第358話 遺構「決定打」
0358_25-03_遺構「決定打」
「くそっ、なんなんだよ」
オルキが毒づいている。
その大剣を大きく振りかぶり、荒くなった息を整えながら体制を整える。
それもそうだ、あと1匹。
上位種とはいえ、実力者揃いのチームが2つ十分に準備しての攻撃だ。
それなのに何のダメージも与えられていない。
オルキ自身も上位種の討伐けんけんがある、単独では無いが、コウの町の冒険者達と集団で闘った、念入りな準備と罠を併用していたが。
その時の経験から考えても、目の前のアー・オーガの防御力は異常だ。
ミサの攻撃も先ほどから一体何度、人体の急所である場所に剣を突き立てているのだろうか。
全てが跳ね返されている。
そして攻撃の度に強力な攻撃が降りかかってくる、躱すだけで冷や汗が吹き出る。
陣形を組み直す。
幸い、アー・オーガはその場から動こうとしていない。
だが、決定的に攻撃が通らない。
「ミサ! 何か手は無いか?
このままだとじり貧だ」
「くそっ、ダメージが蓄積されていると思うか?」
「判らないです、そういうことです」
動きは変わらない、そして傷一つ付いていない。
広い扉のある通路は、アー・オーガを囲んでも十分に広さがある。
所々にある、壁が崩れた所は、丁度良い遮蔽物になっている。
今の所の地の利はこちらにある。
とはいえ、閉鎖空間だ攻撃するのにも回避するのにも、紙一重での行動が要求される。
ミサは自分の中に蓄積されてきた疲労を感じる。
このままだと不味い。
一度引いて立て直す?
何処まで引く?追ってくのか?
扉の損傷の度合いは?
十分に検討したはずだが、その前提が時間と共に崩れていく。
冒険者の1人が、雑に振り回された腕を躱しきれずに吹き飛ばされた。
バリスだったか、その盾が粉々になっている。
いや、自分で後ろに飛んでいる、ダメージは最小だ、だが無傷では無い。
偶然、距離が開いてお互い睨み合う。
仲間の疲弊は離れていても判る、それに対して、アー・オーガの様子は全く変わらない。
アー・オーガがゆっくりと周囲を見渡す。
その目には凶暴な色と沈着冷静な色が交互に現れる。
先ほどから、攻撃を仕掛けていない、ただ観察しているだけだ。
足元に転がっているオーガの死体を見ている、仲間を殺されたのに感情の起伏が見られない。
いや、魔物に感情があるのだろうか?
怒りのような咆哮を放ったこともあるが、それが感情による物なのかも判明していない。
ふと、視界の端に、通路の奥に、動く物を見つけた。
ミサの口元が凶暴に歪む。
「やっと来やがった」
■■■■
コウの町、町長の館にある貴賓室。
その部屋は、貴族の家族とその従者、側近が止まる事が出来るように作られている。
町長の館のこの階の全てを使って、用途別に複数の部屋が用意されている。
いまこの階を使って居るのは、私、マイ一人だけ。
探索魔術を行使しても、同じ階には扉の前に座って待機いると思われる職員が居るだけだね。
今、遺跡に向かおうと思えば、可能だ。 時空転移を使えば気が付かれることも無く移動できる。
ただ、私が向かう場合、問題が出てしまう。
魔導師本人の、私の責任問題だけで済まない。
止められなかった町長や、護ることが出来なかった、行かせてしまうような状況を作ってしまった、今回の遺跡探索に関わった人達にも影響が出る危険がある。
体中に鎖を巻かれ、あちこちに繋がれている気分になる。
判っていたことだね。
魔導師になりたい、最初の頃はその願いは単純に自由になりたいというものだった。
北方辺境師団に居た頃は考えることを止めていた、冒険者になっても実現不可能と夢見るだけだった。
2度目の魔法学校、そこに通うようになって、魔導師というのが支配階級であり、義務と責任を負う貴族である事の事実を、見ないで居た事実と向き合うことになった。
それでも、魔導師に成れるなんて簡単になれるとは思っていなかった。
それが、成れてしまった。
1年と数ヶ月、魔導師として生活してきたが、魔導師としての立場の実感は出来ていない。
「はぁ」
窓際に用意された椅子に座る。
ガラス窓から見えるコウの町は、町長の館の敷地の木々の向こうに見える。
コウの町の建物は低い建物が多いので、屋根が広がって見えているだけだ。
昼食も一人で食べさせて貰った、毎回 町長の家族と会食は気が休まらない。
朝食の時の、私を軟禁状態にしてしまうことに対して後ろめたいのか、恐縮してしまっている雰囲気を感じ取ってしまうとね。
今頃、ギムさん達は遺跡の最深部に到達しているのだろうか?
時間経緯を再確認してみる。
ギムさん達と遺跡に突入したのが、昨日の昼頃になる。
最短距離で移動して、数十分で地下6階に到達して、紅牙のマイトとカイ、そして探索者の生き残りに遭遇する。
私とハリスさんは紅牙の皆と、重傷を負っている探索者と共にコウの町へ戻った。
地下6階から地上に出るまで数時間、そして馬車でコウの町への移動に数時間、半日以上経過した。
コウの町に到着したのが深夜だと思う。
私は町長の館の貴賓室に通された時には空が白んでいた。
朝食を取った後、仮眠をしようとして寝付けずに居る。
ギムさん達から別れて、1日近くなる。
遺跡の最深部があと何階降りれば良いのかは私は知らないけど、先行している視察団チームと冒険者チームと合流している可能性は高い。
そして、魔物との戦闘が始まっている可能性も……高い。
眠気があるのに寝れない、不愉快な眠気に苛立ちを感じる。
今から行っても間に合わないだろうね、私の移動速度では地下に到達するまでに半日近く掛かる。
魔術で移動速度を上げたとしても、地下6階辺りで魔力を使い果たしてしまう。
ここで待っていることしか出来ないのだろうか?
トントン
扉を叩く音が聞こえ、頭を抱えて座り込んでいるまま、扉を見る。
「何か?」
「魔導師様、お客様です」
客?
私への面会は町として拒否しているはずなのに、誰だろう。
■■■■
ミサは、コトとリンタ、ヨーチの全員に連携攻撃の合図を出す。
流れるように、まずコトが盾を掲げてその陰からバトルアックスを振るう、膝の横を的確に打ち据えるが、またしても弾かれる。
リンタがその打ち据えた場所にショートソードを切りつける、同じだ弾かれる。
素早く動いたヨーチがレイピアのように幅の狭い剣を突き付ける、剣がたわみ弾かれる。
最後にミサの両手剣が全身をバネのように捻って切りつける。
その全てが全く同じ場所だ。
アー・オーガはそれをただ見下している。
ほんの少し、薄皮1枚が剥けた。
ミサは、もう一度攻撃を行おうと、体制を解任しようとした時、冒険者チームが動いていた。 こちらの動きに合わせた?
オルキとグルブ、バリスが攻撃を放つ。
2人の剣と1人のバトルアックスが、多少場所がずれるが目標となった薄皮1枚剥けた場所に切りつける。
僅かになにかが滲み出る、血?
「ギムの旦那!」
「うむ!」
ギムが、オルキが驚くその横を猛烈な勢いで飛び掛かる。
始めてアー・オーガが腕を動かして牽制をする、ギムが獰猛に笑う。
ガギン!
アー・オーガの足元に移動していたジョムのバトルアックスが膝の傷に正確に突き刺さる。
ガァァァ!
始めてアー・オーガが傷み?怒り?で吠える。
ジョムが何時の間にか、アー・オーガの頭の後ろに回っている、正確に目に剣を突き立てる。
だか、目でも剣は弾かれた。
無駄では無い、アー・オーガの動きが止まる、そこへギムの大剣が驚くほどの勢いでぶち当たる。
ドジャ!
大剣がアー・オーガの膝に食い込む。
ミサは、ようやく傷つけることに成功したことに安堵と、それと同時に、ギムの攻撃を受けてなお切断されないことに違和感を感じていた。
アー・オーガの討伐は経験がある、もっと多くの人員と連携をとってだが。
それでも、ここまで攻撃が通らなかったことは無かった。
アー・オーガは膝の横に傷を受けたにもかかわらず、相変わらず立ったまま周囲を観察するように見渡す。
何故だ?
今までの経験なら、怒りで理性の無い攻撃を始めるはずなのに。
「ギムの旦那、おかしい、攻撃の効果が無さ過ぎる!」
「うむ!
切断できなかったのは初めてだ」
風が周囲を覆う。
アー・オーガを中心に筒状に。
ミサは、アー・オーガの仕業かと思ったが、直ぐに原因が判る。
少し離れ他場所に立つ魔術師。
シーテが風属性の魔術を高出力で行使している、その風の渦の中心にはジョムが背負ってきた槍だ、マイから託された武器の1つ。
その槍には氷が纏わり付き、大型の砲弾になっている。
「くたばれ」
冷たい目でオーガを見るシーテが呟くと、魔術が行使される。
氷の底部が昇華して爆発的に膨張する、その反動でその場から消えたよう打ち出される。
ドゴン!
遺跡の最深部の地下通路に轟音が響く。
ミサは、突然の気圧差から耳を押さえる。
舞い上がる埃と、水蒸気が霧になって広がっていき周囲の視界が一時的に無くなる。
「全員距離を取れ」
ミサが指示する、直ぐにアー・オーガを中心とした煙の塊から脱出する。
魔術には詳しくないが、ミサは、その攻撃の威力を看破した。
『攻城兵器じゃないんだぞ!なんて馬鹿げ体力なんだい。
間違いなく、決定打だね』
個人が使える魔術には到底思えなかった、この魔術ならば上位種、いや特種であっても致命傷を与えることが出来るだろう。
そして、その一撃が今確実にアー・オーガの胸元、魔石がある所へ正確に打ち込まれた。
これで決まった、筈だ。
視界が回復してくる。
この攻撃をした張本人の魔術師の表情が驚愕に変わっていく。
「ダメ! 倒せてない」
アー・オーガの胸に突き刺さった槍は、黒い塊の半分沈んでいた、それをユックリ引き抜き地面に捨てて、踏みつける。
アー・オーガが笑ったような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます