第370話 東方「主導権」
0370_26-02_東方「主導権」
オーエングラム卿の一行の内訳は、こうだ。
オーエングラム卿、そして助手のクェス。
随行の王族専属の親衛隊が1小隊、最小構成となる3分隊31人が交代で警備している。
王都の文官が5人、交渉やその他雑務のために動いている。
最後に移動のために随伴している、御者や下働きの人達が何十人か。
ちょっとした規模だ。
町長の館と、町の中心にある領都からの要人や裕福な人向けの宿を借りきっているが、負担は大きい。
費用は、町から領都へ、そして国に請求されるので、損はないが入金されるまで数年かかることも普通にある。
それまでは町が負担することになる。
オーエングラム卿の一行からの要求は容赦が無い、コウの町で調達が難しい食材を利用した料理を要求する事から始まり、物資の要求もある。
どうせ、後から請求できるのだからと、好き勝手だ。
それに対して、領都の文官と町長も必死で丁重に対応する。
コウの町の特産を売り込んだり、領都の方が良い対応が可能だとか。
それとなく、何とかしてこちら側の予定で行動して貰えるように。
そんな事を、他人事のように町長の館の裏庭で岩を片手でわしづかみにして両手で振り回して筋トレしている、ジジイ、もといオーエングラム卿。
それを、何時ものことだと何事もなく報告書の作成をしていくクェス。
その2人の対応をしている、町長の妻と家政婦。
時折、クェスとたわいのない雑談をしたりと、している。
後ろで使えている、役場の職員は今も会議室でやり取りしている町長を哀れに思っていたりしているが、自分が関わらなかった幸福を噛みしめている。
「して、魔導師マイにはいつ会えるのかな?」
上半身裸から湯気を上げている。
この地方では、慣習的に肌を露出するのは避けられている。
なので、王国軍の兵士が着る体にぴったりとした下着を着ている。
汗を吸い速乾する、匂いも押さえる高機能な下着になる。
これは、辺境師団でも使われている高機能製品で高価だがその有用性から、マイも愛用している。
オーエングラム卿の歳からは考えられないほど鍛えられた筋肉が、盛り上がる度に岩が持ち上がる。
役所の人は、本当に魔導師だったのか、不思議でしょうがない。
兎も角、ここは平和だ多分。
「先日の遺跡で、突如発生した魔物との戦闘の疲れが未だ取れていませんので、ご辛抱を」
「うむ、出迎えたときはそうは見えなかったがな?」
「時空魔術研究所へ戻られ、静養する予定でした。
今は、宿にて静養され、高度治療施設での診察を受けています、医師の許可が下りるまでお待ち願いますか?」
「医者が言うのなら仕方が無いか、ま、それと遺跡には何時は入れる?」
ピクリ、と役所の人が震える、それをクェスは横目でしっかり見据えている。
クェスの様子を見て、つい口元が緩む。
「現在、遺跡の管理はコウの町から領都コウシャンの領主様に移っております。
その為、領主様の名代となる高官の決定を待たなくては返答できません」
通り一辺倒の無難な回答に、つまらなそうに岩を地面に放り投げる。
鈍い音をして、地面にめり込む。
「そうか、では回復を激励しに面会に行こうとしよう」
「ぇっ」
役所の人の声にならない声に、クェスが軽く額に手を当てた。
悪い癖が出て来ている。
■■■■
役所の人が頭を下げている。
高度治療施設の診察室を出て、応接室で診断結果待ちをしていたら、定期連絡で来た。
これ自体は不思議じゃない。
ここ数日、形だけの診察を受けて、その結果を聞くというか栄養相談とか運動についてとか、健康についてのうんちくを聞いている。
その途中でオーエングラム卿の一行の状況や、遺跡探索について町長からの報告を貰っている。
その報告も代わり映えのない内容だけどね。
それが今日は唐突に頭を下げられた。
予想は付くよ。
「オーエングラム卿が、お見舞いに来られたいとの事です」
やっぱり。
オーエングラム卿が来たのは私の様子を見たいのも有ると思うからね。
でもそれで頭を下げるとは思えない。
「それで、私に何かして貰いたいのですか?」
「は、はい、遺跡に行きたいと言うのを止めていただきたいのです。
このままでは、勝手に行ってしまいそうなのです。
ですが、我々では止めることが出来ません、お願いいたします」
これも予想していたとおり、ちょっと遅かったぐらい。
それだけ、町長や他の人が頑張ったんだろうね。
側に控えているフォスさんとシーテさんが溜息を漏らしている。
数度だけしか会っていないけど、その強烈な印象を持つオーエングラム卿の様子を想像したのかな。
でも、これは半分演技だ、目的があってそれを実現するために必要な自分を演じている。
最初に先王ディアス様と同行していたときは、押さえ役として物腰柔らかく思慮深い人物という印象を受けていた。
そして、領都で再会したときは、子供のように状況を楽しんでいるような感じだ。
それでいて、周到に根回しをするしたたかさ、底が読めない。
正直、真っ向で話し合ったら、一方的に丸め込まれてしまう自信があるよ。
はぁ。
「爵位としてはオーエングラム卿の方が上です。
私達は、最大限の協力をする義務があります。
そこは理解されていますか?」
フォスさんが対応してくれている間に考えよう。
どうすれば、オーエングラム卿の考えを変えられるのか?
そもそも何で遺跡に入りたがっているのかなぁ。
遺跡の最深部に何があるのか、ある程度知っていると仮定して、だとしても入る意味は少ない。
調査されて安全が確保されてからでも遅くないはずだ。
目的が判らない、ただ、何となくだけど糸口が見えた気がする。
「フォス様、それは判っています。
領都から領主様より権限を委譲された文官が来るまでです」
「遺跡探索の責任は領主様に移っている、で良いですよね?」
「え、はい」
「ならば、その線で進めてみます。
文官の方は何時到着予定ですか?」
「早馬なら、明日明後日には」
「判りました」
フォスさんと役所の人との会話を見ながら、特に問題無いので、頷いて了解したことを湿す。
別にフォスさんがオーエングラム卿と話すわけではない、オーエングラム卿に付いている文官との折衝を行うんだ。
更に事務的な話があると、フォスさんと役所の人が出て行く。
本来 時空魔術研究所へ戻る予定が、急な変更で、色々と変更することが多いそうだ。
探索魔術を行使してみる。
うん、何人か診察室の周辺に居る、この人達は医療施設の人達かな……たぶん。
シーテさんも探索をしたのだろう、目線で頷く。
なお、シーテさんの探索魔術、行使しているのが殆ど判らないほど微弱だ。
使っている魔力量を節約して効率化したらこうなった、らしいけど私では全く出来ない領域だ。
「宿に戻りますか?」
「そうですね、戻りましょう」
診察室の外で待機していた、看護師に戻ることを伝え、馬車を回して貰う。
フォスさんも程なく戻ってきて、一緒に宿へ戻った。
■■■■
宿の1室。
領都から来る貴族位を持つ人や、権限が有る役職者が宿泊するための高級宿。
夕食は、食堂……というかレストランを利用するか、個室もしくは部屋で取るのを選ぶことが出来る。
普通はレストランなんだそうだけど、私の場合は護衛の都合があるので部屋で食事している。
私が主賓席で、その左右にシーテさんとフォスさん。
そして、ナカオさんも居る。
今回、研究所へ戻るのが延期になった為、ナカオさんは実家へ又戻る必要が出て来た。
そこで、今後のことを話し合う必要が有ると言うことで、ナカオさんも宿へ一緒に泊まように説得した。
町の人も入ることが希な高級宿なので、かなり渋られたけど、従者用の部屋だからと無理を言った。
今回、研究所の職員全員を1つの宿にまとめたのは、警備の都合も大きい。
町の守衛からもナカオさんの護衛を付けるわけにもいかないが何かあっては困る、と言われていたからね。
それと、中長期的な目標とか本格的に立てなくてはならない。
この1~2年は研究所の立ち上げと、コウの町の英雄マイの能力を検証する事が領主様から提示されていた目標だった。
色々な想定外の事態が起きていたけど概ね達成できている。
でも、時空魔術研究所としての目標は実のところ未だ無い。
魔術の研究を行っているけど、これ自体は私やシーテさんの魔術の手数を増やすのが目的で、報告できないような危ない物も多い。
そもそも、研究所の目標としては具体性が無くて弱い。
というわけで、研究所としての目標を立てて、皆の意思を統一しようと言うことを、夕食とその後の時間を使って話し合うことにした。
これは実のところ、オーエングラム卿への対応策も兼ねている。
オーエングラム卿の目的は判らないが、元から魔術に深い興味がある。
変わった使い方や魔術があると、それを知りたがるのは、私が魔導師に推挙された事からも推測できる。
だからこそ、研究所としての目標を提示して、興味を引いて貰うのが良いんじゃないかな?
「マイ様、研究時の目標を設定されるのは良いことだと思います。
ですが、軽率に決めてしまって良いのでしょうか?」
フォスさんが少し困惑して聞いてきた。
それはもっともだね。
「そうですね、元々目標を立てる予定でした。
領主様への提案も来年の春までに行えば良く、時間的な猶予はあるはずです。
なぜ、今なのでしょうか?」
シーテさんが外向きの対応で話しかけてくる。
フォスさんもナカオさんも、ある程度砕けた話し方をしているのを知っているのだから、こんなに改まった言い方をしなくても……。
探索魔術を使う。
慎重に精度重視で距離は短く。
反応があった、控え室に待機している客室係の人、そして部屋の近くに潜んでいる人。
潜んでいる人の反応が弱い、普通に探索魔術を行使していたら見つけることが出来ないくらいだ。
私がシーテさんを見ると、軽く頷いた、部屋の様子を探られているのに気が付いて居たんだ。
「状況が変わった、という事です。
元筆頭魔導師オーエングラム様がいらっしゃっています。
当然ですが、時空魔術研究所について聞かれるでしょう。
1年目の立ち上げから、襲撃事件などがあり、安定した稼働にまで時間が掛かってしまっています。
設立当初から設定されている目標、英雄マイの力の解明、これについては幾つかの成果も出せています。
しかし、研究所が決めた目標は何も無く、現状は自主的な運用がされていないですね」
一度言葉を句切って、見渡す。
あ、ナカオさんが、会釈をして立ち上がった、お茶を入れるみたい。
「オーエングラム卿には活動内容の説明が必要でしょう。
目標が無いというの、それは問題です、成果を上げる必要は無いですが、研究所としての目標を概要だけでも決めておいた方が良いと判断しました」
「はい、マイ様。
方針だけでも決まっていた方が宜しいかと。
内容によっては、オーエングラム卿の興味がこちらに向くかもしれませんね」
それから暫く話し合ったけど、具体的な目標は出なかった。
というより、夜、シーテさんから言われたよ。
「マイちゃんの目標が時空魔術研究所の目標なんだから、マイちゃんのやりたいことをまず決めないと」
そですか……。
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