第69話 剣の戦士レント・ナンジョウ

「ハァッ──!」


 ガキィンっ! と、玉座の間に激しい戦闘音が響き渡る。


「セィヤァァァッ!」


 剣を振り回すたびに叫ぶレントのその攻撃のひとつひとつを、俺は努めて冷静に槍のでさばく。

 

 ……コイツ、普通に強いな。

 

 剣と槍を交じえていて、このレントという青年はこれまでレベル58の俺にまったく力負けをしていない。おそらくレベルは40後半から50はあるだろう。太刀筋もそれなりにしっかりしていて、基本に忠実な印象を受ける。


「どうした、グスタフ! 手も足も出ないかっ?」


 レントが横なぎにしてくる剣を俺は後方に飛びのいて回避した。


「……なぁ、ナンジョウレントくん。帝国の兵士は、みんなお前並みに強いのか?」

「そんなわけないだろう。俺は七戦士だ。召喚されたその時から特別な力を宿していたのさ」


 ……召喚? なんだそれ、どういう設定?


「だが俺は慢心などしなかった。いつかきっとアグラニスさんの仇を取るためにと、この1カ月みっちりと剣の技術を学んできたんだ。元々の高ステータスに剣の扱いまで身につければ、もはや俺に敵う者などいない!」


 ……今度は【1カ月】、それに【元々の高ステータス】か。気になることばかり言うな、コイツ。

 

 ただそこまでキーワードが散りばめられていたらいい加減、察しもつくというものだ。


「お前たち、もしかして異世界転移してきたのか?」

「なぁっ⁉」


 レントは目を見開いて、身じろぎする。これ以上ないくらい動揺したっていうのがまる分かりな態度だ。

 

「な、なぜこの世界の、王国の人間にそんなことが分かる……⁉」


 ……なるほど、まさか俺にそんなこと分かるまいとでも思って口を滑らせてくれていたわけか。まあでも実際は俺も異世界転生してきた口だし、それにレントたちは全員が日本人顔だし、分からないはずもない。だが、レントはそれをどう受け取ったのか、


「まさか……そうか、そういうことか。すべて分かったぞ」


 そう呟くとギリッと奥歯を噛み締める。


「皇帝陛下より『元の世界へ戻る方法は王国内にある』と聞いてはいたが、グスタフ、お前がそれを秘匿ひとくしているんだなっ⁉」

「はっ?」

「そうだ、全てが繋がったぞ! お前は俺たち七戦士が王国へと攻め入ってくることを知っていて、『元の世界へ戻る方法』をエサにして俺たちに言うことを聞かせようとしているんだろうっ⁉ いやきっとそうだ、そうに違いない!」

「……いや、いやいやいや? ぜんぜん、ぜんっぜん違うけど?」

「黙れ悪党!」


 レントは怒りに満ちた顔で攻撃を仕掛けてくる。

 

 ……本当になんも話を聞かないヤツだな、まったく。

 

 俺は槍の底で床を打ち、スキル『千槍山せんそうざん』を使用する。たちまちに俺とレントの間に槍の束が現れて壁となる。


「こざかしいっ!」


 レントは高ステータスにものを言わせた剣の大振りでそれを上下真っ二つにしてしまう、が、しかし。


「狙い通りだ」

「んなっ⁉」


 直後、真っ二つになった槍の束の間をって、俺の電撃的な一撃がレントの胸の鎧をしたたかに打った。それはスキル──『雷影ライエイ』。

 

 先に出した『千槍山』はあくまでレントの大振りを誘うおとりにすぎず、俺はそうしてできたスキを狙い打ったのだ。レントは勢いよく後ろへと転がって倒れ伏す……とは言え。


「俺の勝ちだな、ナンジョウレントくん。立てるか?」

「……っ⁉」


 レントは自分の胸を手で触って確かめると、あぜんとした。それもそのはず、鎧には電撃によるコゲ跡が少しついただけで、穴などは空いていない。もちろん、外傷もアザ程度のハズだった。


「ど、どうして……」

「そりゃまあ、槍の底……この石突いしづきの部分を使って撃ったからな。多少は力加減も調整したし」

「手加減……この俺にっ……?」


 確かにレントのステータスはこの世界の人間基準にしては高く、俺に迫るものがあった。武器の扱いの技術に関しても、この世界に来て半年弱の俺と1カ月のレントじゃそんなに違いはない。だが、圧倒的に違うものがひとつだけある。

 

 ──それは【実戦経験】だ。俺はこの半年で数々の死線をくぐってきた。槍を使っての自己流の戦い方も、スキルに応用を利かせる機転も、その中でひとつひとつ身に着けてきたのだ。

 

 おそらくレントは素振りや対人戦の訓練程度しか経験が無いのだろう。いくら高レベルであろうとも、【教範きょうはん通り】の動きしかできていない程度の剣士に、死に直面するような戦いを生き抜いてきた俺が負けるはずもない。


 ……さて、これで少しはレントにも人の話を聞く姿勢ができてくれればいいんだけど。……なんて、そう思っていた時期が僕にもありました。


「ふ、ふざけやがってっ!」


 レントはみるみる内に顔を赤黒く染めると、鬼の形相を俺に向けた。


「コケにしているんだなっ⁉ 俺をっ、正義のために動くこの俺をッ! コケにして楽しんでいるんだなッ⁉」

「えー……?」

「もう倒すだけじゃ済まされない! 魔王討伐の栄光を簒奪さんだつし、アグラニスさんを裏切り、正義を愚弄ぐろうする悪党──お前に相応しいのはただ【死】のみだッ!」


 ……とことん、話の通じないヤツだ。極めつけにはこちらの意図をすべて曲解してくる性分らしい。厄介きわまりないな……。


「シンク、ヒビキちゃん……ふたりとも俺から離れていろ。『ユニークスキル』を使う!」


 レントが後ろに向けて放ったその言葉に、レントの後ろに控えていた男女のうち、メガネの男が肩をすくめる。

 

「ほどほどにしときなよ、ナンジョウ。この城が崩れかねないからね」

「ああ、分かってるよ。ただその時はシンク、君がヒビキちゃんを守ってやってくれ」


 レントとメガネの男の会話に、恐らくヒビキと呼ばれている後ろの女の子は何やら顔をしかめていた……もしかしたら仲が悪いのかもしれない。ともかくレントの仲間のふたりはさらに後方へと下がった。


「ナンジョウレントくん、たぶん聞いてはくれないだろうけどさ、俺は別にお前をコケにしたかったワケじゃ──」

「黙れ、悪党に話すことは何もないッ!」


 もはや俺の言葉を最後まで聞く気もないらしい。

 

「やるっきゃないか……」

 

『ユニークスキル』とやらがなんなのか、正確なところは分からないが強力なスキルだってことは確かだろう。だいたいどんなアニメやWeb小説でも、『ユニーク』だとか『チート』といった名前のつくスキルで主人公が無双していくものだからな。

 

 ……ともすればこれは、長く苦しい戦いになるかもしれない。

 

 剣を俺へと掲げて不敵な笑みを浮かべるレントに対し、俺は改めて気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 ──で、それから3分後。

 

 俺は……勝っていた。それも、まったくの無傷で。

 

 

 

 

 

「……は???」


 思わず、そんな疑問の声が漏れてしまう。え、俺……勝ったの?

 

 俺から少し離れたところで腰を抜かしているレントもまた、目をまん丸に見開いている。何が起こったのか分からない、そんな様子で座り込んでいた。その手に武器はない。レントがこれまで握っていた剣は、今や玉座の間の隅っこに真っ二つになって転がっていた。

 

 ……いや、確かに『スキル』を撃ったのは俺だ。俺なのだが……まさかそれが『これほど』の結果になるなんて……。

 

 俺は、自ら手に持つその槍──【充填式じゅうてんしき雷槍らいそう(試作)】を見る。


「あ、あとで姫と……ジイさんにもお礼言いにいかなきゃな……」

 

 いったい何が起こったのか。それはレントがその『ユニークスキル』を見せた、約3分前にさかのぼる──。

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