第381話 東方「最深部の攻防」

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 戦いの開始は静かな物だった。

 強い光が消えると同時に、探索魔法が飛び交う。

 そして、簡易壁から領軍の弓が出入口へ放たれる、風を切る音が幾つもする。


 私も探索魔術を行使する、何人もの魔術師や魔法使いが探索魔法と探索魔術を行使するので、正確な情報が得られない。

 判ったのは、襲撃者は突入せずに入口の奥から動いていない、慎重だ。

 放った矢は、全て空振りに終わっているだろう。


 かがり火の明かりだけになる。

 領軍の兵士は動かない。

 出入口の方から、乾いた破裂音がする。


 パンパン!

 パンパン!


 全員が隠れているので大丈夫だと思う、私も時空魔術を行使して遠隔視覚で確認する。

 筒状の何かかの先から光って飛び出しているようだけど、それを目視することは出来ない。

 早過ぎる、着弾した場所の岩が割れているけど、その破損の規模は小さい。

 当たり所が悪ければ兎も角、手足に当たった程度で行動不能になるのだろうか?


 遠隔視覚の起点を私の上の方から、自分自身に変更する。

 これで、全周囲の視覚を維持できる。

 私の周りの人達は全員、物陰から動いていない。

 何人かが、ナイフを鏡代わりに覗いているけど、多分見えないだろうね。


 何度目かの探索魔術を行使する。

 襲撃者は入口から動かない、多分だ、あの飛道具を使いたい、だけど誰も出てこないので使えないのだろう。

 そして、領軍も弓を使い、大まかな狙いを付けた牽制での射撃を行うだけになっている。


 焦れて動いた方が、痛手を受ける。

 そういう展開だ。


 そして、物資は此方の方が潤沢にある。

 襲撃者の物資が先に尽きる、はずだ、だから短期決戦に持ち込むはずなのに何故動かない?

 守衛や冒険者もやって来るはずだから、挟撃される危険は大きい。

 動かない理由は?


 考えが、オーエングラム卿と同じだったら?

 何か強力な攻撃手段を持っていたとしたら。

 いや、幾ら何でも地下深い場所では使わないはず。


 ドン!!


 空気を震わせるほどの大きな音がして、天井からパラパラと小石が落ちてくる。

 まさか。


「不味い、爆弾を使いやがった!」


 誰かが言った、爆弾を使った?

 いや、おかしい、爆弾ならもっと破壊的な音がするはずだ。

 囮だ。

 音だけを出す火薬を使って、動揺を誘っている。


「落ち着くのじゃ!

 持ち場を離れるな!」


 オーエングラム卿の言葉が響く、だが遅い。

 慌てた何人かの領軍の兵士が身を乗り出して弓をつがえた。


 パンパン!


 正確な狙いだろう、兵士が倒れて悲鳴が響くのが聞こえる。

 後手に回った。

 倒れた兵士を見て、慌てて伏せる、悪手だ。

 襲撃者が突入してきた。


 と、強力な魔力の高まりを感じる。

 オーエングラム卿とその親衛隊の魔術師の魔術行使だ。

 だが、この閉鎖空間で一体どんな魔術をこうするのだろうか?


 遠隔視覚にまた切り替えて、天井付近から全体を俯瞰する。

 襲撃者が何かを発射しながら真っ直ぐ簡易壁へ向かっている、たぶん、場所を占拠して自分達の盾として使おうというのだろう。


 その簡易壁にいた領軍は既に離れていて、オーエングラム卿と親衛隊が居る場所まで後退を始めている。

 オーエングラム卿の魔力の高まりを感じて後退の指示が出たんだね。

 負傷者を引き摺ったり、担いで、運んでいるのも見える。


 簡易壁が今回の防衛作戦での起点になる。

 領軍の兵士と襲撃者が入れ替わる。

 領軍の兵士が間に合った、オーエングラム卿達が居る場所に到着すると同時に乾いた音と着弾する音が聞こえる。


 そして、簡易壁に付けた仕掛けが動作する。


 ガラガラ


「うわぁぁ」

「ぎゃぁ」


 グシャ、メキャ


 積み上げた岩が崩れて転がっていく、1つ2つの大きな岩を躱すのは簡単だけど、小さめの岩が大量に転がっていくのを避けるのは難しい。

 しかも、矢が更に放たれ、注意する方向が分散される。


 そして、オーエングラム卿の魔術が完成する。

 風属性の魔術だ。

 首位の空気が一気に襲撃者の方向に流れる。

 想像だけど、襲撃者の周囲の空気を猛烈に圧縮したんだ。

 襲撃者の回りの空気が歪んで見える。


「「「がぁぁぁぁ」」」


 襲撃者の悲鳴が上がる。

 断熱圧縮だったかな気体を圧縮し気圧が上がると、温度が爆発的に上がる、それに高気圧に急に晒されると鼓膜や目が機能障害を起こす。

 周囲に影響を出さずに無力化させる、というには、えげつない威力の魔術だ。

 歪んで見えるのは大気の密度差か高温の温度による物か?


 それでも襲撃者は動き出す、凄い。

 装備のおかげもあるだろう、それ以上に能力の高さと意志の強さに驚く。

 水の中を動くように、空気をかき分けて進もうとする。


 そして、圧縮された空気が、開放される。

 今度は一気に気圧が下がる。

 体内の機体の成分の一種は血液中で気化する、と聞いたことがある。

 そうなると、全身の機能障害を起こす、そうなれば装備だろうが意思の力だろうが関係ない。


 広場に突入した襲撃者は全員 倒れ伏せる。

 麻痺したように体が痙攣しているが、生きては居る。

 数は、5人程度だろうか。


 5人?


 報告からは人数までは聞かされていない、そもそも正確な人数も不明だから。

 交戦した部隊なら判るだろうけど、彼らから報告を受ける為の手段が無い。

 それでもだ。

 5人は少なすぎないか?

 領軍の兵士達、それに各所に待機していた冒険者と守衛。

 襲撃を予想していたはずだから、完全に不意を突かれたという訳では無いはず。

 なのに、ここまで抜かれてきた。


「シーテ、全周囲の探索魔術を」


「え、あ、はい」


 私が慌てて指示を出す、周囲の守衛にも聞こえてしまうので魔導師としての指示だ。

 シーテさんの探索魔術の行使の後、直ぐにオーエングラム卿の探索魔術も行使される。

 シーテさんの魔術で私が何を危惧しているのか判ったんだろう。


「全員!警戒態勢を維持せよ!

 まだ終わりでは無いぞ!」


 オーエングラム卿の太く大きな声が響く。

 だが、警戒態勢というのは探索魔術で見つからなかった?


「マイちゃん、危ない!」


 シーテさんが、私の後ろに待機していたのを、庇うように振り返る。

 何?


 遠隔視覚の全周囲知覚でも何も無い、いや、シーテさんが私を庇っている方向の風景が歪む。

 光属性の魔術で光学迷彩というのがある、ただ動けば違和感が出るし、気配を消しても、探索魔術で簡単に看破されてしまう。

 幾つかの魔術を併用して要約実用的に使える、はずで、余り使われない手法だ。


 シーテさんが氷の矢、短弓の矢のような小さい物を大量に発生させて散蒔ばらまくように打ち出す。


 ドドドド!


 威力その物は弱いけど、この場合は有効だ。

 証拠に、5人の襲撃者の姿が浮かび上がる、一体いつの間に回り込まれた?

 多分、最初からだろう、明かりを落としたのが裏目に出たのかもしれない。


「まだよ!

 左右にも挟まれている!」


 周囲の守衛が長剣を襲撃者に向けて構える。

 姿を消すのを止めたのだろう、左右に5人ずつ、計15人が現れた。

 私達を丁度取り囲むような配置だ。

 私が標的?


 襲撃者の武器、銃が此方を向く。

 護衛の守衛が私の盾となるべく体を張る。

 シーテさんの土属性の魔術で簡易的な岩盾が私だけを包む。


 パパパパ!


 私の守りが出来たのを確認してからなのか、一拍遅れて打ち出される。

 守衛のくぐもった声が聞こえる。

 体の中が熱くなる、胸のダンジョンコアが熱を持ち出す。


「うりらぁぁぁぁ!」


 とんでもないほどの魔力の塊が1方の襲撃者をまるで綿埃のように蹴散らす。

 驚いて見ると、オーエングラム卿が全身に魔力が可視化するほど強力に纏わせて突っ込んで、蹴散らした。

 そして、そのまま奥に居た襲撃者に、離れた位置から殴る?

 殆ど純粋な魔力の塊に飲み込まれた襲撃者が、ぼろ雑巾のようにぐしゃぐしゃにひしゃげて、残った襲撃者の方へ吹き飛んでいく。


 桁違いだ。


 怒りに歪んでいる顔には、疲れ一つ見られない、ただ、強烈な不快感で襲撃者を睨み付けている。


 だが、残った襲撃者は諦めていない。

 1人がニヤリと笑うと、1つの巨大な岩、おそらく遺跡の地下に有った壁の構造物を収納空間から取り出した。

 時空魔術師か。

 狭い空間で重量物を使って押し倒す、悪くない手だね。


 私が居なければ、だけど。


 公的には、大樽5つ程度と収納量が少ない代わりに使い勝手が良い時空魔術が使える時空魔導師として知られている。

 だけど、今の私の収納量は不明だ。

 この程度の量は確実に収納できる。


 大質量が故にユックリ倒れてくる、単純に破壊するわけには行かず、オーエングラム卿も躊躇している。

 私が、スッと岩の前に出ると、風属性の魔術で飛び上がり、岩の上部に触れてて収納する。

 遠距離収納は見せたくなかったので、ちょっと回りくどい方法を採ることにした。

 そして、時空魔術を行使している最中に自動的に発動している全周位知覚では襲撃者の動きも捉えることが出来る。


 岩を収納した瞬間、目の前に襲撃者が居る。

 完全に狙われた。

 岩を収納する所まで読んでの行動だろう。


 銃を向けていない、ここで一つの確信を持った。

 私を人質にしたいんだ。


 襲撃者の手が伸びる。

 その顔は隠されているが、ニヤリと笑っているのが伝わってくる。

 手が首元に伸びてくる。

 追うようにした襲撃者に、真下から剣を振り上げて飛び上がったクェスさんの剣先が掠める。

 そして、私の直ぐ側にはシーテさんが既に居る、私を抱きかかえ、クェスさんの手を握ると風属性の魔術で離脱する。


 空中に取り残された襲撃者に、守衛の弓が突き刺さり、体制を崩して落ちる、変な音がしたから骨が折れたかも知れない。


 体勢を立て直して、襲撃者に向かい合おうとすると、目の前に肉の壁が立ち塞がる。

 オーエングラム卿が、私達の前、クェスさんの前かな?に立ち塞がり、両腕に魔力を収束させている。


「参った、降参する」


 残った4人の襲撃者が武器を地面に置くと、両手を挙げて立ち上がった。

 手慣れた動きだ。

 降参したとはいえ、反撃能力が無くなったわけでは無い。

 素早くオーエングラム卿の親衛隊が近づくと体に装備している武装を剥いでいき、拘束する。


「目的その他は、後で聞かせて貰う」


 オーエングラム卿が感情の無い冷たい言葉で言うと親衛隊に指示を出す。

 何らかの薬を首元に注射した。

 カクンと力が抜けて床に倒れる。






 探索者による襲撃は終わった。 取り敢えず、だが。

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