第333話 目覚「遺跡」

0333_23-09_目覚「遺跡」


 夜。

 シーテさんと2人、私の自室で打ち合わせを行う。

 フォスさんが活動的になった為に2人きりになる時間が少なくなり、結果して夜に自室で話すことが増えた。

 と言っても、普段は気楽な世間話がほとんどなんだけどね。


 小さい机にハチミツを溶かしたお茶を入れて、就寝前の打ち合わせを行う。

 窓から入る夜風は心地よく、夏が近いのを感じさせられる。



「シーテさん、遺跡について教えて貰えますか?

 廃墟、約500年前の魔物の氾濫で廃棄された都市などとは どう違うのでしょうか?」


 人工ダンジョンと呼ばれる遺跡や廃墟。

 廃墟については、この前の襲撃事件の時に調査を行う都合上それなりに勉強した。

 だけと、遺跡については詳しくない。

 そもそも遺跡という単語自体 今回初めて聞いたかもしれない、いや魔法学校で聞いたかも?


「そうね、基本的にはどれだけ昔かどうかね。

 500年前の魔物の氾濫の時に廃棄された都市や施設と、それ以前に何らかの理由で無人になった都市とか施設とか。

 遺跡と言われるのは、大体1,000年以上昔の物が一般的かな?

 ほとんどが権力者の墓だったり何かの宗教施設の跡ね、他には、昔のゴミ捨て場とか?」


「ゴミ捨て場か遺跡ですか?」


「そ、昔の人達はどんな物を食べていたのか、その為には農業や狩猟、漁業はどうかとか判るみたい。

 歴史的な価値があるけど、金銭としては、まぁ、ほとんどの人にとっては無いわね」


 うーん、ゴミも遺跡になるのかぁ。

 想像も付かない。

 あれかな? 食事や野営した痕跡から相手を類推するように、ゴミの遺跡から昔の人達の事を類推して……どうするんだろう?

 歴史学は全く門外漢なので判らないや。


「ゴミは兎も角、墓とか宗教施設なら危険は少ないのでは」


「そうとも限らないわね。

 権力者の墓には副葬品として金銀財宝がある場合も多いの。

 時代や埋葬者にもよるけど、価値のある副葬品が見つかる可能性があるわ。

 なので、そういう墓には侵入者に対して色々な対策が行われている場合が多いわね。

 殺傷性の高い罠や未知の魔道具とかが長期間動作するように仕掛けてあったりしてね。


 更にシーテさんの話が続く。


「宗教施設は、弾圧から逃げてきたとか、危険な思想を持っているとか、希に有るわね。

 良くも悪くも、被害者妄想に取り付かれている集団だったり、破滅思想を持っていたり。

 こっちは、魔道具がある場合もあるけど、何も無い事も多いわ。

 壁画とか祭事の道具が見つかることが多いから、探索としては外れが多いんだけどね。

 教祖が不死を目論んで薬や魔法を研究していたりとかすると、最悪ね。

 思い出したくも無いわ」


 あ、シーテさんの表情が曇った。

 そういえば、ハリスさんとの会話で似たような事があった気がする。


「シーテさん。

 今回はどっちだと思いますか?

 私には何方も違うと思うのですが」


 墓も宗教施設も気になるけど、今回の町の対応を考慮すると違うように感じた。

 戦闘を前提としているような準備をしていた。


「そうね、あと考えられるのは、廃墟でも特殊な場合かな。

 良い例が、研究施設ね。

 公に出来ない研究をしていた、という事はままあるわ。

 そういう施設は、証拠隠滅をすることも多いけど、それ以外に後から利用できるように封鎖しておいたり。

 で、その施設を管理している組織が壊滅したりしたら、見つからずに放置されているとか」


「魔導師や研究者が自分の研究を秘密にするために作ったという可能性は?」


「個人で遺跡の規模まで作ることがでできる可能性は無いと思って良いんじゃ無いかな。

 最低限、其相応な組織と資金力が無いと無理だし。

 可能性だけなら、危険すぎて隔離された施設で人が最低限ということは無くは無いとかなぁ。

 ただ、時代を推定できないほど古いとなると、ほぼ可能性は無いと思うな」



 判らなくなってきた。

 今回の人工ダンジョン、一番可能性が高いのは、コウの町がまだ要塞都市だった頃、その頃に作られた何らかの施設だろう。

 場所も要塞都市とそれを囲む4つの砦の中、北の砦跡(北の村)と東の砦跡(東の村)を結ぶ北側にある山々だし。

 でも、遺跡、もっと昔に存在していた人達の施設である可能性も捨てきれない。


 研究施設の廃墟、興味は少しある。

 昔は魔力は学問として研究されていなかった、神秘学というか信仰の力としていたらしい。

 色々な解釈が行われたとされている。


 シーテさんが1,000年前を基準としているのには理由がある。

 1,000年前に魔石を利用した魔道具による産業革命が起きた。

 それから魔物の氾濫が起きる500年前までの間、魔力を動力源とした技術として解釈した魔術が発明され実用化されていった。

 魔道力学などとされているけど、魔道具が急速に発展したらしい。

 今現在、その魔道具のほとんどは動かされていない。

 動力の元になる大型や高品質な魔石が無いからだね。

 今利用されている魔道具の主力は小型のライトや温風や冷風を出す様な簡単な機能を持つ物が中心になる。

 むろん、町長の館にある鑑定機のような複雑な魔道具もあるし大量印刷を行う印刷機だって稼働している。

 軍の施設内で、魔力で動く車を見たこともあるね、士官が貴族をもてなすのに使っていたけど実用としては使われと聞いたことは無い。


 魔物の氾濫で何があったのか、その記録は公開されていない。

 沢山の人が死んで、多くの都市が廃棄されて、使われる技術が大きく後退した。

 今はそういう時代で、人を増やし使える技術を増やしていこうとしている。



 うん。


 今回発見された人工ダンジョンについてだ。

 対応は、シーテさんが提案したとおり、研究所で待機して必要に応じて柔軟に行動できるように準備しておくので良いかな。

 危険要素も、魔物が出てくる可能性はほぼ無い。

 アンデットの様な動く死体も可能性は低いはず、時間が経過して腐敗が進んで朽ちているはず。

 いや、突入した冒険者がアンデットになってしまう危険があるのかな。

 兎に角、危険なのは中の罠や毒、病気などでそうなると……。

 改めて報告書を見ると、ダンジョンの入り口に配置した後衛部隊に医療を行うチームがある。

 けど、多いというわけでは無いな。

 防疫設備の持ち込みも書かれていない。



「シーテさん、後方支援が少し不安がある気がします」


「なんとも言えないわ、最悪を懸念すると確かに弱いけど、一般的な数じゃないかな?

 規模はむしろ多い位だから、大丈夫だと思うけど」


 シーテさんか不思議そうに私を見る。

 数だけなら確かに多い。

 領都へ対応の確認もして、即応部隊になる視察団チームも参画している。

 でも、なにかモヤモヤしたものがある。

 それが何かは判らない。


「マイちゃん、出来ないことを考えすぎても良くないわよ。

 私達で出来る範囲のことを考えましょ。

 さ、今日はもう遅いわ、寝ましょう」


 既に夜は遅くなってしまっている。


「はい、お休みなさい」


「お休み。

 あ、ギムからの情報も明日には届くわ。

 守衛だけじゃ無くて視察団チームからの情報もあると思うから、悩むのはそれを待っても良いわね」


 シーテさんが、飲み終わった茶器を片付けながら言う。

 うん、早く言って欲しかった。



■■■■



 コウの町の中央部、緩い丘の上にある役場の物見櫓、普段は天候観測、火事の監視、そして魔物が発生する前兆の監視の役割を担っている。

 もっとも、最近は決まった時間に登って確認する程度になっているが。

 そこから北の方向、数百mの標高の山々が広がっている。

 町長のコウは、年により動きが鈍くなった体に溜息を付きながら登り、北の方向を静かに眺めた。


 元々、この山はコウの町の北側から北東に向かって尾根が続く山だった。

 建材となる石が採石できることから、コウの町側が採石によって崖になっていた。

 前回の魔物の氾濫の時。

 時空魔術師のマイが尾根伝いに縦に割れやすい岩の特性を利用して遅滞戦闘を仕掛け、数千のオーガ種と上位種、巨人の足止めを行った。

 その際に大量の岩石が破砕されて散らばっている。


 コウの町が要塞都市の廃墟から再建を始めた頃、建材は都市内に散らばっていた廃材を利用していた。

 移住した住民は酪農を中心として町作りを行う事を指示されていたので、過去の採石場から石を切り出して運ぶ技術が無く、長く放置され、森に飲み込まれていた。

 貴重な石材を得ることが出来たが、めぼしい石は運びつくされて、残されたのは破砕しないと運べない岩ばかり。

 町長は、商業・工業ギルドの強いすすめで岩を破砕しての採石を許可した。


 順調に採石は進んだが都合の良い岩が減ってきて、不慣れな作業の中、事故は起きてしまった。

 崖近くの岩を破砕した時、連鎖的に岩が崩れ複数人が巻き込まれてしまった。

 死傷者を出してしまった、元々採石は終了間近の予定だったので、予定を繰り上げて採石を終了した。


 問題が発生した。

 崩れた崖に大きな人工的な穴が見つかった。


 コウの町の対応は早かった。

 直ぐに調査が行われ、古い遺跡の可能性が高い事が判明した。

 直ぐに立ち入りを禁止し、守衛により入り口を閉鎖した。

 領都へ早馬を出して対応の伺いを出している。

 そして、戦える冒険者の確保と守衛の派遣の準備を行った。


 魔導師マイへの対応も検討された。


 重要案件であり、連絡無しは有り得ないが、これがもし魔物の氾濫の鍵になった改良されたダンジョンコアのような関連があれば危険に晒すことになる。

 ただでさえ、全壊の襲撃事件の時は領軍の失策で危険に晒してしまっている。

 コウの町にとって、魔導師の存在は町としての格が上がるが、もしもの事があればどんな処罰が下るのかも判らない。

 扱いは慎重にならなければならない。

 魔法教室の様に、お願いをするわけにはいかない。

 苦慮した結果、もしもの時に備えて欲しい、と対応を委ねることにした。

 若く幼いが、この意味を汲み取ってくれるだろう。

 助手のシーテは経験豊富で人工ダンジョンの探索経験もある。

 文官のフォスも経験不足と貴族としての思想に偏っていたが最近では対応し易くなってきた、柔軟な対応が期待できる。

 魔導師マイが危険なことになることは無いだろう


 領都からの返信は早かった。

 遺跡調査経験のある視察団チームが派遣されるとのこと。

 更に一般の冒険者チームに偽装した視察団チーム2チームが町と研究所の近くに配置され。

 領軍も1中隊を東の町と東の村の近くへ巡視を名目に駐留する。

 派遣された視察団チームが町に到着次第、遺跡調査を開始するように、と通達が来た。






 領都でも大きな関心を持って対応していると思って良い。

 しかし、魔導師様の事について書かれていなかったのは、此方の対応で十分と言うことなのだろうか?

 夜の中、心地よい風が吹く。

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