第383話 東方「最深部からの帰還」

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 ハリスさんの怒りは、もっともだ。

 そして、私に向けるのも当然だ。

 私は、この事態が起きる前に”こうなるだろうという”ことを知ることが出来た。

 なのに対策を取ることが出来なかった。


 お飾りの魔導師だから。


 思い返せば、私は一体何をしていたのだろうか。

 流されるままに行動していなかったか?

 他の手段を模索できなかったのか?

 全然駄目じゃないか。


 落ち込んできた。

 今の最善を取ってきたつもりだった、が、それじゃ駄目なんだ。

 先の最善を模索しなければいけなかった。


 ゴン


 軽い叩く音がして、下を見つめていたのに気が付いて、前を見る。

 頭を押さえているハリスさんと、げんこつを振り上げているシーテさん。

 何?


「ハリス」


「はい、マイさん、すいません。

 マイさんがどうにか出来る状況では無かったのに、責めるような言葉を使ってしまいました。

 立場としては、軟禁状態で自由が無いというのに、軽率でした」


「私も同罪よ、結局はこの結果を避けることが出来なかったんだから。

 だから責めるのなら、まず私だったわね。

 その上で言うけど、私達が知ったときにはもう状況は変えられない所まで来ていたわ。

 せいぜい、死傷者を少なくするための手段を講じる位しか。

 ハリスを呼んだのもその為よ」


 今回、後衛部隊に補給よりも救急を優先したのは、建前としてはオーエングラム卿と私の安全確保を優先すること。

 それ以上に、発生するであろう負傷者の救助を十分に行いたいからだね。

 その事は、ハリスさんに伝えてある。

 ここまで酷い状況になるとは思っていなかった。

 そういう意味では、あの銃という武器を過小評価してしまった責任がある。


「いえ、商工業国家の武装について思い知らされました。

 今回の思惑に乗せられましたが。

 魔術では銃を防ぐのは難しいですね。

 それに装備も辺境師団で使われている物と引けを取りません」


 実際、遺跡の最深部に到達した襲撃者で、オーエングラム卿の攻撃を受けた人達も何人か生き残っている。

 もちろん、オーエングラム卿が地下という場所を考慮して威力を加減していたはずだけど、それでも十分に殺傷能力のある魔術だった。

 それを受けて生き残ったのは十分に驚嘆に値する。

 逆に、武装が偏っていた、銃とその打ち出す弾をのぞけばショートソードを持っている程度。

 食料品に関しては、殆ど尽きていたほどだ。

 時空魔法使いが居たので、その収納の中身までは確認できていないけど。


 襲撃者は全員眠らせて運ばれていった。

 多分だけど、東方辺境師団が引き渡しを要求してくるんだろう。


「だけど、今回の事で東方辺境師団は得る者が有ったのでしょうか?

 危機感を持たせるだけにしては、やり過ぎだと思います」


「そうね、入手した武装を解析して報告するだけでも十分だと。

 ね、マイちゃん。

 前回の襲撃事件、あの時の襲撃者の装備、覚えてる?」


「ええ、今回の装備とは全く方向性が違っていましたね。

 辺境師団が一番下に着るようなタイツのように体に密着した服を基本としていました。

 それに材質も見たことが無い、織目の無い物だったと」


「それに比較すれば、商工業国家の装備は、私達のと同じ系統で、さらに高性能なのが違いね。

 布の材質が不明なのを除けばだけど。

 特に膝や肩に埋め込んである緩衝材、変よ」


「変とは?」


「なんというか、固いゼリーのようなの。

 叩いても衝撃を吸収してしまうわ、斬撃には弱いけど銃弾を防ぐのも可能かも」


「脅威ですね」


「ま、重いから全身に付けるのは現実的じゃ無いでしょうけど」


 うーん、この会話をしてしまうのも、東方辺境師団の思惑に乗せられているのだろう。



 あ、ハリスさんがお茶を飲んで少し苦笑した後、話を変えた。


「さて、直近の問題は無事に撤退できるか、です。

 探索者の増援が有ると思いますか?

 また、最悪ですが、東方辺境師団が介入してくる可能性は?」


「オーエングラム卿もそれを警戒して、意図してユックリ移動する選択をしたと思うわね。

 でも、可能性としては、低いわ。

 東方辺境師団の目的が、危機感の共有であれば、これ以上は不要な《てきがいしん》敵愾心を生みかねない」


 シーテさんの読みは多分正しい。

 結局、東方辺境師団の輸送部隊は、部隊がコウの町の中には入ってきていない。

 一番外の塀の近くにテントを張って野営している。

 町中へは、交渉としての士官と、オッペンハイマー大尉が来ただけだ。

 その時に出された、物資の購入も町の余裕分で十分にまかなうことが出来る範囲だったし、期間も町の意見を採用して急がされもしなかった。


 なぜ、コウの町というコウシャン領では特に重要でも無く、街道沿いでもない町に東方辺境師団の輸送部隊が来るのか?

 これは、宰相様経由でフォスさんから聞いた。

 重要で無いので、生産される畜産物や農作物は元より領都としては予備扱いなんだそう。

 だから、辺境師団や領軍が物資を急に必要になったときの倉庫としての役割があるんだって。


 何年か前に、東方辺境師団の輸送部隊が、コウの町に来たのもそういう訳だったんだ。

 そうなんだ。



「予定通り、で行くしか無いですね。

 いざと言う時は、私の収納空間に退避で。

 何人は入れるかは判りませんが」


「そうね、今回はマイちゃんの力を使わずに済んだのは良かったわ。

 下手に有用性を知られたら、このまま王都か辺境師団に連れて行かれていたかも」


「オーエングラム卿が来たのも、それを見極めるため、かも。

 目的の中の1つでしょうけど。

 今回の手際の良さを見ると、東方辺境師団と前回の襲撃事件の関係調査が主でしょうか?

 それに、遺跡という例外が発生したと」


「それを調べている余裕は無いですね。

 私もそろそろ戻らないと不審に思われてしまいます」


 あ、シーテさんと私は同じテントだから問題無いけど、ハリスさんは後衛部隊に戻る必要が有る。

 長々と話している余裕は無いね。


 その後、ハリスさんを遠隔取出で離れた所に出した。

 不審には思われなかったようだ。

 シーテさんと私はそのままテントの中で寝た。

 探索魔術が時々飛んでくる、が、オーエングラム卿ではない別の魔術師かな?

 精度はそれほどでもないし、何方かというと外部からの侵入を警戒している。

 寝袋の中で、大きく溜息を付いたら、眠りについていた。



■■■■



 遺跡の最深部での戦闘から3日が経過した。


 無事に遺跡の出入口に到着している。

 途中、中継地で領軍の兵士の重傷者で、動かせないほどの容態の人が居た。

 その怪我人を収納するという、予定外の事をしたが、収納空間内でのハリスさんの治療で、遺跡を出る頃には動かせる程度までには回復している。

 テントの中で取り出して、そのまま治療している人達に引き渡した。


 遺跡を出たところでの襲撃も無かった。

 全員が警戒してピリピリしていたけど、拍子抜けするほど気配も無い、との報告を受けた。

 ただ、東方辺境師団の輸送部隊から1小隊、派遣されてきていたのが違いか。

 彼らは、オーエングラム卿と私達の無事を確認すると直ぐに撤収していった。


 域を出たところで、野営。

 真っ暗な遺跡内に長時間居たためか、全員が予想以上に疲れていて泥のように眠った。

 コウの町へ移動する。

 朝に移動を開始して、周囲を十分に警戒して移動したけど、ここでも何も無かった。


 フォスさんが心配しすぎていて寝不足になっていたので、コウの町に戻ったら多少無理に休息を取るように指示を出す。

 相変わらず真面目すぎる。


 町長の館に戻ると、コウさんを初めとして、ギルドマスターと町の要人が出迎えてくれた。

 コウの町としては、又という状況なんだろう。

 襲撃事件に続いて、国の上位貴族も襲われるというのは、町の要人に思い処罰が出てもおかしくない。

 処罰が出ることは無いけどね。

 この問題に民間人を巻き込もうという意図が無い。


 コウさんから、事の顛末の報告を受けたと連絡を受ける。

 やはり死傷者が出てしまった事を気にしている。

 昼の食事はオーエングラム卿とコウさん達と一緒に食べているが、疲れた表情なのが辛い。


 数日後、領都から本格的な遺跡の守備を行う部隊が到着した。

 殆どが工兵隊だ、遺跡の所を簡易的な砦にするのかな。


 挨拶に来た隊長は、現場の叩き上げという感じの人で、一応礼儀に沿っているけど、慣れない感じが出ている。

 オーエングラム卿と息が合っていたのは、ちょっと可笑しかった。


 遺跡の守衛といっても、実際に警護するのはコウの町の守衛になるそうだ。

 領軍も人が潤沢に居るわけでは無い。

 なので、扱いとしては時空魔術研究所と同じ様になる。

 領都から責任者と補佐の人が数人来て、遺跡に作られる砦に就任する。

 砦の警護は、守衛が中心になる。

 人員が少ないのではないか?と聞いたら、遺跡をほぼ封印するんだそう。

 遺跡の最深部の調査も砦が出来て、各通路を封印するまでの間になる。


 これに、東方辺境師団もオーエングラム卿も何も言わなかった。

 遺跡の最深部、その奥にある物に興味は無いのかな?

 それとも、何が有るのか判った上で、封印という手段を選んだのか。

 判らない。


 探索者、彼らの尋問は想定していたとおり、東方辺境師団が引き渡しを要求してきた。

 領都への確認と言うことで数日引き延ばしたらしいけど、領都からの返信は東方辺境師団に従うこと、という予想通りの回答だったそう。


 その、東方辺境師団の輸送部隊は、数日したら移動を開始するとのことだ。

 行き先については、当然だけど知らされない。

 判っているのは、一度 領都を経由する、そこまでだね。



 私宛に、東方辺境師団から荷物が届いた。

 消耗品や幾つかの軍用品が入っていて、その目録を書かれた書面を収めた小さい箱を私に直接渡してきた。

 オッペンハイマー大尉から直接ということで、フォスさんも中を改めずに私に渡した。

 箱を開けると、目録一覧と今回の襲撃に加勢できなかった事を詫びる、定型的な文章。

 ありきたりの文章で終わっていた。






 夜、私は箱を見る。

 士官が重要な指示を出すときに使う物だったはず。

 横を軽く叩くと、中が動く音がする。

 二重底になっている。

 一定の手順で開ける、その手順を間違えると中の文章が読めなくなるような薬品が出て来てしまう、はずだ。


 そう、これは北方辺境師団に居た、時空魔術師のマイでなければ知らないはずの事だ。

 入っていたのは、小さい紙切れが一片。


「っ!」


 中には、短い文章でオッペンハイマー大尉が私と会いたいと、日時と場所をしてしていた。

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