第341話 目覚「密談2」

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 コウの町の中心にある、この町で一番の高度治療施設の見学を終えた。


 町の医療施設ということで、どの程度か気になっていたけど、凄い高度だ、高度治療施設という名称に恥じない施設だった。

 そして、この医療施設は全ての住民に開放されている。

 思えば、病気での死亡というのは余り聞かない、それは医療体制が充実しているためだろうね。


 目的は簡単だ、人口を増やすため。

 コウシャン領に限らずトサホウ王国では、人材不足が慢性的な問題になっている。

 その為、国民が安心して生活できる環境を、支配階級である貴族が維持している。

 出産育児、教育、労働環境、衣食住、それらを贅沢すぎないが充実している環境を提供している。

 それが出来ない貴族は貴族位を剥奪されるし、そもそも貴族としての資質を疑われてしまう。

 また、その環境に害をなす犯罪者は、人権その物を剥奪されて人扱いされなくなる、国民にもまた誠実である事を強要しているんだね。



 午前中の見学を終えた私は、シーテさんと共に役場が所有している馬車に乗って移動している。

 フォスさんは、町長の館に滞在して引き続き打ち合わせを行うとのこと。

 私の目的は、宿屋タナヤでギムさん達と個人的に会うことだ。

 私的な目的なので、私の馬車を使わずに役場の馬車を使っているわけだね。

 宿屋タナヤは、私が宿泊する期間は貸し切りになっているし、外から通っている店員もお休みだ。

 ギムさん達も私に合わせて時間を作ってくれている。


 馬車は、宿屋タナヤの裏庭にまで入れて道側から見えない場所で降りる。

 明日の昼前に迎えに来る約束を確認して、馬車を見送る。

 私は、動悸を抑えられないで居る。

 シーテさんが周囲の安全を確認すると、軽く背中を押してくれる。


 宿屋タナヤの裏戸、私が何度も帰ってきたあの扉だ。


コンコン


 緊張しながら、扉を開く。


「ただいま」


「「「お帰り、マイ」」」


 正面に居たフミに抱きついてしまう。

 嬉しくて笑う、少し涙が滲んでいるのは見ないふりして欲しい。


 タナヤさん、オリウさん、そしてタナヤさんの腕の中に居るフリオくん。

 フリオくんは見慣れない私を興味深く見ているけど、雰囲気からか緊張している感じは無い。

 シーテさんが周囲を確認してドアを閉める。

 最近では、私は遠隔視覚を自分起点で常時使うようにしている。

 これは訓練も兼ねて、なのでフミの胸に顔が埋もれていても全周囲を確認することが出来る。

 あと、気配に気を配る、探索魔術が使える魔術師にありがちなんだけど、探索を信用しすぎてしまい、視界や音、気配に鈍感になってしまう癖がある。

 これを常に注意することで、より高度な探知を行えるようにしている。


 その探知が馬車を降りる時から、宿屋タナヤの中から私へ向けての暖かい気配を感じ取ることが出来た。


「さ、奥に入りなよ。

 お茶を入れるよ」


 オリウさんが居間へ誘ってくれる。

 何時もの席に座る、ん?

 誰かが座っていた気配が無い、なんというか、何だろう?


「あ、気づいた?

 英雄マイが何時も座っていた席、ということで普段は誰も座れないようにしているんだよ」


 少し呆れる、私が座っていた、それが何か徳になるわけでもないのに。

 フミもそう思ってるのか、私と目が合うと、一緒にコロコロ笑ってしまう、あー凄く気分が楽だ。


「マイ、今日はフミが料理を主担当で行う。

 俺は助手だな、楽しみにしておけよ」


 タナヤさんが普段は見せない意地悪っぽい口調で言う。

 フミが真っ赤になって口答えしている。


「もー、お父さん!

 緊張するから言わないでって言ったのに」


「そりゃ無理だよ、フミが調理を始めたら直ぐに判るでしょ」


 みんなが笑う、うん、ここに居ると自分が、ただのマイなんだと自覚できる。

 凄い気持ちが楽になるなぁ。


 夕食もタナヤさんオリウさん、フミとシーテさんで食べた。

 フミの料理は、事前に知らなければタナヤさんとの区別が付かなくなってきている。

 料理は、宿屋タナヤの名物料理の一つ、牛肉のローストとした物。

 新鮮な牛肉が手頃な値段で手に入るコウの町だからこそだし、ローストするのは技術と経験、そして蒸し焼きできる設備が必要だ。

 それに合わせる付け合わせも、あ、この和え物は初めて見るけど味が洗練されてるタナヤさんかな?


「でも、まだまだ作れる種類も工夫も敵わないよ」


「年期が違う、簡単には越えられては困る」


 フミは自分の力量をしっかり測れるようになっているんだね、凄いなぁ。

 タナヤさんが、ぶっきらぼうに言うけど少し嬉しそうな気配が含まれているよ。

 オリウさんがニコニコしながら、お替わりを取り分けてくれる。

 食事が終わって、食後のお茶を飲む、タナヤさんが入れてくれるお茶は美味しい、気が緩んでしまった。


「マイは明日には又、研究所へ行っちゃうんだよね」


「うん、あんまり研究所を離れるわけにはいかないからね」


「危険なことは無いよね」


「うーん、直接はないかな」


 少し、部屋の空気が堅くなった、しまった。


「ほら、北の山で遺跡が見つかった話は聞いてるよね。

 具体的なことが判らないから、間接的。

 私が直接関わることは無いから心配しないで」


 努めて笑顔で返答したつもりだけど、何となくバレてしまっているようだね。

 必要が有れば関わる、特にコウの町に危険が及ぶのなら。

 そして、遺跡の深部には危険な物が有る可能性が出て来ている。


「心配しないで、マイちゃんは私達が必ず守るわ」


 シーテさんか強く言う。

 罪悪感が湧く、そう言わせてしまったのは、私の迂闊な戦いが原因だから。


「うん、判った」


 フミの笑顔も少し硬い。


「ま、無茶だけはするんじゃ無いよ」


 オリウさんが座っている私とフミを後ろか抱きしめてくれる。

 オリウさんの気持ちが伝わってくる、私は一人じゃ無いことを再確認する。

 だから、自分を犠牲にするような真似はしないようにしよう。


 大切な人のために。



■■■■



 夜。

 ギムさん達がバラバラに集まってくる。

 それぞれ別の仕事をしているのだから仕方が無い。

 ギムさんブラウンさんは守衛、しかも隊長と副隊長だ。

 ジョムさんは奥さんの服飾店の手伝い、凄い器用で服に付ける部品を作っているそうだ。

 ジョムさんは魔法を使わない索敵もこなす、繊細な作業も出来る不思議じゃ無い。

 ハリスさんは教会の司祭長、コウの町では重要人物の一人になっている。

 それに皆さん家庭を持っている、予定を空けるのは大変だったはずだ、感謝しか無い。


 夕食は客室でギムさん達と取る。

 メニューは、宿屋タナヤの新名物に、いや今では定番の名物メニューとなった魚の葉包み岩蒸し焼き。

 味が凄く良くなっている、ビックリだ、熱したネギ油を最後に掛けて仕上げるのも楽しい。

 付け合わせの野菜は今の季節に合わせた野菜だね、焼いてから煮ているのか焦げ目とトロトロとした食感が、サッパリとしたとろみのある汁と合わさって、美味しいよ。


 ギムさん達も食事を褒める言葉が出て、楽しく近状を話し合っている。

 あ、ハリスさん、ついに元司祭長の孫のフーチェさんと結婚する運びになったらしい。


「外堀から埋められてしまいました」


 頭をかくハリスさんは満更でもない様子だ。

 みんなから祝福の声が掛かる、ジョムさんが洒落にならない音で背中を叩く、いたそう、あはは。


 コウシャン領の結婚は、庶民だと双方の身内だけで簡単な会食をするのと、もう1つ。

 新年を迎える時に新しい夫婦の誕生を祝うのを、町を挙げて祝う。

 新年の行事の一つとなっている。

 秋の収穫祭、納税などの諸作業が終わった後の時期だからそう。

 春の新しい期が始まるまでに、二人の生活環境を整えるんだそうだ。

 私には関係ないので、正確では無いよ。



 食事が終わって、本題に入る。


「うむ。

 本題に入ろう、まずは遺跡からだ。

 現在、地下3階を探索中で問題は出ていない。

 ただ、坑道の様に岩をくりぬいて部屋を作っているので、安全を確保しながらで進みは遅い。

 あちこちにヒビが入っていたり崩れかけていたりしている。

 空気は悪くなっていないから、何処かと外に繋がっている場所があるはずだが確認できていない」


 ふむ、相当広い遺跡のようだね。

 情報自体は新しい物は無いようだ。


「ギム、探索者の様子は?」


 シーテさんが聞く、今の一番の懸念点だね。


「シーテ、彼らは監視していますが大人しくしていますね。

 今の所は只の避難所のような作りなので、様子を伺っているのでしょう」


 ブラウンさんは、今、遺跡探索の責任者だ一番詳しいのだろう。


「うむ。

 遺跡の中は監視しきれないが、持ち出しは全て提出している。

 ……時空魔法を使われていない前提だが」


「ギムさん、遺跡の重要度について何処まで知らされていますか?」


 私は何処まで知らされているのか気になって聞く。


「ああ。

 守衛には『重要な物が有る可能性が高い、最大限配慮せよ』と言われている。

 私達や視察団は、改良されたダンジョンコアかそれに関連した物と考えている。

 町長もそうだろう」


 認識は一致していると思う。

 だからこそ、伝えないといけない。






 私はハリスさんを見ながら、言葉を選びながら言った。


「時空魔法は未知な部分が多いです。

 ですが、収納空間に干渉できないという訳では無いです」


 事前に知っているシーテさん以外、その言葉を理解できず、皆が私を見つめた。

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