第368話 遺構「エピローグ」

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 コウシャン領、領都コウシャン。

 その貴族区画の一番奥にある領主の館。

 その執務室で領主は宰相と共に、渋い顔をしていた。


「王都からきた者達は、例の捕虜にした襲撃者の尋問を形だけしましたな」


「鑑定か何かの能力がある魔術師が居るのだろう。

 報告した内容を確認しただけか、何が目的だ?」


「さて、我々では知り得ない情報を持っているのでしょう。

 東方辺境師団の諜報部隊を使えますからな」


「他の領や商工業国家の事は流石に我々ではわからんか。

 その情報は貰えそうか?」


「それとなく聞いてはいますが、はぐらかされています。

 ただ、我が領の下級貴族の外部と繋がっていることは教えて貰えましたな、判っていることでしたが」


「不要な恩を受けたか、まったく」


「もう隣の領に向かう準備をしていますな、目的は東方辺境師団の本体でしょうか」


「……、襲撃事件に東方辺境師団が関わっているという情報は本当か?

 だとしたら、連中の安否が判らんぞ」


「さてどうでしょうな、状況的に襲撃者が国内に入り込めた協力者として出ただけで、本当にそうかは何とも。

 それに、東方辺境師団といっても一枚岩では無いでしょう」


「国内に動乱を持ち込まれてもな。

 オーエングラム卿はどうされている?」


 領都に到着して会食と会談を1度ずつ行っただけだ。

 それも形式的な物で、実務会談は行っていない。

 王族から離れているとはいえ、公爵位を持つ領主より上位の貴族になる。

 非公式であっても、晩餐会を用意したりしっかりもてなす必要が有る、はずだ。


「コウの町へ向かわれましたな。

 恐らくは、遺跡と魔導師マイが目的でしょう」


「魔導師はオーエングラム卿が先王様と強引に押したのだ、気になるとは思うが、遺跡か。

 何か出たのか?」


「いえ、探索者まぁ盗掘者ですな、と、魔物が居た為 戦闘になったそうです。

 こちら側の被害は無し、探索者は1人捕虜にしていますが、意識が戻らないそうです」


「初耳だが?

 それに魔導師マイは関わっていないだろうな」


「速報ですが、直接の戦闘には関わっていないとのことです。

 何か疑問でも?」


「探索者とかは、遺跡の中に何があるのか知っていたというのか?

 場所が場所だ、改良されたダンジョンコアである可能性は否定できないのではないか?」


「そうですな、しかしコウの町では地中深くから発見されました。

 遺跡との関連性を示唆する物は出て来ていません、視察団チームを3つ、それに領軍も1中隊を派遣しています、そうそう対応できないということは無いでしょう」


「だと良いがな」


 ふと、もう高齢で引退していてもおかしくない宰相を見る。

 疲れが溜まっているのだろうか、しきりにこめかみを押さえている。

 判断が鈍っているのは、疲れか年か、兎も角 甘い見通しをしている。

 オーエングラム卿は国の最重要人物の1人になる、その人物が幾つかの公務を飛ばしてコウの町へ向かったのだ、ただ事では無いと見るのが普通だ。

 自分ももう若くない、宰相ほどでは無いが、引退をしても良い年齢になっている。


「お前の部下は育っているのか?

 俺の息子に付かせているはずだが、差し障りの無い報告しか出てこんぞ」


「失礼を承知で申し上げますが、無難ですな。

 そつなくこなせているとは思いますが、問題が起きた時の対応に不安がありますぞ」


「それは、我にも耳が痛いな、なんでこうも似たのか」


 次期領主としての息子は、コウシャン領の都市の1つに都知事として赴任している。

 すでに25歳、成人してから数年 領都で基本的な都市運営を実地で学ばせた。

 その後、赴任先の都市で副都知事として活動後、数年前から都知事に繰り上がり、都市を運営している。

 いずれは、自分の後任となるはずだ。

 そして、宰相の孫も補佐として付き従っている。


 疑念が無いわけでは無い。


 届く報告書のいずれも、無難な物ばかりだ。

 大きな問題の1つも無い。

 だからこそ、だ、世襲することを躊躇ってしまう。

 しかし、息子達の中で長男で有り、一番優秀でもある、兄弟の中でも人望もある。

 ここ数年、コウシャン領の貴族の集まりでは世襲する時期の話題が当たり前のように出て来ている。


 心配ばかりしてしまうのは、老いたる証拠か?


 領主は大きく息を吐いて、椅子に深くもたれる。

 こめかみに手を当てて、揉む。

 ふと、宰相と同じ事をしていることに気が付いて、溜息が漏れてしまう。


 今日も又、夜遅くまで執務室の明かりが消えることは無かった。



■■■■



 トサホウ王国 東部、商工業国家との国境沿い。

 広い所では幅数十キロにも及ぶ流れを持つ大河が、国境の代りとなっている。

 といっても山間部に行けば支流になり幅は狭くなり、人が立ち入れない険しい山間部の国境線は曖昧になる。


 トサホウ王国と商工業国家との交易は、比較的流が穏やかで水量も水深もある下流部で行われている。

 また、大河は豊富な魚介類を求めて漁業が行われている。


 トサホウ王国と商工業国家との関係は、恐らく良好だ、良い取引相手であるというのだろうか?

 商工業国家はその国土の都合上、大規模農業が難しく、食料自給率が低い。

 広大な国土と農地を持つトサホウ王国で生産される野菜や精肉は商工業国家を支えている。

 これは、食料という生きていく上で必要不可欠な部分をトサホウ王国に依存しているとも言える。


 商工業国家の強みは、高度な工業製品とそれから作られる加工品でもある。

 その強みを海外に出さない為に、技術者や一部の精密機器の輸出は厳しく取り締まっている。


 双方の護岸には大型の船が接岸できる港が作られている。

 基本的には、その港が使われる。

 が、小型船を使いっての密入国や密輸入が行われている。

 トサホウ王国では重罪だ、なのでその殆どは商工業国家からトサホウ王国へとなる。


 東方辺境師団は、その密入国者を取り締まることが主な任務になっている。

 それと、盗賊。

 商工業国家から高性能な小型船を使い侵入してきて通商破壊を企ててくる。

 トサホウ王国側は農地が広がっているだけだ、移動する商人や町を襲う理由が判らない。



 闇夜の中。

 数隻の真っ黒に塗装され、黒い布で覆われた船2艘が音も無く川岸に到着する。

 アシの林が広がる湿地帯は、その姿を完全に隠している。

 船から荷物を降ろして行く黒装束の人達。


 土手の方から、明かりが灯される、カサッ、微かな音で姿勢を低くして動きを止める。

 その明かりが一定の間隔で点滅する。

 顔を見合わせて、黒装束の1人に合図をする。

 明かりを灯し、異なる一定の間隔で返答する。


 程なく、荷物を板に乗せてアシの林を抜けてきた一団が土手に辿り着く。

 土手に荷物を並べ、離れる。

 離れた所に居た集団の中から、数人が来て荷物を見聞する。

 一通り確認した後、荷物を載せてきた板に袋を収納空間から取り出して置き、離れる。


 黒装束の1人がそれを開けて確認して、手で合図する。

 そしてその板に乗せられた荷物を持って、そのまま船に戻る。


 グジュ


 泥のぬかるみ固定された2艘の船を押し出して、商工業国家へと戻っていく。

 直ぐに暗闇に溶けて見えなくなる。


 それをジッと眺める集団。

 たっぷりの時間を掛けて、ようやく一言発する。


「明かりを、荷物を再度確認する」


 明かりの魔法が使われ、周囲が明るくなる。

 集団が闇夜の中、浮かび上がる。


 辺境師団の兵士だ。


 荷物の蓋が開けられた。

 体調だろうか? 無機質な目で見つめる。






 そこに有ったのは、商工業国家の最高機密である最新鋭の武器だった。

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