第66話 水面下

 ──王国内で魔王が討伐されてからちょうど2カ月。


 その日の正午近くのことだった。王城の正面の門前に深くフードを被った3人の男女が訪れる。彼らは荷車を引いてきており、その積み荷には布が被せられていた。


「止まれ」


 ふたり居るうちのひとりの王城衛兵がその3人へと声をかける。


「何者か? 何用で参った?」

「……【菓子屋】です」


 返ってきたのは落ち着いた若い男の声だった。

 

 ……この王城に菓子売りがくることは珍しくなかった。そういったものに特にアポイントメントは無い。その菓子は王族貴族の口に入るような高価なものではなく、主にこの王城内で働く者たちが小腹を満たすために買うものだ。


「本日は【衛兵様方へと新商品を売り】に参りました」


 しかし、菓子屋のその言い回しに対してその王城衛兵はピクリと片眉を上げた。


「……フム。どこからだね」

「【エウリョス領のハクトール】という町です」

「……それは遠路はるばるよく参ったな。どれ、ひとつ新商品をいただいてみても?」

「もちろんでございますとも」


 フードを被ったその男は荷車から1つの木箱を降ろすと、そこから1つの丸いパンのようなものを取り出して、衛兵へと差し出す。

 

「2Gです」

「ああ、すまないが銀貨しかなくてね。釣りを頼む」

「はい。それでは」


 男は衛兵から銀貨を受け取ると先に新商品の菓子を渡し、それから衛兵の手のひらに釣りとなる銅貨とそれよりも価値の劣る鉛銭なまりせんをジャラジャラと渡す。そしてその中にはひとつ、キラリと金に光るコインが含まれていた。それは王国の金貨ではなく、どこの国の金貨でもない──価値とはまた別の意味を持ったコインだった。

 

「……」


 王城衛兵は手のひらのそれをすばやく確認すると、門を守る他の者たちに見られぬ内にポケットへと突っ込んだ。それから受け取った新商品の菓子を口にすると、


「おお、これはなかなか美味いな!」

「ありがとうございます。衛兵寮のみなさまに販売しても?」

「ああ、みんな欲しがるだろう。とりあえず荷物を調べさせてもらおう」


 衛兵はそう言うと自分の持っていた槍をもうひとりの衛兵に預け、ひとりで荷物を調べるために荷車の後ろに周り、かけられていた布をめくった。そこにあったのはいくつかの菓子の入った木箱、陶器の壺──そしてそれらの中に隠されていた立派な【剣と弓矢に杖】、それと人数分の鎧。


「──うむ。特別おかしな物は何もないな。城内を勝手に動いては困るから俺がついていこう。もうすぐ交代の時間で俺は非番になる……代わりの衛兵が来るまで少し待っていろ」

「それはどうも、ありがとうございます」


 そして交代の時間になって、非番となった衛兵は3人の【菓子屋】を連れて王城の門をくぐる。そして衛兵寮を少し通り過ぎた先にある、普段は誰も近づかない倉庫の役割を持つ建物の中へ入った。


「──どうもありがとう」


 フードを脱いで、菓子屋と名乗ったうちの1人の若い男がそう言った。衛兵は一瞬自分の目を疑う。……黒髪の男2人に明るい茶色の女が1人、見たことのない顔立ちだ。しかも全員自分よりも若い。まだ10代くらいに見える。


 ……だが正しい問答をし、例の【コイン】まで持っているのだからその菓子屋の3人が【帝国の仲間】であることは間違いない。王国内でかれこれ5年もの間スパイをしてきたその衛兵はそう結論付けた。


「しかし、ずいぶんと物騒なものを持ってきたな。武器とは……まさか3人で戦争でも始める気かね?」

「ええ、そうですよ」


 スパイの衛兵のその顔が引きつった。完全に冗談のつもりで言ったその言葉に、真顔でYesと返答されたのだからそんな反応も仕方ないものだった。


「とりあえずあなたにはあと1時間以内に玉座の間へ案内をしていただきたい。他のルートで入手した王のスケジュールによれば、それ以降は王城から離れてしまうようなので」

「わ、分かった。しかしたった3人でなんて……本気か……?」

「まあ【交渉】が上手くいかなかったら、という条件付きですよ。それに俺たちは誰にも負けませんしね」


 黒髪の若い男は不敵な笑みを浮かべて自信満々にそう言い切った。他の2人もまた緊張の色などいっさい見せず、黙々と自分の装備を身に着けていく。その姿に衛兵は思わず息を飲んだ。

 

「これが精鋭、か」

 

 この若者たちはこんな大仕事を前にしていっさいの躊躇ちゅうちょが見られず、むしろ少し楽し気に微笑んでいるくらいだ。女の方は無感情そうだったが……しかしやはり淡々と準備を進めている。3人とも、任務が失敗することなどまるで考えてもいないように思える。

 

 ……これは確実に精鋭中の精鋭に違いない。

 

 衛兵はゴクリと唾を飲みこんだ。この3人を派遣してきたことに、帝国の並々ならぬ本気度がうかがえた。


「てことは、コイツらを手引きした俺もこの王城からはおサラバってことだな……」


 衛兵は感慨深そうにそう呟いた。5年もの間、その衛兵は帝国からのスパイとしてこの王城に潜り込んでいた。この数カ月はかの大物宮廷魔術師のアグラニスを城内に入れる手引きをするなど、情勢が大きく動きそうな雰囲気を感じていたものの……とうとうその時がきたかと足が震える思いだった。

 

「フゥ……」

 

 衛兵はそれから一転して気を引き締めて3人のその精鋭たちに玉座の間までのルート、障害となる警備、自分が案内することができる限界地点を教える。

 

「さて、これからは時間との勝負だ。菓子屋の情報が城内に広がる前にカタをつけて俺はトンズラこかせてもらうぜ」

 

 そして衛兵は再び3人にそれぞれの装備の上からフード付きローブを被せると建物の外へ出て、あたかも仕事の内ですと言わんばかりの顔で3人の前を歩き案内を始めた。




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次のエピソードは日曜日の更新です。


次回からまたグスタフ視点です。


よろしくお願いいたします。

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