第371話 東方「領軍・王国軍」

0371_26-03_東方「領軍・王国軍」


 コウの町は問題が起きていた。

 遺跡の調査を領主様が主導することになり、その為の領軍と研究者が来た。

 次に、オーエングラム卿の一行が来た、王国の王族を護る親衛隊とその随行員。


 コウの町にこれだけの人員を歓待し収容する余裕は無い。

 緊急で割り振りが行われた。

 遺跡のある北側にある、守衛が使用している施設を領軍に。

 時空魔術研究所と繋がる東側の砦や裕福な商人が利用する施設を親衛隊とその随行員に。

 そのあおりを受けて、商人は通常使わない、普段は旅人や村人が使用する宿屋へ流れていった。


 オーエングラム卿が遺跡に入ることを要望していることから、領軍の司令官や領都の文官とオーエングラム卿の一行の文官との会談も頻繁に行われる。

 場所は、町長の館の会議室が多いが、物資の融通や人員の配置などの実務的なところの打ち合わせは、各所で行われる。

 その調整は、守衛やコウの町の役所が担当することになる。


「この件を担当するのは誰?」

「要求ばっかりされたって、町で対応できる範囲を超えてるって」

「打ち合わせ場所が無い、食堂を1つ貸し切ってしまおう」


 役所の中は、通常の業務が止まってしまい、領軍と親衛隊への対応で一杯になっている。

 町長のコウは溜息を付く。

 夏も終わり、収穫時期が迫る。

 納税のための収穫物や家畜が送られてきた、そのおかげで幸いだが食糧不足に陥ることは無かった。

 ただ、この状況が長く続けば話は別だ。

 領主様へ、物資の提供を嘆願しているが、優先順位はそんなに高くないのか、反応は悪い。


 特に東の町が、協力的では無いのが問題だ。



■■■■



 東の町は、幾つかの街道が集まるため物流の要衝だが、最近はその商業的地位が下落している。

 切っ掛けが、時空魔術研究所の設立とコウの町が領都を初めとした他の町との直接交易を始めたからだ。

 今まで、仲卸で利益を得ていた東の町は、調子に乗って中間搾取による暴利を得ていた。

 それが発覚したため、信用を失した。

 その結果として、東の町を利用した商取引が激減している。

 東の町は、コウの町が原因と勝手に思い込み、コウの町を再び経済的に支配下に置くことを目論んでいる、その足掛かりが、魔導師を東の町の庇護下において管理することだ。


「くくっ、物資が不足している今こそ、再び我々が市場を管理するのだ、それこそが我らの権利であり役目だ」


 東の町の町長は、降って湧いた好機に高笑いを隠せないでいた。



「全く、強欲で無能しか居ないのか?」


 宰相は、領都が管理している各町の報告書を読みながら、溜息を付く。

 東の町の行動は筒抜けだ、何の事はない、東の町の中でも権力争いがあり、情報を領都へ流して立場を護ろうという者が一定数居るからだ。

 それでなくても潜入している視察団から詳細な報告を受けている。

 魔導師マイへの露骨な接待を行おうとしたのも、稚拙な対応だった。


「この町の管理者を総入れ替えしますか?」


「ああ、交易としての地理的な優位性は腐らせてしまうには惜しい。

 アブク銭で肥え太った、支配者として相応しくない者達を断罪しよう」


「とはいえ、今はコウの町です。

 領軍と王国の親衛隊が駐留しているために、町としての機能が停滞しています。

 秋に入るこの時期に町の機能不全は、とても良くないです」


「町に介入する隙を作りたくは無いな」


「それこそ好機です。

 支配階級として有るまじき対応を行った者を罰するよい事例になるでしょう」


「内定は確実にな、特に商人には注意せよ、連中は損する気配を感じると直ぐに尻尾切りをする。

 大元を逃がすな」


「はい、了解しております」


「商工業国家との繋がりも見つかれば御の字なのだがな」


「それは難しいかもしれませんね」


 東の町は、仲介業者による利益が主な収入源になる、そのため、商会の発言力が大きい。

 そして、商会は商工業国家と何らかの繋がりを持っている可能性が高い。

 商工業国家からもたらされる、高付加価値の商材はコウシャン領だけではない、トサホウ王国としても価値のある物だ。

 だからこそ、商工業国家が経済的な関係で、トサホウ王国に干渉してきていると思われる。

 コウシャン領は、商工業国家にとって魅力的な商品を提供できていないはずだが。


 コンコン


「入れ」


「はっ、急な連絡が入りましたので報告に。

 東方辺境師団の1部隊がコウシャン領に入りました。

 現在、通常通りの対応を行っているところです」


 宰相は、頭を抱えてしまった。

 東方辺境師団が来る事自体はおかしくない、定期的に国内を巡回しているからだ。

 ただ今回は先触れも無い、出迎えるにしても準備が必要だ。

 東方辺境師団はそんな無作法な事をしたことは無い。

 だとしたら、中央の王国師団、その中核に当たる親衛隊が来ているからだろう。


 王国軍、四方を護る辺境師団と王都を護る王国師団、それらの関係性については全く判らない。

 唯一判っているのは、北方辺境師団が国内の治安維持・災害対応そして、東西の辺境師団の応援に駆け回っている事ぐらいだ。

 海軍兵力である南方辺境師団に至っては、その軍艦と輸送艦がコウシャン領の領都付近まで河川を上って来れないため、実情は全く不明になっている。


「まったく、何が起きようとしているのやら」


「魔導師マイ様への連絡はいたしますか?」


 宰相は暫く考え込む。

 その様子を部下達が姿勢を正して待つ。


「今、辺境師団と会わせたくは無いな。

 魔導師様はオーエングラム卿の対応に専念していただこう。

 遺跡の方も、ある程度は入ることを許可した方が良いな」


「判りました、そのように早馬を出します」


 報告に来た部下が退席する。


「宰相様、東方辺境師団が来た理由は何でしょうか?

 記憶が確かなら、前回来たのは7~8年ほど前に輸送部隊が牛などの買い付けを兼ねて来た事が有ったはずです。

 当時は魔物の氾濫の前ですので、同じでは無いですが、コウの町へ来たのは何かあったと思うべきでしょうか?」


「いや、前回とは分けるべきだろう。

 少なくても、行動に不審な点は見られなかった。

 今回来た目的は判らん、だが、オーエングラム卿に関わる可能性は高い。

 上手く調整して、魔導師様には近づけるな」


「畏まりました」


 先触れも無くやってきた東方辺境師団、ただ物資の補給に来たと思うには不審点が多い。

 魔導師マイ、もしくは元筆頭魔導師オーエングラム、どちらかに接触を試みていると考えるのが妥当だろう。


「おい、可能なら商工業国家と帝国の最新状況を入手するように手配を。

 これは場合によっては、コウシャン領だけでは収まらない可能性がある」


「えっ、あ、はい、畏まりました、はい」


 唐突に追加された言葉に狼狽するが、何とか対応する。

 だが、顔には汗がびっしょり浮かび上がっていた。

 何かが起きている、それを推測するには十分すぎる。

 執務室を退席すると、直ぐに対応するために小走りに走っていった。



■■■■



 あれ?

 オーエングラム卿との面談はどうなったんだろう?


 私は部屋の中で、朝の習慣になっている運動をしながら、ここ数日の状況を振り返っている


 コウの町の中にある、比較的重要な人物が宿泊する宿屋の一室で、ほとんど軟禁状態になってたりする。

 夜にこっそり抜け出して、宿屋タナヤに行っているのはシーテさんとだけの内緒だ。


 シーテさんがギムさん経由で入ってくる視察団の情報も代わり映えが無い。

 そして、コウの町へ入ってきているオーエングラム卿からの接触も無い。

 何で?

 足を開脚して、体を床に付ける。

 体の柔軟性を高めるのは、回避の能力や怪我の程度を軽減するのに役立つ。


 宿泊している宿は、設備こそ豪華だけど、逆を言うとそれだけだ。

 食事も材料を吟味し香辛料をふんだんに使っている。 見た目も凝っている。

 ただ、3日で飽きるね。

 タナヤさんやナカオさんの料理が食べたいよ。


 トタトタトタ


 ん?

 人の走る音がする、この宿は廊下に薄く加工した石を敷き詰めた豪華な作りになっている。

 その為か、上履きであっても、歩く音がよく響く。

 何でも、防犯も兼ねていると宿の人が説明してくれていたけど、何処まで本当なのかは判らない。


 コンコン


 扉の前まで来た足音が止まって、少し間がある、呼吸を整えたのかな?

 扉を叩く音がして、フォスさんの声が掛かる。


「おはようございます、マイ様。

 宜しいでしょうか?」


「どうぞ」


 シーテさんが入ってくる。

 隣の部屋に居たシーテさんも、気が付いたのか出てきた、ちょっと寝癖がある二度寝していたのかな。


「至急で申し訳ないのですが、町長より本日昼の会食の申込がありました。

 オーエングラム様への対応について、だそうです」


 私は、軽く浮いた汗を拭きながら、それを聞く。

 ようやく動いたのかな?

 町の方では方針が決まらず混乱していると聞いていた、その為にオーエングラム卿と会うことも、色々な理由で先延ばししているらしい。

 よくもまぁ、上位貴族相手に立ち回れる者だとも思う。

 領都からの指示があるから、だとシーテさんが言っていたけど、腑に落ちない。


「判りました、こちらの対応案は事前に打ち合わせたとおりです。

 その事は伝えてありますか?」


「いえ、マイ様の具体案が出ていないので。

 勝手に進められても困るので、伝えていません。

 町側の対応案を待っているという状況になっています」


 うーん、前に話し合った時に、私の魔術の研究について話して、オーエングラム卿の興味を引くという案は、私が興味を引けるだけなの研究内容を提示する所で止まっているんだよね。

 私とシーテさんとで研究している魔術はどちらかというと実戦で使える物が多い。

 そういう魔術に関しては、元筆頭魔導師には全く響かないだろう。

 かといって、時空魔術は話題に出しにくい、只でさえ私の固有の時空魔術で幾つか報告されているはずだ。

 バレてしまっている時空魔術だけで何とかなるのかな?






「兎も角、町長と会いましょう」

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