第7章 チート異世界人、七戦士たち
第61話 帝国、七戦士召喚の儀式
──帝国。それはさかのぼること1000年前に建国された歴史深い国である。
繫栄してきた大陸上でもっとも歴史深い国である。
そこは険しい山や森に囲まれた土地であり、帝国の歴史とはすなわち未知なる土地の開拓の歴史でもあった。帝国民は代々に渡って優秀な皇帝の命令に従い、数々の山や森を切り開いて人間の領土を増やし続けてきた遅咲きの大国である。
数々の自然への挑戦があったがゆえに、後世へと渡ってきた古い伝承も多い。
──いわく、とある火山の真下には世界を滅ぼす【黒龍】が眠っている。
──いわく、帝国と東の国を分けへだてる大山脈のどこかにダンジョンの入り口があり、その奥の大岩には勇者しか引き抜けない聖剣【エクスカリバー】が刺さっている。
──いわく、帝国の建国時からそびえ立つ【白の巨塔】。その頂上には誰も、歴代の皇帝さえも到達したことがない。すべてが謎に包まれるソコにはこの世の真理が存在している。
……などなど。
そんな大仰で、いかにも
──そして現在。そんな伝承の舞台のひとつとなる【白の巨塔】。
その塔の最下層フロアでは今、黒のローブをまとった大勢の魔術師たちが集まっている。最低限の
「もっとです……もっと魔力を込めなさい」
魔術師たちに指示を飛ばすのは一見して若い女……しかしその実は、100年以上もの時を生きる【宮廷の魔女】アグラニスだった。
「どうだ? 成功しそうか?」
そのアグラニスの隣で、ひとりの若い男が腕を組みながらそう訊ねる。アグラニスは微笑むと、その男にうやうやしく頭を下げた。
「ええ、もちろんですわ──ジーク皇帝陛下。万事、順調にことは運んでおりますとも」
「うむ。そうか」
皇帝陛下、そう呼ばれた男は緊張による
「俺は魔術に
「それは当然のことですわ。なにせ……100年前に失われたはずの魔術ですから。この世界の文明とは全く異なる文明から残された魔術です。魔術に
「うむ……」
皇帝は落ち着かぬ様子で腕を組み直した。
「……陛下、それほど緊張なさらずともよいかと思われますが」
「そうはいくものか。100年前、この儀式によって帝国の三分の一が焦土になりかけたのだ……我々とは住む位相の異なる世界から召喚された人間たち──【異世界人】によってな」
「あの日のあやまちは、今も私の胸の内に棘となって残ったままですわ」
アグラニスは目を閉じて古い記憶を苦々しげに
「陛下、失敗は成功の母とも言います。前回の失敗は私たちが無理に彼らの手綱を握ろうとしたことにありました」
「うむ。それは聞いたな。確か我が祖先は彼らのことをただの武力として扱おうとしすぎたとか。まったく愚かなことだ……」
「仕方ありませんわ。まさか【七戦士召喚の儀式】が私たちと同等の知性と自意識を持った異世界人を召喚するものだとは、その時は誰も知らなかったのですから」
「『使い勝手の良いゴーレムが召喚されるはずだったのに』、だったか? ……だがそれにしても対応が後手に回り過ぎだ。未知の儀式を行うのであれば、召喚対象に文明の
「ふふふ、とても耳が痛いお話ですわ」
「今回はその点、もちろん抜かりないのだろう?」
アグラニスは頷いた。
「ええ。もちろんですとも。前回の結果から召喚された異世界人は強力な【ユニークスキル】を持ち、正義感に振り回されやすい、あるいは誰かの支配下に置かれることを嫌がる……という傾向があることが分かっていますから、今回は【正義】を執行する権限を与え、【自発的に】動いてもらうための筋書きを用意しております」
「……我が帝国にとって最大の敵である【王国】を絶対悪だと七戦士たちに教え込み、その先に報酬をぶら下げてやるのだったな?」
「ええ、その通りですわ」
アグラニスは自信ありげニヤリとする。
「【元の世界へ帰還する方法】、それが王国のどこかにあるということにすれば異世界人たちの関心も王国に集まります」
「……ふむ。自らの正義感にのっとり悪を叩けるという快楽、さらにはその先に元の世界へと帰還できるという希望まである。それだけ皿に載っていれば異世界人たちの腹も膨れようというものだな」
「ええ。これならば彼らを充分な時間コントロールできるかと」
「……これが机上の空論で終わらぬことを願っている。我らの目的のためにも、な」
皇帝はそう言うと
「俺はひと足先に戻らせてもらおう。分かっているとは思うが儀式が成功し次第、【七戦士】たちを寄り道させずに宮廷まで連れてくるのだぞ? くれぐれも丁重に、しかし、こちらから与える情報は最低限に抑えるのだ」
「ええ、承知しております」
それから皇帝はひとりの初老の男の魔術師を呼び、『テレポート』で一瞬のうちに立ち去った。
「さて……あと1時間、といったところでしょうかね」
皇帝の姿が完全に消えると、アグラニスもまた他の魔術師と同様に魔方陣に向けて魔力を流し始めた。
──そして、それからきっかり1時間が経過したところ。
魔方陣が紫色の光を放ち始めた。
「みなの者! 集中を切らさず呪文を唱え続けなさいっ!」
どよめく魔術師たちをアグラニスが
「くっ……!」
魔術師たちはあまりのその光の強さに目を覆う。その場でソレを直視できているのは、もはやこの場でアグラニスのみだった。
「……ああ、懐かしや! 100年前のあの時と、まったく同じ……!」
その光は最後に爆発的な輝きを見せ──収まった。
……そして、
「──な、なんだ……? 何が起こったんだ……?」
ひとつの声が聞こえる。若い男の声だ。それは光が収まったその場所、魔方陣の上から聞こえてきた。そこに座り込むようにしていたのは、この世界の基準で見ればいかにも『奇抜』な衣装に身を包んだ10代から20代くらいの7人の男女。
「どこだよ、ここ……?」
先ほどと同じ声が聞こえる。その声の主は、シュッとしたスリムパンツに無地の高そうなワイシャツを着た、いかにも女性ウケの良さそうな若い黒髪のイケメンだった。
「さっきまで部屋の中だったのに、急に、なんでだ……?」
黒髪イケメンの彼は魔方陣の上で立ち上がり、辺りを見渡した。そして直後、自身が魔方陣を囲む複数人の怪しげな人間たちに囲まれていると分かると途端にその腰が引けてしまう。
「な、なんだっ、なんなんだっ⁉ アンタら誰だっ⁉ どこだよここっ⁉」
それも当然の反応だった。彼らは今の今まで現代日本のまったく別の場所にいて、それぞれの日常を送っていたはずなのだ。それがいつの間にか松明の灯りだけが頼りのくらい部屋に飛ばされてしまい、あまつさえ気味の悪いローブの連中に取り囲まれている……恐怖を感じて当然のシチュエーションだった。
そして、そんな反応が返ってくるだろうということは、アグラニスも織り込み済みだった。
「──『ホール・ライツ』」
アグラニスがそう唱えると、パッ! と空間に明るい光が灯る。
「どうか落ち着いてください──【七戦士】のみなさま」
アグラニスがそう声をかけると、魔方陣の上の7人の視線が彼女の元へと集まった。アグラニスは7人を見渡すと、警戒を解くための柔らかな笑顔で言葉を続ける。
「私はアグラニスと申します。誓ってみなさまの敵ではございません。これからみなさまの置かれた状況を、まずは簡単にご説明したいと思っておりますので、どうか落ち着いてお聞きください」
7人の男女のほとんどは何がなんだか分からないといった様子で不安げな表情をしている。しかし話を聞かないことには事は何も進まないと悟ってか……全員がとりあえず、といった様子で頷いた。
「ありがとうございます。それではまず、大前提としてみなさまの身に何が起こったのかですが……【異世界転移】という言葉で通じる方はどれだけいらっしゃいますでしょうか?」
「い、異世界転移っ⁉」
7人の男女のうち、未だ座り込んだままだったメガネの青年が驚きの声を上げる。
「異世界転移って、あのアニメとかWEB小説とかでよくあるシチュの……あの異世界転移っ⁉」
「ええ、恐らくはその認識で間違いございません」
アグラニスはにこやかに頷いた。
「もっとも、それは以前この帝国に召喚された別の異世界人の方から同じようなことを聞いたまでで、私自身としては【あにめ】や【うぇぶ小説】などを見たことはありませんが……」
「マジでっ? マジでかっ⁉ 僕、異世界に来ちゃったワケっ⁉ うっひょぉぉぉおっ!」
そのメガネの青年はその場で踊り出しそうなくらいに喜び
「……他の方で、異世界転移という現象を知らない方はいらっしゃいますでしょうか?」
アグラニスの問いに、しかし特に誰も反応は返さなかった。
「そうですか。全員ご存じというのは説明が省けて都合がよかったですわ。前回は知らない方もいらっしゃったようなので」
アグラニスが微笑んでいると、「ちょっとよろしいでしょうか?」と7人のうちの黒髪のイケメンが手を挙げた。
「はい、なんでしょう?」
「異世界転移、という事象は俺も知ってます。ですがそれは大抵の場合、なにか事情があって起こることだという認識なのですが……俺たちはいったいなぜ転移したのでしょうか? その原因はあなたたちにあるのでしょうか? それに、先ほど仰っていた【七戦士】とは、いったい……?」
「ええ、すべてごもっともなご質問ですわ。順を追って説明いたしましょう」
黒髪イケメンから発せられるいくつもの質問に、アグラニスは再び7人を見渡す。
「みなさまをこの地に転移させたのは、お察しされている方もいらっしゃると思いますが、ここに集う私たちの所属する国──帝国の意思によるものです」
「帝国……」
「ええ。つまりみなさまがここにいらっしゃる原因はすべて私たちの身勝手にございます。それにつきましては大変申し訳ないと、心よりそう思っております」
アグラニスは深々と頭を下げる。
「ですが、しかし……どうしてもみなさまのお力が必要な理由が、私たち帝国にはあったのです」
「……理由、ですか?」
「いま、帝国は滅びの危機に瀕しているのです──隣国であり諸悪の根源、王国による目を覆いたくなるような蛮行によって……」
ううっ、とアグラニスは嗚咽を漏らし、その場に膝から崩れ落ちた。その目の端に溜めているのは大粒の涙だ。
「どうか、どうか……こたびの召喚によって特別な力を手にした七戦士のみなさまに、この帝国をお救いいただきたいのですっ!」
アグラニスの、その必死さを感じさせる懇願に、召喚された7人は顔を見合わせた。ほとんどが話についていけない、という表情をしている中で、しかし黒髪イケメンはアグラニスへ歩み寄ると手を差し伸べた。
「……泣かないでください、アグラニスさん」
「な、七戦士様……?」
「さあ、俺の手を取って」
「ですが……私の手はいま、涙で汚れてしまっていて……」
「構わないさ、ホラ」
黒髪イケメンはアグラニスの手を取ると、優しく立ち上がらせた。
「美人は笑っている方が100倍魅力的だから、さあ、これで涙を拭いて」
「っ……! あっ、ありがとうございますっ!」
黒髪イケメンから差し出されたハンカチに、アグラニスの頬はたちまち(周りで息をひそめる帝国の魔術師たちがコッソリとかけた発熱魔術で)朱色に染まり、瞳は(周りの魔術師たちから見ればなんともワザとらしく)輝き出す。それはもはや、(アグラニスの正体を知る者以外から見れば)恋する乙女そのものだった。
黒髪イケメンは手ごたえあり、とでも感じたのだろう。
「俺に何ができるかはまだ分からない。でも、それであなたの涙が止まるなら……その話、聞かせてもらいましょう」
しっかりとキメ顔で、そう言うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。