第62話 自己紹介
アグラニスが手配した馬車の中。10人乗りのリムジンほどの広さのあるその車内で、つい先ほど召喚された7人の男女は向かい合って座っている。3頭の馬に引かれたその馬車は緩やかに道を進み、帝国の宮廷に向かっているところだ。
「……」
7人の間に会話はない。現代日本生まれの7人はもちろん馬車に乗る機会などそうそうない。加えて馬車はゴム製のタイヤを使用しているわけでもなく、車に比べれば圧倒的に地面の影響を受けて揺れる
──と、いうよりも。異世界転移、【七戦士】、そして巨悪である王国についてなどなど。巨塔の中でアグラニスに受けた数々のファンタジーチックな説明にほとんどの面々は心の整理がついておらず、他のことへと関心を示せる状況ではなかったのだ。
「……あのさ、提案なんですけど」
しかし、そんな中で7人のうちの1人、黒髪イケメンが沈黙を破った。
「改めてお互いに自己紹介をしませんか? さきほどの話の全てを信じるにしろ信じないにしろ……とにかくこれから俺たちはしばらくの間、この異世界でに行動を共にする仲間になるのは確実だと思うんですよ。であれば、同じ日本出身の者同士、なるべく親しくなっておいた方がいいと思いません?」
その提案に、他の面々──1人はまるで関心を示さず、図太くも眠っている様子だった──はお互いに顔を見合わせる。そして数秒ほど間をあけて、
「まあ、俺はいいぞ」
20代後半と思しき、くたびれたサラリーマン風の男が賛同の声を上げる。それに続く形で他の面々も頷いた。
「提案を受け入れてくれてありがとうございます。それじゃあ言い出しっぺの俺から自己紹介をさせてもらいますね」
黒髪イケメンは咳ばらいで注目を集めると、爽やかな笑顔を浮かべた。
「えーっと、まずは名前ですよね? 俺は
レントは勢いよく喋り出すと、それから好きな映画が何で毎年何回は必ず観るやら休日はボランティア活動をしたりするやら、そんな内容のことをいくつも語り倒す。
「……とまあ、こんな感じですかね。えーっとあとは、そうだな。さっきの場所でアグラニスさんに教えてもらって見たステータスですけど──俺の職業は【剣の戦士】でした」
そして最後にさらりとステータスの説明を付け加えると、その瞬間に馬車内の空気が変わった。レント自身の素性よりも何よりも、ステータスの方に関心が集まっている……それをレント自身も肌で感じたようで、彼は苦笑いをすると説明を続けた。
「やっぱそこ、気になるところですよね。いいですよ、お話します。……レベルは50でした。それにさっきアグラニスさんが説明していた通り、【剣の戦士】特有の【ユニークスキル】も覚えてるみたいでしたよ」
「……どんな能力なんだ?」
さきほどの巨塔にて、異世界転移に歓喜していたメガネの男が探るように訊いてくる。レントは、しかしそれに対して平然と答えた。
「……【テンペスト】ってスキル名だったね。確か説明文としては『自在に風を起こし、その風圧で何であろうと吹き飛ばし切り裂くことができる』って書いてたよ」
「……フーン」
メガネの男はそれだけ言うと表情を歪めてそっぽを向いた。無作法な態度ではあったが、しかし誰もそれを
ただ、サラリーマン風の男は渋い表情をレントに向けた。
「なあ、南条蓮人くん」
「あ、はい? レントでいいですよ?」
「……レントくん、いくらなんでも無用心すぎるんじゃないか?」
子供を諭すときのような、そんな語調でサラリーマン風の男は言葉を続ける。
「俺たちはまだ知り合った直後で、互いにどんな人間かも分かってない間柄だぞ? 自己紹介が必要っていうのは分かるが、ステータス……それも俺たちにとって1番肝心な【七戦士】の情報までペラペラ喋るのはさ、さすがに危険だとは思わないか?」
──巨塔の中で明らかになったことの1つ、それは【七戦士】というシステムについてだ。
「アグラニスさんの説明が正しいとするならば、俺たちにはそれぞれ【剣、槍、弓、杖、砲、隠、獣】の7種類の【戦士】の職業と、それに応じた【チート級のユニークスキル】が与えられているんだろうさ」
サラリーマン風の男は腕を組み、固い表情のまま続ける。
「俺たちはその説明を受けてから自分の『ステータス』を確認したが、その場では誰もその情報は明かさなかったよな? レントくん、君もそうだったはずだ。それは自分の情報が誰かに漏れることが危険かもしれないってことが分かってたからじゃないのか?」
「……そうですね。仰る通りです。もし自分のステータスがバレてしまえば、寝首をかかれる危険もある。ええ、俺もさっきまではそう思ってました」
レントは何やら自信ありげな笑みで「でもですね、」と言葉を続ける。
「そういったリスクってゼロとは言わないですけど、かなり少ないと思いませんか? 俺もこの異常な状況下で疑心暗鬼になってしまってましたが、一度冷静になって考え直してみたんです。そしたら分かっちゃったんですよ……『俺たち、そういえば治安大国日本の出身じゃないか』って」
レントは大げさに肩をすくめてみせる。
「人口当たりの犯罪件数が少ない国の民ですよ、俺たちは。だったら、確率的に考えても、バイオレンスな思考に至る可能性は低くないですか?」
「まあ、そりゃ確かに暴力的な考えはそうそう起こさないかもしれないけどな……」
「それだけじゃありません。だいいち、俺たちにはお互いを害するメリットだってないじゃないですか? だったら今後スムーズに協力し合えるようになるためにも、お互いの能力は分かっていた方が得だと思いませんか?」
「……そうは言うが、でもなぁ」
「俺、思うんですよ。隠し事がある間はみんな警戒し合っちゃうものなんだ、って。それに、もっとオープンに、風通しを良くした方が信頼関係が深まるのも早くないですか?」
どうです? と返答を促してくるレントに、サラリーマン風の男は口をつぐんだ。他の面々の反応は、居心地悪そうにお互いの顔を見比べたり、興味なさそうにそっぽを向いたりと様々だったものの、しかしレントに面と向かってNOと答える者はいなかった。
「じゃ、次の人いきましょうか。反対意見も無いみたいなんで、とりあえず名前と呼び方、それにステータスを話すってルールで。俺から時計回りでやってきましょう」
レントが場を仕切り、そして自己紹介は進んでいく。次はメガネの男の番だった。
「……僕は……僕は
「へぇ。深紅ってかっこいいね。それって本名?」
「……べ、別に名前くらいなんて名乗ったっていいだろ。文句あるのかよ?」
「いや、ぜんぜん?」
シンク、と名乗ったメガネの男のそれが本名でないことは明らかだったが、しかしレントは爽やかな笑みを浮かべたままだ。本当に何の嫌味も無い様子で、ただ心に浮かんだ疑問をそのまま口にしただけのようだった。
「……チッ。陽キャめ……」
シンクにもそれは分かったようで、決まり悪そうに小声で言うと舌打ちをした。
「……終わりだよ。僕の自己紹介は」
「いやいや、まだでしょ。何の戦士で、ユニークスキルは何かっていうのも教えてほしいな」
「……そんなこと、なんで言わなきゃいけないんだよ」
「さっき説明した通り。ルールだからさ」
笑みを浮かべたまま、しかし有無を言わさぬ口調のレントを、シンクはしばらくにらみつけていたが……根負けしたようにそっぽを向くと改めて口を開く。
「……杖だよ。僕は【杖の戦士】だ。ユニークスキルは【物理攻撃完全無効化】だった」
「へぇ、めっちゃ良いじゃん! それで、レベルは?」
「そんなの言わなくても分かるだろ……お前と同じ50だよ。全員そうなんだろうさ。それ訊く意味ねーから。はい、これでもう終わりでいい?」
「ああ、うん。ありがとう」
舌打ちしてイライラと貧乏ゆすりを始めるシンクにレントは拍手を送った。パチパチパチ、と。馬車の中にひとり分の拍手が虚しく響き、自己紹介は続いていく──。
「──俺はガイ。【砲の戦士】だ! ユニークスキルは【
シンクの向かい合わせに座る大柄の男、ガイ。
「──俺は……テツだよ。
ガイの隣に座るサラリーマン風の男、テツ。
「──
テツの隣でダルそうに背もたれに背中を預けている男、カエデ。
そして、周りのことなどお構いなしでずっと眠っている男を省いて、最後に。
「──ウチは
カエデの隣の角席で、ずっと窓の外を眺めていたその少女が口を開く。ライトブラウンに染めたサイドテールの髪、ミニスカートの制服姿、そして幼さを少し残したその横顔から、ヒビキがこの中での最年少であることは間違いなかった。
「ステータスはぁ……なんか【弓の戦士】らしいよ。よろしくー」
ヒビキはなにやら不機嫌そうにそれだけ言うと……黙った。
「えっと、ヒビキちゃん? 制服を着てるけどもしかして女子高生?」
「……だったらなんなの?」
レントの問いに、ヒビキが硬質な声で応じた。
「いや、なんにもないよ。学校の途中とかでここに召喚されてきたんだったら、きっと友達が心配してるだろうなって思ってさ」
「そーかもね」
「それで、ユニークスキルは?」
そう訊ねたレントを、ヒビキは窓枠に頬杖を着いたまま冷めた目で
「言いたくない」
「なんでだい? あとさ、さっきも言ったけど、ユニークスキルを話すのはみんなで決めたルールだからさ」
「『みんなで決めたルール』? それってさ、えーっと……ナンジョウくん? だっけ?」
「レントって呼んでよ」
「そのルールってナンジョウくんがさっき勝手に決めて押し付けてきたルールじゃん。ウチが従う理由はないっしょ」
「いやいや、どうして? ルールについてはさ、ヒビキちゃんだって反対はしなかったろ? 反対しないってことは賛成って受け取られてもさ、仕方ないと思わない?」
「そんなのウチの知ったことじゃないし……あとホントにユニークスキルなんて言う意味ないから。どうせ誰にも使わないだろうし」
「使わない? なんで?」
ヒビキは嫌気が差したと言わんばかりに大きなため息を吐くと、体ごとレントの方から背けて「ウチ、寝るから」と会話をぶった切ろうとする。
「ヒビキちゃん、どうして
「……」
「なぁ、俺たちはこの異世界でたった7人の日本人なんだ。協力し合っていこうじゃないか」
「……ウチ、寝てるんで」
「ねぇ、ヒビキちゃん。なんでそんなに不機嫌そうにするんだい? とりあえず1回だけさ、こっちを向いてちゃんと話してみようよ?」
「……」
無視を決め込むヒビキに対してレントは軽くため息を吐くと、折れた。
「分かったよ。もうこれ以上しつこくは訊かないからさ、だから最後にひとつだけ教えてよ……どうしてユニークスキルを使わないんだい? このスキルはさ、僕たちにとって一番重要なスキルになると思うんだけど、なんで?」
寝心地の良い体勢を探してか、ヒビキがもぞりと動く。そして、面倒くさそうに口を開いた。
「……つまらないから、チートなんて。こんなゲームのスタート、ホントつまらない……」
「ゲーム? ああ、確かにゲームっぽいよね、レベルとかスキルとかさ。ヒビキちゃん、ゲームとかよくやるの?」
「……」
「ヒビキちゃん?」
「……最後、って言ってたじゃん。なに質問重ねてんの?」
「でもさ、ヒビキちゃん……」
「はぁ……もうウンザリ」
ヒビキは極大のため息を吐くと起き上がり、レントに向けて指を差すと、
「さっきからずっとずっと『どうして?』だの『なんで?』だのうっさいから! ホントにウザい! あとさ、いきなり人の下の名前をちゃん付けで呼ぶとか、マジありえないしっ!」
「え?」
「フツーにキモい!」
「えぇ?」
ヒビキは吐き捨てるように言うと、再びレントたちに背を向けて寝る体勢に入った。
「……え? なんで? 俺、なんかやっちゃいました?」
レントはへらっとした笑いを浮かべつつ、ガイやテツにそう訊くものの、しかし2人とも興味なさげに「さあ?」と答えるだけだった。
──ヒビキはそれきり、馬車の中で誰とも口を利くことはなかった。
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