第374話 東方「密談」

0374_26-06_東方「密談」


 私は、東方辺境師団からの接触を避けるために町長の館の客室に移動した、はずだった。


 部屋は、一番良い部屋はオーエングラム卿が使って居るので、その次の部屋。

 通常、上位貴族は複数の下位貴族やその家族を伴って来ることが多い、外交上の礼儀なんだそうだ。

 その為か、町長の館の客室は複数の家庭が宿泊できるようになっている。


 何で私は、町長の館ではなく、別の宿に移っていたのか、だけど、簡単に言うと、オーエングラム卿の一行では無いからだ。

 身内以外の人間が一緒に宿泊するというのは防犯上 好ましい状況では無い。

 また、不審な行動と取られないためとか、もし何かがあったときに責任を負わないため、とか色々ある。



 夜。

 クェスさんが渡しの部屋に来て、オーエングラム卿が2人だけで会いたいと、伝えてきた。

 当然だけど、シーテさんが猛烈に反対した。


「夜分失礼します。

 今からオーエングラム卿がマイ様と2人だけで話をしたいとの事です。

 案内しますので、ご同行願います」


「待って下さい、何の先触れも無く面談を申し込むのは、例え格上であっても失礼では?

 それに、マイ様は女性です、男性と2人だけになるのは容認できません」


 あれ、そっちで怒るの?

 オーエングラム卿は確かもう50才を過ぎて本来なら隠居する年齢になる。

 この国の寿命は一般的には60~70才、貴族であっても80才を越えて健康に生活できる人はごく少数だ。

 オーエングラム卿はもう お爺ちゃんであり、異性としては見られないはずだ、はずなんだけど、体全体から漂う雰囲気は30才でも通用するような力強い生気を纏っている。

 シーテさんは、それを感じ取っているのかもしれない。


「私とシーテ様は、隣室で控えることが許可されています。

 何かあったら、遠慮無く攻撃魔術をぶち込んで下さい」


 ん?


「ええ、そんな事が有ったら遠慮無く、って良いの?」


「勿論です、色事が好きなエロ爺なので。

 まぁ、大人の女性が好きですから何方かというとシーテ様が2人だけになる方が危険です。

 結構頑丈なので、吹っ飛ばしても問題無いですよ」


 ニコリと良い笑顔するなぁ。

 シーテさんも、ニヤリと笑うと、がっつり握手してるし、何なのこの連帯感?


 クェスさん、以前会ったときの様な未熟な感情が無くなっている。

 私を見て、深く頭を下げた。


「それと、もしお時間がありましたら、魔術に関してご教授いただけると幸いです」


 完全に私を目上の人物として扱ってきている。

 それに、驕った考えも見られない、何かあったのかもしれないな。


「ええ、そちらの予定もありますが、時間を取りたいですね。

 シーテ?」


「はい、フォスと調整します」


 シーテさんも賛成してくれた。


「では、オーエングラム卿の所に行きましょう、案内をお願いします」


「良いのですか? マイ様」


「恐らくですが、昼間に東方辺境師団から来た手紙、この内容に関してでしょう。

 行かない選択肢は無いです。

 周囲の警戒を密にお願いします」


「了解しました」


 私とシーテさんは、クェスさんの案内でオーエングラム卿が宿泊している部屋へ移動した。



■■■■



 部屋に通されて、クェスさんとシーテさんは別のドアから隣室に入っていく音がする。

 そして、目の前にはオーエングラム卿が威厳を漂わせた雰囲気で応接椅子の主賓席に座っている。

 本当にこの人の印象は見る度に変わる、今居るのは王族で元筆頭魔導師であるオーエングラム卿だ。


「魔導師マイ、参りました。

 今宵は如何なさいましたか?」


 格上だけど、呼び出された場合は、こちらから話す必要が有る。

 えっと、呼び出した段階で格上の人から話す許可が出ている、だっけかな?


「良く来たの、ま、座れ。

 ぞれと結界を張るぞ」


 ゾクリ、今まで感じたことが無い程の膨大な魔力を感じる。


 全身に鳥肌が立って、思わず中腰になって臨戦態勢を取ってしまった。

 敵意が無いのに、だ。

 一瞬で、この部屋を何かの魔術で覆い尽くされた、反射的に探索魔術を行使して隣室のシーテさんを確認しようとしたけど、全く反応が無い。

 まるでこの部屋だけが世界から切り離されたような感じだ。

 どんな魔術を行使すれば実現できるのだろう?

 底が知れない。

 そして探索魔術ではこの部屋に3人の人が居ることを検知することが出来た。


「警戒する必要は無い、ただの遮音結界などなどじゃ。

 探索魔術を行使したのなら話は早い、紹介しよう。

 ジュド・オッペンハイマー大尉、東方辺境師団 輜重部隊の総指揮官に当たる人物だ。

 今回は、この者の話を聞かせる為に、お主を呼んだ」


 応接室の中にある衝立ついたての向う側、椅子があるのかな、立ち上がる音がする。

 本来は護衛が居ないこととして待機する場所だね。

 そして、出て来たのは、ああ、年を取っているが私の知っている上官だ。

 その上官も私を見て、少し固まって驚いている。

 上官と始めて出会ったのは、私が徴兵されて2年目だったか、ちょうど今の私の年齢だ。


 動揺を表に出さないように、心の状態の緊張度を上げる。

 それでも、軽く握った手が震えて汗が滲むのが判る。

 喉の奥が渇く、思わず唾を飲み込んでしまう。


「魔導師マイです、お初にお目にかかります」


 必死に動揺を隠して、形式に則った挨拶をする。

 下げた顔から、汗が一滴垂れてしまう。


 辺境師団の総指揮官は師団長の下に付く位だ、爵位で言うと私と同程度で、戦闘に関しては領主と同じ程度の権限を持つ、だったはず。

 オーエングラム卿から紹介されたのなら、こちらは挨拶しなくてはいけない。

 その様子を、ジッと眺めめている、観察されているのか。


「紹介にあった、東方辺境師団 輜重部隊 総指揮官 ジュド・オッペンハイマー大尉である。

 今回は、無理な要求をしていることをまず謝罪する」


 大柄な体格をユックリを形式に則った謝罪の礼をする。

 だけど、その体からは緊張? 何か張り詰めたような警戒感を感じる。

 警戒しないと、上官は愚直な正確だけど無能じゃ無い、曲がったことが嫌いで上層部に上申しまくって煙たがられただけだ。

 私に、作戦指揮能力だけじゃない、状況から起きていることを推測するための知識と経験を植え付けた張本人なんだから。


 厳つい顔にある細い目は不思議な力強さと、温かみ?がある、不思議な人だ。


「当研究所の職員に協力を要請し、同行を強要したと聞いています。

 即時解放を要求します。

 私と話をしたいのであればもう必要ないでしょう」


「無論だ、現場が先走ってしまった。

 もっと穏便に協力を要請するべきなのだが、どうにも強引に進める傾向がある。

 該当の隊員の処分を求めるのなら、応じる用意がある。

 もちろん、責任者である私もだ」


 ここで、尻尾切りしないのが上官らしい。


「丁重に保護されているのなら、先ほどの謝罪で十分です」


 これは、酷い環境で拷問まがいの行為がされていたら、謝罪だけでは済ませられない、という意味だ。

 それに、当然と頷く上官。

 オリウさんが強引に同行されたことを知った時点で、上官は対応しているはずだから、今はそこまで心配していない。

 さっきまでは、得体の知れない行動を取る東方辺境師団 相手に心配していたけど。


「ふむ、辺境師団の総指揮官を相手に物怖じしないか。

 クックッ、面白いと思っていたがここまでとはな。

 先王様の時も気づいていたようじゃし、面白いの」


 オーエングラム卿の不穏な言葉を聞き流す。

 上官の私を見る目が怖い、見透かされている。

 当然だ、私を鍛え上げた張本人、見た目が変わったからと別人だと信じるだろうか?

 同じ名前、同じ容姿、同じ属性の魔術、ただ年齢が異なる、さて同じ人物だと断定するだろうか?


 私だって、北方辺境師団を離れてから数年、成長している、はずだ。

 それに私には護るべき人達が居る。

 しっかりしろ、自分。


 背筋を伸ばして、前を見据える。

 オーエングラム卿、そしてジュド・オッペンハイマー大尉。

 こう見ると、オーエングラム卿は、大柄なオッペンハイマー大尉に引けを取らないガッシリとした体格をしている。

 一般的な魔術師は身体能力を疎かにする傾向に有るけど、実戦主義的な魔術師は近接戦闘もこなせるのが普通だ。

 軍に所属している魔術師は、その特性にも寄るけど普通に戦える人の方が多かった。

 ……私も多少は戦えるよ、自衛が主だけど。


 兎も角、話を進めないと。


「所で、オーエングラム卿。

 東方辺境師団の総指揮官 殿がいらっしゃるということは、どういう事ですか?」


 私に上官を紹介したいだけなら、正式な場所を用意すれば良い。

 それをしないというのは内密な話しなんだろう。


「その前に、まずこれを見て貰いたい」


 上官が、衝立に向かうと、大きな鞄を持ってきた、机の上に置かれる。

 軽々と持っているけど置いたときの音から それなりに重いな。

 鞄を開けると、服かな変わった意匠の物と鉄の杖? それに透明の器だろうか、判らない物ばかりだ。


「何ですかこれは?」


「儂も初めて見る物ばかりじゃな」


「これは、商工業国家が所有している最新と思われる武器と防具です」


 事も無げに言っているけど、商工業国家が自国の最新技術の流出を強力に制限している事は周知の事実だ。

 民生品であってもそうで、高性能・高機能な物が流出することは殆ど無い。

 軍用品であれば、なおのことだ。






 上官はユックリと変な装飾が付いた杖みたいな物を持って言った。


「別名、魔術師殺し、と言われる銃です」

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