第68話 招かれざる客

 ──ズガァンッ! 

 

 突然、大きな破壊音を立て、王城全体を揺るがすほどの衝撃が走る。


「っ⁉」


 俺はとっさに姫の頭を覆い、次なる衝撃に備える。それからもその大きな音は断続的に響いた。

 

「なんだ……? 何が起こってる……?」


 ズズン……ズズン、ズズンッ! と音の大きさは少しずつ変わっている。俺は姫をしっかりとガードしながら耳をそば立てた。

 

 ……なんだ? どこかに向かってる? さっきまで音はどんどん大きくなって近づいてくるみたいだったが、いまは少しずつ離れていくような……あれ、この方向──。


「まさかっ!」


 音が離れていく方向にあるのは──。


「姫ッ! しっかり掴まってください!」

「えっ……きゃっ⁉」


 俺は槍を横にして持ち、そして姫を【お姫様だっこ】すると、部屋から駆け出した。


「グスタフ様! いきなり、いったいどちらへっ⁉」

「玉座の間です! この音はどうやら玉座の間へと向かってるみたいなんですっ!」

「……っ! そんな、お父様……!」


 俺は駆ける。いったい何が起こっているのかはサッパリだ。だが事実としてすでにその【何か】は起こってしまっている。これ以上後手には回れない。

 

 ……何が待ち受けているのか分からない以上、本当は姫を連れていきたくはなかったが……しかし、俺が姫の側から離れるわけにもいかなかった。自信過剰というわけではないが、今この城における一番の安全地帯は俺の手の届く範囲なのだから。


 道中、玉座の間までつながる廊下の壁はところどころが崩れかけていた。そして倒れる王城衛兵たち。彼らのレベルは平均20はあるはずだが、誰も彼もが瞬殺でもされたかのように抵抗できた形跡が皆無だった。


 ──そして駆けつけた玉座の間。俺は姫を降ろし、その両開きの扉を開け放つ。


「陛下ッ!」


 するとその部屋からはビュオウッ! と勢いよく風が吹き出してくる。俺と姫は思わず顔を覆った。


「な、何が……?」


 そして何とか足を踏み入れた先の玉座の間、そこにはローブを風にはためかせる謎の人物たちが立っていた。そのうちのひとりは玉座の目の前でその手に持つ剣を──地面に膝を着くモーガンさんへと突き付けていた。その後ろには王が動くに動けないように立ち尽くしている。


「……ん? 新しい兵士か?」


 謎のその3人がいっせいにこちらを向き、


「なっ……」


 俺は思わず息を飲む。その3人の顔立ちは──まるで日本人そのものだった。


「フーン、とりあえず排除っと」


 3人の内のひとり、入り口近くに立っていたメガネの男が手に持った杖をこちらに振りかざし、俺は我に返った。詠唱などは何もなかったがしかし、直感的に俺は姫を抱え直して横に駆ける。すると直前で俺たちのいたその場所に、光の球が着弾した。

 

 ……無詠唱っ⁉ コイツらいったい……⁉

 

 俺は強く地面を蹴って玉座の前までひとっ飛びする。そしてモーガンさんへ向けて剣を構えるその男──黒髪の、まだ学生だと思われる日本人らしき青年──の足元へとスキル『雷影ライエイ』を放った。

 

「おっと」


 黒髪の青年はすぐさま後ろへと飛びのいた。俺は姫を降ろし、その姫とモーガンさん、王の3人を背後に隠すように前に出る。

 

「大丈夫ですか、陛下、モーガンさん」

「う、うむ。モーガンが守ってくれたからワシは大丈夫だ。しかし……」


 ドサリ、と背後で重たい音が響く。


「モーガンっ!」

「モーガン様っ! しっかり!」


 どうやら、モーガンさんが倒れ込んだらしい。俺は振り返りたい気持ちをグッとこらえた。この謎の3人を相手によそ見は危険だと、本能のようなものが告げていた。

 

「大丈夫ですよ、少し体を強く打っただけです。ただの脳震とうでしょう」

 

 剣を持った青年はそう言うと、人畜無害そうな笑みを張り付けた顔を向けてくる。


「……もしかしてあなたが『グスタフ』さんですか?」


 思わず反応しそうになるところを俺は槍を強く握って耐えた。

 

 ……コイツらが何者かは知らないが、敵であることに間違いはない。なら、俺が先に情報をくれてやる必要など皆無だ。


 俺は、こちらに歩み寄って来ようとする青年に槍を突きつけた。


「止まれよ……お前たちは、いったい何者だ?」

「質問しているのはこちらなんですけどねぇ。この王国の要注意人物、レイア姫親衛隊隊長のグスタフ。王国で随一の槍使いだとか。おや、そういえばあなたも何やら珍しい槍を持っているようだ」

「お前たちの目的は何だ?」

「……はぁ、聞く耳を持たない、か……」

「……」

「……」


 しばらくの沈黙のあと、剣を持った青年は「フッ」と。こちらを小馬鹿にしたように小さく笑うと「もう、やめましょうよ」と口を開いた。


「こういう腹の探り合いみたいなの、時間の無駄だと思いません?」

「ならとっとと正体を明かせよ」

「どうして私どもが先に? 最初に質問したのはこちらだったはずですが」

「どうしてもなにも、ここは俺たちの王城であり、俺はここに勤める衛兵であり、そしてお前たちが招かれざる客だからだよ」

「……」

「それともお前らの作法に乗っ取れば、土足で他人の家に上がった後はその家の人間に名乗らせるのが先、ってのが礼儀なのか?」

「……はぁ。分かりましたよ。確かにそう言われてしまうと何も言い返せません。いいでしょう、まあ、どうせこちらは最初から正体は明かして話し合いをする予定でしたし」


 青年はわざとらしく肩をすくめると、こちらの気分を逆なでするような仰々しい一礼をする。


「どうもどうも、私どもは【帝国】からの遣いで参りました【七戦士】です。私は剣の戦士として七戦士を率いる者、レント・ナンジョウと申します」


 ……レント・ナンジョウ。なんじょうれんと? いっそう、日本人疑惑が深まるな?


「本日私どもは国王陛下に、現在この城の地下に幽閉されているという【勇者アーク・ヴィルヘルム・ミラージュ】殿を解放し、帝国に預けていただきたい旨を告げるために参上いたしました」

「……帝国? それに勇者を解放だとっ……?」


 俺の疑問に、しかしそれ以上青年からの言葉はない。その視線は俺の後方、王へと向けられているようだ。


「……ナンジョウ殿、と申したな」


 王が重々しく口を開く。


「はい、国王陛下。レント、とお呼び捨ていただいても構いませんが」

「ナンジョウ殿、と呼ばせていただこう」


 王は咳ばらいをひとつ挟み、言葉を続ける。


「まずだいいちに、ナンジョウ殿たちの要求は飲めないものだ。他国への訪問に礼儀でなく武力でもって押し通る不届き者からの申し出にどうして応える必要があろうか。それに貴殿らはさきほど帝国からの遣いと申したが、その証すら立ててもらってはいない」

「ああ、これは失礼いたしました。それでしたらこちらに」


 レントが言うと、その背後の杖を持ったメガネの男の元から、フワリと風に乗るようにして何かの封書が王の元へと運ばれようとする。が、それは俺が槍でさえぎって掴み取る。

 

「ちょっと、衛兵さん? それは王へとお渡しするものなのですが」

「危険物の恐れがある」

 

 俺は王に確認を取ると封を空けた。それは書状のようだった。特に問題はなさそうだったので王へと手渡す。何が書いてあったのかは不明だが、王はひとつだけ頷くと、


「……確かに貴殿らは帝国の遣いのようだ。のちにこの国璽こくじは精査するが、見た限りでは本物の文書と相違なさそうではある」

「信じていただけたなら幸いです」


 レントは努めて冷静に、といった風な表情を維持したまま、


「では改めて──勇者アーク殿を解放していただきたいのですが」

「それは不可能だ。勇者は王国において罪を犯した、だからろうに入れておる。どうしてそれを解放などと、ましてや帝国の使者殿に言われねばならぬ」

「それが【不当】なものだからですよ」

「不当だと?」


 レントは張り付けていた笑みをスッと引っこめると、目を細めた。


「勇者アーク殿は不当な罪を着せられて、魔王を討伐した後に拘束されているのでしょう? 今この場で、ただちに解放していただきましょう」

「馬鹿な。誰がそんなことを」

「……誰が、だって? 知っているはずだ、私たちの国の宮廷魔術師である【アグラニス】さんからに決まっているでしょう!」


 俺と王は2人、息を飲んだ。アグラニス、その名を聞いたのは久しい。魔王討伐の後、俺がアグラニスから得た情報を王へと共有して以来のことだ。


「アグラニス……あやつ、やはり帝国の人間であったか」

「……何を、白々しいことを」


 レントの言葉の端が震えていた。いままで押し殺していた感情が漏れ出るような、そんな語調だった。


「聞いているぞ、国王よ。あなたたちは卑劣ひれつ極まりない手を使ったと」

「なんだと?」

「アグラニスさんは王国への援助のため勇者一行へと加わり尽力をした……にもかかわらず、あなたたちは報酬惜しさに魔王討伐後の勇者を拘束し、そしてアグラニスさんをも殺そうとしたそうじゃあないかッ! なんたる冷酷さ、それでも人の血が流れているのかッ!」


 レントのその顔は真っ赤で、もはや敬語も忘れるほど頭に血が上っているようだった。そして、俺たちと言えば……はぁ? って感じだ。

 

 ……ホント、なに言ってんだコイツ? 100%ウソで1%も真実が含まれてないんですけど? アグラニスが王国の援助? 報酬惜しさに魔王討伐後の勇者を拘束? それっていったいどこの並行世界での出来事だ?

 

「えーっとさ、ナンジョウレントくん……? それ全部ウソなんだが?」

「ウソだと? そんなわけはない。この1カ月、俺はずっと心の傷に苦しむアグラニスさんに寄り添ってきたんだ。信じていた王国に裏切られて、いったい彼女はどれだけ傷ついたと思う?」

「いや、だからそれはウソ──」

「──彼女はなぁ! 気丈に振る舞っていたが、しかし俺にだけは本当の姿を見せてくれていたんだ……彼女は毎夜、俺の隣で泣いていた。俺にもたれかかり、それはもうシクシクとな」

「アグラニスがぁ? 泣くぅ……?」


 俺はアグラニスの泣き顔を想像してみる……いや、無理だな? 直接会ったのは数回だが、それだけでもあの女がひと癖もふた癖もある魔女じみた人間だということは分かった。

 

 ……そんな女が、たとえふたりきりの状況であろうとも人前で泣く姿なんて見せるか?


「いや、ないな。ありえん。ぜったいウソ泣きじゃん……」


 ボソリと呟いたつもりだったが、しかし目の前のレントは耳ざとかった。


「ウソ泣き、だと……?」


 その瞳に、いままでの敵意以上のモノが宿るのが分かった。


「レイア姫親衛隊隊長、グスタフ……お前は国王に次ぐ卑怯者だ。勇者アーク殿の魔王討伐の手柄を横取りし、のうのうと地位も名誉も手に入れた罪深き男……!」


 ……まだ俺は名乗っていないのだが、完全にグスタフ認定されているようだ。思い込みの激しいヤツめ……。いや、俺がグスタフで間違ってはいないんだけどさ。


 レントはユラリ、剣を俺に向けて構える。


「よし決めたぞ。まずはここでお前を完膚かんぷなきまでに叩きのめしてやる」

「え? なぜに?」

「お前の無様さを見せつけて『悪は栄えない』という事実を国王に突き付けてやるためにだよ。勇者解放の交渉はそれから改めて、だ──ハァッ!」

 

 レントの足元からビュオウっ! と風が逆巻く。

 

 ……やるしかないのか。話もぜんぜん聞かなさそうなヤツだし、仕方ないか……。

 

「陛下、姫……モーガンさんを連れて、もっと後ろへ」

「う、うむ。すまぬ、グスタフ」

「お気をつけてください、グスタフ様……」

 

 三人が充分に離れたことを確認すると、俺もまた槍を構えた。


「ナンジョウレントくんさ、これでお前が負けたら大人しくこちらの言い分を聞いてもらうからな?」

「……そんなことにはならないさ、グスタフ。お前はここで俺に敗れるんだ。行くぞっ!」


 レントは言うや否や、剣を振りかぶって突撃してきた。

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