第26章 東方

第369話 東方「筆頭魔導師」

0369_26-01_東方「筆頭魔導師」


 元筆頭魔導師オーエングラム、その出自は波乱に富んでいた。


 トサホウ王国 第2王子として生を受ける。

 500年前の魔物の氾濫から、各都市の連絡網の途絶、そして多くの死者。

 それらからようやく立ち直り、政治体制も安定し復興のための道筋が出来た。

 ようやく平穏な日々が戻り、活発になってきた。


 平和な日々が戻ってきた、そんな中、オーエングラムは生を受けた。


 各地の領主は、復興のため名目だけはトサホウ王国に従属しているが、元は大陸 南側の覇権を争った列国だ。

 力を取り戻し始めた各地の領は、あからさまな対立をし始めていた。


 オーエングラムは、そんな中、武力の才を求められて英才教育を行われた。

 国の剣となるために。

 5歳になる頃には、王国の親衛隊と混じって訓練をするほどだった。


 魔法使いの才能が見いだされた。


 魔術師の輩出を国家事業としていた。

 魔術師は、数十人数百人の人が行う事を、単独で行ってしまう。

 緩やかな発展を再開したとはいえ、公共事業が全く不足している今、魔術師の育成は急務であった。


 例外なく、オーエングラムも魔術師を目指す事になる。

 そして、戦闘系の魔術師としての才能が開花してしまった。

 魔術師となったオーエングラムは、独立を目論む領に対して、強力な力で蹂躙する事になる。

 近接戦闘も行え、戦闘魔術師とても優秀、単独で1大隊に匹敵するとも言われた。

 死に神、虐殺者、無慈悲、王国の猟犬……。

 多くの中傷と畏怖を込めた二つ名を背負い、王国師団と魔術師たちを率いて戦った。


 結果として、トサホウ王国と各地の領の関係を盤石な物にした。

 この功績から魔導師になった。

 その力を畏怖した王族から継承権の無い魔導師にさせられた。

 当時から居た魔術師や魔導師と協力して、魔術師や魔導師の身柄保護の為に爵位相当の権力を与えるよう働きかけた。


 働き動き続けて気が付けば筆頭魔導師となり、トサホウ王国の魔導師の頂点に立っていた。


 ただ、人殺しが得意な魔術師なのに。

 オーエングラムは自分を振り返ると、よくそう言う。


 何人目かの恐らく最後の弟子となるクェスは、自虐気味に言う師匠に掛ける言葉を見つけられないで居る。

 弟子しか知らない。

 オーエングラムは詩と音楽、そして自然の中での静寂をこよなく愛する、心穏やかな人物である事を。


 だからこそ、ここ数年のオーエングラムの変化は理解できないで居た。

 そこにいた人物。

 時空魔法の才能を見いだされ、魔術師を目指していたマイという、コウシャン領の魔法学校の学生。

 個人的に見ても、歪な才能があると思った。

 幼いのに実践に裏付けられた知識を持ち、魔物に対しても迷い無く戦った。

 先王ディアス様も興味を持った。

 そして、魔導師への推挙。

 権力の使用上は問題ないが、安易に行使して良いものではない。


 魔導師は、領主と同等の爵位を持つ1代限りの名誉職であり、魔術師を教え導くべき人物である。

 魔法関連と限定はされるが、それでも強大な権力を持つ。

 安易に与えて良い位では無い。

 それを一番判っているはずのオーエングラム様が積極的に推挙した。


 何かがある。


 そして、コウシャン領への視察。

 名目上は、捕虜とした襲撃者への尋問と詳細の確認になる、が、おそらくは違う。


 魔導師マイ。


 彼女に会うためなのが目的なのだろう。

 そして、それは私にも当てはまる。

 元筆頭魔導師の最後の弟子、それに自惚れていた自分を叩き潰した幼い魔導師。


 私は今、その彼女がいるコウシャン領 コウの町に居る。



■■■■



 コウの町の、要人を迎える高級宿の最高級の1室。

 あれ? 広さは劣るけど、町長の館の迎賓室よりも豪華じゃない?

 ある程度使われているから、かなぁ?


 その部屋の無駄に柔らかい長椅子に体を横たえて、現状の状況について行けなくて困っている。


「はにゃぁぁ、シーテさん、どうしましょうかぁぁぁ」


 その姿を、ため息交じりに見て、頭の上の方に座ると、優しく頭を撫でてくれる。

 その感触に力が抜けて、しばらく身を任せる。

 ざっと、要約するとこうだ。

 襲撃者の捕虜の尋問というか詳細確認に王都から人が来る。

 その人の中に、なぜか、元筆頭魔導師のオーエングラム卿が居た。

 そして、なぜか、遺跡探索中のコウの町へ来た。


 うん、判らない。


 想像は出来る、遺跡の最深部にある物を知っている可能性だ。

 確信しているとは思えないけど、何らかの資料があるのか、それとも同じ様な遺跡を発掘したのか?


 コウの町の対応は妥当だったと思う。

 最悪を想定して、最深部への扉を破壊しての侵入を止めた。

 慎重に作業を進めるため、体制を整えて長期的に行う事になった。


 コウシャン領が干渉してくるのなら判る。

 逐次早馬で状況の報告をしているそうだから、それにコウの町の近くに領軍の部隊を展開しているらしいし。

 遺跡最深部にある物。

 確定では無いが、私が見た限り、改良されたダンジョンコアとその関連した物。

 不用意に地上に出して良い物じゃ無いのは判る。

 だからこそ、遺跡探索の最高責任者に付いているブラウンさんは慎重な対応を決定している。


 だからこそ、判らない。

 なんで、トサホウ王国の元筆頭魔導師で公爵の爵位を持つ上位貴族が来るのだろうか?

 コウシャン領から王都まで、早馬を使ったとしても片道1ヶ月は掛かるはずだ。

 遺跡が発見されてからの対応としては異例に早い。

 襲撃に対しての視察の為だったのだろうか?


 そしてだ。


『ま、先ずは直に遺跡の最深部を見ようじゃないか』


 オーエングラム卿は、そう言った。

 許可が出る訳がないじゃない、なにが楽しくて王都の重要人物を危険な遺跡の最深部に行かせるのだろうか?

 私も容認できないし、コウシャン領としても許可できないだろう。

 ただ、オーエングラム卿が強く望めば断ることは出来ない、無茶はしないとは思うんだけどね?


 フカフカなクッションと長椅子に横たわって、暫く考えていたけど、自分が何か出来るのかと、考えるともうやることは無い。

 脱力して、のべ~っとなる。

 私がだらけているのは、遺跡の調査がコウの町からコウシャン領に移り、そしてトサホウ王国が主導して動く事になりそうだからだ。


「視察団からの情報だけど、領軍が本格的に動くようね。

 恐らくだけど、王国の軍が介入する前に必要な物や情報を確保するつもりかも」


 シーテさんが苦笑しながら、用意してある御菓子を1つ口に運び、ポリッと囓る。

 柔らかいのかな? サクサクという音が少しして、そしてお茶を口に運ぶ。

 見上げたその姿は色っぽいなぁ。


「という事は、オーエングラム卿はあくまで襲撃事件の現地確認に来ただけで、遺跡は偶然居合わせただけ?

 それにしては、国の中枢に居た人物を派遣するには弱いですよね」


「そうね、視察団の方でも悩んでいるみたい。

 東方辺境師団と関わる可能性とか、商工業国家との折衝とか、幾つも検討されているけど、決め手は無いわ。

 何より、コウの町へ来たのが、困惑させてしまっているみたい」


 ですよね。

 遺跡探索の担当が変わった事で、私達も基本的には関わらない事になる。

 基本的、つまり私達の担当は、オーエングラム卿のお相手であり、オーエングラム卿が遺跡に行くことを望んだ場合は例外的に遺跡に行くことになるからだ。


 現在、遺跡の最深部では有識者と扉の機構を解明して修復する為に技術者が入っている。

 扉を開けられる見通しは全く立っていない。

 だからこそ、私は時空魔術研究所へ戻る予定だったんだけどね。


 オーエングラム卿の遺跡への訪問は、領都からの高官が来るまで待ったが掛かっている。



■■■■



 コウの町の町長コウは、頭を抱えていた。

 目の前のコウシャン領の領都から来た文官もそうだ。

 コウの町に、王国の重要人物が来た。

 それだけで、もう異常事態だ。

 領都からの早馬も1日前に知らされた程度でほとんど意味が無い。

 領都から随伴してきた文官も状況について行けずに町長へ相談する有様だ。


「兎も角、遺跡へ入る事は容認できません。

 少なくても領主様の了承は必要でしょう」


「それはそうなんですが、今回のコウの町への移動も強引に進められてしまいまして。

 正直、領主様も持て余しています。

 何とか諦めさせて欲しいというのが本音ですね」


「できませんよ、私ごときが。

 出来るとしたら、魔導師であるマイ様でしょうか?」


「引き受けてくれるでしょうか?」


「……」


 コウは作り笑いを顔に貼り付ける。

 文官も、苦笑いをして、軽く会釈する。


「伝えるだけはします。

 ですが、魔導師マイ様へは研究所への待機をお願いしたばかりです。

 無理は出来ないでしょう」


「遺跡の奧には何があるのか判っているのですか?」


「いえいえ、何も。

 ただ、何かがあるのは確かだろうと考えています。

 探索者が入り込んだ、最深部で魔物が奧へ向かおうとした、幾つかの現象から推測ですが」


 コウは、その1つに元詩査察団チームのギム達の行動も心の中で加えた。

 明らかに、明確な意思をもって最深部へ向かおうとした。

 何も無いと考える方が無理がある。


「そうですか、兎も角よろしくお願いします」


 文官は頭を下げた。

 文官も初めての事だろう、役場のあちこちへ赴いては頭を下げて手回しを整えていた。


 そんな役割を受け持った物だ。

 文官の疲れた表情を見て、同情を持ってしまう。


「それでですが、元筆頭魔導師様であるオーエングラム様の今回の目的は、遺跡で良いのですか?

 当初は、魔導師マイ様へ会う事が目的だと思っていたのですが」


「それについても、正直判りません。

 両方と見るのが良いかと、クェス様と話をしましたが、ハッキリとは明言されませんが」


 元筆頭魔導師オーエングラムの最後の弟子と言われているらしい、クェス。

 少なくても、その名前に相応しい立ち振る舞いをしている。

 だが、魔術を使う所を見る機会には恵まれていない。

 報告にも簡単な魔術を行使したらしい事も書かれていなかった。

 ふと、疑問に思った。

 元筆頭魔導師、つまり今は侯爵家の人間になったオーエングラム卿に付いている理由は?

 魔導師というか、魔術師という事も聞いていない、普通は名乗るはずなのに?


 何者なんだろうか?


 もしかしたら、別の理由でオーエングラム卿の側に居るのかもしれない。

 色々な予想を立てては、頭を抱えそうになる。

 あのお年で結婚されていないのは、幼女趣味であるとか、もしくは男色であるとか、不遜な情報が頭をよぎる。


「く、クェスさまと話をしてみます。

 何とかなれば良いのですが」


「お願いします」







 文官と町長コウは謎の共感を持って、握手を交わした。

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