継となってから帝国の政治はおかしくなりました」

「おかしく、ですか?」

「ええ。まず彼がやったことは友好国であるはずの隣国への侵略だったのです」

「えぇっ?」

「現皇帝ジークは、度の過ぎた【帝国至上主義】を掲げた男でした。他国はすべて帝国のために尽くすべきだ、と。その土地も人間も、すべて帝国のためになるような政治を行っていると、そういった悪いウワサをよく耳にします」

「酷いですね……」

 

 ……しかしなるほど、そういった男がトップの国であるならば今日のような乱暴な外交手段を取ってくるのも頷ける。


「つまり、帝国は開戦する前提だったからこそ、ワザと乱暴な使者を送り込んできたかもしれない、って考えても不思議じゃないってことでしょうか?」

「はい。私たちがレント・ナンジョウたちの要求を飲むならさらに強気の外交を、飲まなければ侵略してしまえばいいと考えているのではと、先ほどの話でもみなさまそのような見解でした。王国と帝国の国境は北の一部で接していますから、とうとう帝国の牙が王国にも向いたのだろう、と」


 そう言って姫がため息を吐いていると、


「──皇帝ひとりで国が変わるとは、本当に人の世は移り変わりが激しいですね」


 俺たちの後ろから、負傷者たちの治療が終わったのだろうスペラが歩いてくる。


「お疲れ、スペラさん」

「いえ、大したことはできていませんよ。グスタフさんも衛兵の指揮、お疲れ様です。それにしても、少し今の話を聞かせていただきましたが、」


 スペラはレイア姫へと向くと、


「その現皇帝とやらの治める帝国の話を聞く限りだと、どうにもこちらから和睦の使者を出そうが無駄に終わってしまいそうな気がしますね。帝国に侵略の意図しかないのであれば、問答無用で攻めてくるでしょう。むしろこちらの足元を見られる結果になるのでは?」

「そうかもしれませんね」


 姫はそう頷いたうえで、


「しかし相手が野蛮であるからといって、私たちまで野蛮になってはなりません。それ以外に手立てが無い状況下での闘争は仕方がありませんが、避ける手立てが少しでもあるのであれば理性的に対応するのが本来の国家の姿のはずです」

「……理屈は分かりますが、結果的に後手になってしまうのではないでしょうか? 帝国は宣戦布告を済ましているのです。いつ攻め込んできてもおかしくはないのでは?」

「確かに理屈の上での話ですし、【国家としてあるべき姿】という綺麗事ではあります。しかし風聞ふうぶんは綺麗事を好むのです」


 姫は続ける。


「私たちの住む大陸は帝国や王国ばかりが国なわけではありません。場合によっては帝国か王国にくみしようとする国も出てくるかもしれないのです。そういったときに風聞、つまりウワサは良ければ良いほど味方を引き込みやすくなりますから。正式な手順を踏み、我々に非が無く、戦争を始める意思はないということをおおやけにするのはそれだけで意味があります。これもまた外交手段としてのひとつの先手となるのです」

「なるほど、和睦の行為そのものをひとつのプロパガンダとして扱うわけですね」

「そういうことです」


 ……? 何が『なるほど』なのか、『そういうことです』なのか良く分からなかった。【プロパガンダ】っていうのは何かの授業で聞いたことはあったけど、俺はテストとかはその場限りで丸暗記してテストが終わったら綺麗サッパリ忘れてしまうから……。

 

 ……ムツカシイな。


「それに、もちろん外交手段のみでしか手を打たないわけではありません。並行して、帝国と直接国境の接している北の街【カイニス】で迎撃の準備を始めてもらうことになりました」

「そうでしたか、どう転んでも策はあったわけですね。ご判断を疑うようなマネをしてしまい申し訳ございませんでした、姫殿下」

「いえ、王国が今後どのような狙いで動くのかは親衛隊の皆さまにも知ってもらう必要があることですので。むしろちょうど良くお話する機会ができてよかったです」


 姫とスペラの会話は終わったようだ。隣でニーニャもウンウンと頷いている。


「ややこしいしメンドクサイわねぇ。なんでこう、主語が大きくなると物事って複雑になるのかしら」

「……ニーニャはいまの話、ぜんぶ分かった?」

「そりゃ説明してもらったもの、当然分かるわよ。要は『王国は戦争なんかしたくないんだよ。和解のための努力もしたよ。でも帝国が侵略してきたんだよ』って他の国に宣伝しつつ、しっかりと戦争の準備もしておくってことよね。グスタフだって分かったでしょ?」

「え? あぁ……うん」


 ……なるほどね。うん、分からなかったよ! ニーニャのおかげで今は多少分かったけど! しかしさすがニーニャとスペラは地頭が良いなぁ……。


 俺が引きつった笑みを浮かべていると、姫はそれをどう勘違いしたのか、


「ご安心ください、グスタフ様。確かに突然の話ではありましたが、明日明後日ですぐに開戦とはならないはずです。その間に私たちも相応の準備を固めて参りましょう」

「あっ……はい!」


 ……戦争になるのを不安がっているとでも思われてしまったのかな。姫に気を遣ってもらって申し訳ない。大丈夫、ただ頭がちょっとだけついていかなかっただけだ。


 俺は俺でできることを精一杯やるしかない。頭を使って活躍するというのはちょっと無理そうなので……俺は何としてでもこの槍で姫たちの役に立つこととしよう。


 ……そうと決まれば、今日からさっそくステータス上げにとり組まねば!




 ──そうして俺が決意を固めた、その翌朝のことだった。




「たっ、大変ですっ! 城門前に【昨日の帝国の遣い】と名乗る者が現れました!」

「へっ?」

「『この城で1番強いヤツに会いに来た!』と言って城門前を占拠しておりますっ!」

「はいぃっ⁉︎」


 玉座の間に飛び込んできたその一報、それは昨日の今日での立て続けの帝国勢の襲来。玉座の間に集まっていた陛下たちにレイア姫、そして俺も、目をまん丸にして顔を見合わせるのだった。

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