第376話 東方「密約」

0376_26-08_東方「密約」


「最後にじゃ、なぜ東方辺境師団は襲撃者を招き入れて襲撃に協力した?」


 オーエングラム卿の押し殺した、それでいて怒声といって良い声が部屋に響く。

 もし結界が無ければ、気配を感じ取ったシーテさんが飛び込んできただろう。

 私も、オーエングラム卿の威圧に気圧されて、体が硬直する。

 これが戦闘中なら、死を覚悟していたかもしれない。


 いや、オーエングラム卿は何と言った。

 襲撃者を招き入れた? 襲撃に協力した?

 そんな馬鹿な、東方辺境師団はトサホウ王国の東を守る要だ。

 その東方辺境師団が?

 信じられない。

 だが、オーエングラム卿の言葉は確信を持って言っている。


 唖然として、オーエングラム卿からオッペンハイマー大尉へ視線を移す。

 上官は、顔色一つ変えていない。

 多分だ、上官はこの指摘をされることを覚悟していた。


「東方辺境師団が、国内の襲撃の手助けを?

 何で、え、上官?」


 動揺しまくっている、混乱して頭が回らない、心臓の音がうるさい。

 辺境師団はトサホウ王国の国内平定のために組織された軍隊だ。

 その兵士達は、各地の領から選抜された、国に対して忠誠を誓う高い意識を持っている人達ばかりだ。

 決して、国内に動乱を持ち込むのを是とするような人達は居ない。


「……。

 それについては、私から話せることは殆どありません。

 輸送部隊には知らされておらず、指揮官の私も事後に聞かされただけです」


「それを信じろと?

 一体、何人の人が死んだと思っておる。

 必要悪などと、言えるものではない。

 侵入してきた、キリシア聖王国とか言う民を皆殺しにしたのも、東方辺境師団であろう。

 これも、計画のうちかな?」


 オーエングラム卿の追求は手厳しい。

 しかし、聞いている限り上官が何処まで関わっていたのかは難しい。

 輸送部隊が東方辺境師団の動向に主体的に関わる事は出来ない。

 あくまで、支援する上での合理性と実現性に関しては権限があるだけだ。

 襲撃者が東方辺境師団の支援を受けたとして、輸送部隊はそれに関わっている可能性は低い。

 輸送部隊は、幾つもの情報を元に物資を集めて輸送する権限を持ち、そしてその情報は諜報局並みに高い精度の価値がある。

 だけど、作戦式に関しての発言権はそこまで高くない。

 いくら補給状況から危機的な状態である事を具申しても、頭の固い上層部はなかなか聞き入れない。


 それは、物資を届けた最前線の兵士達からも聞かれる事だ。

 偉い奴は『何とかなっているのだから、変える必要は無い』と言って現状を見ようとしない。

 たぶんだ、現場の意見が無視され続けて不満が溜まってきている可能性がある。


「最前線の東方辺境師団は、それだけトサホウ王国が危険な状態と感じていると?

 商工業国家は、そこまで危険な状況ですか?」


 私の言葉に、上官が驚いたような表情をして、少し笑う。

 うん、ほぼ間違いなくバレている。

 だけど、それを認めるわけにはいかない。


「商工業国家では無いだろう、連中は良くも悪くも損得で動く。

 トサホウ王国に敵対して良い事はほぼ無い。

 問題は帝国だ、これらの装備も帝国との戦闘で必要に迫られて開発された物らしい」


「帝国は、それほどまでに軍備の増強をしておるのか?」


「襲撃者を見る限り、おそらく」


 襲撃者について何処まで把握しているのだろうか?

 彼らは普通の人間では出せないほどの力を行使していた。

 体内にダンジョンコアのような物を持っていた。

 そして、黒い大地のような物を体から吹き出し、魔物を発生させた。

 確認したいが、コウシャン領として秘密にしている事も多い。

 王国にはバレているようだけど。

 その装備、襲撃者の物が帝国の一般兵と同じというのも違うと思う。

 体に密着した服装は、個人用に作られた専用品だろう。

 材質も作り方も全く判らなかったから、想像の域を出ないけど。



「さて、ワシに頼むことは、装備の更新を内約したい訳ではあるまい。

 むろん、儂の出来る範囲で行う事は約束するが、文章が欲しいか?」


 夜も遅くなってきた、オーエングラム卿がまとめに入ってきたのかな。


「いえ、形が残る物は必要ありません、今日この場での面談も存在しないことにしていただけると。

 最後に、お願いがあります。

 これは、どう対応していただいても構いません」


 何だろう、判らない。

 が、オーエングラム卿が、また、威圧感を増している、何を言われるのか察しているのかもしれない。

 これだけの情報を出しておいて、オーエングラム卿に非公式の協力を取り付けるだけ?

 確かに、商工業国家の最新武装は脅威で有り、そして技術水準が低いこの国にとっては魅力的な物のはず。

 でも、その脅威度、そして価値をどうやって証明するのだろうか?


 まさか。

 嫌な汗が流れる。



「これとは1段 性能が劣りますが、商工業国家の武装を装備した探索者が遺跡に強行突入する情報が入っています。

 東方辺境師団としては、遺跡の管理はコウシャン領に一任している以上、特に手を出す予定はありません。

 情報は、非公式での提供はします。

 コウシャン領の領軍とコウの町の守衛、そしてオーエングラム卿の護衛での対応を願います」


 オーエングラム卿の殺気が更に増す。

 そして、私も動揺していた心が冷え切って、冷たい目で上官を見る。


 詭弁だ。


 襲撃者と同じ事を、今度は探索者でやろうとしている。

 その探索者も本当に探索者なのかすら、疑わしい。

 襲撃事件、その目的は気になっていた、明確な意図が不明だからだ。

 報告書にも重要度が異なる施設を同時多発的に襲撃した、目的不明とあった。

 襲撃したのが帝国であるとして、帝国としての目的があったのだろう。

 だが、帝国の兵士がトサホウ王国に入るのには大きな問題がある。

 人種が異なるんだ、見た目が全く違う、使う言葉もだ。

 なのに、内陸のコウシャン領まで来ていたのに、帝国人が入国したという話すら聞かなかった。


 招き入れた方に目的があって、手厚く援助した。

 どんな形であれ、辺境師団が国に対して対立するようなことはあってはならない。

 国を領を民を守る、絶対的な防衛の要という信頼を失いかねない。


 だが、東方辺境師団は危機感を募らせていた、国の存亡に関わると判断するほどに。

 だからこそ、帝国がトサホウ王国に侵入して襲撃を行う事に協力した、んだ。

 トサホウ王国として危機感を持って貰うために、ただそれだけのために。

 それでも王国の動きは鈍い、未だに原因調査として王都から調査員を派遣している位だ。

 オーエングラム卿も感じているんだろう。


 王都に関係する人に、ダメ押しで知らしめる必要が有る。

 そういう事だ。

 コウの町だけではない、別の場所でも遺跡や施設に探索者などに偽装した者が襲いかかる、多分。


 圧倒的に装備に格差がある状況で、王都からの調査員もしくは領軍が手痛い損害を受け、報告される。

 王都の腰の重い貴族も動かざるえない、そう考えているのでは?


「相手にも此方の手の内は渡しているのじゃろ。

 簡単に制圧出来たのなら、そちらの目的は果たせないからな。

 こんな方法しか思い付かなかったのか?」


 そう。

 この探索者の突入は、遺跡を守る守衛側にある程度、場合によっては全滅に近い損害が出ないと行けない。

 最低限、対応に苦慮しなければならない、でも報告するための目撃者は必要、だから情報を渡したんだ。

 やりきれない、上官が何でこんな判断をしたのか?

 上官らしくない、いや、上官だからこそ、か?


「損害管理を要求されていると。

 被害が出て欲しいけど、負傷者は最低限にしたい、という事ですね」


「んな、無茶な事を」


「よろしくお願いします」


 上官が、立場から言えば相応しくないほど愚直に頭を下げる、こういう人だっけね。

 ここに来たのは、上官の独断だろう、こちら側の被害を出来るだけ少なくしたいから。

 愚直な対応に、オーエングラム卿がすっかり毒気を抜かれた表情をしている。

 私を見て、大きなため息を吐いた。


「なのほどの、東方辺境師団の方では探索者を送り込むことが決定している。

 このままでは、一方的な蹂躙になりかねない、それで対応を要求しているんじゃな」


「難しいですね。

 相手の装備も明確に確定できないですし、侵入方法も不明です。

 詳細は伝えられないなら、対応方法は限られてしまいます。

 銃というのを使われたりしたら、死者が出る危険も大きいですね。

 下手に防御力があるのも、有効な攻撃方法が限られます」


 東方辺境師団については思うところはある。

 例え輸送部隊の指揮官である上官だとしても、方針には逆らえないのだろう。

 作戦指揮において、輸送部隊の地位はかなり高い、どんな軍隊であろうと武器や食料がなくては満足に戦えない。

 だけど、作戦立案には口を出せても、作戦遂行時にはやるべき事を終わらせているのが普通なので、実戦時には後方支援程度の事しか出来ない。

 今回に関しても、個々の作戦?規模は小さくて輸送部隊が口を挟むような内容では無いのだろう。


 だから、上官はオーエングラム卿に内密に直談判を行う為に来た。

 場合によっては、反逆罪に問われかねない事案なのにだ。

 なんか、少しホッとする。

 相変わらず不器用な人だ。


「輸送部隊から提供できる物が有れば、言ってくれ。

 オーエングラム卿や現役の魔導師に協力するのであれば、国としても当然の行為だ。

 無茶な事でも無ければ何とかする」


「儂は、別に困っておらんな」


「えっと、基本装備を3人分、一式用意できますか?

 私と助手と文官の分です。

 領軍の基本装備よりも高機能でしょう」


「大丈夫だ、女性用は元々余りがちだし問題無い。

 予備も含めて提供できる」


 これは嬉しい。

 特に肌に直接着るインナーは領軍の物でも伸縮性が今ひとつで、汗を吸ったり乾いたりする機能が劣る。

 なにより、防臭機能まであるのが嬉しいよね。

 欠点があるとすると、全身に密着するのでインナーだけだと恥ずかしい位。

 普段はその上に薄い衣服を着て、更に軍服を着るので、インナーを見られることは、ほぼ無い。


「面白い物を頼むのお、確かに辺境師団の装備は領軍の物よりも高機能じゃ。

 武器も頼んだらどうじゃ?」


「武装は……私は腕力が足りませんし、他の2人も近接戦闘向きとは。

 護身用の短剣なら、現在ので十分です。

 あ、保存食を幾つか融通して貰えますか。

 辺境師団の保存食は品質が高く美味しいそうなので」







 保存食、固形の塊なんだけど、結局の所 辺境師団で支給されていた保存食より長持ちして美味しい物は無かったし、作れなかった。

 領軍の物も、いろんな味が有ったけど、どれも今ひとつでそれに保存期間が短い問題があった。

 保存期間が数年というのは破格だよね。

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