第24章 遺跡

第344話 遺跡「急報」

0344_24-01_遺跡「急報」


 トサホウ王国の東側にあるコウシャン領。

 この領は、トサホウ王国にとって重要な領では無い。

 商工業国家との陸路でちょうど中間付近に有り、使いやすい領であるだけだ。

 畜産と農業を主体としているが、ありふれている産業だ。

 国として重視している重工業は地下資源が乏しいため発展していない。

 国の東側、商工業国家と繋ぐ街道の要衝ではあるが、特別な何かがあるわけでは無いのだ。


 この領が注目されるようになったのは、前回の魔物の氾濫の元凶となった改良されたダンジョンコアが産出されたからになる。

 意図的に埋められていたと考えられるこれは、王都に運ばれて、空の迷宮と呼ばれる不可思議な現象を起こし、魔物の氾濫を起こした。

 もっとも、領主や周辺の領も可能性が判った時点で、先王に献上したそれを地下に埋めて封印する事を進言したのだが。


 その領の中にある、改良されたダンジョンコアを掘り出した町。

 コウの町という。

 この町は500年前の魔物の氾濫の際に、強力な攻撃で都市機能のほとんどを消失した要塞都市の跡を再利用されて作られた町だ。

 上下水道のインフラ設備が生きていた、それだけの理由で町として復興したが産業としては畜産を主体とした、どの街道にも接続していない重要では無い町のはずだった。


 コウの町は、改良されたダンジョンコアを掘り起こしたというだけではない

 特種と呼ばれる超上位種をも超える魔物が2体、それに伴う数千にも及ぶ魔物が発生したのにも関わらず、町そのものは無傷で生き残った。

 その中心には、一人の時空魔術師が居た。


 英雄マイ。


 そう呼ばれる様になった冒険者の少女はこの戦いで命を落とした。

 そう伝わっている。




「くはぁ~っぁ」


 無防備なあくびをしてしまう、はしたないなぁ。


 私、マイは時空魔術研究所に戻ると、普段通りの研究に没頭する日々を過ごしている。

 暑い日の中、実験室を締め切って、風属性の魔術で冷やした風を起こして過ごしやすくしている。

 部屋の中央には氷を作り出して桶の中において部屋を冷やしている。

 魔術師だから出来る贅沢だね。


 私でもこれだけの大きさ氷を作れるけど大変。

 代わりに助手をしてくれているシーテさんが用意してくれている。

 シーテさんの基本属性を巧みに使いこなす魔術師で、すでに基本6属性を使いこなすだけでは無く、それらを組み合わせて複雑な特性の魔術を行使している、これは私でも真似できない。


 今、私達がテーマとしているのは、他の時空魔法使いが作った収納空間への干渉の手段だ。

 一般的には時空魔法で作られた収納空間への干渉は作った本人しか出来ないとされている。

 だけど、聖属性の魔術であれば無効化できる事が判った。

 聖属性は、この世界の異常を正常な状態に戻す力がある。

 怪我や病気、呪いや汚れ、魔物や黒い大地。

 この世界の理に干渉する力で有る魔力。

 そして、収納空間もだ。

 逆もまた言える、聖属性に対して魔法を行使すれば、妨害する事が可能だ。


 ならば、例外属性の聖属性以外で、他人の収納空間に干渉することが可能では無いか?

 そういう仮定で色々試しているけど、全く上手くいかない。

 何が問題なんだろうか?


 同じ考えを繰り返してしまい、行き詰まったあげく、大あくびを出してしまった。


「マイちゃん、一休みする?」


 笑いながら話しかけてくれるのは、シーテさんだ。

 今は、フォスさんが調理の勉強のためナカオさんの所に行っているので、私達だけだから砕けた対応になっている。

 そのシーテさんも大きくのびをする、そしてその豊満な肢体が目に入る。

 羨ましいなぁ。

 私の体は全く成長していない、もうこのままなのかな?


 シーテさんが給湯セットの所に行って、お茶を入れてくれている。

 私はナカオさんフォスさんが作った お菓子を取り出す。

 焼き菓子だけど、素朴な味のコウの町の伝統菓子なんだそう。

 蕎麦の実を粉にして、薄く焼いた所にジャムやソースを塗って味付けている。

 肉や野菜を乗せて軽食として食べることもあるそうだ。

 今でこそ小麦の方が多く生産されているけど、昔は小麦が育ち難く、蕎麦やヒエ・アワが庶民の主食だったそう、その頃の名残なんだそうだ。

 味は素朴で、まぁ、なんというか、懐かしい味だった。



 研究室へフォスさんが丁重なノックをすると入ってきた。


 貴族の淑女としての品位がある彼女が着ると、庶民が普通に着る夏服でも上品に感じてしまう。

 薄いベージュ色のシャツとユッタリとした紺のスカートは、髪を上げた髪型と相まって、静謐な雰囲気を纏っている。

 それに、柔らかくなった雰囲気が合わさって、同性の私から見ても魅力的な女性だ。

 洗練された動作で礼をして、自分の机に付くと彼女は自分のテーマとしている基本属性の魔術を料理に応用する書籍を読み始めた。

 魔術を料理に使うような贅沢な使い方は、普段行われていない、でも古い文献から翻訳された書籍には日常生活を豊かにするための魔術は数多く記載されている。

 フォスさんが読んでいるのも、そういう書籍の複製本だ。


 シーテさんが気を使ってフォスさんの分のお茶を入れる。

 恐縮して礼を言うフォスさんは本来その役目が自分だったことに反省しているけど、本を読むのがそれだけ楽しみだったんだね。

 シーテさんの服装はフォスさんに似ているのに、活発な印象を受ける。

 スカートに見えるけど実は裾が広いズボンになっている。

 薄い青色のシャツも胸元のボタンを2つ外していて、本来は下品になる筈なのに、活発さが伝わってくる。

 下着、この辺の地域の習慣で、夏場でも長袖の上下を着ている、夏場なので薄く風通しの良い布が使われていて、手首・足首の所で軽く絞っているのが特徴かな。

 下着の濃い色がシャツ越しにうっすらと透けているのが、ちょっとエッチかもしれない。


 私はそれを眺めながら、凝り固まった肩と考えをほぐしていく。

 私の服装も白色のシャツで似たような物だけど、違いは下着にある。

 体にピッチリとした伸縮性の高い下着は、汗を吸い直ぐに乾燥しやすい特性を持つ軍が兵士に供給している下着になる。

 夏場なので色は白色だけど、冬場は黒色の保温性が高い物に変わる。

 この下着は宰相様に無理を言って供給して貰っている、本当は上下1組で普通の下着なら10着は買えてしまう程の高級品だよ。

 だから、領軍の兵士や国軍の辺境師団など限られた人にしか入手できない。

 私の北方辺境師団に入った頃からずっと着続けていたので、こちらの方が慣れている。

 体のラインが出てしまうとシーテさんからは不評だったけど。


 ノンビリとした雰囲気の中。


 シーテさんが顔を上げる、その目には警戒の色をまとっている。

 シーテさんの気配が変わった事に気が付いた私は直ぐに動けるように周囲の確認を行う。

 フォスさんがようやく異変に気づいた。

 ナカオさんは……、よし家の方に居る昼食の準備をしているのだろう。



■■■■



 時空魔術研究所。

 コウの町から東に約20kmほど離れた、廃棄された村の跡を利用して作られた、時空魔導師 の為の研究所。

 魔導師という領主と同格の爵位を持つ者ならば領都に研究所を持つのが本来である。

 しかし、研究所の主は先王ディアスと元筆頭魔導師オーエングラムの推薦によって、本来の手順を無視して魔導師になってしまった。

 貴族としての後ろ盾も無く、貴族の知識も振る舞いも対応もやり取りすら知らない、未成年の村の少女が得る格としては大きすぎた。

 コウシャン領の領主は扱いに困った。

 そこで、成人までに実績を多く安全に積ませ、貴族としての知識振る舞いを学ぶためにも、コウの町に研究所を造るというのは都合が良かった。


 研究所を警護する守衛はわずか4人、最初は2人であるが、これはコウの町と周辺の村全体を1つの研究所を守るための要塞として機能させているために人員不足だからだ。

 コウの町が以前、要塞都市であり、周辺の村が元々 要塞都市を守る砦としての役割があったのも都合が良かった。

 トサホウ王国の東部全体を襲った襲撃事件という例外はあったが、総じて目的は果たしていると言える。



 今、1頭の馬に騎乗した守衛が研究所に走り込んできた。

 当然だが、入り口で止められる。

 守衛であっても、理由も無く立ち入ることは出来ない。

 馬から崩れ落ちるように下馬した守衛は、門を守る同僚に掴みかかるように懇願した。


「大変だ!

 遺跡で大規模な崩落があった!

 何人も生き埋めになってしまっているんだ、時空魔導師様のお力を!」


「落ち着け。

 それは誰の判断だ?

 最低限、町長が請願せいがんを願い出る必要が有るぞ」


 荒い息をした守衛が首を振る。

 息が荒く、話すのも辛そうだ。


「い、いや、ブラウン副隊長から、懇願たんがんするようにと」


 門番をしている守衛は少し考えると、肩に手を置き休むように守衛室へ案内する。

 仲間の守衛に託すと、研究室へ向かおうとする、それを制する声が掛かる。


「おい、今から魔導師様へ連絡を入れてくる。

 こいつの面倒を見ておいてくれ」


「大丈夫か?

 俺たちは基本的に緊急時以外は関わっては成らない命令を受けているぞ」


「遺跡の崩落は緊急時として報告するだけの価値はあると思うが」


「庶民の命は、支配階級の人達の命とは違うんだぞ。

 いくらマイ様が村人の出だからといっても、魔導師様に何をさせようというんだ?」


「何をなさるのかは、マイ様が決めることだ」


「詭弁だ」


「判っている」


 そのまま守衛室を出て行く。






 程なく、守衛から遺跡の崩落の一報を聞いたマイは決断した。


「シーテ、出発の準備を。

 まず、コウの町へ向かい町長と会います」

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