第363話 遺構「帰還」

0363_25-08_遺構「帰還」


 コウの町、その中心部分には3つの重要施設とその関連施設が配置されている。


 町長の館と役場。 町の行政の中心を担う。

 ギルド。 商工業や冒険者など産業や労働に関する互助業務を担う。

 教会。 教育、医療、育児・介護など、健康と教育を担う。


 高度治療施設、コウの町では唯一の施設で重傷者や難病治療を行う為の施設。

 また、支配階級や富裕層の一部が、区分けされて特別に治療を受ける。

 一般の庶民と一緒にした場合の不合理を避ける為だ。


 高度治療施設の奥の1区画。

 支配階級の医療用に用意された療養区画に、ハリスが待機していた。

 入口には面会謝絶の札が掲げられ、区画の入口ではハリスの助手として来たフーチェが他の医療関係者と打ち合わせをしている。

 マイが消えてから既に半日は過ぎている。

 無人の寝室に面している応接室でハリスは只待つしか無い状態に、室内をウロウロするしかなかった。

 3日は不在である事を隠すことを保たせる、と言ったが半日過ぎて問題が発生した。

 マイの身を清める、これを誰が行うか?

 食事は誤魔化せたけど、これは難しい。

 女性が対応するべきだが、マイが不在のことはフーチェにも話していない、巻き込まないと決めたからだ。

 今はまだ、疲れから熟睡している、と誤魔化したが長くは保たせられない。


 医療において、体を清潔に保つことの重要性は基本中の基本として知られている。

 ましてや、マイは遺跡から戻ってきて一休みしただけだ。

 一応、沐浴は済ませた事にしたとはいえ、苦し紛れだ。


「どうしたものでしょうか?

 早く戻ってきて頂けないでしょうかね、マイさん」


 ハリスは、窓から北にある山々を見つめて、溜息を付いた。



■■■■



 やりにくい、というか恥ずかしい。


 ギムさんに言われて、自分の体力や気力、そして魔力に問題が無いことを確認した。

 そして、帰還する為に魔術とも言えない転移を発動させようとしたんだけど。

 両手を握り、目を閉じて集中しようとした、んだけど、視線がぁぁ。


 いや、判るよ。

 長距離でかつ、障害物を無視して転移するなんて伝説上の話だ。

 転移が出来る魔術師も歴史上 片手ほどの記録しか無い、その存在自体も怪しい。

 存在を隠されている可能性は高い。

 少なくても、転移を防ぐ方法は見つかっていないからね、あれ? 遺跡の奥へは行けなかった、これは何なんだろう?

 兎も角、興味深い現象である事は確かだ、つい観察しようとしてしまうのは当然だね。


 でも恥ずかしい。

 傍目には祈るような感じだから、強く願う、その為には必要なんだけど、けどねぇ。


 時空転移はそんな予備動作など必要ない、自分の術理で発動できる。

 けど、転移は強く願わないと発動に必要な、意識を飛ばす事が出来ない。


「あの、すいません。

 ちょっと発動するまでは見るの止めて貰えませんか?

 集中できないです」


「あ、ええ、判ったわ。

 皆、作業に戻って!」


 シーテさんが理解してくれた。

 新しい魔術を試す時も、集中が必要なことは多かった、2人でなら兎も角、皆から見られていたら集中し難いからね。


 改めて、両手を強く握り、目を閉じて願う、強く強く。

 段々と、周囲が気にならなくなってくる。

 胸のダンジョンコアがユックリと熱を持ってくる、熱い。

 自分の収納空間の中を見るような感じで、周囲の様子が見える。

 ギムさん達は、私に背を向けているけど、気になっているようだ、あ、ジョムさんがナイフを鏡代わりにして見てる。

 シーテさんは、うん、私の胸から光が漏れているのに気が付いてからガン見してるよ。

 コウの町へ意識を飛ばす。

 まず遺跡を上へ、後衛の待機所で視察団チームと冒険者チームが手当を受けているね。

 直ぐにでもギムさん達の方へ向かおうとしている感じだ。

 更に登っていく、遺跡の入口では、ジェシカさんが守衛や冒険者の人達に指示を出しているね。

 コウの町へ向かう、真っ直ぐ湿地帯の上を駆け抜けて、コウの町の壁を飛び越える。

 高度治療施設が見える、あ、ハリスさんが部屋の中をウロウロしてるね。

 転移の座標を寝室にする。

 意識を一端戻す。


 転移が出来る感触を掴んだ私は、ユックリと目を開けて、ギムさん達と一端分かれることにする。


「準備できました、多分。

 では一足先にコウの町へ戻りますね」


 ニッコリと笑う。

 今回は失敗しなかった、偶然に助けられたのは否定できなかったけど、間に合った、今はそれで十分だ。

 私を見るギムさんの目は優しい、ただ、少し困惑がある。

 あ、私の体がなんか光っているせいかな? 何でかなぁ。


「うむ。

 気を付けて買えるように、ハリスに話があると伝えてくれ」


「はい」


「マイちゃん、帰ったら検証よ!」


「ええ、勿論」


「マイさん、助かりました」

「うむ、感謝じゃ」


「こちらこそ、あの、……。

 コウの町で待ってます!」


「「「ああ」」」


 ああ、良いなぁ、やっぱり私はこの人達が大好きだ。

 少し名残惜しいけど、私は手を振りながら自分自身を収納空間に収納した。



■■■■



 ギムはマイが消えた空間を見つめながら、自分の力不足を感じていた。

 マイの時空断が無ければ、あの魔物2体とオーガ種を倒すのは不可能だっただろう。

 そして、マイの力は非常に歪だ。

 強力ではあるが、非常に隙も多く初見でなければ恐らく対応は容易だ。

 詰まる所、マイの能力が発覚するのは防がないといけない。


 そして、転移と言っていた現象。

 マイは気が付いていなかったが、黒い雫が生まれるのと非常に似通っていた。

 これを何と伝えれば良いのだろうか?

 いや、マイの事だ感覚的には理解している可能性も高い。


「はぁ、ギム。

 マイちゃんの転移とかあの現象、どうするの?」


 シーテもマイが消えた空間を見ながら呟くように聞いてきた。


「シーテ、この件については私達は何も見ていない、ですね。

 魔物達は幸運にも倒すことが出来た、それだけです」


 ブラウンはマイの事については記憶から消すという判断をしたようだ。

 それが良いだろう。


「うむ。

 この件については忘れろ。

 ただし、シーテ、お前は除く」


 シーテはマイの助手として、これからも支えて貰う必要が有る。

 俺たちでは近くに居て助けることは出来ない。

 それにシーテを除く全員が家庭を持ってしまった、足枷だ。


「シーテ、マイさんをお願いしますね」


「ワシらを頼れる時は、躊躇せんで良いぞ」


「ええ、判っているわ。

 みんな頼りにしているわ」


 シーテが昔と変わらない、いや、頼もしい笑い顔で答えた。

 そのシーテの顔は、不安を隠しているようにも見えた。


「よし。

 全員、体調は問題無いな。

 周囲の確認が済んだら撤退する、ここまでの探索を引き継ぐ」


 と、遠くから声が聞こえた。

 全員が臨戦態勢に移行する、が、シーテが軽く手を振って安全である事を伝えてきた。


「ぉーぃ、大丈夫かぁーぁぁ」


 多少通路で反響して聞こえにくいが、守衛の様だ、無茶をする。

 場合によっては爆薬で塞ぐと伝えているはずなのに。

 ハリスを見る、苦笑している。

 遺跡探索の責任者としては、彼らの無謀な行動を咎めないとならないが、疲れている今、爆薬や荷物を持ってくれる人員が増えるのは助かる。


「大丈夫だ!

 周囲に注意して合流しろ!」


「了解ですーっ」


 近づいてきたのか、声がハッキリしてくる、そして遠目に光が見えた。

 慌てているのだろうか、躓いたりしている様子が遠目に見える。

 全員が苦笑しながら、その様子を眺めて待った。



■■■■



 コウの町、高度治療施設の中にある要人の為の療養区画の中にある寝室。

 人が居ない真っ暗な闇の中。

 光る雫が現れ、そして、雫が割れて、マイが出現する。

 音も無く、静かに降り立つ。


 ふぅ。


 戻って来られた。

 ちょっと此処へ戻りたいという願いが弱かったので苦労したけど、それ以外には問題無かった。

 ただ、なんで転移できるのかが判らない。

 イメージはダンジョンであり、空の迷宮を想像した、だけど実際に発動したのは遠隔視覚の上位版のような感じだった。

 そして、転移は自分を収納空間で包んで取り出すという、よく判らない手順で実現している。

 うん、何なんだろう?


 コンコン


 寝室のドアをノックする音がする。

 窓を閉め切り、厚いカーテンで覆われた部屋は真っ暗だ、その中でビクッとなってしまう。


「マイさん、戻られたんでしょうか?」


 あ、ハリスさんを忘れてた。

 気配で気が付いたのかな?

 心配掛けてしまったし、早くギムさん達のことを伝えないと。

 ハリスさんは勝手に入るような失礼なことはしない。


「ハリスさん、今戻りました。

 報告をしたいんですが大丈夫ですか?」


 戻ったか? と聞いてきたんだから誰も居ないはずだ、探索魔術にも遠くに1人の反応があるだけだね。

 ただ、探索魔術も完璧では無い、注意は必要になる。

 寝室の窓にはカーテンが敷かれているし、周囲から除かれる危険は、この区画では少ないはずだ。

 私が高度治療施設から抜け出していたことは、ハリスさん以外の人に知られてはいけない。


 私が寝室から出て、ハリスさんに応接室に座るように勧める。

 向かい合う様に座る。


「はい大丈夫です。

 しかし、夜も遅いですし、明日にした方が良いでしょう」


 あ、窓から外を見ると、窓ガラスの向こうは真っ暗だ。

 時間を気にしていなかったけど、夜遅くかぁ。


「夕食も取っていないので、軽食をこちらに用意しています。

 疲れて寝入ってしまっていることになっているので。

 といっても、遺跡で食べてきたんですよね」


 苦笑する、そうか、私が不在の間、どうするのか気になっていたけど疲労で寝ていることにしたのか。

 ん、それでどうやって3日も保たせるんだろう?

 ハリスさんにも何か考えがあったんだろうね。


「ええ、簡単にですけど。

 ギムさん達、かなり苦戦していましたから」


「興味深いですが、明日に。

 体を清めたいとの要望も医療関係者から出て来ているので、ご対応願いますね」


 ちょっと意地悪気味に話すハリスさん。

 その仕草に、ちょっと呆気にとられる、似合わないよ。


「では、私はこれで失礼します。

 淑女の部屋に深夜まで居るのは問題があるので。

 では、お休みなさい」


「ええ、ハリスさんもお疲れ様でした。

 またよろしくお願いします」


 ハリスさんが、何時もの丁重な対応で部屋を出て行く。

 その跡、探索魔術で区画の近くに居た人と合流して、暫く立ち止まり、そして一緒に移動して行った。






 程なく、探索魔術で2人の別の人らしい反応があり、区画の近くで立ち止まった。

 護衛かな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る