第386話 東方「別れ」

0386_26-18_東方「別れ」


 今回、東方辺境師団の動きで一番懸念していたのは、東方辺境師団がトサホウ王国の東側の領を掌握して、軍事独立することだ。

 それを行う事が出来るだけの軍事力があるし、長い付き合いのある東方の各領は王国よりも実際に護って貰っている東方辺境師団に従う可能性はある。


 だがそれは、国内の内乱を起こすのと同意になる。

 それは駄目だ。


「それは無い。

 北方辺境師団も東方辺境師団も、国への忠誠は絶対だ。

 今回の件は、東方辺境師団の一部情報部隊が暴走した結果だな。

 止められなかったのは、上層部が黙認したんだろう」


 大きく溜息を付く、寒くなってきたのか息が白い。


「それとだ、西方辺境師団はむしろ遊牧民族国家へ攻め入りたがっている。

 遊牧民族国家の国土が広すぎて手を出せないだけだ。

 南方辺境師団も独立よりも金儲けが楽しいらしい、商工業国家とは仲が良いな。

 今回、色々な装備を入手できたのも南方辺境師団の口利きがあったからだ」


 この大陸の西側には、トサホウ王国よりも広い平原と砂漠が広がっている。

 その地域に分散して住んでいる遊牧民族は、どこに住んでいるのかすら判らないらしい。

 そのくせ、有事にはどこからともなく集まって対処するのだから始末に負えない。

 南側は海だね、海と河、そして運河を利用した、トサホウ王国の海軍と海運が1つになったような組織が、南方辺境師団だ。

 南方辺境師団に関しては、私は知識に無い。



 ホッとする。

 内乱の危険が無い、それだけでも十分な収穫だ。

 そして、今回の企てには、上官は関わっていなかった。


「大体判りました、判らない事も。

 私を呼び出してまで、伝えることですか。

 確かに知られたら問題ではありますが」


 判らない事も多いが、何が判らないのか明確に出来ていない。

 何々と聞き続ける時間は無いだろう。


「そうだな、遺跡の最深部に何が有るのか判るか?」


「恐らく、改良されたダンジョンコア、か、それに関する物ですね」


「そうだ、使い方を誤れば魔物の氾濫を起こしかねない。

 前回の魔物の氾濫は、無知から来た事故だ」


「あれを事故と言いますか……」


「あれを1つでも正しく復活させることが出来れば、500年より前にあった、魔力による産業革命を再び起こすことが出来る」


「しかし、その設備が現存しているとは思えませんが。

 有っても、襲撃事件で破壊されたのでは?」


「今回 遺跡を封鎖する決定をしたのは国王様だ。

 どうやら、改良されたダンジョンコアが何かの情報を得たようだ。

 少なくても、今使える状況では無いのだろう」


 ん? なんだこの言い回し。


「設備は無いんですね?」


「……」


 上官は、すっかり暗くなった西の空の星を見つめたままだ。


 有るんだ。

 何処かに。

 そして、準備が整えば、500年より前に繁栄していた魔力を動力源とした産業技術が再稼働する。

 この意味するところは何だろう?

 私の想像の範囲外だ。



「マイの時空魔術は、一部から関心を持たれている。

 警戒しろ。

 有意性を見つけられたら、取り込まれるぞ」


「判っています」


「そうか、手の内があるのだな。

 駆け引きも覚えろ、貴族連中は商人よりも面倒くさいぞ」


「上官が言うんですか」


「俺が言うからだ。

 お前が以前から信頼している者たち以外は、今の所信用しすぎるなよ」


「上官を信頼しては駄目ですか」


 私は、少し寂しくなって呟いてしまっした。


「俺は駄目だ、師団にも家にもしがらみがある」


「そうですか」



 少しの間、言葉が途切れる。

 襲撃事件、そして探索者の襲撃、どれも多くの犠牲者が出てしまった。

 上官と同じ空を見る。

 夜なのに星明りで明るい。

 その星が滲んで見える。


「何でこんなにも被害が出る計画を実行したんでしょう?」


「民間人には被害が出ていないが」


「冒険者は民間人です。

 兵士だからって、被害を受けて良いはずが無いです。

 こんな危機意識を高めるためだけの為に」


「そうだな。

 お前はそれで良い、夢であった魔導師に成れたのだ。

 今度は、魔導師として何を成すのか、を考えるんだな。

 今のお前は、師団に居た頃と同じで、ただ流されているだけのように見えるぞ。

 責任を負う立場になったのだ、俺や部下達が教えたことを、お前が経験したことを、活かせ」


「そうですね、自分の力で魔導師に成れたと思っていません。

 自分で自信を持って魔導師と名乗れるようにならないといけませんね」


「ああ、何とか出来るだろう」



 辺りはすっかり暗くなった。

 灯を持たない私たちは、星明りの下にいる。

 私は、流れ落ちる涙を止められないで居る。


「そろそろ時間だ。

 最後に、また会えて良かった。

 コウの町を護って死んだと聞いた時は、2度も死なせてしまったと後悔したんだぞ」


「コウの町でのことは、上官が関係ないのでは?」


「上位種が出る黒い雫が表れるのは予想されていた。

 改良されたダンジョンコアが発掘された場所で、魔物の発生も多かった。

 東方辺境師団も把握していて、そして、派兵しないことを決定した。

 東方辺境師団はコウの町を廃棄する積もりだったのだよ」


「上官は……いえ、作戦立案は無理でしたね」


「すまんな、これからも東方辺境師団を当てにするなよ。

 商工業国家と帝国との関係で余裕が無くなる、何をするか判らん」


 湿地帯の反対側、かなり向こう側からキラリと光る物が見えた。

 何だろ?


「時間だ、迎えが来た。

 収納空間に入れ、俺は行く」


「上官、また何時か お会いしましょう」


「いや、今回が最後だ。

 もし会うのなら、敵かもしれん」


 そう言うと、森の中へ歩いて行ってしまった。

 上官は、私の顔を結局1度も見ようとしなかった。

 ただ、去り際に涙が見えた気がした。



 後ろ姿が見えなくなったところで、私は自分を収納した。



■■■■



 外の様子を定期的に光属性の魔術で投影していたので、シーテさんは何も無かった事は承知している。


「お疲れ様、マイちゃん」


 限界だ、色々な情報が沢山入ってきた。

 考えが纏まらない。

 違う、上官のオッペンハイマー大尉の、最後の言葉と姿で抑えていた感情が溢れて止まらない。


「シー……っ」


 シーテさんに言葉を掛けようとして、声に詰まる。

 これ以上言葉を出したら……。


 シーテさんが、私を抱きしめてくれる。


「ぁぁぁぁぁ……」


 全身から力が抜けて、声を出して泣いてしまった。


 上官、私にとっては育ての親のような人だ。

 実の両親と兄弟は5歳の時に魔法学校へ進学するために別れて、そのまま死に別れた。

 北方辺境師団は私にとっては、もう1つの家で、沢山の兵士の人達に育てられた。

 上官の指示でだけど、それだけじゃ無いと信じている。

 5年近く実戦で戦い方、戦術、戦況、輜重の重要性、それに1人での生きていく方法、関係ない雑学。

 本当に沢山のことを教えて貰った。


 その辺境師団が敵になるかもしれない。

 考えたくなくて、避けていた事だ。


「よく頑張ったわね」


 幼児のように、シーテさんの胸の中で丸くなって泣く。

 易しく撫でられているのが、嬉しいが、それ以上に素の自分の弱さに情けなくなる。

 なのにだ、なのに、私の中の冷静で冷酷な自分が自分を見ているのに気が付く。

 泣いている自分を俯瞰して見ている。

 泣いたからどうにかなるわけでは無い、と。

 兵士の自分が下す、受けに回ってはいけないと。

 判っている、判っているんだ、今のままでは駄目なことぐらい。


 兎も角、だ、今は戻らないと。


 シーテさんの腕の中から、ノソリと押し出すように抜け出す。


「マイちゃん?」


「戻りましょう。

 朝が来るまでに野営地に戻る必要が有ります」


「大丈夫?

 夜は長いわ、一眠りしてからでも十分間に合うわよ」


「いえ、今は動いていた方が気が紛れます。

 幸い、星明りが明るいので、時空転移を中心に移動すれば問題無いかと」


 駄目だ、顔が表情が作れない、たぶんお面の様な顔をしていると思う。


「判ったわ。

 気が付かれにくい探索魔術を行いながら移動しましょう」


 グシッ、袖で顔を乱暴に拭う。

 上官から貰った情報、これを持ち帰って、どうするのか検討しないと。



 私とシーテさんは、夜の森の中を音少なく移動を開始した。



■■■■



「起きたか(戻ったか)」


 テントの外から声が掛かる。

 最後の時空転移を行い、テントの中に私達を取り出して、直ぐにジョムさんから声が掛かる。

 相変わらず、凄まじい斥候能力だ。

 シーテさんが、私を寝袋に押し込んむ。

 頭をポンポンとされて、寝るように促される。

 テントの入口を開ける、冷たい風が入ってくる。

 その先では、ジョムさんだけが焚き火の所に座っている。


「ジョムが火の番をしているの?

 ちょっとマイ様が疲れているようね、このまま寝させて良い?」


「もちろんじゃ。

 朝も遅めにしよう、採取も近くだけで済ませば良い」


「了解よ」


「ブラウンが戻ってきたぞ」


 音も無く、森の闇の中からスッと現れる。

 テントの隙間から見ているけど、ジョムさんが方向を指ささなければ全く判らなかった。


「腕が鈍りましたか、こんなに早く見つかるなんて」


「じゃから、自然すぎて不自然になっとるんじゃ、わからんか?」


「高度すぎてついて行けないわ。

 ごめん、ブラウン、休ませて貰うわ」


「ええ、マイ様の警護よろしくお願いします」


 シーテさんが、テントを閉めて私の横に来る。


「さ、マイちゃん寝ましょ」


 不思議なほど、落ち着いてしまった。

 ギムさん達に護られている、この安心感のせいかな?






 あれほど落ち込んでいた心が、今は少し楽になった気がする。

 シーテさんの気配を感じながら、私は深い眠りに入った。

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