第354話 遺跡「搬送」

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 駆ける。


 私とシーテさんの共同で行使する風属性の魔術。

 そして、領内でも頂点に近い能力を持ち、幾百幾千の戦いを生き抜いた元視察団のチーム。

 一つの塊のようになって、遺跡の中を突き進む。

 遺跡の内部について熟知しているブラウンさんが指示し、ジョムさんが前方に居る守衛や冒険者の位置を正確に伝える。


 入口から護衛で付いてきている守衛達は最初の1階部分で既に置き去りにしてしまっていた。


「魔導師様!~~~~」


 ジェシカさんの叫び声があっという間に聞こえなくなってしまった。

 ごめんなさい。



 駆ける、駆ける、遺跡の地下へ落ちるように。

 ものの数十分で地下6階まで降りる。


「待て、誰かが上がってくる」


 ジョムさんが部屋に入ると止まるように指示する、ほとんど音も無く、フワリと立ち止まり。

 そして、入口付近に隠れるように展開する。

 全く声も出さずに。

 ジョムさんが、手で合図をする。

 2人。


 部屋に入る入口から2人の人影が出てくる。

 ヒュン。

 風を切る音がして、2人の動きが止まる。

 あ、紅牙の皆だ。


「あ、冒険者の人達だね、そのまま動かないで。

 皆、警戒は解いても大丈夫だよ」


 ブラウンさんが、ニコリと笑い、剣をしまう。

 突然のことに何が起きているのか判らず、固まっている2人、マイト、カイ。

 マイト、ちょっと涙目だ。

 まぁ、そうだろう、首元にはジョムさんのバトルアックスの刃が触れる直前まで迫っている。

 マイトは何かを背負っていて、全く動けないで居る。

 カイは、顔の横にある大剣に写る自分の顔を見て直ぐに両手を挙げて降参の体制を取っている、彼だけ反応が早かった。

 また、音も無く全員が武器をしまう。

 私はシーテさんとハリスさんに護られながら時空断・時空壁の準備を済ませていた所だね。


 2人はヘナヘナと膝を折ってお尻を床に付いてしまう。

 うん、緊急時とはいえ、驚かせてしまった。


「な、なな、なななな、な?」


 マイトが現状を理解できず混乱している。


「えっと、何?」


 カイは何が起きたのか理解できていない、けど、周囲をしっかり確認しているのは対した物だね。

 そして、正面に居たブラウンさんを見つけてホッとする。


「ブラウン副隊長さんでしたか?

 ちょっと刺激が強すぎですよ」


 カイだけが状況を理解できたようだ。

 そして、カイの冷静な対応で、マイトが復活した。


「確かギム隊長ですね、挨拶は抜きで。

 私達は視察団チームの方の指示で、救出した探索者を町の病院へ搬送している所です」


 ん?

 何を言っているんだマイトは、人なんて何処に居るんだろ。

 あれ? マイトが背負っているのは、只の荷物じゃない、微量だけど魔力の反応がある、魔法使いが居る。


「ハリス!

 容体を確認。

 全員、小休止、周囲の安全確保だ」


 ギムさんが指示を出す。

 私は、収納から皆の食事を出して手渡していく。

 その流れるように自然な様子を、ポカンとしながら紅牙の皆が見てる。


「うむ。

 紅牙だったな、ご苦労だった、報告が有れば聞こう」


「あ、はい。

 俺たちは……」


 マイトが説明し、所々でカイが補足を入れながら状況を話す。

 視察団チームと冒険者チームが、遺跡の最深部に居る魔物、オーガとその上位種のアー・オーガだったか、に対して攻撃を仕掛けるために突入したとのこと。

 マイトたちは最深部にあった広場から救出した探索者の1人を教会にある病院へ送るための任務を受け、行動中で、ハルとは途中で合流する予定だそうだ。

 今、地下には、数組の守衛と冒険者が後衛のために待機している。


「……と言うわけです」


 マイトの説明を聞き終えて、探索者の生き残りを見る。

 ハリスさんの表情は硬い、容体は良くないのだろう。


「ギム。

 不味いですね、今生きているのが不思議なほどです。

 治癒を行っていますが、ほとんど反応がありません。

 町の高度治療施設に運び入れても、助かる可能性は少ないでしょう」


 どうすれば良い?

 探索者の救命は必須だ、ハリスさんが適任で、そうなると、いや他の手は。

 ? ブラウンさん、ジョムさん、シーテさんがギムさんに頷く。

 ギムさんも頷いた。


「よし。

 ハリスはこのまま治療を続けろ、魔導師様の収納空間内でだ。

 魔導師様は、ハリスを連れて町の高度治療施設へ向かうように。

 紅牙は魔導師様の護衛、迅速に行動し確実に守り抜け。

 小休止は終了、行動を再開する!」


 え、ちょっと待って、ギムさん。

 でも、私は言葉を出せない、だって、現状での最善で私が最初に思いついた方法だ。

 私の収納空間内なら安定して運ぶことが出来て、運んでいる途中でもハリスさんの治療が可能だ安全に。

 判っている、ギムさんの判断は正しい。

 信じよう、皆を。


「ハリスさん、収納しますので魔術を受け入れて下さい」


「マイさん……判りました、お願いします」


 ハリスさんの表情も辛そうだ。

 私はハリスさんと探索者を収納する。

 収納空間内でハリスさんが治療を再開したのを確認する。


 その様子を驚いて見ているマイトとカイ。


「紅牙の2人。

 命令です、この事は箝口令を敷きます、判りましたか?」


 魔導師の言葉は上位貴族の言葉であり、命令であり、絶対である。

 2人は、慌ててコクコクと頷く。

 通常は貴族や支配階級の人間が命令と口にしない。

 それだけ、言葉には意味があり、重要で有り責任が伴う。

 その魔導師が命令と言った、従わなければならない。


「では、私をコウの町の高度治療施設まで護衛してくれますか?

 風属性の魔術で移動速度を上げての行動は可能でしょうか?」


「はい、全力で勤めます。

 ハルが仲間の魔法使いが、風属性の魔法を使っての移動が出来るので、ある程度は可能です」


 ギムさん達が私の様子を見て、安心したようだ。

 ごめん、泣きたいです、一緒に行きたい。


「うむ。

 紅牙の皆、頼んだぞ。

 全員行動開始」


「皆さん!

 ご、ご武運を」


 何と言って良いのか判らない、安全になんて言えない、判らないまま口に出てしまった。

 皆が笑って合図してくれる。

 そして、シーテさんの風属性の魔術が展開されると、音も無く通路の先へ向かっていった。


 私とハリスさんは託されたんだ、全力で答えないと。


「では、我々も移動を開始します」


「「はい」」


 私は風属性の魔術を展開して、紅牙の2人を包むと、今来た通路を引き返した。

 ちくしょう。

 不甲斐ない自分に腹を立てた私は、明かりの魔術でも暗い通路を睨み付けた。



■■■■



 遺跡の入口。

 直ぐに馬車が用意された。


 私と紅牙の2人は、途中、私達を追ってきた守衛と冒険者の人達と再会した。

 そこで急遽町へ戻る必要が出た事を伝える。

 また、ハルが居たので私を直衛する護衛は紅牙の3人になった。

 急に私が町へ戻ると言いだしたので不審に思われたけど、私の顔を見て、誰も何も言わなかった。

 途中で私達の護衛に付いた守衛に人達にマイト達が説明してくれて、先行してもらっていたのも大きいんだろう。


 馬車は、途中で1度馬を入れ替えて恐らく最速で高度治療施設へ駆け込む。

 緊急時の搬送として、本来は私かハリスさんを助けるために準備されていたそうだ。

 先触れとして守衛の1人が騎乗して走ってくれたので、門で止められることも無く到着する。

 高度治療施設での受け入れ準備も出来ているらしい。

 私1人だけ通される。

 案内された場所、清潔な室内で数人の医師に箝口令を敷いてから、一度自分を収納する。


 収納空間内で集中して治癒の魔術を行使するハリスさんが私に気が付く。


「ハリスさん、高度治療施設に着きました。

 これから取り出すので、準備して下さい」


「判りました、何とかなりそうです」


 コクリと頷く、額からは汗が流れている、此処までの間、ずっと治癒をしていたのだろう。

 探索者の様子を見るが、良くなっているのか全く判らない。

 ハリスさんを信じるしかない。

 私が収納空間から出ると、やはり残っている医師が驚く。


 そして、探索者をベッドの上に、ハリスさんをその隣に取り出す。

 ここからは、ハリスさんの出番だ。


「ハリス様!

 これは一体、いえ、我々は何をすれば良いのでしょうか?」


 医師の人達も直ぐに自分がなすことを理解し行動を開始する。


「輸血の準備を、適合を確認して下さい。

 点滴で生理食塩水を、不整脈が出ています、基本属性の魔法を使える魔法使いを呼んできて下さい」


「はい!」


 素早く動き出す、その動きに迷いは無い。

 私は、助手の人かな? に案内されて、高度治療施設の中にある応接室に通される。

 そこには、紅牙の皆も待機していた。

 ハルだけは、状況を理解していなくて少し戸惑っている。


 程なくして、町長のコウさんと、この施設の責任者が入ってくる。

 また、箝口令を敷いた医師の1人も。

 コウさんが、最上位の礼をする。

 私が、軽く手を挙げて、それを受ける。


「今回は緊急の対応、ご苦労様です」


 ああ、面倒くさい礼儀だ。

 上位の者から話さないと、会話が始まらない。


 コウさんが頭を垂れたまま、神妙に話す。


「魔導師様に置かれては、箝口令を敷かれたとか。

 それほどの事態であると理解しました。

 我々に出来る事は有るのでしょうか?」


 これは暗に、箝口令の内容を聞いても良いのかと、言っているのだろうか?

 ちょっと、この辺の腹の探り合いは苦手だ。

 コウさんが、町として何をするべきなのか聞いてきているのは確かだ。


「私固有の、時空魔術に関しての箝口令を敷きました。

 町長、貴方も箝口令を敷いたことを含めて他言しないように」


「はっ」


 その後、町長にも人を生きたまま収納できることを伝える。

 今回のことで、知っている人が増えてしまったのは懸念事項だけと、そうも言ってられない。

 それ以上に問題が出た。


「私は此処に待機ですか?」


「はい、魔導師様においてはコウの町にて待機して頂きたく存じます」


 有無を言わせない雰囲気が有る。

 無茶なことを言って遺跡の最深部へ入ったんだから、町としても私が遺跡に近づくのは避けたいのだろうね。






 通された町長の館では最上級の貴賓室の窓から外を見る。

 建物の隙間から見える、遺跡のある山を見つめた。

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