第377話 東方「艤装」

0377_26-09_東方「艤装」


 辺境師団の装備一式を入手できる事になった。

 表向きには、東方辺境師団がオーエングラム卿と魔導師に対して物資の援助をするという事になっている。

 入手が難しい、装備品を中心で、他にも色々と融通してくれる事になっている。


 そして、今、部屋の中でシーテさんとフォスさんが、少し恥ずかしそうにインナーを試着している。

 うん、男性だったら眼福な光景だろうね。

 シーテさんは、その豊かな胸と健康的な四肢がはっきり出ているし。

 フォスさんは、スレンダーだけど、女性らしい繊細なシルエットがうらやましい。

 私? はい、凹凸が無い寸胴な体に棒のような手足、はぁ、これから成長するのかなぁ?


 辺境師団の装備は、改めて使ってみて、その品質の高さが判る。

 インナーは伸縮性に富んで体の動きを阻害しないし、汗も直ぐに吸って乾くので不快感も少なく、匂いの問題も出にくい。

 その上に着る服も防刃能力があって、耐久性も高い。


 援助された上着や外套は、どの部隊用にも加工されていない基本の状態で、通常はこの状態に各部隊用に加工したり意匠を付加したりする。

 これは、ナカオさんが買って出てくれた、元々私用に用意されている魔導師の服装に合わせて、刺繍とか入れるんだそう。

 シーテさんやフォスさんのにも、魔導師の助手や従者として相応しい装飾を付ける予定。

 やることが無いので丁度良いと言ってくれた。


 そのナカオさん、東方辺境師団から豪華な士官用の馬車で町長の館に送って貰ってきた。

 町長のコウさんが驚いて、カーペット担いで走って行ったのはちょっと可笑しかったな。

 東方辺境師団に囲われている間の待遇は、酷い物でも無く、特別扱いもされなかった、そう。

 ただ、外部との接触は一切禁止されていたから、軟禁状態ではあったんだね。


 一通りの装備を付けた所で、ナカオさんが装飾を付ける場所や意匠を決めていった。

 意匠についてはフォスさんが詳しくて、貴族としての身分を明確にするのにも必要だと、色々案を追加していく。

 なんか、やたら豪勢になりそうだったので、実用性を損なわないようにお願いした。


 武器類も断ったんだけど、小さく畳めるナイフや小型のショートソードが入っていた。

 小型のショートソード、昔の私が使っていたのと同じ大きさの物だ。

 軍用規格の物で、ナカオさんがこれにも装飾を付けようとしたんだけど、これは断った。

 収納しておくし、使用するときに余計な物が付いてない方が好ましいからね。


 当面は、インナーだけ使わせてもらって、上着は今着ている領都から支給されている魔導師の服を使うことにする。

 これも、実用性を重視した物なんだけど、やはり辺境師団の物に比べると性能は一段劣るね。



 コウの町に着た東方辺境師団の輸送部隊は、ちょっと不気味なほど沈黙を保っている。

 要求してきた物資の拠出も、コウの町の負担にならない程度であったし、期間の猶予も十分にあった。

 秋の収穫祭を行う頃までには十分間に合う、私が知っている輸送部隊の物資の収集を思い出しても、ノンビリした物だと思う。

 時折、小隊単位で哨戒に出ている、時空魔術研究所とその周辺の森を回って居るらしい、ことは視察団チームからギムさんを経由して入手した情報だ。


 逆に、領都から派遣されてきた領軍の方は、オーエングラム卿と積極的に面会を求めて来て、何か打ち合わせをしている。

 恐らくは、オーエングラム卿は探索者の襲撃をほのめかして、対応方法を検討しているんだろうね。

 私は、時空魔導師ということで、戦力外と扱われている。

 無論、幾つかの戦闘向きの魔術を使えるけど、魔導師が前面に出ることを領軍もオーエングラム卿もコウの町としても、強く断念するように上申された。



「装備も充実してきたし、後方で遊撃として立ち回っても良いと思うのですが?」


「だめよ、マイちゃん。

 魔導師は通常は後方で魔術師を指揮する立場にあるのだから、動かないが正解ね。

 マイちゃんが指揮できる、魔術師も魔法使いも、私だけだから尚のこと」


 一足先に装備を更新したシーテさんが新装備に慣れるために着ている。

 格好いいね。

 領主様から下賜されている魔術を補強する魔道具を付けている。

 まぁ、視察団チームに居た頃にシーテさんか使って居た魔道具なんだけど、新装備と合わさって、ベテランの魔術師としての風格があるね。


「そうですね。 オーエングラム卿が遺跡に入りたいと言っていましたが、どうなっていますか?」


「マイ様。

 オーエングラム卿は東方辺境師団との対応で忙しいようです。

 直ぐに入るようなことは無いと思います」


 フォスさんが、新しい装備の具合を確認して、ピョンピョン跳ねる。

 その具合の良さに気に入ったようだ。

 その様子は、凜々しい文官の出で立ちなのに、幼い娘が新しい服に喜んでいるようで、少し微笑ましいな。

 シーテさんとナカオさんも微笑ましく見守っている。

 普段の文官として規律正しい行動と、身内だけの時の無防備な様子のギャップが大きい。

 それだけ、私達に心を開いてくれているのだろうか?


 そして、探索者が遺跡に突入する時期は全くの不明だ。

 東方辺境師団から詳しい情報は出て来ていないのかな?

 私達が動けないで居るのも、その為だ。


「その、探索者の再襲撃があるいうのは本当なんですか?

 東方辺境師団が信じられないというわけではないですが、詳しいところは知らないので」


 普通の人が辺境師団に関わることは殆ど無いのだから仕方が無いか。

 辺境師団は、各地の領から選抜された優秀な兵士から更に厳しい訓練を経て配属される。

 全員が最優秀な兵士だ、私のように現場で必要に迫られて徴用されるというのは非常に例外。

 私程度の戦闘能力では最初の選抜ですら選ばれることは無いはず。

 そして、作戦の機密性から、通常は各地の領軍の上層部としか関わらない。

 町や他の都市だと、領軍が仲介していることが殆どなので、普通の人達からは見知らぬ軍隊が突然やって来て移動していくように写る、と聞いた。

 実際、過去にコウの町に東方辺境師団の輸送部隊が来たときもそうだったね。


「辺境師団は、王国の東西南北の広い範囲で活動しています。

 どの組織でもそうですが、情報の素早く正確な伝達は必須ですね。

 幾つもの領から得た情報は、それだけ価値があると思います。

 その代わりですが、領軍や守衛が持つ地元の詳細な情報は不足していると聞きます。

 役割が違うので、何方が優れているというわけではないですが、戦力としては強力ですね。

 そして、その戦力と誇りを持って、この国を守って居ます」


「マイ様は、本当に博識ですね。

 辺境師団についてそこまで知っているなんて尊敬します」


 フォスさんの言葉で、シーテさんが肩をすくめている、話しすぎたかな。

 知っておいた方が良い情報なので構わないだろう。



 数日して、ナカオさん渾身の装飾が施された、魔導師用戦闘服が完成した。

 上着の丈が少し長くて、ズボンをはいているのにスカートを着ているように見える。

 ボタンを全て領都から送られてきた物と交換して豪華な感じが出ているね。

 これで戦闘するのかぁ、贅沢な気がするよ。


 こっそり、宿屋タナヤに行って、クルッと回ってお披露目したのは内緒だ。



■■■■



 武装の強化を行ったのは、コウの町の守衛と視察団チームも同じだ。

 遺跡の探索の時に、最深部での魔物との戦いでは全く刃が立たなかった。

 そして、その魔物に探索者達は簡単に蹂躙されていた。

 これは、詳細は隠されていたが、突入した声援であるはずの視察団チームと守衛がボロボロになって戻ってきた事実で十分なほど説得力をもっていた。


 東方辺境師団から、辺境師団が使用している武器装備の一部が拠出されることになった。

 名目上は、貸出だが期限を設定していないので、事実上 譲渡されたのと同じになる。

 数は少ないため、視察団1チームと守衛の精鋭部隊1小隊の分に限られる。


 その事実をギムさんとブラウンさんから聞いて、憂鬱になる。

 だって、これは探索者が襲撃する際にどれだけ危険な状態になるのか、判っていての援助なんだ。

 東方辺境師団の輸送部隊、指揮官のオッペンハイマー大尉と、元筆頭魔導師オーエングラム卿との会談の話しは、ギムさんとブラウンさんに伝えてある。

 非公式であったけど、箝口令は指示されていない。

 オッペンハイマー大尉からも、オーエングラム卿からもだ。


 理由は簡単だ、信頼できる人には私の責任で話して構わない、そして話した事による事態の責任は私が取らなくてはいけない。

 それが、魔導師で有りコウの町で高位の権限を持つ私の責任者としての責務になる。


 ギムさんもブラウンさんも、辺境師団が武装の一部を提供するというのに違和感を持っていたらしく、今回の探索者が商工業国家の装備を持って襲撃することを知り、納得していた。


 戦いになる。


 この事実は変えられない。

 既に、探索者達は襲撃のために何処かで動いている。

 遺跡を守ることは領軍の部隊や視察団、そして守衛にとっての任務でもある。


 それ以上に問題なのは、探索者が何時どのように来るのか全くの不明である事だ。

 オーエングラム卿もその情報を知りたがっていたけど、入手できずに居る。

 話しぶりから、オーエングラム卿が動かしている隠密の部隊が居るらしいのは類推できたけど、それは気が付かないフリをした。






 更に数日経ったある日。

 オーエングラム卿と昼食を共に取っているとき、オーエングラム卿がポツリと言った。


「すまんが今のうちに一度、遺跡の最深部を見ておきたい」

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