第387話 東方「分散」
0387_26-19_東方「分散」
翌日、目が覚めたら、すっかり日が昇っていた。
寝過ぎだ。
ギムさん達は、準備を済ませていた、というかブラウンさん、その束は採取予定の薬草では?
ポカン、としてしまう。
えっと、どうしよう?
結局、そのまま早めの昼食になった、グダグダだね。
「美味しいです」
色々付いて来れなくて、ボーっとしている。
しっかり寝たせいなのか、頭はクリアだ、思考に問題は無い。
なのに、ポッカリとしてしまい、何も考えられない。
いやいや、色々考えないといけない事は山積みなのに、現実から目をそらしてしまっているよ、良くない。
ブンブンと頭を振って、熱めのお茶を飲んで舌を焼けど気味になる。
涙目になって、舌を出して冷やすけど、何やっているんだ私は。
「いつにも増して、マイがポンコツじゃな」
ジョムさんの一言で、頭を抱えてしまう。
あうあう。
「こらこら、マイちゃんを弄らない。
ずるい……じゃなくて、大変だったみたいなんだから」
「”みたい”というのは何です?」
ブラウンさんが、リュックからもう1束薬草を取り出す、えっと、私何しに来たんだろう?
「収納空間からは私は外の様子を確認できないから。
静止画はマイちゃんが送ってくれるけど、ただ話していただけだから。
でも、大切な話をしていたのは判ったわ」
「うむ。
だが、詳しい話しはここでは駄目だ。
誰が聞いているか判らないからな。
では!
予定通り、午後は採取をして此処に戻るぞ」
「「「はっ!」」」
私たちに聞こえる声で話した後、森に響くような声を出した。
何時も通り、昔のままのギムさん達の掛け声が森に響く。
ようやく、私も調子が戻ってきた。
採取は、野営地から近い池の周りで自生している野草を幾つか採取しただけで終わった。
ハリスさんが野営地で留守番している、周囲に護衛が潜んでいるからこそだね。
ブラウンさんが群れウサギを人数分だけ狩ってきた、結構な人が森に居るのに、良く狩れたなぁ。
夕食はウサギ肉のシチューだ、皆、何時もの通りに接してくれる。
楽しい時間を過ごして、夜、テントの中で気がついた。
接待だこれ。
■■■■
森への採取は予定通り2泊3日で3日目の昼前にはコウの町まで戻ってきた。
その間、密会を除けば、いたって何もなかった。
想定されていた、探索者が襲ってくる可能性も、最終的には杞憂に終わった。
採取した薬草、あと香辛料になる植物も有ったみたい、ブラウンさんが集めてきたのだ、これを形式上 必要とのことで買い取りをして貰う。
今回の名目は、野営訓練なんだそう、だから買い取りといっても金銭のやり取りは無い。
同行したギムさん達への特別報酬になるそうだ。
町長の館の客室に戻って直ぐに、東方辺境師団の輸送部隊からの遣いが来て、本日中に移動を開始すると伝えてきた。
輸送部隊といっても、人数はそれなりに多い。
移動開始をして最後の兵士が出立するまで時間が掛かることは普通だ。
これは、私に見送りをして欲しいという意味ですと、フォスさんが教えてくれる。
馬車を出して貰い、町長と一緒に東の門に付くと、ちょうど輸送部隊の本隊の移動が始まる所というか、私たちを待っていたのかな?
輸送部隊の総指揮官になるオッペンハイマー大尉が馬に乗ってやって来る。
部下の人達も一緒だ。
馬を降り、私の所まで歩いてきて、挨拶の礼をする。
此方が返礼して、相手に会話の許可を出す。
「東方辺境師団 輸送部隊、これより輸送任務に就き移動を行います」
「道中の安全を願っています」
形式的な挨拶を交わす。
上官と顔を見合うが、これという感情は湧かない。
自分の中で整理が出来ているとはいえないが、目の前の恩人を忘れないように目に焼き付ける。
上官が国軍式の最上位の礼をする、返礼し送り出す。
淡々とした物だ。
フォスさんから教えて貰っている基本的な貴族としての対応の1つだね。
既に整然と整列している隊列に上官が戻っていき、何処に居るのか判らなくなる。
一般的に士官や指揮官は隊列の安全な場所にいるけど、その場所は見た目では判らなくなっている。
これは、士官や指揮官が狙われる危険を回避するためで、その時々で場所を変えている。
見る人が見れば、大体の場所は判ってしまうそうだけどね。
領軍の兵士達も遺跡の研究者とその警備をする兵士、それと遺跡を囲う砦を作る工兵を残して戻るそうだ。
町長の館の応接室で、隊長と会話して移動中の安全を願い、別れる。
こちらは見送りはしない、そこまでする必要は無いと、フォスさんから言われる。
線引きがよく判らない。
また、負傷者への慰問を申し出たけど、ハリスさん率いる教会の医療部隊と町の医療関係者の尽力で、殆どの人が退院しているそう。
それに重傷者の人数も少ないので、慰問をするほどのことは無い、と。
数の問題じゃ無いと思うんだけど?
ようやく時空魔術研究所へ戻る準備が出来たと、連絡が来た。
幾つかの防御上の追加工事をしていたそうで詳細は実際に見て確認して欲しいと、何をしたんだろう?
ナカオさんが早速、日持ちがしない食品などの手配をしに出て行く。
そして、ギムさん達も、流れで護衛をしてくれたのだけど、本来の任務に戻っていく。
ギムさんとブラウンさんは守衛に、ハリスさんは教会へ、ジョムさんは服飾店へ。
今宿泊しているのは、町長の館ではなく、その近くで要人の宿泊も出来る高級宿だ。
その宿で簡単に慰労会を開く。
食事は豪勢だ、良いお肉に潤沢な調味料を使った料理、それを綺麗に飾り盛り付けられた皿。
美味しい、けど何だろ、毎日は食べたくない胃もたれしそう。
楽しい会話のおかげでアッと言う間に時間が過ぎる。
そして、ギムさん達は宿から出て行く。
なんか急に寂しくなる。
前にもあったね、ギムさん達が視察団だった頃かな。
宿屋タナヤにも行く。
夜にコッソリと。
また暫くは会いに行くことが出来なくなる。
フミと部屋で話をしていると、フミが少し考え込んでから私を見た。
「マイ、今度 私、お見合いするんだ」
ドキッとする、が不思議では無い。
フミはもう成人している。
成人して独身というのは、この国では推奨されていない。
人口を増やす政策を採っている事も有って、結婚を後押しするための施策は色々行われている。
それに子供が出来たとしても生活や仕事が一応保証されてるので、男女共に結婚には比較的積極的だ。
なので、独身で成人というのはどうしても浮いてしまう。
フミは宿屋タナヤの”今の”跡取りであり、また能力も十分だ。
フミを支えることが出来る男性を提案されているんだろう、それを断るのは難しい。
「そうですか。
相手はどんな方ですか?」
「うん、南の村で小さい宿をしている家の4男の人で、今度、宿屋タナヤに修行に来ることになったの。
多分、私との相性を見るんだと思う」
何と言えば良いのだろう?
私はフミを独占するなんて事は出来ない。
かといって、ここで結婚を喜ぶのも何か違う。
「フミの夢はどうですか?
タナヤさんに追いつけていますか」
フミの夢、それはタナヤさんの料理の腕を越えることだ。
夜食で出してくれた料理も十分に美味しい、黙って出せば何方の料理かは判らないと思う。
「追いつけてないかな。
自分の血らかが判れば判るほど、お父さんの料理の腕の凄さが判るの」
あれだね、実力が上がって、上位の実力者の力量を推し量る事が出来る様になるといいうやつ。
それだけ成長しているんだ。
「凄いですね。
タナヤさんの背中が見えているんですよ」
「そうなの?」
「そうですよ」
やっとフミが笑ってくれた。
そうだ、フミが笑ってくれる、私の望みの一つだ。
そして、私の言いたい事が伝わったんだろう。
フミが私の肩に頭を乗せて、力を抜く。
「ありがと、マイ」
お礼を言いたいのは私だ、沢山助けられた。
これ位では、お礼を言われるうちに入らない。
「また暫く会いに来られません」
「だね、魔導師様だからね」
「私は、魔導師に成りたかったです」
「うん」
「でも、魔導師に成って何がしたいか、何も考えていませんでした。
私は何をするべきなのか……」
クスッ、フミが笑う声が聞こえた。
ん? なんだろう。
「マイ、マイがやりたいことを見つければ良いんだよ」
「魔導師がそんな身勝手なことをして良いのでしょうか?」
「いいんじゃないかな」
「そうですね」
フフッ、こんどは私とフミが一緒に笑う。
うん、大丈夫だ。
■■■■
長期に滞在しているオーエングラム卿、その一行も動きがある。
オーエングラム卿は、親衛隊と数名で遺跡に何度も行っているそうだ。
聞いていなかった。
といっても、最深部までは行っていないそう。
普通に移動すれば2~3日は掛かるからね。
ただ、それを知ったのはつい先日だ。
クェスさんは、私の所に頻繁に訪れている。
魔術に関しての討論が主だ、特に一般的に使われている方法では無い、特種な使い方に興味を持っているらしい。
その時に聞いていたのは、オーエングラム卿の食道楽三昧だと言うこと。
コウの町は、畜産業を主な産業として成り立っている町だ。
基本的な畜産に向いた動物だけでは無く、各村で特徴的な動物を飼育していたり狩猟していたりしている。
また、乳製品の製造にも積極的で、保存の効く物から新鮮でないと食べられない模擬まで色々揃っている。
その為か、コウの町の食は、肉食を中心としていて一つのブランドを築いている。
以前、コウの町の畜産物を東の町へ送ることがあったけど、それはブランドの肉を使って持て成すためなんだろうね。
その肉料理を食べ歩いている、と聞いていた。
実際に食べ歩いているところを守衛が確認していて、ブラウンさん経由で教えて貰っている。
私は、その話しを信じ込んでいた、クェスさんもそう認識していたからね。
実際は、遺跡に入って何かをしていた。
その何かは、遺跡の警護をしていた守衛も判らないそうだ。
遺跡に入ったことにお怒りのクェスさんの愚痴を聞きながら、苦笑する。
すっかり打ち解けてた、シーテさんとも気兼ねなく話をしている。
「マイ様、叔父様って酷いんですよ!
私が遺跡に行っていたことに怒っていたら、私より大きな生ハムの原木を持ってきて、これで機嫌を直せって、もう。
普通に持っていても腐らせるだけだって言うのに。
あ、お裾分けです」
生ハムの原木、それ自体はコウの町では珍しいものでは無いので何度か見ている。
でも、人より大きいとなると、森の奥に居る大型の獣か、コウの町に所属する村でも一部で農耕獣として飼われていた大型の家畜を加工した物で、コウの町でも珍しい。
それを1本買うのか、豪快だなぁ。
あ、適切に冷暗所で保管すれば年単位で保存できるけど、いちど常温に置いて切り出したら一気に食べきる必要が有る、切断面からカビてきてしまうからね。
持ってきていた謎の荷物は、生ハムのブロック肉かぁ。
その切り分けたブロックを渡される。
生ハムで切り出された物だから、あんまり日持ちしない、そして結構大きい。
食べきれる自信が無いなぁ。
その後、クェスさんが姿勢を正して、私に言った。
「我が師オーエングラム卿は準備が整い次第、コウシャン領の領都へ移動予定です。
マイ様には、成人を待たず、王都までの召喚をさせていただきたく、その内示をいたします」
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