第360話 遺構「願いと魔法」

0360_25-05_遺構「願いと魔法」


 強く願う。


 魔力を使う その原始は、強い願いであり意思の力だ。

 それは、どんなに洗練された魔術であっても変わらない、どれだけ純粋に魔力を使うことを願えるかが、力の差になる。

 忘れがちになってしまうが、魔術師に成る時に、この根本的な原理原則に向き合う必要が有る。


 うん、強く願う今まで、忘れてたよ。


 集中する。

 私の収納空間、果てが無い、当然だね距離という概念が無いのだから。

 判らない。

 どうやれば良いんだろう?

 相反する願いだ、現実の空間の距離、収納空間内には存在しない距離。

 結びつける方法はなんだろう。

 今までの方法、遠隔収納・取出の起点の設定方法は?

 目視?いやちがう、岩の向う側に居るイノシシを狩った時は探索魔術で位置を確認しただけで行使した。

 空間座標を明確に意識 出来れば問題無かったんだ。


 では、距離の制約はなんで起きる?

 距離の制約は現実空間での魔術の行使で起きる制限だ。

 言い換えるならこの世界の理を破壊しようとする力に対して理を維持しようとする、変化しない守りの抵抗する力。

 だからこそだ、時空跳躍を行使する時は、現実空間から収納空間を経由して現実空間に出るときに制限が掛かる。

 でも私の収納空間内ならその制限は掛からない。

 2つに分ければ良い、現実空間から収納空間と収納空間から現実空間。

 そして、収納空間内なら距離は関係ない。


 嫌駄目だ、取り出し位置の設定が出来ない。

 座標の設定は現実空間からでないと明確に行う事が出来ない。

 収納空間内から現実空間を確認するのは、今の所は取出口を用意して外の様子を意識して確認するしか無い。

 その取出口は最初に現実空間から設定する必要が有る。


 手詰まりだ。


 何か見落としていないか?

 必要なことは揃っているのか?

 私の魔術では無い事象で同様のことは起きていないか?


 ……あるじゃないか。


 ダンジョンだ。

 魔物が居る世界からこの現実空間への出現、それは世界を渡る方法と仮定されている。

 場所はどうやって?

 自然発生のダンジョンは、時空魔法が使える生物が収納空間を現実空間に繋いだまま死亡した際に、生まれるのではないか、との仮説を立てた。

 この管理者がいなくなったダンジョンが魔物がこの世界へ来るための通路になった。

 駄目だ、ダンジョンの発生位置は固定だ、時空魔法を使える生物の居た場所。

 距離の制限を回避する手段としては使えない。


 ん?


 空の迷宮? ふと、窓から空を見る。

 空一面に浮かんだ模様、あれは何だったんだろうか?

 報告書には模様の中、その一部になにかが溜まり黒い雫が発生したとあった。

 空の迷宮が何かは不明のままだ。


 自然発生のダンジョンは必ず地中に生まれる、それは何故?

 地面の上で死んだから?

 木上で死んだ場合は? 水中では?


 空の迷宮はどうして発生した?


 改良されたダンジョンコアからだ、何故かは判らない、でもダンジョンコアが鍵になっている。

 そしてダンジョンコアはダンジョンがある中に発生する、逆かなダンジョンコアが発生してダンジョンが生まれる。

 ならば、今私の胸の中にはダンジョンコアがある。

 そう意識したら、胸のダンジョンコアが熱を持ち始めた。

 よく判らない、熱を持つのに何か法則性があるのだろうか?


 夏用の薄手の服から淡い光が漏れる。


 方法は判らない、だけど何故か私の意識の中にコウの町がその周辺の様子が俯瞰して見える。

 遠隔視覚?

 慌てて遺跡の方へ意識を向ける。

 まるで自分で無い自分が空を駆けるようだ。

 遺跡の入口が見える、入口付近には防壁を作っている所だ、魔物が出て切ることを想定しているのかな?

 そして私の姿は認識されていない。

 更に進む、通った道をなぞるのが もどかしくなって、階層を直接下る。

 出来た、ギムさん達と分かれた場所まで来た、守衛が後方支援のための準備をしている。

 暗い地下の中なのに、それらが明確に判る。


 潜る、もっとだ。


 ん、ここは?

 なにかに阻まれる感じがして、そこで意識が潜れなくなる。

 何だろうか?

 見えない壁のような先には、改良されたダンジョンコアの様な物とそれを丸く加工した物が幾つかある。

 四角い水槽の中になにかの液体が満たされていて沈めてある。

 そうじゃない、ギムさん達だ。

 意識を戻す、来すぎたんだ、加減が難しい。


 意識を詳細に動かすのは苦労する、丁度良い位置へ進めない。

 なんとか何度かの試みで、アー・オーガが居る扉の前に意識を進めることが出来た。

 そして、その周囲には……。

 猶予は無い。

 遠隔取出の座標を設定する。

 今まで経験が無いほど長距離だ。


 一度意識を戻す。


「ハリスさん、何とかなりそうです」


「判りました、この部屋へ誰も立ち入らせないようにします。

 フーチェには面会謝絶を行う事を伝えてあります。

 名目上、完全療養と外出禁止の為ですね。

 すいません、また無理をさせてしまいます」


 側でずってと待っていてくれたハリスさんが、申し訳なさそうに頭を下げる。

 可能なら、ハリスさんも収納して一緒に移動したいが、私が不在していることを誤魔化すにはハリスさんがここに居る必要が有る。

 それに、長距離転移を行う際の制限や危険度は全くの不明だ、他者を収納した場合は避ける方がいい。


 自分の装備を確認する。

 幾つかは収納空間内に移しているが、遺跡に入った時の服装のままだ、問題無い。


「いえ、行ってきます」


 私は自分を収納空間に収納した。



■■■■



「ミサの様子はどうか?」


「すまん、しばらく動けない」


 チッ。

 舌打ちをしてしまう。

 死角からの攻撃をするべく、接近しすぎた所を叩かれた。

 それだけで、壁近くまで飛ばされて意識を失ってしまった。


 全員が満身創痍だ、使える攻撃手段は全て試した、だが、目の前の魔物は怪我一つしていない。

 傷つけたはずの足の傷も確認できない。


 ギムが大剣を使い、その場から動かないアー・オーガのぞんざいに振るう腕を受け流す。

 体中に擦り傷が出来ている、何度も地面にたたきつけられたのだろうか。


 息を整えながら、ギムはアー・オーガを見る。

 その胸元には、黒い雫の様な物がある。

 シーテの放った槍を受け止めた所だ。


「シーテ、手段は無いか?」


 先ほどから、幾つもの魔術を行使している、その顔色は悪い。

 しかし、使った魔術から色々試している事だけは判る。

 だが、効果的な攻撃手段は見つかっていない。

 ギムは、何かないか必死に考える。

 その度に思いつくのは、魔物への特効があるハリスの聖属性魔術とマイの時空魔術だ。


「打つ手無しね、呼吸を止める魔術も駄目だったわ」


 資料でしか知らないが、呼吸に必要な気体を取り除く事で窒息させるそうだ。

 だが、息苦しさで苦しむそぶりは無かった。


 パシャ


 液体の入った筒がアー・オーガに当たり、液体が首元に広がる、そこから煙が上がる。

 劇薬だろう、本来後衛の彼女まで攻撃に加わっている。

 治療は無駄だ、怪我よりも疲労の方が深刻だからだ。



 ふと、アー・オーガが動きを止める。

 直立し、ピクリともしない。

 目も何処を見ているのだろうか?


 攻撃には格好の機会だ、だが、有効な攻撃手段が無い。


「ジョム、木偶になっている。

 やれるだけの攻撃を加える」


「おうさ、他のも会わせろよ」


 それでも攻撃の機会を逃すわけには行かない、全力攻撃を加える。

 鈍い音が通路内に響く。


「冗談ですよね?」


 ブラウンの表情がひくつく。

 アー・オーガはその場で全く動かない。

 表情も、いや黒い雫のような物が魔石を取り込んだ?

 全身が黒く変色する。

 そして、体表が殻のように堅く、おぞましい模様が浮かぶ。


 その変化に戸惑う。

 何が起きている?

 手足だった物が、木の根のように地面に繋がって広がっている。


 残っている視察団チームと冒険者チームと協力して何度も攻撃を加えるが、まったく手応えが無い。


 パリン!


 腕がアー・オーガの体を突き破るように出る。

 その数4本、2体分だ。

 アー・オーガの体が陶器の壺が割れるように崩れる。

 そして2体の、巨人を小さくしたような魔物が現れた。

 いや、人形と言った方が良い。

 そして、目配せをした後、手をユックリ上げた。


「むう?

 なんなんだ?」


「皆!伏せて!」


 シーテが叫びながら地面に倒れこむ。

 全員が反射的に伏せる、地面に倒れ込みながら相手を見る。

 空間が歪んだ。


 ズン


 1m上を何かが通った、周囲の岩がその位置で切断される、なんなんだ?


「まさか、何で、こんな?」


 シーテが困惑している、どういうことだ。


「ギムさん、何が何だか判らないが。

 兎も角、方針を決めてくれ。

 俺たちが戦っている間に情報を持ち帰ってくれても構わない」


 オルキが中腰で接近して俺に話した。

 この情報を持ち帰るのも必要な事だ、だが、この魔物らしい者を奥に進めさせるわけにもいかない。

 情報が正しいのなら、この奥には改良されたダンジョンコアに関連した物がある。

 魔物に渡したら何が起こるのか判らない。


 俺は考えた、が、こんな手しか思いつかなかった。


「オルキ。

 ミサと視察団の全員を連れて後退せよ。

 強力な攻撃をする、命を保証できない」


「あ、ああ、判った。

 俺たちは、現状の報告をすればいいのだな?」


「ああ、それで問題ない」


 自然と、ギムを中心にジョム、ブラウン、シーテが並ぶ。


「マイちゃんが巨人に向かったとき、こんな気持ちだったのかな?」


 シーテが強力な風属性の魔術を構築しているが、たぶん効果は無い。

 絶望的な状況だ、それでもだ、ここで戦わない選択肢は選べない。

 ああ、そうか。

 巨人とオーガ種が現れたとき、対峙し続けることしか選択できなかった。

 絶望的な状況だというのに、闘わないという選択肢がない。

 それは自己犠牲なのだろうか?


「シーテ、あの攻撃に心当たりがあるのか?」


「似ている、かなり雑だけどマイちゃんの時空断に」


 時空断、マイが巨人とオーガ種を殲滅させた強力な魔術だ。

 そして、その再現に成功している。

 実践での威力は見ていないが、鉄の棒を難なく切って見せた威力は強力だ。


 時空断の検証はマイとシーテで行われている。

 その結果を読んだ限り、対応策はある。


 我々では魔術を行使する直前に阻害するのが効果的だ。

 時空壁でも相殺する事が出来る。

 最も効果が有るのは、聖属性の魔術で、破壊、無効化することが出来た。

 だが、其れ以外では打つ手が無いほど厄介だ。


 目の前には、アー・オーガよりも一回り小さいが体格の良い魔物。

 それと、線が細くやや丸みのある体格の魔物。

 両方とも中性的で男女という枠では収まらない。

 崩れたアー・オーガの頭を体格が良い方が掴み、何かを観察している。

 線が細い方は周囲を見渡している。


 キキキキキキ

 キキキキキキ


 耳障りな高音の音がする、口元が動いているようには見えない。

 だが、会話をしているだろう。

 高度な知能を持っている、危険だ。


 いや、アー・オーガには攻撃が通じなかった、だが目の前の魔物には通じるかもしれない。






 ギム達が、武器を構えた時、魔物2体が、手を掲げた。

 黒い雫が1つ宙に出現して、アー・オーガが2体現れた。


「まじかよ」


 ブラウンが言葉を吐いた。

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