第359話 遺構「面会謝絶」
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コウの町の町長の館、その貴賓室は都市から貴族が視察などで来る際に宿泊施設として利用される。
当然だけど、貴族が望まない限り面会できるのは町長だけだ。
今回は、私マイが使わせて貰っているが、私は魔導師だ形式上は上位貴族になるんだよね。
当然ながら面会に来るのは町長で、それも事前に私の都合を確認してからだ。
だからこそ、突然の面会は本来有り得ない対応だ。
「ハリス様がいらっしゃいました」
疑問に思っていると、面会に来たのはハリスさんだ。
コウの町では町長に次いでの権力を持つ教会のトップ、司祭長だった。
とはいえ、コウの町の権力順位でいえば、町長の下で、ギルドマスターと同格になる。
あ、例外がある。
業務・任務 上必要であれば特権処置を出せるはずだ。
私の場合は、魔術に関して必要と思われる場合は、領主の許可を得ずに行使出来る。
ハリスさんの場合、教育とか医療で必要に応じて町長の許可を得ずに指示を出せるとか聞いたことがあったかなぁ?
勿論、その特権を行使するのには、妥当性を確認されるので簡単には使えない。
うん、判らない。
許可を出すと、ハリスさんと司祭のフーチェさんが入ってきた。
その服装は司祭長の服ではなくて、真っ白な服だ。
判らない。
取り敢えず、応接用の椅子を勧めるが、拒否された。
「魔導師マイ様。
ただいまより、検診をさせて頂きます。
お体のご様子を確認しますので、ベッドに横になって下さい」
えっと、え?
ハリスさん何を言い出すんだろう。
私の身体に異常が出るような事は何も起きていない。
「念のため、です。
魔導師様は定期検診を受けておりません、町長より依頼を受けました。
良い機会なので、是非とも」
「さ、魔導師様、寝室へ」
フーチェさんが私を促す。
町長から私の健康状態を確認して欲しいとか言われたのか。
気も滅入っていたし、良いかな。
「ええ、よろしく」
寝室に入る、ここも広い、通常は貴族の夫婦が泊まれるように作られていて、キングサイズのベッドが2つ並んでいる、そのベッドがあっても部屋の中は広々している。
そのベッドの1つに横になる、ベッドは広いのでその端っこに。
思っていたより疲れていたのだろう、全身に倦怠感があることを実感するが、これは睡眠不足からくるものだ、おかしくは無い。
そういえば、ギムさん達もほとんど寝ていないはずだ、大丈夫かな。
ベッド横の椅子に座り、ハリスさんが脈を取ったり、体温を測ったりしている。
それを記録しているフーチェさん。
何なんだろうね、ボンヤリと眺めている。
あ、何か聖属性だろう魔術を使って居る、体が柔らかい暖かさに包まれている。
疲労が抜けていくのが判る。
その後、検診結果を眺めているハリスさん。
フーチェさんと何か話している。
細切れなのと、記録を指さして話しているので、意味が判らない。
「魔導師マイ様。
かなりの疲労の蓄積が見られます、数日ですが完全休養されることを強くお勧めします。
幸い、教会の貴族用に用意されている治療施設は空いていますので、こちらに入られて下さい」
「数日ですか?」
「はい、各種検査を行いますので、結果が出るのに数日掛かります。
その間、執務から離れて心穏やかに過ごされるのが良いでしょう」
ハリスさんの言葉に違和感を感じる。
だって、今この時もギムさん達が闘っている、なのに私だけ安全な場所でノンビリとなんて出来るわけが無い。
ハリスさんだって、可能なら遺跡に行きたいはずなのに何故?
ハリスさんが、フーチェさんをチラリと見る。
話せないことか。
「判りました、そういう事でしたら直ぐに移動しましょう」
「はい、町長の了解は得ています、移動の馬車の準備も出来ています」
私は、ベッドから起き上がる、さっきまであった倦怠感がかなり薄れている。
ハリスさんの聖属性魔術の効果だ、それだけ疲労していたんだね。
町長の館を出る時、町長のコウさんから見送られた。
済まなそうな顔をしている、私の境遇を知っているだけに、私も申し訳ない気持ちで一杯だ。
コウの町の貴族向け療養施設は、高度治療施設の近く庭園を挟んで反対側にあった。
これは、直ぐに高度治療を行えるようにする為かと思ったら、高度治療施設その物が貴族向け治療にも使われているそうだ。
コウの町へ貴族が来ることは希だ。
せいぜい、徴税や町の行政の確認を行う為に徴税官や視察官が来ることがあっても、その人は(貴族位は持っているが)貴族を爵位してることは少なく、少し豪華な客室を事務的に使われている。
そういう訳なので、実用的な施設をわざわざ貴族向けに用意して使わずに放置するようなことはしない。
なら、貴族向け医療施設を高度治療施設の隣に作れば、となるけど、今度は疫病など感染性の病気が発生した時に貴族を守れないので駄目なんだそう。
馬車での移動は直ぐに終わる。
元々、町長の館も高度治療施設も町の中心施設だから距離はそんなに離れていない。
病院は、疫病発生時の隔離や大規模災害の際の避難施設としても機能するから、広い公園に囲まれるように作られるのが普通だ。
貴族向け医療施設もその公園の中に一般の人が入れないように塀で囲まれて作られている。
私は、ハリスさんとフーチェさんに案内されながら、貴族向け医療施設の中に入っていく。
うん、雰囲気としては時空魔術研究所に近い。
塀と緑で囲まれていて、外部とは隔離されている。
「こちらへ」
使われていないんだろうね、少し埃っぽい匂いがする。
窓が開け放たれていて、空気の入れ換えが行われているようだ。
あ、ナカオさんフォスさんだ。
「魔導師様の身の周りのお世話は、見知った者が行った方が良いと町長の判断で2人を呼び寄せました。
時空魔術研究所の方は、守衛により留守を管理していますのでご安心ください」
ハリスさんがそう言うが、町長はそうすることが前提で動いていたんだろう。
襲撃者が来た時は、コウの町は後手後手で情報を得ることも難しかった。
だから今回は早い段階で私をコウの町の安全な場所に避難させたいと判断したと思う。
そう思いたい。
ナカオさんフォスさんが、私に気が付いて、礼をする。
軽く手を挙げて答える。
応接室に入ると、ハリスさんがフーチェさんに向き合う。
「フーチェ、私はこれから魔導師様と検診について打ち合わせを行います。
貴方は、ナカオさんフォスさんとこの施設について確認を済ませて下さい」
「はい、ハリス様」
2人は結婚を予定していて、同居もしている。
それでも仕事中は上司と部下の関係を崩していない。
時々、お互いを気遣うような視線を交わしている、元司祭長の孫と聖属性魔術師のハリスさんの婚姻は政治的な意味が強いけど、お互いの気持ちは本物みたいだ。
ニコリとフーチェさんが笑って、頭を下げて退出した。
■■■■
豪華な応接室にハリスさんと2人だけになる。
ハリスさんの表情が私の知っている、ハリスさんに変わる。
「マイさん、無茶な事をしてしまい申し訳ありません」
「いえ、ハリスさんも何か考えがあっての事ですよね?」
「ええ、マイさん。
貴方”を面会謝絶”として誰とも会えないようにします。
他者とは私が仲介をします」
えっと、意味が判らない。
どういう事だろう?
「私が居ることで、マイさんがここに居ることにすることが出来ます。
3日は何とかして見せます。
私に出来る事はここまでです。
マイさん、私の無力を恥じてお願いします、ギム達を助けて下さい。
貴方の力が必要です」
ハッとする。
私がここに居ることにしておけば、単身で遺跡に向かうことが出来る。
だけど、それが発覚するとハリスさんは反逆行為として処分される。
ハリスさんだけじゃない、関係者全部だ。
それに私1人では遺跡の最深部まで行く為の手段が限られている。
でも、私も向かいたい、皆の力になりたい。
ハリスさんに出来る事は、私がこの部屋期中に居るという事実を作り出すだけだ。
それだけでも十分危険を冒している。
あとは、私だけの問題だ。
遺跡と遺跡の最深部に向かう方法。
風属性の魔術での移動、これが効率的には最も現実的だ。
ただ、速度は出ない、また遺跡に居る他の守衛や冒険者に目撃され危険が大きい。
どうするべきだろうか?
「ハリスさん、しかし私では向かう為の手段がありません。
魔術では、おそらく到着までに枯渇しますし、誰かに見られずに入る方法がありません」
「そうですね、私の方でも町の外に馬を用意しようとしましたが、協力者を得られず駄目でした。
せめて、マイさんの秘密を知る人達の協力を得られたら良かったんですが」
「タナヤさん達に迷惑を掛けられませんよ」
「はい、これ以上、巻き込むわけにはいきません。
とはいえ、マイさんを送り込んだ時点でバレたら問題になりかねませんが」
連帯責任、それは直接関わっていなくても責任を問われる可能性がある。
この世界では、お互い支え合い協力し合わないと生きていけない、だからこそ、信頼と信用が重んじられる。
それを裏切る行為というのは、支配階級であろうが庶民であろうが、重罪になる、いや支配階級であればその行為の責任はなにより重い。
宿屋タナヤは、今の私とは直接関わりを持っていない、大丈夫なはずだ。
兎も角移動手段だ、町から密かに出るだけなら時空転移を使えば良い。
でも、時空転移では長距離の移動が出来ない。
風属性の魔術もシーテさんほどの精度で使えれば別だけど、私の力では馬よりも早い程度だ。
「マイさん、一つ良いですか?」
「何ですか?」
考え込んでしまった私にハリスさんが話しかける。
何か考えがあるのだろうか。
「マイさんの収納空間ですが、距離の概念が無いと聞いています。
実際、中に居て必要な物を取ろうとしたら手元にあって驚きました。
ただ、取ろうとして取れなかった物も有ったのですが法則性はあるのですか?」
あ、そういえば依然、廃棄都市から戻るときに収納空間内で色々試したんだった。
この時、距離の概念は無かったけど、不思議と視覚出来る距離はあったんだよね。
私は当然だけど、収納空間内の全ての物に対して取得可能だ。
でも、他の人は視覚範囲内かそれに近い場所? に置かないと手にする事は出来なかった。
考察して予想だけど、私以外は全て収納物として扱われるためではないかとの事だ。
つまり、収納物は収納空間内において一つ格下で距離という制約が加わるのではないか?
という仮説。
それがどうかしたのかな。
「マイさんの時空転移ですが、この世界の制約を離れることが出来れば、収納空間の法則であるのなら、距離というものは気にしなくて済むのではないでしょうか?」
「それは……」
依然試したことはあるはずだ。
北の砦から北の要塞まで帰る時、自分の収納空間内の法則から距離の概念が無い事を知った時。
ならば収納空間から現実の空間に対しては距離を無視して干渉できないか、試した。
結果としては、現実の空間で設定した距離が収納空間内から干渉できる距離の限界だったはずだ。
今は?
私は、両手を組んで額に当てる。
自分の収納空間を意識して、そして、普段なら最初に取り出し位置を意識するのを行わず、収納空間から目的地を思い浮かべる。
場所は、ギムさん達と別れた遺跡の地下だ。
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