第390話 参勤「残言」
0390_27-02_参勤「残言」
オーエングラム卿と親衛隊の一団がコウの町を発ったのは、数日前になる。
遺跡の入口に作られた砦がある程度形になって、地下遺跡の封印が親衛隊に居る魔術師によって完了したのを見届けたあと、あっさりと移動する事を告げてきた。
それまでの間、オーエングラム卿はコウの町の町長の館で生活していたので、面会は数えるほどしか行っていない。
その内容は、遺跡の防衛と封印に関する打ち合わせが殆どだった。
大半の私が時空魔術研究所に居る時は、クェスさんが連絡役として書簡を持って交代の守衛と一緒に来て1泊して帰るということを何度も行っている。
必然的に時空魔術研究所での魔術の議論にも参画してきている。
流石に元筆頭魔導師であるオーエングラム卿から直接指導されているだけ有って知識量は私も驚くほど広い。
そして、一緒に行動しているので、実践も伴っている。
ただ、魔力放出量が少ない。
魔力を操作する基礎魔法は私より優れていると思う。
そして行使される魔術も十分に高度で洗練されている。
実践も伴っていて、使い勝手も良い。
魔力放出量が伴っていない、その1点で魔術師の位を得ることが難しい。
指摘するべきか悩んでいたけど、本人が一番判っていた。
「ぇっと、気が付いて居るようなので話しておきますが。
私は、魔力放出量の調整が下手で一定以上放出しようとすると制限が出来なくなってしまうんです。
自分の魔力量自体はそれなりに有るんですが、制御が出来ずに暴発してしまうので制限しているんですね」
珍しい話しでは無い。
魔法も魔術も一定以上の効果を得ようとすると、途端に難易度が上がる。
その原因は色々だけど、放出量の調整が問題になるというのは、とても多い。
私も基本6属性の魔術を行使する時、攻撃魔術といえる段階まで引き上げれる魔術は数えるほどしか無い。
高出力の魔術を安定制御して行使する事が出来る魔術師というのはそれだけでも凄い事になる。
それが出来るシーテさんの凄さを改めて感じるなぁ。
兎も角、クェスさんの場合、放出量が効果に対して指数的に増加してしまうそうで、ある一定量から極端に跳ね上がってしまうとのこと。
「そうですか、魔力放出量の調整は感覚で難しいところはありますからね。
魔道具や呪文などの制限を付けるのは試していますか?」
一部の魔道具や詠唱呪文による魔術の行使は、その魔道具や呪文の内容に縛られて効果が制限される。
でも、放出量の調整が不得意なら、制限される方が良いことも多い。
制限は、抑える方向だけじゃ無い、シーテさんが付けている魔道具は魔力の放出量を増やす補助をしてくれている物も有ったはずだ。
上手く使えば非常に効果的だ。
「ええ、勿論 師匠から研究するように言われています。
ですが、魔力を調整する魔道具はどれも貴重で入手が難しく。
呪文に至っては、汎用性に欠けてしまいなかなか上手くいかないですね」
「でしたら、私の研究内容と照らし合わせてみては?
まだ取りかかったばかりですが、何かのお役に立つのではないかと」
フォスさんがクェスさんに自分の研究ノートを惜しみなく見せる。
本来、研究結果としてまとめた物は、魔術を研究する人にとっての核心で秘匿する物なんだけどね。
フォスさんも魔力の操作に問題を抱えている。
少ない魔力量に対して魔力放出量が多く、直ぐに魔力が欠乏してしまう。
それを補うために、詠唱呪文を研究している。
クェスさんが少し驚きながらも、興味深く読んでる。
何だかんだで、フォスさんとクェスさんが仲良くなっているのは良いことだと思うな。
クェスさんからも惜しみなく知識を提供している。
手紙でのやり取りする約束をするとか、その様子を温かい目で見ている。
2人の魔術師になれない有能な魔法使いを。
その私は、オーエングラム卿と最後の会食を予定している。
■■■■
オーエングラム卿は、少数の護衛を連れて時空魔術研究所へ来訪してきた。
後続で本隊が明日到着して、そのまま領都へ向けて移動するそうだ。
なので、今日の昼と夜、そして翌日の朝食までが許された時間になる。
「すまんな、予想外に時間が取られてしまった。
本来なら、マイと魔術に関して色々時間を取る予定だったのじゃがな」
「いえ、遺跡の守りと封印は重要なことでしたので、仕方がありません。
移動されるということは、当面の問題は解決したと考えて良いのでしょうか?」
時空魔術研究所の庭園に面した喫茶室で上座にオーエングラム卿、そしてその近くに私。
クェスさん、シーテさん、フォスさんは後ろで立ってる。
私とオーエングラム卿は、お茶を飲みながら談話している。
窓からは冬の日差しが差し込んで、大きく取った窓からの日差しが部屋を暖めている。
暖房いらずだね。
「うむ。 当面は問題無かろう。
遺跡の最深部は、調査を行う準備が十全に整うまで、立ち入り禁止じゃな。
気が付いて居ると思うが、奥にある物については表に出すことは今は出来ん。
前回の魔物の氾濫を、再び引き起こす可能性が高いからの」
うん?
魔物の氾濫が起きた原因が、改良されたダンジョンコアを表に出したことを認めたの?
でも明確に認めることはしないだろうね、今までの対応を見るに。
遺跡、コウの町以外にもあるのだろうか?
「このような遺跡は他にも存在するのでしょうか?
それに、襲撃事件。
彼らの目的が遺跡の破壊にあるのなら、多少の辻褄が合いますが」
「判らんな、それに話せる内容では無い。
マイが国の直轄で活動する魔導師に成れば、知ることになるはずだ。
襲撃は、500年より前の大きな都市や施設に限られている。
恐らくだが、古い都市核を破壊することが目的かもしれん」
「都市核と改良されたダンジョンコアは同じ物なのでしょうか?
都市の中核になる施設はどれも動作していないと聞いています。
動かない施設を破壊する目的が判りません」
関連がありそうで、それを示す証拠が出てこない。
都市核、これは人工ダンジョンである廃棄都市を探索する冒険者にとっては常識らしい。
その冒険者だったシーテさんの話しだと、都市の中央深部には都市核と呼ばれている施設があるそうだ。
その施設の周りには、大量の魔道具が有るので一攫千金を狙う冒険者の目標になっている。
なお、都市核そのものが無事に存在して発見されたという記録は無い。
また、今ある都市にも都市核と呼ばれる施設が有るという情報も無い。
「判らん、な。
それに都市に有る都市核については、儂も知る立場には無い」
そう言うと口をつぐんだ。
もう喋らないという意思表示のようだね。
元より情報が出てくるとは思っていなかったから、特に問題は無い。
お茶を飲んで、この次にナンの話題を出そうか考えていたら、クェスさんがオーエングラム卿の近くに寄っていった。
「師匠、肝心の話しを忘れていますよ」
クェスさんが肩を叩いて何かを促している。
それに、おおっ、という感じで思い出したような振る舞いをする、ちょっとわざとらしい。
そのやり取りを、じと目で見る私たち。
コホンと咳払いして、鞄から2つの書類の束を取り出した。
クェスさんがそれを丁寧に持つと、それをシーテさんに手渡す。
シーテさんは、その表紙だけ確認して少しギョッなった、何だろ?
書類の束が私の前に置かれる。
「『魔物に関しての考察』『万有魔力理論』ですか?」
表紙を確認して、少し考える。
両方とも作成者は記載されていないけど、王国へ提出された物の写しのようだ。
シーテさんが驚いたのは、最初の方の書類だね。
魔物、全く未知の生物。
コウシャン領の報告書にも被害や特性を書かれた物だけで、何物なのかは不明のままだ。
その考察、内容を見るのが怖い、背筋に冷たい物が流れるのが分かる。
万有魔力? 何のことだろうか。
「両方とも写本であるが、機密書類として扱って貰いたい。
保存はマイの収納空間が良いだろう。
魔物に関しての考察じゃが、国内で発生した魔物をまとめて、その発生分布や特性をまとめて考察している。
万有魔力は、以前マイがワシに質問したじゃろ。
『魔力とは何か?』と。
これは、偏屈な学者の仮説をまとめた物じゃな、かもしれない、程度に留めた方が良いじゃろうな」
魔力に関しての仮説を理論としてまとめた物?
興味はあるけど、余り期待せずに読もう。
領都の学術図書館にあった、魔力理論は未知の力から抜け出した物は無かったからね。
「ありがとうございます、後で読ませて頂きます」
「うむ、礼はクェスにも言ってやってくれ。
写本をしたのはクェスじゃからな」
「いえ、私にとっても有益でしたので」
クェスさんが遠慮がちに目を伏せる。
書類の束、それなにり厚い、写し取るのにどれだけの時間が掛かったのだろう?
肉筆の写本はかなり高価だ、単純に本として見てもそうだし、書かれている内容もそうだね。
「あ、考察は幾つか意図的に省いた所がある、それは了承してくれ。
地名や人名とか、政治的に問題がある記述も有ったのでな」
「それは了解しました、当然だと思います。
所で、万有魔力理論とはなんでしょうか?」
読む前から、ちょっと危惧していたことが払拭されていたことに安堵した。
政治的な問題に関わるような情報があった場合、知っていると言うだけでも色々と問題があるからね。
配慮してくれている事に感謝。
万有魔力、という言葉は始めて聞く。
オーエングラム卿が考え込むようにアゴを撫でる。
「うむ、適切な言葉が出てこないが、強いて言うならば。
予言の書、かのう」
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