第355話 遺跡「エピローグ」

0355_24-12_遺跡「エピローグ」


 領都コウシャン。

 その領都に王都からの使者がやっていた。

 元筆頭魔導師オーエングラムとその弟子クェス。

 そして護衛を務めている王都の親衛隊から抜粋された精鋭。


 その入場はヒッソリとした物だった。

 貴族が使う旅馬車ではあったが、無駄な装飾も無い実用的なそれは、他の庶民からは特別な目で見られることは無い。

 領都はそれなりに貴族が多い、その中の1人であると思われている、普通に道を空けるだけだ。

 だが、目利きの利く者はビクッとなり、慌てて道を大きく避ける。

 馬車に施されているのは最上級の装備、そして護衛する騎乗した兵士から漂う雰囲気、どれ一つ取っても領都では見られないほどのものだからだ。


 領都の貴族区画、その中でも最上級に近い、前回 宿泊した施設に入る。


「ようやく着いたかのぉ」


 オーエングラムは体をほぐし、ヤレヤレと溜息を付く。

 王都からコウシャン領、そして領都コウシャンまで来るのに4ヶ月以上掛かってしまった。

 通常の行程よりも1ヶ月近く長い。

 急ぎの旅ではないとは言え、既に夏の盛りを過ぎている。

 夏の暑さのために移動速度が落ちているのが主要因だ。

 其れ以外に、オーエングラムの事を聞きつけた貴族への対応に時間が取られすぎた。


 もちろん、既に先行させて内定調査を進めている。

 その調査報告を旅すがら確認している、不可解、としか言いようのない襲撃事件だった。

 帝国が絡んでいることは間違いないが、帝国の真意を測りかねている。

 だからこその今回の視察だ。

 領都コウシャンには、今回の襲撃の数少ない捕虜がいる、しかも自称 帝国の貴族だ。

 報告書の内容は王都にもたらされた報告書との差異は少なく不審な点は見られない、ただ荒唐無稽なだけだ。


「お師匠様、緊急の報告が有るそうです」


 クェスが部屋に入ってくると、小声で伝える。

 内定調査の報告であれば、通常業務だ内密にする必要が無い。

 いぶかしむ。

 クェスに続いて目立たない服装の男性かスッと入ってくる。

 内定調査を行っている者の1人だろう。


 オーエングラムの前に跪く。

 クェスが風の結界の魔術を行使して、遮音するのを確認すると話し出した。


「領都から近いコウの町にて異変あり。

 かなり昔の遺跡が発見されました。

 現在、コウの町の守衛と冒険者、コウシャン領から視察団が派遣されて調査が進んでいます。

 場所が改良されたダンジョンコアの発見された場所から近いので、かなり人材と資材を投じているようです、が」


 ここで言葉を句切る。


「探索者と思われる一団と其れを指揮している者達が観測されました。

 コウシャン領は上手く対応しているようですが、背後関係までは到達できていないようです。

 こちらの調査では、コウシャン領と近隣の領の貴族が関わっている所まで追えています。

 今の所は、非正規に遺跡から発掘された物を収集しているだけのようですが、領の下位貴族が動かせる金額を超えているようです」


「ふむ、商工業国家が動いていると?」


「確証はありません」


「帝国は?」


「こちらも同じく。

 未確認情報ですが、帝国は西部の騎馬民族と戦争状態に突入したとの一報が入っています。

 東部のこちら側への対応が遅れているの可能性はあります」


 この大陸の西側、そこに広がる草原と砂漠を支配する騎馬民族。

 多数の氏族の集合体で国と言って良いのか判らない、友好的な氏族もあれば略奪ばかりする好戦的な氏族もある、トサホウ王国としても対処に苦慮してる相手だ。

 明確に敵対すると、氏族は結束して対応してくる、かといって略奪や国への不法侵入を容認しては軽んじられる。

 歴代の国王の頭痛の種だ。

 その騎馬民族と戦争状態に入った? 正気か?

 いや、好都合だと思った方が良い、トサホウ王国へ干渉している余裕が無くなる筈だ。


 そして、この一報は少なくても数ヶ月前の情報だ。

 トサホウ王国を横断するのに、各地の領都を結ぶ早馬での連絡網を使ったとしても、途中で王都を経由していると考慮すると半年前の情報と見ても言い。

 通常の荷馬車での移動なら、1年近い日数が必要になる。

 海路を使えば多少は早くなるが、天候に左右されやすい。


 今は、考慮する必要は少ないだろう。


「引き続きたの……魔導師マイはどうなった!?」


 そうだった、マイは領都からほどよく離れた重要では無い町の近くに作られた、時空魔術研究所という施設に入っている。

 そして、それはコウの町だった。


「現在情報収集中です。

 コウシャン領の対応を見る限り、魔導師様は直接関わらないようにしています」


 それはそうだろう、魔導師を輩出して、しかも領内に留め置いておける価値は大きい。

 その魔導師を危険に晒す愚行はしないはずだ。

 だが、始めてマイに会った時、あの時の不思議なほどに魔物との戦いに慣れた雰囲気を思い出すと、何もしないで居る状態が想像できない。


「ここでの作業は他の者に任せて、コウの町へ向かうぞ。

 フォス、準備を」


「はい、お師匠様。

 ただ、領主様への面会と、襲撃に関する報告は受ける必要が有ります」


「うむ、やむを得んか」


 オーエングラムは、窮屈そうに椅子に体を委ねると、続けて指示を出していった。



■■■■



 北の砦、ここはトサホウ王国と帝国を繋ぐ数百キロに及ぶ唯一の道に作られた簡易砦の総称だ。

 交易路としては使えない。

 5年毎に繰り返される雨の年と晴れの年、その雨が少なくなる晴れの年の短い期間だけ、1万メートルを超える山脈群の中に自然の偶然で作られた川が干上がって出来た道。

 狭い所は荷馬が何とか通れる程度、一度雨が降れば晴れの年であっても数日は動けなくなる。


 この道が発見され、帝国と王国が交渉した時、両者とも山脈群の領有を宣言して、交渉は決裂した。

 それ以来、お互いに砦を作りあって、国境線を主張し合っている。

 数十年続いたそれは、形骸化してまともな戦闘は行われていない。


 その最前線の北の砦。


 今回の晴れの年は異常だった。

 帝国側の砦が皆無だからだ。

 当初、一応は戦闘らしいものは有った。

 ただ、弓を一斉射してお終い、その打った弓も砦に刺さらずに落ちる、それを無防備に回収して帰るほどヌルい。

 お互い、手を挙げて挨拶までしている、形式上は敵対しているが、無駄に血を流さない暗黙の了解を確立してからは、死人を出したことは、事故以外では無い。


 王国側、北方辺境師団の隊長は困惑を隠せないでいた。

 それ以上に、もうじき今回の晴れの年は終わる、今までに無いほど長く伸びた補給線を維持するのも困難だ。

 雨が降りだしてからの撤退は帰路が長く成るほど困難になる。


「斥候の報告は未だか?

 これほど帝国側に進む事ができたのは無い、地形や帝国の施設を可能な限り調査して持ち帰るぞ。

 それと撤退の準備は?」


「斥候は未だ帰還しておりません、持たせた食料を考慮すると今日明日には帰還する筈です。

 撤退の準備は始まっています、すでに廃棄物の処理を済ませています、何時で移動開始できます」


 日が沈み始めた頃、ようやく斥候に出た兵士が戻ってきた。

 一体どこまで行ったのか?

 報告を聞く。


「報告します。

 恐らく、帝国側と思われる平原が見える場所まで進みました。

 前方に大規模な要塞と思われる施設があり、接近はしませんでした。

 遠くから遠眼鏡を使い確認しましたが、その、変でした」


 要領を得ない言い回しに隊長は眉をひそめる。

 勝手知ったる部下だ、彼がそんな言い方をする人物では無い事を知っている。


「見たままの報告をせよ」


「要塞の外に”兵士”を確認できませんでした。

 種類の特定は出来ませんでしたが、魔物らしい生物が多数確認しています。

 要塞に接近しなかったのは、魔物に気が付かれない為でもあります」


「魔物らしい生物か?」


「はい、二足歩行で、知能は武器を持っていたので、それなりに高いでしょう。

 ただ、その割に動きは緩慢で、統率が無く、何をしているのか判りませんでした」


「よし、報告書をまとめて、十分に休め。

 明日にも撤退を開始する。

 雨の年が来る前に確実に撤退できる場所まで北の砦の位置を後退させるぞ」


「はっ」


 隊長と副隊長は、帝国で起きている何かを想像して表情を曇らせる。

 この情報をいち早く持ち帰らねば。


「撤退とは別に、報告書を持たせて北の要塞まで戻らせる。

 我々では対応できない事が起きている可能性が高い」


「はい、選抜させます」


 転がっている岩と、帝国側が使っていただろう建材を使って作った、みすぼらしい砦。

 ここまで来ている兵士の数は少ない、1中隊と輜重部隊が1つだけ。

 彼らが寝ているテントも簡易テントだ、警護している兵士が持つ松明の明かりも弱々しい。






 明日から、順次撤退を開始する。

 雨を予感させる、湿った風が吹いてきた。

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