第27章 参勤

第389話 参勤「冬の訪れ」

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 コウの町。

 約500年前に発生した魔物の氾濫にて崩壊した要塞都市の廃墟跡を利用して作られた町になる。

 コウシャン領の領都から北西西方向の山間にある盆地の北側にある。

 この盆地にあるコウの町へは、東の町を経由し山間の道を辿らなければ行くことが出来ない。

 他の方向には低いがそれなりに険しい山々を越える必要が有り、現在利用されている道は無い。

 どん詰まりの町になる。


 コウシャン領としては価値の低い町になる。

 南側に盆地の草原が広がっている、北は豊富な湧水が湧く山々、西側は豊富な木材を育てている山林が、東側から町周辺は牧畜を行うに向いている土地。

 恵まれた場所とはいえるが、同じ様な場所はコウシャン領に幾らでも有る。

 主な街道とも繋がっていないのが致命的だ、生産した物を輸送する先が限られている。


 それでも作られたのは、ひとえに現在の技術では建築が困難な上下水道設備が、ほぼ稼働できる状態で残されていたことにある。

 それは、魔物の氾濫から数年後に冒険者が発見したことから始まった。

 町および都市は、社会基盤として上下水道設備の完備されていることが一つの条件になっている。

 当時の領主は、その設備を無駄にしないためだけに、コウの町を作ったといってもいい。


 なお、宿屋タナヤは、コウの町を作る際に訪れた人達が宿泊するために作られた宿が発祥になる。

 魔物の氾濫より昔から存在していたんじゃないか、と言われるのは、最初期から営業している最古参の宿屋に向けた賛辞だろう。



■■■■



 冬の風が窓を揺らすある日、執務室で、一つの報告書を受け取った。


 執務室があるこの時空魔術研究所は、私こと魔導師マイが時空魔術の研究を行うために作られた。

 場所は、コウの町から東に向かい最初の村だった場所を再利用する形で作られている。

 前回の魔物の氾濫では、コウの町は無事だったが、周辺の村々は幾つか放棄されたり魔物の襲撃を受けて全滅していたりした。

 この村もコウの町からの救助を期待して避難を拒否した結果、全村民が全滅した村になる。

 書類上、1人の生存者だけ残して。

 私がそうなんだけど、それは偽造だ。

 救助したのが、当時コウシャン領の遊撃部隊 視察団としてコウの町の復興を助力していたギムさん達によって作られた。

 それについては割愛しよう。


 今は報告書だ。

 というか、何の報告書だろう?

 手渡してきたフォスさん、時空魔術研究所の文官となる人で、コウシャン領の貴族で領主様の離れた親族になるそうだ。

 クールな印象のある彼女だが、一度 仕事を外れると、料理好きな優しい表情がステキな人に変わる。

 報告書の束を私の後ろから覗き込んで居るのは、シーテさん。

 報告書を見る肩越しに豊かな胸がタユンと揺れるのが感じる。


「マイ様、以前 領都に依頼して置いた報告書が届いたので、ご覧下さい」


「えっと『コウの町の開発について』え?」


「誰が依頼したの?」


 シーテさんが私の頭にコテンと自分の頭を重ねのように乗せる。

 美人さんなのに、その仕草が可愛いなんて何かズルい。

 元 視察団チームの魔術師で、基本魔術の高位の使い手だ。

 コウシャン領でも片手に登るほどの魔術師に成る。

 今は、私の助手として護衛して、時空魔術研究所に所属してくれている。


「あ、私が研究所に赴任することが決まったときに、コウの町の付いて知りたいと、宰相様にお願いしました。

 その結果が届いたしだいで」


 恐縮しているフォスさん。

 しかし、時空魔術研究所への就任が決まったのは、私が魔導師に成って間もないと聞いているから、1年以上掛けた報告書になるのかぁ。


「全員で読みましょう。

 共有して置いて損は無いはずです」


 私はそう宣言して、最初のページを読む、読んだそばからシーテさんに渡し、その次がフォスさんだね、読み終わったらまとめる作業も。

 暫く、黙々と読んでいく。

 数時間掛けて結構厚めの報告書を読み終わる、あー、目がショボショボするよ。

 肩もこった。

 頭を回すとコキコキと首から音が出る。


 フォスさんが、まとめ終わると、お茶を入れてくれる。

 応接セットに移動して、ナカオさんが用意してくれた お茶菓子(フォスさんも手伝ったそうだ)と合わせて暫く休憩がてら雑談をする。

 仕事と休憩はきっちり分けないとね。


 さて、報告書の内容だ。


 かいつまんで書くと次のようになる。

 コウの町の前身となる要塞都市、これはコウの町がある盆地全てが要塞都市の敷地になるそうだ。

 盆地という立地を利用し、一種の自然の要塞を作っている、と考えられる。

 実際は、草原に当たる部分は演習場だろうとのこと。


 要塞都市、都市施設の中心部分が消失している、また、一切の資料が残されていないため建造目的は不明。

 東西南北に有った砦もその殆どが破壊されて居て、目的は推測できない。


 軍事施設という側面が有ったためなのか、地質による物かなのかは不明だが、要塞都市に深い深度の地下施設は確認されて居ない。

 地下施設は、北側に有る上水を処理する施設と、南側に有る下水を処理する施設の2つのみ。

 動力源は、水門を動作させる魔道具、そして豊富な湧水の水力。

 手動でも動作させることが可能なように作られている。

 要塞都市の動力部に関しては、前記の通り消失しているため不明。


 盆地にあると思われる、他の施設は確認できていない。


 以上が、報告書の前半に当たる部分だ。


「以上が、コウの町の前身となる要塞都市の概要ですね。

 領都自体が魔物の氾濫 以降に作られた都市なので、当時の情報が各所に散在していたため、調査が遅れてしまった、と弁明が書かれています。

 予想外でした、この盆地全体が要塞都市の範囲だったとは」


 うん、ビックリだ。

 南の方は、殆ど行ったことが無い。

 広い草原で、所々に林や水場があるだけだ。

 放牧にはもってこいで、コウの町の牧畜の主な飼育は南の村を中心とした村々で行われている。

 逆に生息している動物は、狩るのが難しい移動速度が速く警戒心が高い草食動物が中心で、狩猟目的で行くのには向いていない。

 たまに群れを捕獲するために大規模な依頼が行われることもあるそうだ。

 薬草のような植物が自生している場所も、少ない。

 その広い範囲を演習に使うのか、贅沢だなぁ。


 要塞都市の事については、得に目新しい事は書かれていなかった。

 コウの町に住む人なら誰でも知っている事だ。

 初級教育で学ぶからね。


 さて、報告書が急に届いたのは意図があってのことだろう。

 その意図は後半部分の報告書と、一緒に入ってた書簡にある内容だね。


 報告書の後半は、最近の調査結果になる。

 といっても、まともに調査が始まったのは、北の村で改良されたダンジョンコアが見つかった時からになる。

 判っていることは少ない、現状証拠をまとめている、という感じだ。


 北の村の貯水池を増築する際に見つかった、改良されたダンジョンコア。

 なぜ埋められていたのかは、不明。

 ただし、人為的に埋められていたのは事実らしい、これは広い範囲を掘り起こした為、痕跡が無くなってしまい、推測になるそうだ。

 北の村の周囲で他に埋められた形跡は見つかっていないとのこと。

 なぜ、北の村なのかは、北にあった砦跡の近くという立地以外は理由は不明。

 ここで一端、調査は終了している。


 再開したのは、北の採石場跡から遺跡が見つかったからだ。

 上層の遺跡のように見せかけた施設は一種のカモフラージュではないか、との推測だけ。

 下層の遺跡本体については、不明、だけが記載されていた。

 私たちが知っている内容も書かれていない。


 判っていて不明としたのか、本当に不明なのかは判らない。


「後半の部分については、目新しい情報は無いわね。

 ま、改良されたダンジョンコアが何個も埋まっている可能性が少ないのは、有り難いけど。

 遺跡の奥を除けば、ね」


「あの、遺跡の最深部には何が有るのでしょうか?」


 フォスさんが聞いてくるが、応えるわけにはいかない。

 知らない事になっているのだから。


「憶測しか出せない今は考えるだけ無駄でしょう。

 重要な何かがある、かもしれない、で」


「そうですね。

 封印してしまう以上、詮索しても判明する機会は無いでしょうね」


 フォスさんも、深く追求せずにすませる。

 それは単純に優先順位が低いためかな。



 ここ数日は、資料の査読を中心に進めている。

 本来、年に1回の領都へ行く準備の1つだね。

 年に1回の領都へ行くのが、もろもろでズレてしまった。


 今年のうちに領主様との面談を行いたいとの宰相様からの連絡があったことも大きい。

 どうやら年度内に処理しないと、予算とか行事の消化未達とか問題があるんだとか。

 その為に、改めてコウの町と魔物の氾濫の事を調べ直している。

 とはいえ、新しい情報は殆ど無い。

 フォスさんが申請していた調査報告書がようやく届いたけど、その内容もコウの町が有る場所について追加情報があった程度だ。


 領都へ行くのは、年明けで予定が進んでいる。

 これは、コウの町で行われる年末から新年の行事に参加する事が決まっているので、年内は長期間の予定が組めない事も関係しているね。

 年明けは、年度初めまで比較的、行事の予定は少ないから。






 あとは、成人までに王都へ行く事が内々で決まった。

 オーエングラム卿の残した言葉が、思い出される。

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