第70話 充填式雷槍(試作)

 ──俺がレントに無傷の勝利を収める3分前のこと。

 

 


「ユニークスキル『テンペスト』」

 

 そう呟いて不敵に微笑んだレントは剣をスッと、ゴルフのドライバーでも扱うかのように頭の後ろまで持っていって構えると、

 

「グスタフ、お前はこれから【なすすべ】もなく俺の膝元に倒れ伏すだろう」

「……?」

「すぐに分かるさ」

 

 首を傾げる俺にそう言う。そして勢いよく剣を真横に振り抜いた。その直後、


 ──ビュオウッ!

 

「はっ……?」


 俺の真横から、強烈な突風が襲いきた。突然のことに踏ん張りも利かすことができず、体が膨大な空気圧に吹き飛ばされる。

 

「なっ、なんだっ⁉」

「驚くのはまだ早いぞ、グスタフッ!」


 レントが剣を上に下に、右に左にと動かすたびにその方向から身動きも許さない強烈な突風が吹き荒れた。俺は宙で風が吹くがまま、なにもできずに揺さぶられるだけ。

 

「くっ、くそっ!」


 ……なんだこれっ? どんなスキルだよっ? ……しかしグルグルと揺れる世界では視界も思考もまともに定まらない。次第に方向感覚さえ掴めなくなる。

 

「そこだぁッ!」


 グンッ! と突風がひときわ強く空中の俺を吹き飛ばす。そしていつの間にか目の前に迫っていたのはレントと、その手に持つ鋭い剣。

 

「くっ⁉」


 レントは俺の体を、風を使って勢いよく自分の元へと引き寄せていたのだ。俺は辛うじて槍を自身の前に持ってきて、レントの剣の一撃を槍ので受けた。

 

 ──ガキィンッ! と大きな衝撃が頭の奥までを揺さぶった。体は大きく後ろへと吹っ飛ぶ。

 

「ってぇッ!」


 辛うじて体勢を立て直して着地はできたものの、手がビリビリと痺れている。風の勢いと大振りの攻撃が合わさったレントの剣の一撃はとんでもない威力だった。


 ……しかし、なんだこの自由度の高いスキルはっ? これがユニークスキル? いったい効果は……いや、それよりも今はまた同じ攻撃を喰らう前に先手を取らなければ!


 俺はスキル『カタパルト・ランチャー』を使用し、腰に差して忍ばせていた前腕ぜんわんほどの長さのショートランスを、レントの利き腕に向かって投げつける。が、しかし。


「おっと!」


 レントの足元から強烈な風が噴き出したかと思うと、ショートランスは容易く弾き飛ばされてしまった。


「なっ……? なんの動作もなしに防いだだと……?」

「無駄だ、悪党。お前が何をしようと、正義の前にはすべてが無意味なんだよっ!」


 ……まったくもってレントのスキルの概要が見えない。剣で風を操るものと足元から風を噴出させるもの、それぞれが別のスキルなのか、それともひとつの『ユニークスキル』とやらで行っているのか──いや、立ち止まって考えるのはよそう。


 それは経験から得た教訓である。魔王討伐の際のことだ。俺は戦いの最中に立ち止まって余計なことを考えたせいで、魔王に姫をいいように利用され、手ひどい反撃を受けて死にかけた。攻撃の手は止めるべきではない。かといって思考を止めるというのも愚策。


「行くぞ!」


 ……両方同時に行うんだ。動きながら、攻めながら考える。それが最善手。相手の攻撃の正体が分からない以上、出方をうかがうのは危険だ。


 俺はレントに向かって駆け出した。


「まだ俺には敵わないと分からないか! 吹き飛べ悪党ッ!」


 レントが剣を横なぎにしたので、俺はすぐさまバックステップ。するとすぐ目の前を風が吹き抜けていった。


「チッ! 避けたか!」


 俺がその距離を詰める最中、レントは幾度も剣を振り回した。


 ──剣が上から振り下ろされる。俺は横に避けた。直後、滝のような風が真横に落ちる。

 

 ──剣が左に振られたので、俺は加速して駆け抜ける。真後ろにえぐるよう突風が通った。

 

 ──剣が振り上げられる。足裏に違和感を感じ、俺は軽く飛び上がる。すると案の定そこから風が吹きあがったので、俺は低いバク宙で風を受け流して着地する。


「クッ! 避けるな卑怯者ッ!」


 ……そりゃ攻撃されてるんだから避けるだろ。まあ答えても無駄だろうから口には出さないけど。


 そうこうしている内に俺は槍の攻撃範囲までレントとの距離を詰める。

 

「フッ──!」

 

 スキル『雷影』。その電撃的な一撃を剣を持つレントの利き腕めがけて撃ち放つ。火花の散る音と共にまばゆい光がレントへと迫るが、

 

「当たるものかッ!」


 ビュオウッ! と再びレントの足元からノーモーションで風が噴き出して『雷影』は別方向へと逸れてしまった。

 

 ……マジか。いちおう、『雷影』は防御不可のスキルのハズなんだが……。

 

 それからも俺はレントの攻撃を避けつつ、スキを見て『雷影』や『千槍山』を叩きこもうと試すが、しかしその全てが風の壁に邪魔されてレントには届かない。


「ちょこまかちょこまかと……! いい加減に諦めてその首を差し出せ! 悪党!」


 レントの風の攻撃をまた避けて、俺は少し距離を取った。

 

 ……どうしたものか。『雷影』はどうやら通じないらしい。ひとつ分かったこととして、風の壁──レントの足元から噴き出してくる風──は自動で出るスキルのようだということ。背後を取っても攻撃が弾かれるあたり、レントが意識的に出している様子はない。

 

「どうやら手詰まりのようだな!」


 レントが意気も高々に俺に向かって突撃してくる。

 

 ……手は無いことはないんだがな。

 

 俺には『雷震イナズチ』や『威氷イザミ』といった空間そのものを攻撃する強力な覚醒スキルがあるから、それらを使えば風の壁も突破できるだろう。でも、それら覚醒スキルはまだ人に対して使ったことがない。……本当に強力で、加減もできないから、相手を殺しかねないのだ。

 

 俺はひとまず『千槍山』を使用してレントとの間に3重の槍の壁を作って距離を取り……。


「ん?」


 そこで俺は自分の槍の異変に気が付いた。


 ──槍の矛先から少し下が激しく輝いている。そこは丸いフラスコのようなガラスの玉が取り付けられているところだ。よく見れば、その輝きの正体は──電撃だ。バチバチと、絡み合う銅線を中心に、ガラス玉の中で蛇のように踊り狂っている。


「これは……」


 ……そうだ、そういえば俺が今使っているこの槍は昨日まで持っていた【ポセイドン・ランス】ではないのだ。さきほど姫からもらった槍、確か名前を【充填式じゅうてんしき雷槍らいそう(試作)】、といったか。

 

 その説明文には確か、『雷属性攻撃をするたびに雷エネルギーを溜めて、スイッチを押すと次の雷属性攻撃の威力が増す』とか書いてあったような……。

 

 槍の柄を観察すると、確かに俺の握る柄の近くにボタンらしきものがある。

 

「さあ、決着としようじゃないか悪党めッ!」


 シュバッ! シュバッ! と『千槍山』でできた槍の壁を次々に斬り裂いて迫りくるレント。……試してみる価値は、あるかもな。俺は固めのそのボタンをバチリと押し込む。その直後、

 

 ──シュバババッ! とフラスコ内の輝きがさらに増し、槍の矛先がビリッと火花を散らす。

 

「これで壁は最後かぁッ⁉ グスタフ、お前の首をもらうぞッ!」

 

 レントが3重にした最後の槍の壁を斬り裂くと、俺に向かって高く飛び上がって剣を振りかぶる。それは先ほどにも増してスキだらけの大振りだ。風の壁があるから、俺の攻撃なんてどうせ通じはしないだろうと、そうタカをくくっているのがありありと分かった。

 

 そんなレントに俺は狙いを定め、スキルを放つ。


「『雷影』!」


 ──直後、本当に雷がはしったのかと思うほどの光のまたたきが玉座の間を包み込む。

 

「なッ⁉⁉⁉」


 それは、まるで光線ビームだった。その雷の光線はレントのまとう風の壁をいとも簡単に貫いて、レントの手に持つ剣を2つにへし折り、さらにはその奥の玉座の間の天井にまで穴を空けた。

 

 遅れて、ズドォンッ! という大音量と衝撃波が俺たちの肌を打つ。


「……は???」




 ──そこまでで戦闘開始からちょうど3分。俺は、かくしてレントに無傷で勝利を収めてしまった、というわけだった。




 さて、いまだ俺の目の前で腰を抜かし呆然とするレント。予想をはるかに超えた威力に開いた口が塞がらないようだった。


「な、な、なッ……⁉」


 レントが自分の両手を見て、腰のさやを見て、ようやくどこにも自分の剣がないことを悟ったらしい。ひっくり返った昆虫のようにジタバタと慌てふためいている。

 

 ……ふむ、これはチャンスだ。


「『雷影』」

「がふっ⁉」


 俺は再びそのスキルを発動し、レントはさらにゴロンゴロンと転がっていく。……お? 今回は風の壁には阻まれなかったな。どうやら剣を手放すとあの風の壁は発動しないらしい。ちなみに槍はまた上下逆さにしていたので傷はないはずだ。

 

 ……よし。とりあえず、このまま暴れられても厄介だしな。気絶してもらうとするか。

 

 俺は続けて『雷影』でレントの下アゴを狙うが、しかし。


「──おっと、そこまでにしてもらおうかな」


 突如としてレントの正面にメガネの男が出現する。……『テレポート』だろうか、『雷影』はその男に当たったかと思うと、まるで衝撃が飲みこまれるかのように無効化されてしまう。

 

「っ?」


 ……オイオイ、いったいどうなってるんだ今日は。防御不可のハズの『雷影』が効かないヤツが2人も出てくるとは。これもユニークスキルってやつか?


 メガネの男は俺を見やってフンとひとつ鼻を鳴らすと、


「どうやらアンタ、俺たちの想像以上に強かったみたいだね。まさかナンジョウが負けるとは」

「……そりゃどうも。それでいま、どうやって俺の攻撃を防いだんだ?」

「俺はコイツとは違って用心深いんでね、ノーコメントだ」


 メガネの男はおどけた風にそう言うと、レントを連れて再びテレポート、ヒビキと呼ばれていた女の元へと移動する。


「今日は退かせてもらうよ。こちらの目的は成し遂げたしね」

「目的?」


「──グ、グスタフッ‼」


 メガネの男が俺の問いに答える前に、茫然自失ぼうぜんじしつとしていたレントが我に返ったらしい。煮えくり返ったような感情が込められた声が玉座の間へと響く。


「帝国は、勇者アーク殿を不当に抑圧する王国に対し、正義と解放を掲げて【宣戦布告】をするッ!」


 鼻息荒く、レントが俺を指さす。


「グスタフッ! 俺は、悪の筆頭であるお前を決して許しはしないッ! 次に会うとき、必ずお前という悪を正義の剣で両断してやるッ!」


 レントがそれだけ言うと、メガネの男の元にレント、そしてヒビキと呼ばれていた女の子も集まった。

 

 ……『テレポート』で逃げるつもりだなっ?

 

「させるかっ!」


 まだまだこの3人には聞きたいことがある。俺は『テレポート』を阻止しようと足を踏み出したが、

 

 ──シュタタタッ! とそんな俺の出鼻を挫くように幾本もの矢が俺の足元を囲うようにして突き立った。


「ッ!」


 驚き見れば、いつの間にかヒビキが弓を俺に向けて構えて立っていた。この女の子も七戦士か……? ヒビキのこちらを見るその表情は──。


「──えっ?」


 思わず、呆気に取られてしまう。そんな俺に対し、


「──覚えていろッ! グスタフッ!」

 

 レントは叫ぶ。そしてメガネの男の『テレポート』によって3人は消えた。レントは最後まで俺に並々ならぬ敵意を向けてきていたが……いまはそれよりも何よりも。

 

「……なんで、笑ってたんだ?」


 ヒビキがこちらに向けた表情──その楽しそうな、ワクワクしたような笑顔の理由が分からず、俺は首を傾げるしかなかった。

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