第353話 遺跡「決意」

0353_24-10_遺跡「決意」


「取り敢えずは、これで暫くは持つはずです」


 遺跡の深部、部屋の中での治療はかなりの時間を要した。

 その姿は包帯に巻かれて、素肌はほとんど見えない。

 強い薬を使用しているのだろう、呼吸は荒い。

 シオは、大きく息を吐いて、汗を拭う。

 ミサがシオの肩に手を置き、労をねぎらう。

 そして探索者の様子を見ながら、悩む。


「お疲れ、動かせそうか?」


「どちらにせよ町の医療施設に入れなければ持ちません。

 動かすのは危険ですが、動かさなければ確実に死にます」


 ミサが決断して、紅牙を呼ぶ。

 収納から取り出した簡易的な背負子しょいこを用意して、横になるように乗せる。

 その背負子を、冒険者に託す。


「紅牙には、この探索者を連れていって欲しい。

 連絡に戻った魔法使いと合流して後方で待機、指示は向こうの誰かから受けてくれ」


 マイトとカイは顔を見合わせる。


「マイト、どうするんだい?

 俺としてはハルと合流したいし、受けるべきだと思うが?」


「ああ、それでいいと思う。

 出来れば直ぐに復帰したい、カイは体調に問題は?

 見張りと索敵を任せっきりにしてしまったからな」


「少し疲れているかな、でも1度しっかり寝られれば問題無い」


 軽く、握り拳をぶつけ合う。

 決まりと言うことだろう。


「では、俺たちは戻りますが、伝えることがありますか。

 いえ、どうされるつもりですか?」


 マイトはミサに、いや覚悟を決めている視察団チームに聞く。

 マイトは嫌な予感をしていた、魔物の氾濫の時、無謀にも参加をした自分達のように。

 視察団チームは自分達よりも、遙かに経験がある、自分達のような無謀な行動はしないはずだが、嫌な不安感は取れない。


「……。

 魔物が生み出されている、いや、こう言おう。

 増殖している可能性が高い。

 そして、この遺跡の奥にある物、それが私達が危惧する物だったのなら、前回の魔物の反乱以上の被害が出る可能性がある。

 それは確実に止めなくてはいけない、命がけでもだ」


 マイトとカイはゴクリとつばを飲む。

 前回の魔物の氾濫では、絶望的な中で全くの無力だった。

 それ以上のことが起きる、想像できない。

 それが起きるのなら止めなくてはいけない、が、自分達では力不足なのは自覚している。

 何年も経ったのに不甲斐ない。


「判りました、ですが命を捨ててまで、なんて考えないで下さい。

 英雄マイの様に居なくならないで下さい」


「ああ、そういえば一緒に闘ったんだったな。

 判った、無駄死にはしないよ、心配すんな」


 視察団とオルキの冒険者チームがニッカリと笑う。


「当然だ」



■■■■



「なんだってぇぇぇ!」


 町長の館の隅っこにある執務室。

 その中で、叫び声が上がる。

 その声の主は、町長のコウであった。


 立ち上がり、机の上についた握り拳は力を込めすぎて震えている。

 そしてガックリと椅子に沈む。


「その御判断は本当なのか?」


 報告に来た守衛に問う。

 その守衛は姿勢を正して回答する。


「はっ、魔導師様は後衛としてギム隊長とその元御仲間の方々と入られました。

 ただし、司祭長のハリス様は魔導師様と一緒に行動されます。

 その行動は正に魔導師として堂々として居られました」


「そうですか、判りました。

 緊急事態を宣言します。

 動かせる守衛は全員、遺跡に向かわせて下さい。

 魔導師様の御意思を守ります」


「は、はい!

 既に待機および休暇中の守衛に緊急呼集を掛けています。

 準備できた隊から向かわせます」


「ええ、頼みましたよ。

 ジェシカ君は?」


 コウは考え込む。

 魔導師様は何故こんな判断をされたんだろうか?

 いくら村人出身とはいえ、支配階級としての対応は学んでいるはず。

 それなのに、まるで彼女のようではないか。

 失ってしまう、それは有ってはならない、二度も後悔するわけにはいかない。


「はっ、現地でブラウン副隊長より総指揮代行を任命され指揮を執っております」


「うむ、彼女なら大丈夫だろう。

 万全の体制を取る、だが、もしもの時は私が全責任を取る」


 コウがそう吐くように言うと、天井を仰ぐ。

 ふぅ。

 息を吐く、コウの町を任されて既に数十年、だがこの数年は慌ただしかった。

 牧歌的なノンビリとした雰囲気のある畜産と農業を主産業とする町。

 領都から比較的近い町にもかかわらず、重要度はとても低かった。


 切っ掛けは、改良されたダンジョンコアが発掘された事からか。

 そして、マイ、あの時空魔術師がそれからの一連の出来事の中で重要な役割を果たしていた。

 いや、巻き込まれていたと言った方が良い、彼女はただ静かに暮らしたかっただけの筈だ。

 結果的には、彼女に救われた。

 国軍である辺境師団の元輸送部隊そして指揮官としての教育も受けている逸材、本来はこんな町に居るような存在では無い。

 彼女の辺境師団での経験に何度助けられたか。

 最後は命を掛けてまで。

 英雄マイ。

 その名称は好きでは無い、平凡な生活を望んだ彼女にそれを提供できなかった自分の力不足の証明だ。


 そして、時空魔導師のマイ。

 出生は曖昧だ、コウの町から東の村に向かって行って最初にある小さい村だったところの出身となっている。

 だが、魔物の氾濫の際に全滅していたはずだ、ギムの視察団チームが生き残りを救出したとなっているが、時系列的に齟齬がある。

 あえて無視したが。

 そのマイと時空魔導師のマイがダブって見える。

 年齢が違いすぎる、体格もだ、別人なのは確かなのに。

 ただの村の少女が魔導師という重荷を背負わされてしまっている、それを受け入れている姿は自分には痛々しく見える。


 別人、それは判っているが、今回は絶対に間違えない。



■■■■



 私はまた判断を間違えたのだろうか?

 うーん、悩む。

 ギムさん達や既に先行している視察団チームと冒険者チームの生存率を上げるためには私が遺跡の深部に行くのが望ましいはずだ。


 他人を収納できる時空魔術は、今の所、領主と極一部の人達しか知らない。

 だが積極的に秘密にする必要は無い、必要に応じて使っていけば良い。

 箝口令を強いても構わないし。

 懸念は、収納できる人数にどれだけの制限があるか? 多人数を収納した時に自分にどんな制約が発生するのか?

 制約によっては致命的な問題になる、注意しないと。


 時空断は通常の魔術と区別するのは困難なはず。

 新型の風属性の魔術と言えば否定される可能性は低い、少なくてもシーテさん程の魔術に精通しているか、魔力の鑑定魔術を使える術者が必要で、今回は居ない事を確認している。

 探索者を除けば。


 探索者、遺跡を専門としていて、非合法な手段で入手した物を売り払う。

 不思議だ、遺跡で入手した物は領や国が買い取る事が強制されているが、不条理な価格を付けられることは無い、筈。

 また、視察団チームの様にある程度、領や国の組織に従属すれば所持する許可も出る。

 なぜ、危険を冒してまで、入手した物を処理しようとするのだろうか?


 まてまて、今は遺跡の深部の魔物への対処が一番だ、探索者に関しては視察団チームに任せよう、そうしよう。

 余り自分で背負いすぎない、それで失敗した。

 だからこそ、今度は皆で上手くやろう。


「マイちゃん、準備良い?」


 シーテさんが、装備を確認しながら考え事をしていた私を覗き込むように、胸が頭に乗っていますね、重いです。

 そして、頬をツンツンと突かれる。


「良いですよ、というか何で膨れているんですか?」


 私を覗き込むシーテさんは、少しふて腐れているように見える。

 私もシーテさんの頬を突くと、プスーと息が吹き出る。


「何でも無いわよ、また無茶するんじゃないかと思っていたの。

 大丈夫そうね」


 優しく笑ってくれる。

 うん、大丈夫、私は一人じゃ無い。


「確認するわね。

 マイちゃんとハリスは後衛、守衛のチームを2つ付けるわ。

 連絡のあった最深部はギムのチームと視察団チームの合同で。

 他の冒険者チームはその間で連絡と援護をお願いする予定。

 今回は、私達に任せてね」


「はい。

 ですが、緊急時には私の収納を使いましょう。

 深部の広さが判りませんが、移動には少人数の方が向いています」


「うーん、それは本当に最後の手ね。

 マイちゃんが外に出て居ないと移動手段としては使えないのが問題よ。

 魔物だけなら、十分対処できるわ」


 魔物だけなら、その言葉には、この遺跡の最深部にある物、その可能性を含んでいない。

 コウの町の北の村、そこからは改良されたダンジョンコアが発掘された。

 ならば、この遺跡の最深部には改良されたダンジョンコアかそれに属する物が有るのではないか。

 そして、それならば魔物にどう影響が有るのか判らない。


 不確定要素が大きい、そして悪い方に転がれば魔物の氾濫のような惨事を招きかねない。

 だからこそ、遺跡に入ることを強行したのだし、シーテさん達は私が入ることを良いとはしていなかった。


「ハリスさんを巻き込んでしまったのは申し訳ないです。

 といっても、怒られそうですね」


「そうですよ、仲間外れは泣いてしまいます」


 ハリスさんはニコニコしながら、最近来ている司祭長の清楚で豪華な服から、私が知っているハリスさんの冒険者の服へ着替えている。

 むしろ、生き生きとしているのは気のせいかなぁ?


「”後方”支援は任せて下さい、私の専門ですからね」


 あ、私以上に今の自分の立ち位置に不満が募っているんだ。

 支援というのは、昔のチームとしての支援だ最前線で仲間を守り癒やす、私以上にその決意は固く感じる。

 領手に嵌めた金属の籠手は領主様から司祭長に就任した際に下賜された、聖属性の魔力を増幅する魔道具だ。

 本来は、重傷者を癒やすための物が、今は魔物に特効を与える為の頼もしい武器に見える。


 ハリスさんの、その様子を見て、呆れるブラウンさん、ヤレヤレという感じだ。

 溜息を付くジョムさん、貴方だって、現役引退している筈なんですが。

 ギムさんは、表情は変わらない、が楽しそうだ。

 そして、シーテさん怒っている風を装っているけど、この状況にワクワクしているんですね、そうなんですね?






 全員の準備が整ったのを見て、ギムさんが立ち上がる。


「よし。

 全員準備は良いな、遺跡の最深部に向かうぞ」


「「「はい!」」」


 私達の声が指揮所に響いた。

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