第65話 親衛隊の日常(?)
レイア姫の公務が休みの日、俺もまた非番をもらっていた。できれば姫をデートに誘ってまた城下町を歩きたいところではあったが、しかし姫の立場上、そういった場所への訪問はなかなか認めてもらえない。何かしらの理由付けが必要なのだが……『姫といっしょに遊びに行きたいです! イチャイチャしたいです!』以上の理由は残念ながら俺には思い浮かばない。
「はぁ……切ない……」
「もう、辛気臭いため息ばっか吐いてんじゃないわよ」
俺の隣を歩くニーニャがプリプリと怒った様子で俺に指を突き付ける。
「そんなにレイアとデートがしたかった? お出かけがアタシたちとじゃ不満?」
「いや、そんなことは………………いや、姫とデートはしたかったけど……いてっ!」
「本音が隠しきれてないわよ、グスタフ」
俺の二の腕をツネりながら、ニーニャがジト目で俺を見上げてくる。
「『そんなことは』って言うくらいなら後半の言葉はグッとこらえなさいよね……まったく」
昼下がりの市場、ランチを食べにいく人々や仕事に励む人々でごった返すその道を、俺、ニーニャ、スペラは少しずつ前に進んでいく。ニーニャは俺の隣、長い盗賊稼業のおかげか慣れた様子で、こちらによそ見をしながらも人にぶつからないように上手いこと歩いていた。
「……で? どうなのよ」
「どう、とは?」
「決まってんでしょ。こっちに戻ってきて3日経って、アンタずっとレイアに付きっきりじゃない」
「まあ、そうだな。それが?」
「だーかーらー! レイアと【どこまで】したの? って聞いてるのっ!」
「っぐふぉっ⁉」
ニーニャによるあまりに突然の質問に俺は思わずむせ返ってしまう。
「なにをそんなに動揺してんのよ……って、まさかアンタ……」
「な、なに?」
「まさか、まさかとは思うけど……レイアと【チュー】なんかしてないわよね?」
「えっ、あ、いや……」
……チュー、ですか? チューは……してしまいましたが。魔王討伐の際とあの叙勲式後のパーティーの折に、合計2回。そう素直にそう白状しそうになって、しかし。ニーニャの真剣なまなざしが俺に刺さる。
「チューは、えっと……」
「してないわよね、チュー?」
「……し、してないです」
俺は、思わず、嘘を、つきました。
……いや、というか何でこんなに詰められてるんだ、俺? そりゃ手を繋いだり、チューしたりは……好き同士の男女なら別にしたっておかしくはないのではと思うんだが?
ニーニャは俺の答えに、ホッと安心したように胸をなで下ろした。
「ああ、よかった。ホントに気を付けなさいよね、アンタ」
「え、あ、うん?」
「レイアは一国のお姫様なんだからね? 結婚もしてないのにチューなんかしちゃったら大問題よ!」
「……ソウ、デスネ?」
「あーよかった、チューする前で。ホントによかったわー。チューなんてしたらホントに大変だものね」
……そんなにマズいのか、結婚前にチューをするのは。で、でも……誰にもバレてないはずだし、大丈夫だよな?
俺が内心でヒヤヒヤしている一方でニーニャは少し機嫌を取り戻したのか、軽くスキップをしたりなんかして、人波をまるで泳ぐようにスイスイと進んでいく。
「ちょっと、速い速いっ!」
それについては行きたいが、しかしあいにく俺やスペラはそういうわけにはいかない。俺のような大の男の体つきじゃいろんな人にぶつかってしまうし、スペラもいろいろとぶつけてしまうだろうし。
「……って、あれ? スペラさんは?」
気づけば、俺の後ろについてきていたはずのスペラの姿が無い。
……はぐれたのか? いや……違うな。
俺とニーニャは少し道を戻って、市場の中の1つの店舗を覗き込む。
「スペラさんっ!」
「あっ……はい」
やはり、そこの店──市場内でもなかなかの蔵書を誇る本屋にスペラはいた。なにやら黒表紙の本を両手に大切そうに持って、顔をググっと近づけて食いつくようにして読んでいる。
「やっぱりここにいたか……スペラさんは大体いつもおもしろそうな本を見つけると、蝶々を追いかける犬みたいにどこか行っちまうよな」
「……はい」
「そりゃスペラさんが本好きなことはもうよく分かってるし、寄りたければ寄ってもいいんだけどさ、急に無言で消えるのはやめてくれよ」
「……はい」
「……その本おもしろい?」
「……はい」
「ねぇ、ぜったい俺の話聞き流してるでしょ?」
「……はい」
俺はサッとスペラが手に持つ本をひったくった。
「あぁっ‼」
「『あぁっ‼』じゃないよ! ちょっとは人の話を聞けっ!」
俺がそう言うと、スペラはきょとんとした顔で俺と、それに呆れたまなざしを向けるニーニャを見比べ、
「……あれ? 私、どうしてここに?」
などとのたまい始めた。もはや本を見ると夢遊病患者のように無意識で歩き出してしまうらしい。
「とりあえずさ、俺は最初に話した通り
「え? いえ、私も鍛冶屋へごいっしょします……よ?」ジーッ
その視線はジーっと、さきほど俺がひったくってしまった本に注がれている。
「でも本を読んでたいんだろ?」
「……でもせっかくのグスタフさんとのデートですし」ジーッ
「じゃあ、行くか?」
「……ええ」ジーッ
「\(・ω・`)スッ(本を棚に戻そうとする)」
「………………ぁぁ」ジーッ
──その本を買ってあげることにした。
ありがとうございましたー、という店主の声を後ろに俺たちは店を出る。
「ほら」
「ありがとうございますっ」
俺がその本を渡すと、スペラはとても喜んだ様子だった。
「しかしスペラさんは結構立ち読みするよね。お金があるんだから買えばいいと思うんだけど……」
「いえ、実は私、今月けっこう厳しくて……」
「えっ? お給料は? っていうか魔王討伐の時の報酬もあるでしょ?」
「報酬はエルフの里の復興に際して、もうちょっとみんなが住みやすい環境にしようかということでその工事に充てちゃいました。あとお給料は……もう本とか個人的な研究とかで使ってしまっていて……」
「は、早いな……あと金の使い方が荒い!」
「この300年お金なんてほとんど触ったことがなかったので、つい……」
スペラ、なかなかに計画性のないことが
「とりあえず今後はもっと気を付けような?」
「はい。お恥ずかしい限りです……」
頬を赤らめるスペラ。うん、まあいちおうはクールで理知的なキャラ設定だもんな。こんなちょっとポンコツな一面を見られてしまってはそりゃ恥ずかしいだろう。
「ちなみに買いはしたけどタイトル見てなかったな。その本、何の本なの? また魔術か薬学に関する本?」
「ああ、いえ。コレは【男と女のSとM。男はダイタンなシゲキがお・ス・キ~女の体を最大限活かした攻略方法、SからMまで教えます(言葉責め語録付き)~】です」
「……」
いや、むしろそっちを恥ずかしがれよッ! とはツッコまなかった。ツッコんだら負けな気がしたので。……ていうかソレ買っちゃったの俺なんですが。あの店主から変なウワサが広がらなければいいな……。
──で、そんな道草を食いもしたが、ようやく俺たちは今日の目当ての場所である行きつけの鍛冶屋にたどり着いた。
「……ラッシャイ」
相変わらず不機嫌そうな店主のジイさんが出迎えてくれる。安心安定のツンデレジイさんだ。
「んで? グスタフの坊主よ、今日は何しに来たんだ? レベルが60超えたのか?」
「いや、それはまだです」
「んだよ、じゃあ伝説級装備は出してやらんぞ! そら帰った帰った!」
ジイさんにシッシッと追い返すしぐさをされてしまう。
「いやいや、待ってくださいよ。今日は普通に防具を見に来ただけですから」
「あぁ? 防具だぁ……? お前さんにはプラチナアーマーがあるじゃねぇか」
「いやぁ、それが、ちょっとプラチナアーマーは壊されちゃって……」
魔王戦の時のことだ。グロリアント級の魔術を2発に、強力な闇の魔力の込められた拳を直接もらい、さすがのプラチナアーマーもダメになってしまったのだ。
「オイオイ、そりゃあいったいどんな化け物が相手だったんだか……って、そうか。なるほどなぁ、それでか」
ジイさんは驚きつつも何かを察したようにニヤリと微笑み、
「やっぱりお前さん、今日は帰んな」
「えぇっ⁉ いや、だから新しい防具が欲しいんですけど……」
「いいから。今日は帰っとけ。防具を買うのもガマンだ」
「な、なぜ……?」
「悪いようにはならんから、ホレ」
改めてシッシとされてしまう。
「アタシたちも帰った方がいいのかしら。アタシもちょっと胸当てとか新調したいんだけど」
「私はお金が無いので買えませんけど……ちょっとローブとか見たいですね」
ニーニャとスペラはマイペースにそんなことを言っている。
……いやいや、いま俺があしらわれていたのを見てただろうに。今日はどうやら防具を見るのもダメなようだし、俺はふたりにも帰ろうと声をかけようとしたのだが。
「おう、好きなだけ見ていきんさい。特にちっこい嬢ちゃん、そんな小さい内から武器を欲しがるなんてなかなか良い度胸しとるなぁ。お前さんにはサービスしてやろうじゃないの」
「やった!」
……え? なんかふたりは歓迎されてるみたいなんですが?
「ねぇ、店主のジイさん? 俺は……?」
「ん? まだいたのか坊主! 店にいたらいろいろと目移りしちまうだろうが、お嬢ちゃんたちの買い物が終わるまで大人しく外で待ってな!」
そう言われるなり俺は背中を押されて、店の外に出されてしまう。そしてパタン。俺の後ろで店のドアは閉められた。
……え、ナニコレ? 今日、俺の防具を買うっていうのをメインの目的に、ニーニャにもスペラにも付き合ってもらってたんですけど……?
店の中からニーニャとスペラがキャッキャと楽しそうに装備を眺めている声が聞こえてくる。俺はドア越しにそんな声を聞きながら、地面に落書きをして2人のショッピングが終わるのを待つしかないのだった──。
* * *
「この胸当て軽くていいわね。あっ、こっちのも良さそう!」
グスタフが追い出されてから数分。ニーニャは城下町の鍛冶屋の中、盗賊職専用装備の棚の前をとても楽しそうに眺め回っていた。それをスペラはなんとなく微笑ましく思いつつ、そういえば、とさきほど浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「ニーニャ、さきほどの城下町でグスタフさんとお話していた件ですが」
「え? なに?」
「グスタフさんがレイア姫殿下に【チュー】をするのを、どうしてあそこまで必死に止めたのですか?」
グスタフとニーニャの後ろを歩いている際、そんな内容が耳に入ってきたスペラは首を傾げていた。チュー、つまりはキス。それを好き合うふたりがすることの何が良くないのだろう、と。
……まあ、せいぜい
聞いておいてなんだったが、それがスペラの考えだった。ニーニャにも年相応に可愛いところがあるものだな、と微笑ましく思いつつ放った質問だった。
「えっ、そんなの決まってるじゃない」
そんな質問に対して、ニーニャは腰に手を当ててスペラの方を向く。
「だってチューしたら──赤ちゃんができちゃうじゃないっ!」
「……はい?」
想定外の回答に、スペラの頭が真っ白になる。……え、純真なところがあるなとは思っていましたが、ニーニャ、あなたまさかそれほどまでに?
そんなスペラの反応などつゆ知らず、ニーニャはムフーっと自慢げに鼻を鳴らすと、
「それくらい教養の無いアタシでも知ってるわよ! 男と女は大人になったら結婚してチューをして、そうして赤ちゃんが生まれるのよ」
「はぁ」
「でも好きになったら結婚する前でもチューってしたくなるものでしょ? 万が一ってこともあるから、グスタフには釘を刺しておいたワケ」
アタシって仲間想いよね、と誇らしげに胸を反らすニーニャに……スペラの胸に宿ったのはいままでにない感情だった。それは無意識のうちに、ニーニャのことをギュゥっと抱きしめてしまうほど、キュンと心を締め付けるナニカだった。
「なっ、なにすんのよっ⁉」
「なんでしょう……私にも分かりません。ただ……」
スペラはニーニャの頭を
「どうかずっと、そのままのニーニャでいてくださいね?」
「はぁ……? 何言ってんの、アンタ?」
「よい子よい子。ヨシヨシ」
「ちょっと! なによこの突然の子供扱いはっ!」
ナデナデとスリスリと頬ずりまでし始めるスペラ。そんな様子を、店主のジイさんは「若いってのはいいもんだなぁ」としみじみ思いながら微笑み眺めているのだった。
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いつも読んでいただきありがとうございます。
次のエピソードは金曜日公開予定です。
またよろしくお願いいたします~!
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