第385話 東方「密談」

0385_26-17_東方「密談」


 野営地は、東の森で何度も使った事が有る場所だね。

 湧き水も近く、森に入る人は大抵利用している所で、地面も平らに均されているし、周囲の下草も刈られていて見通しも良くなっている。

 以前には見たことが無い、石造りのかまども用意されている。

 野ざらしだけど。

 最近使われた形跡は無いな、森の浅い場所だ、竈を使って料理するなんて人は少ないだろうね。

 何で作られたんだろう?

 兎も角、私達には丁度良い。

 早速、収納から調理道具一式を取り出して調理を開始する、男性陣が。

 食材も豪華だ、町から支給された食料品はどれも新鮮で美味しそうだね。


 まだ明るいうちに夕食を取る。

 密談の予定時刻は、日が落ちて間もなく、だ。

 早めの食事の後は、テントを2つ張り、そしてその1つに私とシーテさんが入る。

 目だけで、ギムさん達に合図をする。

 中に入り、薄暗い中、外していた、装備を付け直して移動の準備をする。


「マイちゃん、護衛だけど、ここから北方向に500mで3人。

 東方向に2組、約700~800m離れて5人ずつ。

 南方向の森の出口の方は、離れすぎているけど多数の反応。

 西方向は、今の所は反応無いわね」


 シーテさんの探索魔術、今回はほぼ全力らしい。

 半径で約1000mの策定範囲、それも人数まで。

 私も間隔視覚を上空に設定して周囲を確認したけど、全く判らなかったよ。


「ありがとうございます。

 では、北西ではなく、そのまま西の方へ移動します」


「ええ、それから上官さんに合う前に、一度打ち合わせよ」


「判っています、予定通りいきましょう」


 シーテさんが私に手を差し伸べる。

 その手を取って、収納空間へ収納する。

 中の様子を確認すると、私が見ていることに気が付いたのか、それとも行動を呼んだのか、手を振っているシーテさんが居る。

 直ぐに、近くの椅子に座ると、くつろぎだした。

 今は、緊張する時じゃないという事だね。


 遠隔視覚を利用して取り出し位置を探す、丁度良い草むらを見つけて、そこへ時空転移を行う。


 ザッ


 出るときに草を踏む音がしてしまう。

 野営地の方を遠隔視覚で確認すると、こっちを目だけで確認して苦笑している。

 バレバレだよ、恥ずかしいなぁ。

 体を低く丸めて、草木で体を隠す。

 更に次の時空転移先を探す、こんどは地面が土の所にしよう。


 周囲から隠れられて地面が土の所を見つける。

 慎重に、今度は音を立てないように、時空転移を行使する。


 シュッ、と小さい音がしてその場から転移した。



 数度の転移をしたところで、一度シーテさんに出て来て貰い、周囲を探索魔術で確認して貰う。

 余りやり過ぎると、逆に自分の位置を知らせてしまうような物なので、今度は秘匿性を高くした魔力を極力放出しない系統の探索魔術を行使する、そうだ。

 探索魔術は大きく3種類ある。

 1つは、放出した魔力に対象の魔力が反発することで検知するもの。

 ある程度大きい動物や魔力を持った物に有効で、正確な検知が可能になる。

 魔術の技量が上がれば探索範囲は広がる。

 テントで使用したのがこれだ。

 1つは、音や光などを放出して、その反射を検知するもの。

 物で有れば全てを検知できるので、地形や構造物に有効になる。

 そして、1つは、周囲の光や音、振動を検知するもの。

 動く物に対して有効で、しかも秘匿性が高く使用する魔力量は少ない、が正確に情報を得るに使用する魔術の難易度は非常に高い。

 今回は、2つ目と3つ目の複合だそう。


「周囲500mに中型以上の生物の反応は無いわね。

 時間が有るのなら、魔力を温存して歩いて移動しない?

 まだ日暮れまでには時間が有るようだし」


「そうですね。

 それに普通の周囲の警戒も、シーテさんにお願いします」


 ギムさん達、元視察団の凄いところは、個人の長所が凄いだけでは無い。

 後から臨時で入ったハリスさんを除けば、全員が単独での行動が出来る能力がある。

 シーテさんも、ジョムさんのようには行かないけど、索敵能力を持っている。

 私? うん、それになるは有るけど、魔術頼みになってしまうので、うん。

 何とか身に付けたいなぁ。


 シーテさんが先導して、森の中を移動する。

 歩き難そうな森の中だけど、シーテさんの案内だと普通に歩いて行ける。

 時折、群れウサギが現れる、私たちの姿を見て直ぐに消えるように逃げていく。


 日が傾いてきて、森の中が暗くなってくる。

 目的地まで、あと少し。



 シーテさんが、手で止まれの合図をし、私の手を握る。

 収納空間には居る合図だ。

 一緒に収納する。


「マイちゃん、この先で森が切れるわ。

 目的地はそこから直ぐよね。

 遠隔視覚で確認できる?」


「やってみます。

 えっと、居ますね。

 1人です。

 見える範囲に他の人は居ません」


「約束通り、1人出来たというのね。

 上官さんは魔術が使えたりは?」


「いえ、魔法も使えなかったはずです」


「武装もしていないのね。

 護衛が居ないのは不可解。

 もし何かあったら躊躇しないで私を出すか自分を収納して」


「判っています。

 では、行ってきます」


 日が沈み始めている、約束の時間だ。

 自分を取り出して、そして歩き出す。

 草を踏む歩く音が出る。



■■■■



 日が沈んだ。

 コウの町の北の森、北から北東に広がる湿地帯は樹木が生長できずに森の中でポッカリと空いた空間を作っている。

 その湿地帯の外れに1本の巨木が生えている。

 湿地帯でしか取れない採取物を取りに来る者にとって、目印となる木だ。


 その巨木の近くで沈んでいく太陽を見つめている男性が居る。

 やや太り気味だがガッシリとした体格は、全身が筋肉で包まれていることが判るようだ。

 ただ、隣の巨木のようにジッと立ち続けている。


 私は、その姿を懐かしく感じながら近づく。

 大きな足音を立てているつもりは無いが、気が付いて居ないのかな?


「来たか、マイ」


 気が付いて居た、だが、その視線は沈んで僅かに光が残った西の空を見つめたままだ。

 何だろう、力強さが感じられない。


「……」


 掛ける言葉が見つからない。

 話したいことが幾らでも有るはずなのに。


「1人で来たのか?

 それとも、何人か収納しているのか?」


「どうでしょう?」


「それで良い」


「何時から?」


「何がだ」


「私が、私だということに気が付いたのは、知っていたのですか?」


 ズルい言い回しだ、肝心の所は省いている。


「資料から、予感はあった。

 行動がお前その物だったからな。

 気が付いたのは、館で面会したときにだ」


「師団は、私をどうするつもりですか?」


「ん?

 ああ、そういう事か。

 師団には知らせていない、その責任はないからな。

 ただ、何も知らないよりも知っていた方が良いから、呼び出したに過ぎない」


「知らなかった方が良かった、なんて情報では無いですよね」


「さあな」


 ぶっきらぼうなところは全く変わらない。

 少し口元が緩んでしまう。


「時間が無い、要点だけ伝える。

 今回の探索者の襲撃は東方辺境師団の自作自演だ、判っているな。

 目的は、各領の軍備を強化させることだ」


「そんな事だったら、ただ普通に指示を出せば済むことでは?

 一体、何人の人達が死傷したと思っているんですか?」


 イラッと来た。

 判っていたとは言え、その事実は傲慢だ。


「国は、領の軍備強化を是としていない。

 脅威が訪れてからでは遅いのだ。

 今、トサホウ王国は危うい状況になりつつある」


「だからって、……すいません、先を続けて下さい」


 感情的になっても駄目だ。

 今は情報を入手しないと。


「今回、探索者には商工業国家の一般部隊が使う装備を入手して使わせている。

 町に配布した師団の装備は商工業国家の物を参考にしているが、ある領で作られた物だ。

 次期の辺境師団で採用予定の装備になる。

 あの程度であれば、この国でも作る事が可能なのだよ。

 ただ、その必要性が無くなり、技術の伝承のみ行われている、貴族によってな」


 人口が少ない今、色々な技術や知識が過剰で使われなくなった、と聞いている。

 その知識と技術が必要になったときに使えるように、貴族はその伝承に力を入れている、貴族の支配者の義務として。

 そう聞いている。

 その過剰と判断された技術を再開させてまでして作られた装備なのか。


「商工業国家の方が、何年も先を行っているのは確かだ。

 戦争にならないのは、する理由が無いだけだな。

 だが、武力で劣ると見られれば、交渉で不利になるのは確かだ」


「だからといって、それだけでは理由としては弱いです。

 帝国ですか?」


「そうだ、魔物の力を取り入れる事に限定的だが成功している。

 今、帝国は国境沿いの国に軍事圧力を掛けている。

 商工業国家は、弱腰になっているな、そしてトサホウ王国を生け贄に安全保障を取り付けようとしているらしい」


 最初の襲撃事件、あれが帝国の部隊だとすると、なんでこんなにも大量にトサホウ王国に入って来られたのか不思議だった。

 商工業国家が関わらないことを選択したのか。

 でも、国内での動きは?


「判っているかもしれんが、東方辺境師団はこれを利用して、最初の危機意識の啓蒙をする積もりだった。

 だが、王家の動きは余りにも鈍い。

 だからこそ、もう1度、今度は王都からの視察を行う人員が、各領に派遣された時を狙って行った」


 帝国の装備は特殊すぎた、そして鹵獲する事に成功したのはごく僅からしい。

 だからか、今回の商工業国家の装備を、探索者が入手して襲わせたということにしたのは。


 だが、一番の懸念がある。






 私は、上官の横まで歩き、そしてその顔を見上げて問う。


「確認です。

 東方辺境師団に、軍事独立の意思はありますか?」

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