第373話 東方「輜重部隊」

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 ナカオ。


 コウの町の比較的大きな宿屋の店員として働いていた人物で、50才を過ぎて役職としては店員達をまとめる中間管理職の立場にあった。

 魔物の氾濫の際に、子供夫婦を亡くした。

 同じ宿屋の繋がりで、オリウと交流が有り、その伝から時空魔術研究所の家政婦として働くことになった。

 コウの町に居るのが辛くなったのと、現役として現場で働きたいという希望、ほぼ全ての業務を1人でこなすことが出来る能力、これらを加味してだ。

 最後に、血縁は遠縁となる親族しか残されていないのも理由としてある。


 時空魔術研究所の家政婦だが、その地位は思いのほか高い。

 高位貴族相当の魔導師に仕える家政婦の最高位(1人しか居ないが)であるので、町での立場としては役場の上位管理職にも相当する権限がある。

 時空魔術研究所で必要となる生活物資の調達や保守点検の指示権限など、範囲は狭いが庶民としては異例の権限を持っている。


 今も、長期間不在としていたために、研究所の庭の整備や水源の補修、食料や生活物資の補充や交換の手続きを進めていた。

 就任して、始めて自分の立場に驚いていたが、研究所での生活は穏やかな物だった。

 夫を早くに亡くし、子供も家庭を持ったと思ったら魔物の氾濫で家族ごと失った。

 コウの町に居るのは辛いが、かといって他の町へ行くだけの伝も無いし若くも無い。

 宿屋タナヤのオリウから時空魔術研究所の家政婦を薦められたのは、勤めている宿屋での世代交代が一段落してそろそろ自分も引退しようかと、世間話をしていたときだ。


「では、補修手続きはこれで。

 食料品に関しては、魔導師様が研究所へ戻られる日程が決まってからになるので、生鮮野菜は良いです。

 長期保存できる物だけ運び入れて下さい。

 冬の準備は、これで一段落でしょうか」


 ギルドの一室。

 コウの町のギルドは、冒険者・商業・畜産農業・生産業など全ての業種のギルドを1つの建物の中で完結している。

 大別として窓口は、冒険者と商業、そしてそれ以外に分かれては居るが、内部での運用は共通している。

 そこで、オリウは何時ものようにギルドの担当者に業務を依頼し、その予算を確認する。

 時空魔術研究所は、領の公営施設になるので予算に関しては厳密に管理する必要が有る。


 一通りの手続きが終わり、ギルドの部屋を出ると、外が騒がしい事に気が付く。


「何でしょうか?」


「さぁ、私にも」


 ギルドの広いフロアに出ると、明らかに異質な一団が整列していた。

 数は十数名だろうか?


 そのリーダーらしき人物に、誰かが近づいて話しをする。

 そして、リーダーらしき人物が、顔をオリウを睨み付けるように向ける。


「あの者か?」

「はっ」


 ずかずかと、2名の部下を引き連れてオリウの前まで来る。

 突然のことに、オリウも周囲の人達も困惑している。


「オリウ、我々は東方辺境師団 輜重しちょう部隊の者である。

 物資の補充に関して協力を要請する。

 我々と共に来て貰う」


 そう言うと、きびすを返して外へ出るドアに向かって、またドカドカと歩き出す。

 部下2人が、オリウの両脇に付くと、腕を取りそのまま引き摺るように歩き出す。

 その部下2人を囲むように残りの兵隊が囲み、連れ出してしまった。


 呆気にとられていた、が、職員は我に返ると、慌てて声を上げる。


「町長へ連絡!

 ギルドマスターにもだ、それと魔導師様の助手か文官へ連絡を急いで!」


 ギルド内は騒然とし、色々な憶測が飛び交った。



■■■■



「と言うわけでして。

 ギルドマスターへは連絡が届いていることだと思います。

 町長への報告と同時に魔導師様にお伝えできて良かったです」


 唖然としている町長コウさん、当然だろう。

 東方辺境師団とはいえ、ここまで強引に事を進める事は無い。

 普通に依頼すれば、町としては断る事は出来ないからだ。

 私も、混乱している。

 北方辺境師団に居た頃だって、こんな強引な方法をとる事は無かったよ。


 普通じゃ無い。


 シーテさんも、フォスさんも混乱しているのが伝わってくる。


「マイ様」


「……オーエングラム卿」


「してやられたわ、ここまで強引に来るとはな。

 オリウという者は確か家政婦であったか。

 物資の補充に協力とは、また随分いい加減な言い訳じゃな」


「なぜ、東方辺境師団がこんな行為を?

 国軍とはいえ、ここまで強引な行為は相応しい行動とは言えません。

 オーエングラム卿は把握していたのですか?

 ここに来ている、輸送部隊の指揮官は?」


 少し睨む感じになってしまった。

 とはいえ、強引に進める以上、目的が有り指揮命令している人が居るはずだ。

 そして、国軍はそれに相応しい立ち振る舞いが求められる。

 強力で大量の戦力は、多くの国民の信頼が無ければ維持できないからだ。

 国民や各地の領から反感を得て、非協力的になるのは好ましくない。


「把握しておらん、辺境師団とはいえ全ての部隊の動向などは報告されないからの。

 ワシが把握しているのは、王国師団だけじゃな、それも確実にとなると魔術師部隊に限られてしまうの。

 ここに来ている部隊は、確かジュド・オッペンハイマー大隊長のはずじゃが、名前を聞いてどうする? マイ?」


 私は、脂汗が流れるのを止める事が出来なかった。

 名前を聞いたのは単純に役職を知りたかっただけだ、大隊長クラスがこんな町へ1部隊を連れてくることは有り得ない。

 そんな事よりも。

 ジュド・オッペンハイマー、私が北方辺境師団に居た頃の輸送部隊の指揮官だった人だ。

 部下に信頼が厚く、民の事を考え、上層部には煙たがられ、閑職に回される事が多い、不器用で有能な指揮官。


 そんな人が何故?


 私の動揺を察してくれたシーテさんが補足してくれる。


「コウの町の英雄である時空魔術師マイ。

 彼女が元々配属していた北方辺境師団の輸送部隊、その指揮官がオッペンハイマー様であると記憶しております。

 マイ様が驚いているのは、部下や民の信頼があると伝えられているはずの彼が、このような行動を取った事でしょう」


 おおむね私の思っている事を代弁してくれた。

 だけど、上官は私にとっては第2の父親のような人だった。

 だからこそ信じられない。


「そうか、それでどうするのじゃな?

 放置しておけば、いずれ解放されるだろう。

 だが、魔導師を取り込みたいという意図があるのなら、どうなるのか判らんぞ」


「しかし、オーエングラム様が此処におられるのに、このような行為をされるのでしょうか?」


 コウさんが困惑した顔のまま問う。

 当然だろう、元とはいえ筆頭魔導師で王族がここにいるのだ。

 強引な方法を取る理由が無い。

 むしろ、オーエングラム卿へ応援を依頼する方が合理的なはずだ。


「判らんが、ワシが介入すれば、指揮権はワシに移る可能性がある。

 それを嫌がっているのかもしれんな」


 指揮権の委譲?

 あり得るのだろうか、いくら王族とはいえ簡単に軍の指揮を得ることはできないはず。

 だけど、詳しい状況説明を要求するくらいなら可能だと思うし、作戦内容に変更を指示するくらいなら、出来るかもしれない。

 つまるところ、秘密にしたい事を抱えている。


「王都師団の魔術師部隊を率いていた方の言葉をむげには出来ないでしょう。

 だとしたら、なおのこと判りません」


 コウさんの言葉で、オーエングラム卿が過去に戦闘魔術師として活動していた事を思い出す。

 そうか、立場としては魔術師部隊の指揮官になるのか、なら、指揮権を要求する事も可能なのかもしれない。


「マイ、兎も角じゃ、東方辺境師団が面会を要求してくる可能性が高い。

 応じるでは無いぞ。

 目的は、おそらくマイ、お主が望んで東方辺境師団に入るという事にする事だ」


 かなり無理がある要求だと思う。

 私は成人していないし、魔導師は国が管理している。

 辺境師団とはいえ、魔導師本人の希望だからと配属を要求する事は出来ないはずだ。

 それは、領主と同等の爵位を持つという事からも、辺境師団の総指揮官であっても無理を通す事は出来ない。

 それだけ、魔導師の格は高い。

 関係者を拉致まがいな行為をして要求したと判れば、国に対しての反逆と取られてもおかしくない。


「では、私はこのまま町長の館に居た方が良いですね。

 宿に戻れば直接 会いに来る可能性があります。

 オーエングラム卿と一緒に居れば無茶な行動はしないでしょう」



「というわけじゃ。

 東方辺境師団の思惑が判らん今は相手につけいる隙を与えない事じゃな」


 と、小さいドアをノックする音がして、別の職員が入ってきた。


「あの、東方辺境師団の使者から、魔導師マイ様に会談の申し込みがありました。

 文章で正式な物です。

 使者は、返事を待っております」


 おずおず、という感じで近くに居た護衛を兼ねている給仕の人に手紙を渡す。

 それを私に渡そうしたので、そのままオーエングラム卿へ渡すように指示した。


「今は、オーエングラム卿の元に居ます。

 まずはオーエングラム卿があらためるべきでしょう」


 これで、現状はオーエングラム卿の庇護下に入っている事を示す事が出来る。

 オーエングラム卿がざっと中身を見て、クシャリと握りつぶした。

 ぎょっとする職員。


「今見た事をそのまま伝えよ。

 ワシが中身をあらため、そして、マイに渡さずに握りつぶしたとな」


「は、はい」


 職員が出て行く。

 流石というか、肝の座り方が違う、一瞬で東方辺境師団と真っ向から向き合うことを決めたよ、この人。

 立場がどうこうという話しじゃない。

 例え戦闘に卓越した魔導師でも、戦術に秀でた軍隊を相手に戦えるものでは無い。






「いや、楽しくなってきたかもしれんぞ」


 オーエングラムは、握りつぶした手紙を見ながら、獰猛な笑みを浮かべた。

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