第67話 よこやり

 部屋の中の時計を見ると、その短針がようやく真上に位置する時間帯になった。


「もうそろそろいいかな……」


 正午。俺は読んでいた本にしおりを挿むと、シルバーアーマーを着てポセイドン・ランスを持ち、自室を後にする。

 

 ……しかし、なんだったんだろうな? 今日は非番でもないのにお昼まで自室で待機していてほしいとレイア姫に言われてしまっていた。まあ姫が言うなら何か事情があってのことだとは思うが……まあおかげさまで午前中はゆっくり小説も読めたことだし何も文句はない。

 

 俺は姫の部屋の前までやってくると、そのドアをノックする。するとすぐに部屋の奥から「はーい!」という可愛らしい声が響くので、ついつい頬が緩んでしまう。


「グスタフです、姫」

「お待ちしておりましたわ!」


 ドアを開けてくれた姫はいつもと変わらない……いや、その表情はいつもより少し明るいかもしれない。

 

「姫、何か良いことでもあったのですか?」

「うふふ、まあグスタフ様。外で立ち話もなんですから、お部屋へどうぞ?」


 姫はニコニコと、まるで木の実を口いっぱいに頬張ったリスみたいに口角の上がった笑みで「さあさあ」と俺の手を引いた。そして部屋に入った先、


「えっ……これは……!」


 姫の部屋の真ん中にズシリと置かれていたのは……真新しい鎧、それにメカニックな槍だった。


「こちらの装備はすべて今朝けさ方に運び入れてもらったばかりのものなのです」

「ピ、ピカピカですね……」

「新品ですから。それでこちらをですね、すべてグスタフ様に差し上げますわ」

「えぇっ⁉ 俺に……?」

「はい。その、私からの気持ちです。魔王との戦いのとき、身をていして守っていただいて、その、本当に嬉しかったので……」


 姫はモジモジと少し照れているようだった。

 

「あ、ありがとうございます、姫。そのお気持ちはすごく嬉しいです。ですがこれ、すごく高いものでは……?」


 その鎧と槍の前で屈み、それらをよく観察する。


 ……この鈍い黄金色に輝いている鎧はおそらく最上級装備の1つだろう。そしてこちらの槍については残念ながら俺の前世の記憶にはない。何やら槍の矛の少し下に理科の実験で使うようなガラス製のフラスコ(?)とその中に絡まったようにして存在する銅線のようなものが見える。とにかくどう見ても高価そうだ。


「お金のことは気になさらないでください。私にも蓄えはありますし、実はグスタフ様が調査任務に赴いている間、復興予算会議において親衛隊のみなさまに割り当てる予算もしっかり獲得しましたので……それで一部の費用を補てんしちゃいました」


 てへっ、と舌を出す姫。……いや、結構すごいことしちゃってるぞ?


「でも、本当にいいんですか? 俺たちはもう結構な報酬をいただいているのに、これ以上いろいろともらってしまって……」

「いいのではないでしょうか。親衛隊のみなさまは私の護衛だけではなく、衛兵の訓練指揮や調査任務、盗賊団の撃破などなど、王国を守るために率先して身を危険にさらしてくださっていますから。その身を守る装備は経費で負担して当然です」


 ……経費、と言われてみると確かにそうだ。まあ仕事で必要なものだからな。あと今さら気づいたけど、俺ってそういえば親衛隊の仕事よりもむしろ外に出ていることの方が多かったな。


「それに、そちらの槍については城下町の鍛冶屋様に何故か無料でいただきましたわ。グスタフ様へとプレゼントする武器をくださいとお願いしたら、『タダでいいからコイツを使わせてやってみていただきたい。きっとあの坊主も満足するはずだから』、と」

「城下町の鍛冶屋……って、あぁ、そういうことか」


 この間、俺とニーニャ、そしてスペラの3人で城下町に繰り出して鍛冶屋に行ったとき、どうして俺だけ鍛冶屋から追い出されてしまったのか……ようやく納得がいった。

 

 ……あのツンデレジイさんめ。姫から注文が入ってること、その装備がサプライズで俺の元に行くことも全部知ってたな? ……まったく、空気の読めるジイさんだぜありがとうございます。


「では、姫のご厚意に感謝して……いただきますね」

「はいっ! ぜひもらってくださると嬉しいです」

「さっそく装備をしてみてもいいでしょうか?」

「ええもちろんです。どうぞ着てみて、感想を教えてください」


 というわけで、俺はさっそくいま着ているシルバーアーマーを脱ぎ、そして代わりにその鎧を着る。重厚な見た目のわりに、それはシルバーアーマーよりもよっぽど軽かった。そしてポセイドン・ランスを置いて、代わりにそのメカニックな槍を持つ。それはまるで手のひらへと磁石が合わさる時のようにピタリと俺の手に収まった。


「すごく、しっくりきますね……」

「本当ですか? それは良かったです!」


 俺は装備の詳細を見るために『ステータス』を開く。




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装備

充填式雷槍じゅうてんしきらいそう(試作)』←【NEW】

→雷属性攻撃をするたび、

 雷エネルギーを溜め込む。

 のスイッチを押すことで溜め込んだ分の

 エネルギーを解放し、次の雷属性攻撃の

 威力を上げるはずである(by 鍛冶屋)

灼金しゃくがねかぶと』←【NEW】

→素早さ+、炎耐性+

灼金しゃくがねの鎧』←【NEW】

→素早さ+、炎耐性+


====================




 ……なんかすごい装備がきたなっ⁉


「何だかむつかしいですが……すごい装備ですね?」


 装備の詳細を読み上げた俺に姫が首を傾げてきたので、俺は「もちろんです」と答える。


「兜も鎧も付属効果が2つ付いてるって……すごいですよ。陛下にいただいた前のプラチナ系の装備は付属効果が1つのみでしたが、それでも最上級装備に位置するものでしたから。姫にいただいたこの装備はそれを越えます」

「つまり……喜んではいただけましたでしょうか?」

「はいっ! もちろんです。本当に嬉しい。ありがとうございます、姫」


 そう言うと、姫はホッとした様子で微笑んでくれる。……ああ、天使。可愛い。


 俺もまたゆるゆると頬が緩んでくる。姫の笑顔につられて、というのが半分。そしてもう半分はコレだ。


 ──『充填式雷槍』。この武器について見たことが無いとは思ったが、まさか鍛冶屋のジイさんの試作品だとは。ということは【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】のゲームに準拠しない、この世界でオリジナルの武器なのだろうか……。試してみたいな……。ついゴクリ、と生唾を飲み込んでしまう。


「……グスタフ様、さっそくですが演習場にでも出向いてみましょうか」

「えっ?」

「その装備をお試ししたのでしょう? 何だかソワソワしていらっしゃる気配がしますわ」

「あ、う……すみません……」

「いいえ、謝られるようなことでは。うふふ」


 姫はクスクスとおかしそうに笑う。

 

 ……くっ。なんかこうやって考えを見透かされてしまうと恥ずかしいな。自分が単純なヤツみたいじゃないか。


「単純かどうかは置いておいて、グスタフ様はとてもまっすぐな方なので、何を考えてらっしゃるのかはすごく分かりやすいですわね」

「なっ!」


 またしても、だ。またしても心の内を読まれてしまった……。姫は俺のびっくりして出てしまった声を聞いて先ほどよりもさらに、こらえきれないかのように肩を震わせてクスクス笑っている。

 

 ……なんたることだ。このままやられるがまま、からかわれるがままにしておくのは親衛隊隊長として、いや、それ以前に男としてのプライドが許さない。


「ひ、姫!」


 俺はグッと腹に力を込め、


「……いつも、俺のことを想っていろいろしてくれて本当にありがとうございます」

「え……あ、はい?」

「俺はこうして毎日、姫の側に居れて本当に嬉しい」

「グ、グスタフ様……? どうしたんですかそんな、急に改まって……」

「改まってなんてとんでもない。ずっと思い続けていることです。俺は、こんなにも愛してる姫の側に居続けることができて幸せ者だって」

「っ!」


 姫の顔が真っ赤になる。俺はその手を静かに取った。ピクリと、驚いたように姫の肩が小さく跳ねる。


「でも俺は不安です。こんなにも俺を幸せにしてくれている姫に、満足にお礼もできていないんじゃないかって」

「そ、そんなことは!」

「いえ、やっぱり言葉だけではなく形や、行動で示すべきだと俺は思うんです」


 言うや否や、俺は姫の手を引いてその腰を抱き寄せた。


「グスタフ様……」


 姫は俺の顔を見上げるように顔を反らせ、いつもよりも固く、緊張したように目をギュッとして閉じた。

 

 ……よし、いい感じだ。このまま押し切れば、きっとさっきまでのからかわれていた雰囲気はうやむやになり、さらに良い感じのムードになることだろう。

 

 これぞ奥義【ムード転換】である。なんかのマンガで見たことがあるのだ。カップルや夫婦でちょっとしたケンカになったときでも、とりあえずキスしとけば一気にムードが変わって解決する……そんな展開を。


 ……なんて応用が利くんだ、俺。それにお礼をしながら愛をささやくことによってそのままの流れでキスまででてきしまう……これぞ一挙両得いっきょりょうとくの極み。策士すぎるぞ、俺!


「姫、いつもありがとうございます。愛してます……」

「グ、グスタフ様……」


 ……これで通算3度目になるキス。こちらに帰って来てからはなかなかキスに至るまでのムードを作れないでいたからな。これを機にもっとキスのハードルが下がって、どんどんイチャイチャできるようなそんな関係になりたいところだ。


「姫……!」

「グスタフ様……!」


 少しずつお互いの顔が近づいていく。俺もまた目を閉じ、吐息でお互いの距離を測る、そんな中で。

 

 ──まさか【チュー】なんてしてないわよねっ⁉


 ふいに、ニーニャの言葉が頭をよぎった。

 

 ──【チュー】なんかしてたら大変よ? レイアは一国の姫なんだからねっ?

 

 俺をツンツンと指で突くニーニャが思い返される。

 

 ──あーよかった、【チュー】する前で。【チュー】してたらさすがの陛下も激オコよ? 下手したら処刑、いえ、牢に閉じ込められて手足の腱を切られて毎日拷問されるに違いないわ。国を救った英雄が一夜にして大罪人へまっしぐらなんて記者も黙ってない。『モブキャラ衛兵、姫に【チュー】する』なんて町で号外が出回ること間違いなしよ!


 回想の中のニーニャが……いや、そこまでは言ってなかった気がするけど、ていうかだいぶ俺の中で改変されてるけど、俺に指を突き付けて忠告してくる。


 ……そういえば前世で読んだベ〇セルクとかなんとかいうマンガでも、王女を寝取られにあった王によってそんなシーンがあったような、なかったような。

 

「……」

「……グスタフ様?」

「え、あっ……はいっ!」

「してくれないのですか……?」

「いえ、えっと、その……!」


 ……いや、したいよっ? 

 

 だが、俺の豊かな妄想力がブレーキを踏んでしまう。いや、さすがに考えすぎだとは思うけども、どうしてニーニャがあそこまでキスを止めることにこだわったのかが分からない。この世界にはたとえ誰にもバレなかったとしても、未婚の間にキスするとマズい何かがあるのかも……。

 

 そんな風に俺が躊躇ちゅうちょをしていると、


「……わる」

「えっ?」


 姫はプクリと頬を膨らませ、


「いじわる、グスタフ様の……ばか」

「ッ!!!」


 ズキュゥン! と不意打ちで俺のハートは撃ち抜かれる。その衝撃に、俺は思わず膝から崩れ落ちそうになった。

 

 ……ええいっ、ままよ! どうにでもなれ! 姫にこんな可愛い神対応されて理性なんか残してる場合じゃねぇっ!

 

 俺がそうして決意を固め、再び姫の体を引き寄せようとした、その時だった。




 ──ズガァンッ!


 破壊的な大きな音と衝撃が、突如として王城全体を揺るがした。




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次の更新は火曜日です。


よろしくお願いいたします。

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